第五節 悩み
俺はどうすればいいのか迷っていた。
レアは先に家に帰させ、フィリップに送って行かせた。
俺は今、一人でギルドのテーブル席に座って悶々としている。
ギュスターヴが俺をどう扱うのかはわからないが、あんな話を聞いてしまったら引くわけにはいかなかった。
世界の管理者という立場としては、積極的にこういう話には関わるべきだろう。
こういったところから、歴史的な悪い流れが生まれる可能性もある。
俺は感情的にあの王妃を助けてやりたいと思ってしまった。
俺自身、血の繋がりはないが、レアの親代わりのつもりだ。
人の親として、何か共感してしまったのかもしれない。
しかし、俺はどうなろうがこの仕事をやるつもりだが、レアを関わらせたくはなかった。
危険な仕事なのもあるが、レアにはもうこれ以上、人間の汚い世界を見せたいとは思わなかった。
レアは奴隷狩りに遭い、親兄弟を目の前で殺されている。
もし俺達が引き取らなかったら、獣人の少女趣味の変態貴族に肉奴隷として売られていたそうだ。
こんなことでも氷山の一角だが、少なくともレアは救い出せた。
もちろん、普通に生きていたって汚い世界は嫌でも目にする。
このギルドのすぐ近くの繁華街ですら、暗くなれば生きていくために道に立つまだ幼い少女だってよく目にする。
下水道で雨露をしのぐ子どもたちが、昼間にゴミ箱を漁っていたりする。
奴隷の獣人が、些細なことで道端で主人に殴られているのもよくあることだ。
他にも挙げればキリがないほど、汚いものなんてどこの世界に行っても日常に溢れている。
だけど、進んでドロドロした汚い世界を見せる必要もないだろうと俺は思っている。
それに、ロザリーにもどう説明すればいいのか。
俺と一緒に住んでいるわけだし、俺のおかしな行動を気にもするだろう。
下手をしたら、危険に巻き込まれるかもしれない。
しかし、二人共俺の言うことに納得してくれるだろうか?
仕事の内容も言ってはいけないし、知らせる気もない。
それに、もし知ってしまったら、二人共ダメだと言っても、俺を手伝うために無理をすることは目に見えている。
考えれば考える程、頭の中がまとまらなかった。
「アルセーヌくん、さっきからゴロゴロ転がっていますけど大丈夫ですか?」
マリーが、苦笑いしながら俺のいるテーブルまでやってきた。
どうやら、俺はかなりわかりやすく、困ってますよという雰囲気を出していたらしい。
「やっぱり俺、変でしたか?」
「はい、誰がどう見ても悩んでいるように見えますよ」
マリーは、相談に乗ろうという柔らかな表情で、俺の前の席に座った。
俺は、この世界に来てから隠し事が下手になったようだ。
前の世界の俺は、自分の考えなんて、誰かに悟られるようなことはほとんどなかった。
それだけ感情が希薄だったというのもあるのだろうけど、この体でこの世界に来てからは、やたらと感情的になることが多い。
今では、考えるより先に体が勝手に動いてしまうし、恥ずかしいことも平気で言うようになってしまった。
それはそれで、人間としてはいいのだが、今回みたいな言ってはいけない秘密を持ってしまうと、隠し事もできないので厄介だ。
「やっぱり先程の件ですか?」
マリーは、王妃の話の件はすでに知っている。
マリーはこのギルドに持ち込まれる案件に関しては、全て知る立場にいるし、守秘義務を持つ立場にもある。
ただ、王妃の件は公にできる案件ではないので、正式な冒険者ギルドとしての仕事ではない。
それでも、孫バカ爺さんのギルドマスターですら、マリーと情報を共有している。
これが、しっかりとした信頼関係なんだと思う。
何だかんだ、あの爺さんもやる時はギルドマスターとして、しっかりと責任を果たしているんだな。
「そう、ですね。俺は、ギュスさんが何と言おうと、この件には協力するつもりです。まだ作戦は決まってませんけど、俺はどんな形だろうとやる気です」
「それでも悩んでいるのは?」
マリーは遠慮することなく、厳しくツッコんできた。
そこには、普段の優しい笑顔はない。
「う……マリーさんを相手に隠し事をする気はないので正直に言いますけど、俺は今回レアを外そうと思っています。こんな危険な仕事に、まだ子供のレアを巻き込むわけにはいきません。それに、ロザリーにもなんて言えばいいのか。少し家を離れようか迷ってもいます」
「それは、どうしてでしょうか?」
「それは、王家の、大きな権力を持つ相手の腹の中を探るような仕事です。どんなものが飛び出してくるのか、わかったものではないんです。逆に、俺程度の素性なんて楽に調べがつくでしょう。俺なんて、吹けば簡単に飛ばされるような相手です。そうなったら、家族同然の二人にどんな危険が及ぶか」
「だから、一人で抱え込むと。それが本当に正しいのでしょうか?」
「それは……」
俺にはわからなかった。
今まで、俺は一人で好きなように、勝手気ままに生きてきた。
危険なことからも縁のない人生を送っていた。
大切な相手なんて出来たこともなかったし、考えたこともなかった。
だから、もしも二人が危険に巻き込まれてしまったら、そう考えるだけで俺は不安でどうしようもなくなってしまう。
「アルセーヌくん、一つ大事なことを忘れていませんか?」
マリーは黙って考え込む俺に、また一つ疑問を投げかけた。
俺は、真剣な表情のマリーの方へ顔を上げた。
「大事なこと、ですか?」
「ええ、そうです。二人はアルセーヌくんに守ってもらうほど弱いのですか?」
「……あ」
なんで、こんな簡単なことを考えなかったのだろうか?
二人共、俺の頼れる仕事仲間でもあったのだ。
ロザリーとは最近一緒に仕事をしていなかったが、俺が一番信頼するパートナーなんだ。
しかも、俺なんかよりも経験豊富で優秀な魔術師だ。
レアだって、俺と一緒にギュスターヴの訓練を受けている。
俺よりも才能のある獣人の戦士の卵でもある。
二人共女の子というだけで、俺は守らないといけない相手だと、勝手に思い込んでいた。
ただのバカな男根中心主義者だ。
「そんなわけ、ないですね。二人共、俺なんかよりも立派な強い女の子達です」
「ふふ、そうでしょう? アルセーヌくんに足手まといなんて思われたら、二人共怒りますよ」
「ハハハ、違いないですね。でも、この件は二人にも言ってはいけない問題ですよね?」
職務上の秘密は、家族にも言ってはいけない。
これは、守秘義務の基本でもあるので、どうすればいいのか?
「そいつはこれからの作戦次第だな」
マリーの代わりに、俺の後から答えが帰ってきた。
ギュスターヴが俺達の話に入ってきた。
「あら、ギュスターヴさん。おじいちゃんとのお話は、もうよろしかったのですか?」
「ああ、俺様と爺さんの話なんて難しくはねえ。今後の動き方ぐれえなもんだ」
「へえ。何か決まったことでもあるのですか?」
「ああ、とりあえずメインで動くのは俺様だ。爺さんが直接動いちまったら、大事になるからな。仮にもギルドマスターだ。地位のある人間が動けば、相手にすぐ嗅ぎつけられちまう。厄介事が増えるだけだ」
「え、じゃあ俺はどうなるんすか?」
マリーとギュスターヴの話に、俺が出てこないので話に割り込んだ。
ギュスターヴは、不満そうな俺の顔を見て、困ったような顔をしている。
「お前は、そうだな。外すって言っても、無理矢理、首突っ込む気だろ?」
「そ、そいつはもちろんっすよ!」
俺は図星を突かれたわけだが、強がって答えた。
ギュスターヴは俺の覚悟を見るためか、真面目な顔になった。
「だがな、王家に関わるってことは、どう転んでも後悔するぞ。それでもいいのか?」
「やります! 俺はやらなくて後悔するより、やって痛い目に遭ったほうがいいと思ってます」
俺は自分の考えを話し、即答した。
ギュスターヴは口角が少し上がっていて、嬉しそうに見える。
「だよな、お前はそういう奴だ。つうことで、お前はこれから作戦を練ってから、組み込むポジションを決める。その方が、俺様も余計な心配がなくてやりやすいしな」
「へえ、ギュスさんが俺のことを心配してくれるのか。嬉しいなぁ」
「アホか! お前が余計なことして足引っ張んのが心配なだけだ!」
ギュスターヴは照れ隠しなのか、俺の頭を叩いてツッコんだ。
マリーはその様子を見て、ニコニコと微笑んでいる。
「ふふ、やっとアルセーヌくんらしくなりましたね?」
「俺らしい? だとしたら、マリーさんのおかげです。ホントにいつもありがとうございます!」
いつの間にか頭の中がスッキリしていた。
本当にマリーにはいつも助けられる。
俺の方が実年齢は上なのに、頼れるお姉さんだと思う。
「おい! 俺様には何にも礼はねえのかよ? お前みたいなアホの半人前にも仕事くれてやるんだぞ?」
「ああ、あれっす。ギュスさんは言わなくても、感謝してるってわかってくれますよね?」
「わかんねえよ、アホ!」
マリーは俺達のやり取りを見て笑っていた。
この後、ギュスターヴは王妃の執事と密会をするため、東の居住区にある秘密の隠れ家にむかった。
今日中にでも、今度の大まかな作戦を決めるためだ。
かなり急ピッチで話が進んでいくが、あまり悠長にことを運んでいると、いつ第四王妃の息子の第七王子が処刑されるかわからない。
できるだけ迅速に、かつ慎重に動かなければいけないのだ。
これは、かなりの高難度の仕事になり、メインで捜査活動をするのは銅等級ランクのギュスターヴであり、本来は一般冒険者ランクの俺の出る幕などない。
ギュスターヴはその気になれば、銀等級どころか金等級クラスの実力があるので、ギルドマスターもギュスターヴに全て任せるつもりのようだ。
俺は気合を入れるため、外でもう一度トレーニングをし直した。
ギュスターヴが、王妃の執事との密会を終えて帰ってきた。
この日はもう暗くなっていたが、これからの予定を話し合った。
ギュスターヴは予定通り捜査活動に専念し、その補佐としてフィリップがほしいとのことだった。
俺は、あのお調子者が役に立つかどうかはわからなかったが、ギュスターヴは役に立つと判断したようだ。
考えてみれば、オーガの一件では愚連隊共を裏でまとめたり、領主への根回しとかやっていたりと、裏で動くのはうまいので、こういうのは向いているような気はする。
ギュスターヴも時間が惜しいらしく、無駄な手間は省きたいようだ。
俺もこれはいい案だと思った。
肝心の俺の役割だが、驚いたことにあのじゃじゃ馬姫の護衛役だった。
普段は、あの執事が教育係兼護衛もやっているそうだが、この件で王妃とギュスターヴのパイプ役になるので、どうしても王女のそばを離れることが多くなってしまうそうだ。
離宮にいる他の騎士達ですら、誰がどの勢力のスパイかわからないので、王女の護衛役は俺達に頼むしかないらしい。
他にも何かあるらしいが、行けば分かるそうだ。
俺としては、こんな大役を任されるとは思ってもいなかったので、鼻息が荒くなるというものだ。
すぐに、入れ込み過ぎだとギュスターヴに怒られたが。
こういう形で話はまとまり、俺達は準備を整えるため、この日は解散した。
「おかえりなさいニャ、ご主人たま!」
俺が玄関のドアを開けると、レアが待ち構えていた。
喉をゴロゴロ鳴らして体を擦り付けてくる。
話し方も外での振る舞いも、少しだけ成長してきたが、まだまだ甘えん坊だなと思う。
「おかえり、アル! 今日は遅かったね。何かあったの?」
奥では、ロザリーが俺達全員分の晩飯を作り終えて待っていた。
たまに俺も作るのだが、ほとんど毎日ロザリーが作ってくれている。
今日は、鳥の照り焼きにポテトサラダ、残った骨などでチキンスープまで作っている。
さすがは、小さい頃から実家の宿屋を手伝っていただけあって、料理が得意なのだ。
店を持てるレベルと言っても大げさではないのは、食べ歩きが趣味の俺が保証する。
レア?
聞かないでやってくれ。
食べるの専門だと言えばわかるだろ?
「ただいま、レア。ロザリー、いつもありがとう」
「え? どうしたの、アル。何か今日変だよ」
ロザリーは、俺の改まった態度にキョトンとしている。
そんなに今の俺ってわかりやすいのかと苦笑いだ。
「二人共話があるんだけど、食べながら話そうか」
このまま話してしまおうとしたが、やっぱり落ちついて食べながら話すことにした。
俺は王妃の依頼の件について話をした。
ロザリーは神妙な顔をして、レアもロザリーを見習って真面目な顔をして聞いていた。
「そうなんだ。あの終戦記念日に出会ったお嬢様がヴィクトリア王女様で、その王女様の護衛の依頼を請けるなんて。本当に人の縁って不思議だね」
ロザリーは俺の話を聞いて、何だか楽しそうにくすっと笑った。
「あの、ロザリー。一応これ、危険な話だよ?」
「うん、わかってるけど。でも、アルはやる気なんでしょ?」
「俺はやるけど、レアはやるかやらないかは好きにしていいって言ってたけど」
「
ロザリーは俺の言葉を聞いて顔をしかめた。
ん?
俺、変なこと言ったか?
ロザリーがツンとし出した。
「あ、いや、ロザリーも来ていいらしいけど、学校が……」
「学校!? こんな大事な話を聞いて、のんきに行けるわけないじゃない!」
「そうですニャ! レアはロザ姉たまと一緒に行きたいですニャ!」
「でも、どんなことになるかわからないけど、いいの?」
「当たり前でしょ! リスクを気にしてたら、冒険者なんてできないんだから。それでも、アルは私を外す気かしら?」
「ロザ姉たまも一緒じゃなかったらレアも怒りますニャ!」
ロザリーはツンツンして怒って、周囲に冷気の結晶が漂っているし、レアは頬を膨らせ、毛が逆立って体から電気が迸っている。
はぁ。
やっぱり、こうなるよな。
ここで置いていったら、仲間として信用してないことになるわけだし、二人が怒るのも当然か。
さっきは覚悟を決めたつもりだったのに、まだ女々しいことを言ってるんだからな、俺は。
俺は本当に小心者だ。
二人のほうがよっぽど肝が座っている。
「わかった。二人共一緒に行こう。俺だって、二人がいてくれたほうが心強いし」
「「ヤッター(ニャ)!!」」
ロザリーとレアはハイタッチをして喜び合っている。
始めから素直に話しておけばいいことだった。
何をウジウジと考え込んでいたのやら。
でも、これで俺はやっと心の準備が出来たわけだ。
・・・・・・
ギュスターヴは、誰の目にもつかない場所で鍛錬に励んでいた。
その目は、かつての酔っぱらいのものではなかった。
覚悟を決めた漢の目だった。
そして、膝を付き、両手を投げ出し、汗にまみれた背を地につけ夜空を見上げた。
そこには、闇夜を照らす下弦の月が輝いていた。
「今度こそ、俺は誓約を果たしてみせる。もう二度と後悔はしねえ!」
そこには、他に誰もいなかった。
この言葉は、自分に言い聞かせているようだった。
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