第二節 終戦記念日

世の中のくだらぬ喜びの一切を憎悪してやる。

筋書きはとっくにできている。

 

 グロスター公爵リチャード

 ウィリアム・シェイクスピア 作 『リチャード3世』より抜粋


・・・・・・・・・


 ぼうけんをはじめますか?

 ➔ はい

   いいえ


「あ、そういえばロザリー、明日学校休みだっけ?」


 俺は早朝のトレーニングから帰ってきて、自宅のダイニングで朝食を食べ終わり、ゆっくりコーヒーを飲んでいた。


 ロザリーももう食べ終わり、学校に行こうと身だしなみを整えているところだ。

 空色のとんがり帽子、黒いローブ、木の杖、教科書などの入ったカバンなど、相変わらずの魔女っ子スタイルだ。


「うん、そうだけど、なんで?」

「そっか……明日デートしようぜ?」

「ふぇっ!? デ、デート!?」


 ロザリーは、突然の不意打ちで赤くなってワタワタしてしまった。

 この反応が可愛くて、ついついいじりたくなっちゃうんだよなあ。

 普段がツンツンしているだけに、面白い。


「ごめん、デートは冗談だったわ、ハハハ!」

「っ!? ……氷弾グラシェ・グランス!」


 でも、ロザリーは俺の予想以上に怒った。

 魔法で攻撃されて、俺は椅子から倒れ落ちた。


「ぐわあ!? いってえ! ちょ、これはさすがにやりすぎだろー。タンコブできちゃったよ」

「知らない! バカ!」


 ロザリーはプンスカしてそのまま出ていきそうになった。

 俺は慌てて立ち上がり、出ていこうとするロザリーを引き止めた。


「ごめん! ちょっと待ってよ! デートって言ったのは冗談だったけど、二人で一緒に出掛けたいなっていうのはマジだからさ」


 ロザリーは立ち止まってくれたが、まだ怒っているのか、じとっとした半目で俺を見ている。


 うーむ。

 軽い遊びのつもりだったのに、まさかこんなに怒るとは。

 生理か?


「明日って、終戦記念日だろ? だから、一緒にパレード見に行きたいなと思ってさ。レアは獣人だから、そんなとこに連れていけないし。かわいそうだけど、ギルドに預かってもらって、たまには俺達二人だけで楽しみたいなと思って、さ。どうかな?」


 俺が要件を言い終わっても、ロザリーは黙ったままだった。


 あれ?

 まさか、本気で怒ってらっしゃる?


 ロザリーは何かをボソッと呟いた。


「え? ごめん、聞こえなかった」

「……いいよ。見に行っても、いいよ」


 ロザリーはそれだけ言うと、足早に出掛けていってしまった。

 俺はロザリーの後ろ姿に、いってらっしゃいと笑顔で見送った。


 ふぅ。

 一時はどうなることかと思ったけど、よかった、よかった。

 調子に乗っちゃいかんな、うん。


「ただいまですニャ! ご主人たま、ロザ姉たまどうかしたのですかニャ? 何だか嬉しそうに笑ってましたニャ」


 レアがごみ捨てから帰ってきた。

 出かけていくロザリーの後ろ姿を見ながら、不思議そうに首を傾げている。


「え? ロザリーが嬉しそうだった? うーん? 見間違えだろ」


 さっきまであんなに怒ってたのにそれはないだろう。

 レアはネコの獣人だし、それにまだ子供だ。

 そんな勘違いは仕方がない。


「さて、俺達も仕事に行くか!」

「ハイですニャ!」


 俺達は元気に揃って家を出て、冒険者ギルドに向かった。


 明日は、400年前の聖魔大戦の終戦記念日だ。

 そのため、今日やる仕事はほぼ決まっている。

 明日の準備だ。


 パレードのルート上の道の清掃、障害物があれば撤去、見物人が近づきすぎないようにするための柵などの設営といったことが、冒険者ギルド、商業ギルド、建設ギルドなどの各ギルドの下っ端に振り分けられる仕事だ。


 傭兵ギルド?

 知らん。

 あいつらが来たって、どうせサボって俺達に余計な仕事を押し付けるのは、目に見えている。


 ギルドに到着すると、フィリップがマリーと何か楽しそうにニヤケ面で話をしていた。

 俺達がやってくると、二人は挨拶をし、俺達も挨拶を返した。

 俺達はフィリップと合流して、そのまま仕事に出かけようとしたら、マリーに呼び止められた。


「アルセーヌくん、明日ロザリーちゃんとパレードを見に行くのですって?」

「はい、そうですけど、なんでマリーさんが知ってるんですか?」


 マリーはなぜか嬉しそうに、いつも以上にニコニコしている。


 ついさっきの話なのに、なんでマリーが知ってるんだろうか?

 電話もまだない世界なのに不思議だ。


「ああ! それなら、オレが来る前にロザリーの姉御に会って聞いたんだぜ!」


 フィリップがその疑問に答えてくれた。


 こいつもなぜか楽しそうに笑っている。

 まあいいや、それなら納得だ。

 電話みたいな魔法でもあるのかと思ってしまった。


「へえ、そっか。 ……その、マリーさんにお願いがあるんですけど、明日レアをギルドで預かってもらっていいですか?」


 レアは自分の名前が呼ばれたので、不思議そうに俺の顔を見上げた。

 マリーはさらに明るい笑顔になった。


 さっきからどうしたんだろう?


「もちろんですよ! レアちゃんは、私達と一緒にギルドでお留守番しましょうね?」

「ハイですニャ! レアはお利口にお留守番していますニャ!」


 レアは何のことかきっとわかっていないだろうが、元気にマリーに返事をした。

 レアは、今ではギルドのみんなに懐いていて、もはや冒険者ギルドのマスコットだ。


「それはそうと、アルセーヌくん。明日は格好で行ってくださいね?」


 急に、マリーの笑顔が怖くなった。

 何故か恐ろしい圧力がある。

 きっと、前回の食事の時のことを言っているのだろう。


「あったり前ですよ! 俺がそんな間抜けだと思いますか?」


 俺は力強く答えた。


 前回は、さすがにちょっとやらかしたと思った。

 普段のロザリーの魔女っ子な感じも、もちろん可愛らしい。

 だが、オシャレをすると別人のような美少女になる。


 女は化けると言うが、まさにその通りだった。

 そんなロザリーに対して、俺はいつもどおりの小汚い格好で行ってしまった。


 そんな美少女なロザリーの隣にいたんだ。

 きっと、恥をかかせてしまったなと反省したのだ。


 だから俺は、こういう時の為に一張羅のオシャレ服を購入していた。

 オーガの件でのロチルドの特別手当が、なんと金貨10枚!

 しかも、俺達一人ずつだ。


 半分は借金返済に使ったが、必需品の購入にあわせてこいつも買っていた。

 レアを引き取った時の借金がまだまだ残っているが、これぐらいの贅沢は許されるだろう。


 俺達はギルドを出て、明日のパレードの準備に勤しんだ。

 一緒に仕事をした商業ギルドの若い衆は、フィリップと顔なじみで俺達は楽しく和気あいあいと仕事をした。


 昼休憩には、商業ギルドの顔役であり、フィリップの父親でもあり、俺達パーティーのお得意様でもあるロチルドが差し入れを持ってやってきた。

 フィリップよりも恰幅が良いし、歳も取っているので、あのセールスマンに本当によく似ている。

 ロチルドは俺達と少し話をしたら、フィリップのことよろしくお願いします、と言って去っていった。


 俺達は午後もちゃんと仕事をして、日が暮れる頃には明日の準備が整った。

 俺達は報酬をもらうと家に帰っていった。


 次の日の朝、いつもどおりの時間に俺とレアは起きて、出かける準備をした。

 俺は、絹のシワのないピンとしたシャツ、薄地の仕立ての良いビロードのジャケット、足にピッタリと合わせられたスラックス、そして光沢のある磨かれた革靴、これなら問題あるまい。


 貸衣装屋の型落ち品を安く購入したが、それでもかなり質は良いと思う。

 これは、金貨5枚=5万円まで値切って買ったのだ!


「フッフッフ! どうだ、レア、格好いいだろ?」

「凄いですニャ! ご主人たまが違う人みたいですニャ!」

「そうだろう? ハッハッハ! レアもよく似合っているぞ!」


 レアは驚いて、目をキラキラ輝かせて俺を見ている。

 俺は、それだけで有頂天に鼻が高くなった。


 レアはギルドまでしか行かないが、お出かけ用にマリーにもらったお古だが、まだまだ綺麗なピンクの子供用のドレス、ドレスはしっぽを出せる様にしてくれている。

 そして、赤い大きいリボンを頭につけている。


 これが、うちの自慢の美ニャンコだ!


「お待たせ。どう、かな?」


 部屋から出てきたロザリーは、こないだの時とは違う薄い緑のワンピース姿だった。

 腰に巻いている茶色の細い革ベルトもまた、いいアクセントだ。

 このワンピースの色合が、綺麗にとかしている淡い空色の髪の毛と調和している。

 これが全体的によく似合っていて、清楚な感じに仕上がっていた。


「綺麗ですニャ! ロザ姉たま、すっごい美人ですニャ!」


 レアはそう言って跳んでいき、ロザリーの周りをニャーニャー言いながら、クルクル回っている。


 あ、俺が先に言おうと思ったのに。


「あの、アルはどう思う?」


 ロザリーは赤くなってもじもじしている。

 今はデレモードに入っているようだ。


「うん、よく似合っててカワイイよ」


 呆気に取られていた俺は、無難なことしか言えなかった。

 だって、マジで可愛いし。

 だけど、ロザリーはそれで笑顔になり、満足したように見えた。


「ありがとう。じゃあ行こ!」


 パレードはまず、かつて凱旋門であった王都の南門から始まる。

 そこから、商業地区のメインストリートを真っ直ぐに北上して、王都中心部の湖の畔にある王宮まで進んで、終わりだ。


 ほんの1時間程度のものだが、これを見るためだけに、国中どころか聖教会圏の他の国からも見物客が集まる。

 他にも色々なイベントがあるが、メインはこのパレードだ。


 かなり絢爛豪華なものらしく、美男美女の有名人(芸能人みたいなものかな)が歴史的にも美術的にも価値の高い装備品の数々を身に着け、勇者パーティーに扮する。

 付き従う人々も最先端の豪華な衣装に身を包んで練り歩き、音楽に合わせて歌ったりおどったりする。


 これをプロデュースするのが芸術ギルドで、世界規模のファッションショーみたいなものだ。

 ロザリーが今着ているワンピースも、このギルドの作品で、マリーの紹介で手に入れたそうだ。


 ちなみに、フィリップに聞いたのだが、オーガの件のあの世界観の違う昭和なファッションも、このギルドで手に入れたものらしい。

 俺とロザリーが今着ているファッションもそうだけど、かなり時代がズレていると思う。

 もしかして、デザイナーに俺の世界の転生者でもいるんじゃねえのか?


 このパレードは、敵の総大将の大魔王を倒した伝説の勇者であり、聖魔大戦を終わらせた立役者の末裔本家でもある、ここフランボワーズ王国ヴェルジー王家の威光を世界に見せつけるという意味もある。


 そのため、警備に当たる王都の騎士団は、綺羅びやかな甲冑に身を包みつつも、緊張感を持って警備にあたっている。

 この中に、ほんの一部の素行が良く、素性の明らかな腕の良い傭兵たちも混じり、ギュスターヴもこの警備に駆り出されている。


 あのアル中のギュスターヴが? と思うが、ギュスターヴは元王国の近衛騎士であるエリートだった男で、腕もいいし、素性もしっかりしている。

 しかも、最近は必要以上に酒を飲まなくなったし、俺達に訓練をつけ始めてからは二日酔いになっているのを見たこともない。

 本来は、責任感のある頼れる男なのだ。


 俺達はパレードに行く前にギルドに寄った。

 今日は休みだったが、中にはマリーとオーズ、ユーリがいた。

 俺達はお互いに挨拶をした。


 レアは遠慮することなく、ユーリに飛びついて抱きついた。

 もふもふが気持ちよさそうだが、その勢いでスカートがめくれてパンツが丸見えになった。


「こらこら、レア、はしたないぞ。人前でパンツを見せてはいけません」

「フニャ? ダメなのですかニャ? 好きな人なら見せてもいいと聞きましたニャ」


 俺はレアを注意したが、聞き捨てならない言い訳をした。

 俺はピクッと口元が歪んだ。


「へえ? 誰がそんなことを言ったのかな?」

「ロクサーヌたまですニャ!」


 あのアマ、何を教えとんのじゃ!

 うちの自慢の娘がふしだらな女になったらどうする!


「レア、それはな、もっと大きくなってから二人っきりの時にしなさい」

「……アルも変なこと教えないで」


 ロザリーはジトッとした半目でツッコんできた。


 マリーは、俺達のバカなやり取りを見ていて微笑んだ。

「ウフフ、本当に仲良しですねえ? 本当の家族みたいですよ」

「そうでしょう? フッフッフ、自慢の娘と言ってもいいでしょう」

「あら? ロザリーちゃんは入っていないのですか?」

「ロザリー? レアの話じゃないんですか?」

「もう! 私の話はいいから行きましょ!」


 ロザリーは赤くなってプンプンしている。

 そんなロザリーをマリーは、笑いながらいじった。


「あら、ロザリーちゃん。照れちゃってカワイイですね」

「あうう、マリー先輩、あんまりいじめないでください」

「ふふふ、冗談ですよ。 ……うん! 今日は二人共よく似合っていますね。バッチリです。ロザリーちゃん、がんばって来てください!」


 マリーは俺達にいってらっしゃい、と言って見送ってくれた。


 俺はロザリーに何を頑張るんだ、と聞いてみた。

 ロザリーは知らないと言って、ツンツンしてまた赤くなった。


 俺とロザリーは、パレードの始まる南門に向かった。

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