第三節 じゃじゃ馬
南門に近づいてくると、すごい人垣ができていた。
「うーん、こいつはいくら何でも、人が多すぎて見えねえな」
「うん、ホント、すごい人だね」
俺とロザリーは、パレードの行われるメインストリートからはかなり離れた位置で、立ち往生していた。
どこも、人、人、人だ。
スタート地点であるこの南門には、かなり人が集中しているようだ。
こんな中でも、飲み物や軽食の物売りたちが商魂たくましく働いている。
高級ホテルか高級マンションになるのだろうか、メインストリートに建ち並んでいる石造りの建物の上階から、金持ちそうな老夫婦や家族連れが優雅に覗いている。
俺は上を向いていたので、ふと思ったことを聞いてみた。
「ねえ、ロザリー、空飛ぶ魔法とか使える?」
「はあ? そんな高等魔法、無理に決まってるでしょ!」
ロザリーはこの混雑にイライラしているのか、俺は怒られてしまった。
ファンタジー作品によっては、簡単な魔法の場合もあるけど、この世界だとやっぱりダメだったか。
空飛んでる人間なんて見たこと無いもんな。
「ハハハ、冗談だよ。そうだな、もうちょっと先の方に行ってみよっか?」
「うん、そうね、そっちの方がいいかも」
俺達は進行方向の先に行ってみた。
中ほどまで来ると、人の数は少し減ったが、それでもまだまだ人は多い。
俺達は間に入れる場所を探しながら歩いていると、面白いものを見つけた。
あるカフェのドアに張り紙がしてあった。
カベ貸します、一人銀貨3枚 コーヒー付き
詳しくは店主まで
そのカフェは、3階建ての薄黄色い石造りの建物の1階に入っているのだが、いつもは外に出ていると思われるオープンカフェ用のテーブル席は、店内に仕舞ってある。
今日はどこも人だらけなので、テーブルを出す場所はないからな。
だが、2階から上の壁には土魔法で作ったのだろうか、見物するのにちょうどいい席が貼り付けられていた。
すでにかなりの席が埋まっていたが、まだいくつか空いているようだった。
俺達はカフェ店主に聞いてみた。
予約もあるらしいが、まだ空きがあるということだった。
俺達は、すぐにその席を借りることにした。
2階の窓から、店主に土魔法で足場を作ってもらって、席に案内された。
二人用の小さいベンチみたいなものだが、落ちないように丁寧に手すりまでついている。
「わあ! すごくいい感じに見れそうだね!」
ロザリーは席に座ると、感激したように眩しいばかりの笑顔だった。
うん、今日のロザリーはすごく素直で可愛らしい。
喜んでくれているようで、俺は嬉しいよ。
この席は、銀貨3枚、合わせて6枚、約6千円の席だ。
かなり割高だったが、この笑顔が見れただけでも良しとしよう。
ロザリーも払うとは言っていたが、俺が誘ったんだからと無理矢理言って、俺が全部払った。
男気ってのは、見栄かやせ我慢だろ? (泣)
「おまたせいたしました」
少し待ったら、店主がコーヒーを持ってきてくれた。
席代の中にコーヒーも入っているので、痛手を受けた俺の財布にもやさしい。
俺達は礼を言って、コーヒーを受け取った。
「お? このコーヒー意外と美味しい」
豆の焼き方がうまいのか、ほんのり酸味があるが柔らかい風味で香りも華やか、ホッと心を落ち着かせてくれる。
「うん、ホント。ありがとね、アル」
ロザリーはにっこり笑い、両手でカップを包み込みながら一口、口に含んだ。
うん、ロザリーも気に入ったみたいだな。
ここなら、また今度来ても良さそうだ。
落ち着いて周りを見ると、他の建物にもいくつか同じような席が設けられていた。
どこの席も人で埋まっているので、みんな考えることは変わらないなと思ってしまう。
俺達は適当な話をしていると、遠くの方から音楽が聞こえてきた。
徐々に音楽の音が大きくなってくると、先頭に勇者パーティーに扮した4人が先頭を歩いてきた。
顔までははっきりとは見えないが、ロトのような勇者を先頭に、すぐ後ろに聖騎士のような格好をした大剣の男、隣は賢者なのだろうかローマ法王のような格好をして杖を持っている。
その後ろにはエルフの女優?かな、エロそうな胸元の際どい格好をして弓を肩に抱えている。
この4人の後ろからは孔雀のような、小林○子のようなモデルたちが、音楽に合わせながら歌って踊っている。
勇者の凱旋をテーマにしているような歌詞と、ダンスはよくわからないが楽あれば苦もありの冒険のつもりなのだろうか?
この行列が近づいてくると、みんなそれぞれに歓声を上げて盛り上がっていた。
隣のロザリーを見ると、年相応の17歳の女の子らしく、目を輝かせて夢中に見ていた。
派手な格好をした騎馬隊も出てきて、ペガサスでのアクロバット飛行までやっている。
ん?
ペガサスに乗っているのって、聖騎士のような気が……え!?
ま、まさか、ジル・ド・クラン!?
いやいや、あのサイコパス野郎がこんなエイターテイナーなわけがない。
気のせいだ、うん、気のせい!
な!?
魔法を応用したピンク色のスモークで、青空のキャンバスにハートを描きやがった。
隣で見ていたロザリーがうっとりとした顔で、見ている……だと!?
な、なんだろう?
胸の奥がモヤッとする?
このパレードは、フランス革命を記念した、パリ祭りのようだった。
俺達はパレードが通り過ぎていっても、かなりの出来の良さに余韻に浸っていた。
俺達は満足して、階下に降りていき、店主に礼を言って帰って行った。
帰り道、俺達はこのパレードは見る価値はあったとか、あっという間に終わって楽しかったとか、そういう話をしていた。
ところどころにある広場では、野外コンサートも開かれていた。
オペラや管弦楽団など、俺にとってはクラシックだが、この世界の人間にとってはこれが今の流行りの音楽なのだろうか。
そういえば、夜になったら花火も上がるみたいだから、祭りはまだまだこれからなんだろうなぁ。
俺はふと一瞬、このコンサートの音楽に足を止めた。
そして、ロザリーを見失ってしまった。
あ、やっべ!
俺はキョロキョロとその場で探したら、少し前方で立ち止まっていた。
ああ、よかった。
この世界は携帯がないから、はぐれたらすぐに会えるかわからんからな。
「どうかしたの?」
俺はロザリーに駆け寄って聞いた。
ロザリーは、眉をひそめて路地裏の方に目を向けていた。
「うん。何か人の声、聞こえない?」
そう言われて耳をすませてみると、言い争う声が聞こえてくる。
一人は女の声のようだ。
ただの痴話喧嘩ならいいが、こんな場所ならレイプの可能性もある。
まだ日は高いが、今日は祭りだから、すでに酔っ払って興奮している人間も見かけていた。
忘れてはいけないが、ここは中世程度の文化レベルの異世界だ。
人間の道徳観念なんて、たかがしれたものだ。
「そうだな、何かありそうだ。じゃあ、俺が様子見てくるから、何かあったら、すぐに人を呼べるように、少し離れて後ろにいてくれ」
「う、うん。わかった」
俺は恐る恐る路地裏の中に入っていき、ロザリーは言われた通り、緊張した面持ちで俺のすぐ後ろにいる。
参ったなぁ。
こんな祭りの日に、武器の装備なんかしているわけがない。
落ちているゴミ箱の蓋を盾代わりにした。
路地裏の奥の角を曲がると、予想通り言い争う男女がいた。
男3人、女1人。
男たちは、見覚えのある世紀末のザコの格好をした、例の傭兵ギルドの連中、女の方はロザリーとほぼ同じ背格好の少女だった。
「あなた達には、正義というものはないのですか! 恥を知りなさい!」
相手の少女は、勇ましく気が強そうだ。
ロザリーとは違って、見た目通り年相応に12歳ぐらいだろう。
ふわふわパーマの赤みの強いジンジャーヘアに、パッチリとした碧眼が勝ち気に目尻が少し吊り上がっている。
まだあどけない幼さがありながら、まるで妖精のように幻想的でありつつ、綺麗に整った顔立ち、今は興奮しているからか、純白の肌に薄い紅色が差している。
どこかの貴族のお嬢様みたいにフリフリの豪華な綺羅びやかなドレス姿だ。
誰から見ても美少女なのだが、強気に仁王立ちしている。
「何言ってんだよ、お嬢ちゃん。へへへ、俺達が何したってんだ。ああ!?」
前歯の抜けたモヒカンは酔っ払っているようだ。
手には、ガメイのような色の赤ワインの入った小さい樽を持っている。
他の連中も、同じように酔っ払いながら、ニヤニヤ笑ってモヒカンの後ろに立っている。
初めは気づかなかったが、少女の後ろには、青い顔をして服の乱れた若い女性が座り込んでいた。
「どの口が言いますか! そちらの女性の方に何をしていたのですか! こんなに嫌がっているのに、こんなところまで連れ込んで!」
この少女、フランス人形のような見た目とは違って、かなり気が強い。
見た目のいかつい傭兵ギルドの連中にも、全く物怖じしていない。
だけど、ちょっと、いや、かなり危なっかしい。
こんな感情に任せて怒鳴っていたら、何をされるかわかったものではない。
こいつらは見た目通り、世紀末のザコレベルの品性しかないのだから。
俺はロザリーに人を呼んでくるように合図をして、カベの物陰からゆっくりと出ていった。
「あのー。そろそろこの辺で止めたほうがいいと思いますよ?」
俺は、自分でも気持ち悪いぐらいの貼り付いたスマイルを浮かべていた。
正直、俺はかなりビビってます。
何と言っても、この世界に来た初日に徹底的にボコられましたので。
連中は、出てきた俺を見て一瞬動きが止まったが、すぐに気持ち悪いニヤケ顔になった。
「おーおー? いつぞやの兄ちゃんじゃねえか。かっこつけて出てきちゃって、またどうなるかわかってんのか、コラァ!?」
モヒカンは、あの事があって完全に俺をナメている。
だけど、俺はやり合う気はまったくない。
「いやあ、勘弁して下さいよ。俺、痛いの嫌いなんスよ。だから、何があったのか知りませんけど、そんな小さい女の子いじめないでくださいよ」
俺の気持ち悪い腰の低い態度に、モヒカンは少し態度を和らげた。
「おう? 俺だってよ、ガキいじめる気はねえぜ。ただな、俺達に絡んできたのはこっちのガキの方だぜ? ガキ相手に落とし前もクソもねえから、泣いて謝れば許してやるけどな! ヒャハハ……ハウ!?」
うお!?
何とこのお嬢様、モヒカンの股間を後ろから蹴り上げやがった!
気が強いなんてもんじゃない、じゃじゃ馬だ。
「ガキ、ガキうるさいですわ! それに、わたくしは、あなた達のような卑劣な輩に屈する気はございません!」
「ぐぅうぉ、この、クソガキ! ぜってえ、泣かしてやる!」
モヒカンは手を振り上げたので、俺はとっさにこのじゃじゃ馬お嬢様の前に立った。
そして、ゴミ箱の蓋で盾のように構えようとしたら、取っ手が壊れてしまった。
え、嘘……だろ?
モヒカンの拳は、蓋のあるはずだった部分を通り過ぎ、唖然とする俺の顔面に突き刺さった。
ゴミ箱の蓋が、コロコロ転がっていくのが見える。
「な、何がしてえんだ、いきなり出てきて!?」
殴ったモヒカンですら、この間抜けな状況を理解できていなかった。
うぐ、痛え!
俺も自分にそう言いたいよ。
「おい! 何してんだ、てめえら!」
ロザリーが人を呼んできてくれたと思ったら、ギュスターヴだった。
もちろん、ロザリーも一緒だ。
今日のギュスターヴの姿は、ギルドでは全く見たことはない。
光沢のある見事に磨き抜かれた白銀色の甲冑姿、帯刀している幅広の剣も宝石の装飾の施された鞘に柄、おまけにいつもの無精ひげも綺麗に剃られ、ボサボサの髪の毛も綺麗にまとまって後ろで縛っている。
別人のような渋いナイスミドルな騎士様だ。
「う、うう。ギュ、ギュスターヴかよ」
さすがの傭兵共も、ギュスターヴが来た瞬間に血の気が引いていた。
傭兵ギルドの幹部クラスですら、ギュスターヴに一目置いてるらしいからな。
ザコレベルでは、相手にならないだろう。
「え、アル、大丈夫!?」
ロザリーは俺を見て、心配そうな顔で急いで駆け寄ってきた。
いつも何だかんだ、ロザリーは俺を心配してくれる。
今回は、俺がただドジだっただけなんだけど。
「うん、ダイジョブ、こんぐらい」
俺は鼻血を垂らしながら、平気だというようにおどけて笑った。
ギュスターヴは俺を見て眉をしかめた。
「おい、てめえら、何しやがった?」
ギュスターヴは、腹の底に響くドスの利いた低い声だった。
これによって、モヒカンたちはさらに青い顔になった。
「な、何言ってんだよ、お、オレ達はただ……」
「お、おい! ギュスターヴ相手に口答えすんな!」
モヒカンが言い訳をしようとしたら、他のやつが慌てて止めさせた。
ギュスターヴは手を出さず、ギロリと睨んだだけだ。
「ふん、まあいい。てめえら、さっさと消えろ」
その一言で、傭兵たちはさっさと転がるように逃げていった。
そして、残されたのは俺達3人とじゃじゃ馬お嬢様、レイプ未遂被害者の女性であった。
「全く、一体何があったんだ?」
ギュスターヴは、頭をかきながら俺に質問した。
俺が説明しようとした時だった。
「ああ、それは……」
「いえ、これはわたくしが説明いたします」
じゃじゃ馬お嬢様はもう落ち着いていた。
さっきまでとは違って、本当に育ちの良さそうな口調と態度になっている。
「その前に、この度は危ない所をお助けいただき感謝いたします」
そして、スカートの両端をチョイと持ち上げ、頭を下げた。
ギュスターヴはこのじゃじゃ馬お嬢様を見て、目を大きく見開いて固まってしまった。
「え? 君は、まさか……」
「あー!? ひ、いや、お嬢様! やっと見つけましたぞ! この爺、心配で、心配でたまりませんでしたぞ!」
まさに絵に描いたような執事といった、タキシード姿のスラッとした初老の巻きヒゲの男性が慌ててやってきた。
じゃじゃ馬お嬢様は、すました顔でこう言った。
「あら、爺。そんなに慌ててどうかなさったのですか?」
「ど、どうかしたではございませんぞ! このようなことばかりしていたら、この爺、身が持ちません! どうか、このようなことはもうおやめくだされ!」
「これは困りましたね。爺がうるさくて説明できません。ギュスターヴ様、他の皆様もまた後日お礼に参りますので、本日は失礼いたします。あと、そちらの女性も無事に送り届けてくださいませ」
じゃじゃ馬お嬢様は、にこやかに笑いながら、うるさく喚く執事の爺に連れて行かれた。
じゃじゃ馬お嬢様は、嵐のように去っていった。
「な、何だかよくわからないけど」
ロザリーは状況がつかめずに混乱しているようだ。
俺も正直よくわからない。
「うん、俺もよくわからんけど……あれ、ギュスさん?」
ギュスターヴは、先程のお嬢様の後ろ姿が見えなくなっても、ぼんやりと見ていた。
何だか、遠いものを見ているようだ。
「ええと、もしかして、ギュスさんって、ロリコンすか?」
「あ!? バカヤロウ、んなわけあるか!」
俺は、どうしようかと思って、とりあえずギュスターヴをいじってみた。
そして、ギュスターヴはハッとして、俺にげんこつをお見舞いした。
「まあ、あれだ。何だか、古い知り合いに似てる気がしてな」
ギュスターヴはそう言うと、被害女性の方に歩いていった。
俺とロザリーは、ギュスターヴから特に深い話は聞こうとしなかった。
ギュスターヴに後のことを任せて、俺達はギルドに帰っていった。
・・・・・・
この夜、夜空を彩る光り輝く花々が咲いた。
老若男女、種族に関係なく夜空を見上げ、一時の夢の世界に誘われた。
ある者は愛し合う相手とともに、ある者は親しい友と共に、またある者は……
この王都内でただ一箇所だけは、別世界のように怒号、悲鳴、誰もが混乱のさなかにあった。
しかし、ただ一人だけ、表向きは青い顔をしているも、その内側は己の欲望を抑えるため、高笑いを我慢していた。
(さぁ、ゲームの始まりだ!)
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