第四節 高貴な依頼人
終戦記念日に出会ったじゃじゃ馬お嬢様は、お礼に来るとは言っていたが、いっこうに来る気配はなかった。
それもそうだ。
俺達はどこの誰と自己紹介した覚えはなかったし、この広い王都ではそう簡単にまた出会えるとは思えなかった。
俺達が、そんなことはすっかり忘れた日だった。
俺とレアとフィリップの3人は、いつものようにギュスターヴに早朝トレーニングでしごかれていた。
傭兵ギルドのザコのモヒカンに1発もらってしまった俺は、今まで何を学んでいたんだと、鬼の形相のギュスターヴによって、さらにきついメニューでズタボロにされた。
俺は、ガードは間に合ったけど蓋が壊れたんだ、と言い訳をしたが、ギュスターヴはそんなアホなことあるか、と信じてくれなかった。
危うく爆殺されそうになった。
俺は、この後仕事をできるかわからないほどぐったりとして、いつも以上に重く感じるギルドのドアを開けた。
マリーはいつも通り、挨拶で出迎えてくれたが、少し難しい顔をしていた。
「あの、ギュスターヴさん、一体何をしたのですか?」
「は? 何ってどうかしたのか?」
「とんでもない御方がマスター室でお待ちですよ」
ギュスターヴは、はてという顔をしている。
俺はこのチャンスを逃してたまるかと、ニヤついた。
「クックック、ギュスさん? 終戦記念日の日に、何かやらかしたんじゃないっすか? どんな大物怒らせたんでしょうね?」
俺は、殺されそうになったトレーニングの仕返しに、ギュスターヴをおちょくった。
そして、ゲンコツが飛んできた。
「いえ、アルセーヌくんも呼ばれていますよ」
頭を手で押さえている俺と拳を握りしめているギュスターヴは、お互いに顔を見合わせた。
俺達は考えてもわからなかったので、マスター室へと向かった。
俺たちはノックをして中に入った。
「お、おう! お主ら、やっと来たか」
ギルドマスターのエマニュエルの爺さんが、見たこともないほどカチコチに緊張していた。
相手の女性は、目立たないようにおとなしめの格好だが、明らかに上質な服装、サラリと伸びたジンジャーヘアの上には、申し訳程度のティアラが付いている。
かなり控えめにしてはいるのだろうけど、高貴な人間だけが出せる不思議なオーラが、鈍い俺にすら感じられる。
「おはようございます、お邪魔してすみません。ほら、ヴィッキー。あなたから先に挨拶しなさいな」
その女性が声をかけると、隣に座っていたヴィッキーと呼ばれた少女が顔を出した。
その少女は、あの時のじゃじゃ馬お嬢様だった。
このように並んでみると、顔立ちはとても良く似ていて、同じジンジャーヘア、ぱっちりとした碧眼の瞳、きれいに通った鼻筋に小さな口。
少女の方は妖精みたいに幻想的だが、女性の方は少しシワが刻まれている。
しかし、そのおかげもあって、まるで現実世界に現れた女神のようだ。
よく見ると、部屋の隅には気配を消して、爺と呼ばれていた執事が控えている。
「改めまして。先日は危ない所をお助けいただき、誠にありがとうございました。わたくしは、ヴィクトリア・スチュアート・ヴェルジーと申します」
少女は快活に言葉を述べ、スカートの両端をちょいと持ち上げて頭を下げた。
ギュスターヴは、こちらこそお役に立てて光栄です、と恭しく胸に手を当てて頭を下げた。
ん?
ヴェルジーってもしかして。
「お久しゅうございます、王妃様」
ギュスターヴは胸に手をやり、跪いて頭を垂れた。
流石は元近衛騎士だっただけあって様になっている。
でも、いきなりどうしたんだろう?
「ええ、本当にお久ぶりですね、ギュスターヴ」
王妃はすっと立ち上がり、俺達の方を向いた。
二人の間にはそれ以上の言葉はないが、間に立ち入れないような不思議な空気が流れている。
「えっと、あなたは……」
王妃は、ずっと突っ立っていた俺の方を不思議そうに見た。
あ、やべえ!
こいつは不敬ってやつじゃねえのか?
「は! こ、これは、失礼いたしました! わ、わらく、私は、アルセーヌ・ド・シュヴァリエと申ひます」
俺は慌てて跪き、カミながら自己紹介をした。
王妃はクスリと笑ってから、少し顔をしかめた。
「シュヴァリエ? どちらのシュヴァリエ家の方でしょうか?」
俺はしどろもどろに、記憶はないが名前だけはわかるということを説明した。
王妃は、理解したのかはわからないが、それ以上は深く聞いてこなかった。
「そうですか。そのようなこととは知らず、それは大変失礼いたしました。シュヴァリエ家といっても、この国には多くありますからね」
ふむ、日本で言うところの佐藤とか鈴木姓みたいなもんか。
王妃はそう言うと、一呼吸置いた。
「それでは改めまして。わたくしは、メアリー・スチュアート・ヴェルジー、一応はこの国、フランボワーズ王国の第四王妃です。先日は我が娘であり、この国の第九王女を助けていただき、誠にありがとうございました。ほんのお礼ということですが……」
執事は、いつの間にか王妃の隣にすっとやってきて、小さな箱を持っていた。
蓋を開くと、豪華そうな宝石の散りばめられた短剣が二振り入っていた。
「こちらをお納めください。ほんの気持ち程度ですよ」
「は、ありがたき幸せでございます」
ギュスターヴは、堂々と遠慮なく受け取ったので、俺もそれに習って頂いた。
その後、王妃は執事に目配せをして、王女を連れて部屋の外へ出ていった。
うーむ、あのじゃじゃ馬がお姫様とは。
こいつは予想外だ。
王妃はふうと一息つくと、ぐったりしたようにソファーに腰を下ろした。
「申し訳ありませんが、わたくしたちだけでもう少しお話させてもらえませんか?」
王妃は、先程とは打って変わって疲れた顔になった。
俺は、そう言われて部屋を出ていこうとしたが、王妃に止められた。
「あなたも、ご一緒にお願いいたします」
「えっと、いいんですか、俺なんかも?」
「ええ、シュヴェリエ家といっても、今の貴方には関係なさそうですからね」
王妃にそう言われ、俺もギュスターヴの隣の席についた。
俺達も一緒に席についたことで、ギルドマスターもホッとしたようだ。
「これから話すことはとても危険な話です。もし、面倒事と関わりたくなければ、聞かなくてもよろしいですよ。聞きたくなければ、王妃ではなく一人の女のただの愚痴をこぼしてすぐに帰りますので」
王妃はそう言うと力なく笑った。
「そういう事ならアルセーヌ、お前は出ていけ」
ギュスターヴは、俺の方を見ずに勝手に俺を外そうとした。
いきなり訳も言わずに頭ごなしに言われ、俺は言うことを聞く気にならなかった。
「は!? な、なんでそうなるんすか? あんたが残るんなら俺も残りますぜ」
「バカか! 王妃様が危険な話っていうんだから、お前みたいな半人前外して当然だろ」
「何を言いますか。冒険者やるんだったら、危険は避けては通れないでしょ」
「あのなぁ。王妃様が直々に話す危険な話だぞ? 王家の厄介事に決まってんだろうが。王家の内部がどんだけヤベえか、お前みたいなアホにはわからんだろうがな」
「ああ、わかりませんね。俺はアホですから。アホだから、はいそうですか、で済ませるわけ無いでしょ」
「やめんか、お主ら! 王妃様の御前だぞ!」
言い合いをする俺達は、ギルドマスターに怒鳴られて黙った。
俺が意地でも黙ったままでいたら、ギュスターヴはため息をついて舌打ちをした。
「チッ! しょうがねえ。聞いてマジで危険だったら、お前は外すからな。文句は言わせねえぞ」
「わかりましたよ。アホはアホでも身の程はわきまえてますから」
俺達はこれで納得した。
俺だって、意地を張って足を引っ張る未熟者のガキじゃない。
引く時は引くさ。
王妃は俺達のやり取りを見て、苦笑いをした。
「さて、準備はよろしいですか? 言うまでもないことですが、この話は他言無用です。もし聞いたとしても、何もせずにそのまま何事も聞かなかったふりをしてくれても構いませんので」
王妃はそう前置きすると話し始めた。
話をまとめると、終戦記念日の夜、王宮内で第二王子の暗殺事件が起きたということだった。
王家主催の食事の席での毒殺だった。
この事件の犯人が未だに分かっておらず、王宮は今誰もが疑心暗鬼にあるという。
容疑者は数多く、誰もが分かってはいるが口には出さず、原因は王子同士の継承権争いであることは濃厚だった。
この継承権も厄介なもので、現王の直系に近ければ近いほど良く、同じ現王の血を引く兄弟姉妹ならば、誰でも継承権は平等にあるという。
継承権を持つ者同士、直接決闘をして上下関係をはっきりさせることもあるようだが、殺し合いにはならないようにルールは決めてあるようだ。
そして当然ながら、王宮内は常に殺伐としていて、足の引っ張り合い、甘い汁を吸おうという取り巻きの貴族たちの権力争いも激しいらしい。
古来から、王宮内の権力争いぐらいに勝てなければ、世界の大国にはなれないという理屈の伝統により、ある程度過激な事は黙認されているそうだ。
だが、こんなにもわかりやすく、王子暗殺なんてことは滅多に起こらず、王宮内は混乱状態になっているそうだ。
ということは、普段の行いによって誰にでも動機はあるし、誰もが容疑者になりうるわけだ。
そんな中でも、容疑者の上位に浮上する者は出てくるわけで、その中にこの第四王妃のもうひとりの子供である、第七王子が容疑者筆頭に入ってしまったそうだ。
王妃は、この容疑は明らかにあり得ないことだと考えているということだ。
通常、王子や王女は直接手を下さない限り処刑されはしないのだが、普段離宮で暮らしている王妃には王宮内に勢力を持っておらず、黒幕によってこのままスケープゴートにされかねないということだった。
現王は、これぐらい王位継承者として必要な試練といって、特に気にも留めていないそうだ。
「……と、いうことです。最上の結果としては、黒幕を見つけて息子の容疑を晴らしたいのですが、少なくとも処刑だけは回避したいのです」
王妃は話し終えると、俺達の反応を見ているようだった。
ギュスターヴもギルドマスターも腕を組んで考えこんでいるようだ。
それはそうだ。
こいつはかなり厄介な話だ。
俺一人では何も出来ないので、二人の判断に委ねよう。
「こいつは厄介な話だな。しかし、これを我々に話しても本当に良かったのですか?」
ギュスターヴが、まずは口を開いた。
無表情で感情が見えないが、それは王妃も同じだった。
「ええ、最初に話したとおり、このまま何も聞かなかったことにしても良いのですよ?」
「しかし、我々としては聞いてしまった以上、何かしらの行動を示さねばならぬのでしょうがな」
ギルドマスターは難しい顔をしながら口を開いた。
王妃は少し意地悪そうに、クスクスと笑いながら否定の言葉を吐いた。
「冒険者としてのメンツなら、止めておいた方がよろしいですよ? 王宮は先程話した通り、魑魅魍魎の住む場所ですからね」
「その魑魅魍魎の巣から離れて、ずっと離宮で暮らしていたのではないのですか? それなのに、その巣を自分からつつこうとしているではありませんか。何が出てくるかはわかりませんよ?」
「その通りですね、ギュスターヴ。あなたもその恐ろしさはよく知っていますものね? 権力を傘にきた悪魔たちがいますからね」
王妃はどういうつもりなんだ?
自分から依頼に来たのに、俺達にやめるように話を持っていこうとする。
ギュスターヴもまた、王妃を挑発するような話し方だ。
「その悪魔たちと王妃様はどう戦うとお考えですか? 勝ち目のある戦いだとお思いですか?」
「そうですね? 王宮の捜査官に裏金でも渡して、息子の不利な証拠を消してもらいましょうかね? それとも、他の王子に罪を被せましょうか? ふふふ、あなた達が依頼を受けなければの話ですが」
「ふ、ずいぶんとずる賢くなりましたな。こうして私には出来っこないと煽っていけば、私が意地を張って、決して引かなくなるということをよく覚えていらっしゃる」
あ、そういう事か。
ギュスターヴを試していたのか。
かつての近衛騎士と同じかどうかを。
何があっても、自分を守ってくれる意思を持っているのかを。
だが、王妃はこの駆け引きを自分から止めて、ため息をついた。
「……ふぅ、ねえギュスターヴ。こんな他人行儀な話し方はもう止めましょう。本音で語り合いたいの。私たちは古い仲でしょ?」
「本音? 古い仲? ハハハ、私はその王宮を逃げ出した男ですよ。今でも、そんな価値があると思っているのですか?」
「もちろんよ! 私は娘から話を聞いた時に、すぐにあなただとわかったわ。再会してすぐに、かつてのあなただと思ったもの。『爆炎剣』のギュスターヴはまだ死んでないって!」
王妃は興奮して声を荒げて席を立った。
しかし、すぐにまた席に力なく座り込んでしまった。
俺は気まずくて、いたたまれなくなってしまった。
ギュスターヴは無表情のままで、何を考えているのかわからなかった。
「あの、王妃様? 私どもはその……」
ギルドマスターは、横に座るギュスターヴをちらりと見た。
ギュスターヴはまだ動かなかった。
そのギュスターヴを見て、王妃は悲しそうな顔になった。
「……いえ、こちらこそ年甲斐もなく取り乱してしまって、申し訳ありませんでした。この話は聞かなかった事にしてください。それでは失礼いたします」
そう言って、王妃は無表情ですっと立ち上がり、早足で部屋から出ていこうとした。
「お待ち下さい、王妃様。まだ、私は返事をしていませんよ?」
ギュスターヴは、王妃の方を見ていなかったが、静かに言葉を発した。
王妃は立ち止まって、ギュスターヴの方を振り返った。
ギュスターヴは顔を上げ、王妃と一瞬見つめ合った。
「私は、この依頼を引き受けます」
「本当に、いいの?」
「ええ。貴女様をお守りするという誓い、今度こそ果たしてみせます」
ギュスターヴは王妃へ、跪いて頭を垂れた。
王妃は唇を強く噛み締めた。
涙を流さないようにしているのだろうか、気丈な人だと思う。
「ありがとう、ギュスターヴ。今後の話は、わたくしの最も信頼できる執事を通じて連絡致します」
そう言うと、また王妃としての仮面をかぶり直したようだった。
この一連の話の中で、完全に背景と化していた俺だったが、ギルドマスターに促されて王妃の見送りのために立ち上がった。
階下に降りていくと、ギルドの食堂でじゃじゃ馬姫はレアと一緒に走り回って遊んでいた。
執事は好々爺のような顔をして、その様子を見守っているようだった。
「あ、母上! お話は終わりましたか?」
事情を知っているのか、知らないのか、何とも無邪気な明るい笑顔だ。
王妃は、そんな娘の笑顔に元気を取り戻したかのように笑い返した。
「ええ、そうですね。それでは帰りましょう」
王妃は、先程の話をしていた時の表情など、欠片も見せてはいなかった。
王妃は王女を伴って、馬車に乗って帰って行った。
別れ際の馬車の外で、ギュスターヴと王妃が話している会話が耳に残っていた。
「君は本当に強くなったんだな」
「ふふ、そうね。本当は、離宮であの子達と穏やかに暮らしたかったのだけど」
「それでも、戦うんだな?」
「ええ、もちろん。自分のお腹を痛めた子供が大変な目に遭っているのよ。自分の運命を嘆いて泣いているだけの小娘はもういないの。私ももう母親になったのだから」
・・・・・・
何?
離宮でおかしな動きがあるだと?
……まあいい。
計画の邪魔ならば、退場してもらえばいいだけのことだ。
どんな手を使っても良いか、だって?
ああ、許す。
どんな手でも使っていい。
邪魔者は排除しろ。
クックック。
動き出したこの計画は、最早止められないのだからな。
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