第6節 戦後処理

 竜王軍を退けた僕たち聖教会連合軍は、盛大な宴を開いて大勝利を祝った。


 もちろん、大勝利とは言っても、戦死者も当然ながら多くいた。

 マルザワードでは戦死者を悼むだけではなく、彼らの魂を労うため、明るく振る舞うことが慣例となっている。


 僕は敵の大将の暗黒竜オプスキュリテを討った最大功労者として、聖騎士の最高司令官のロドリーゴ・ライネス団長や、僕を邪険に扱っていたマルザワード隊のライアン隊長でさえ、みんなから讃えられた。

 僕は大げさに讃えられたので、とても気恥ずかしかったが、仲間たちに認められたことが嬉しかった。


 僕は生まれて初めて、意識が無くなるまで酒を飲んだ。

 宴では誰もが大酒を飲み、歌って騒いで夜遅くまで続いた。


「おはよう、ジーク。随分とひどい顔をしているな?」


 オリヴィエ・ド・シュヴァリエが、起きてきた僕の顔を見て笑っていた。

 ドラゴンのブレスで受けた全身火傷の負傷も、回復魔法によって全回復しているようだ。


「お、おはよう、ございます、オリヴィエさん。 ……うう、ど、どうやら飲みすぎてしまったようです」


 僕は激しく気持ち悪くて、フラフラでまともに歩けなかった。

 どうやら僕は、生まれて初めての二日酔いを経験している。


「ハハハ! あの暗黒竜にすら勝った『神の子』も、酒には勝てなかったか」


 この僕の様子を見て、オリヴィエはさらに声を上げて笑った。

 そして、キリッと顔を引き締めた。


「だが、ありがとう、ジーク! 君がいなければ、私は死んでいただろう。それに、あのまま暗黒竜が暴れていたら、この結果は逆転していたかもしれない」


 オリヴィエは僕に敬礼をして、頭を下げた。

 僕は慌てて止めさせると、僕たちは別れた。


 僕は二日酔いがひどいので、医務室で解毒魔法をかけてもらうことにした。

 オリヴィエに教えてもらったのだが、二日酔いにも利く魔法もあるそうだ。


 医務室に行くと、すでに長蛇の列ができていたが、僕を見かけるとみんな前をあけてくれた。

 僕は遠慮していたが、無理矢理前に行かされる形で解毒魔法をすぐにかけてもらった。


「あら? おはよう、ジークフリート・フォン・バイエルン。君も二日酔いなのかしら?」


 すっきりして医務室を出ると、聖騎士団副団長のアリス・サリバンに声をかけられた。


 戦場では、ペガサスを駆り、上位個体の翼竜を単騎で食い止め、空挺部隊の指揮を執っていた。

 聖騎士の最上位『七聖剣』の一角でもあり、おそらく人族最強の女性だろう。


 近くで見ると、まるで僕と年の変わらない背の低い少女に見える。

 でも、団長以外は実年齢を知らないみたいで、年齢の話はこの副団長の前ではタブーとされている。


 後ろには、二人の女性聖騎士達を従えて歩いていた。

 この二人もまた、アリス同様背の低い少女のようだ。


「おはようございます、副団長!」


 僕はぴしっと敬礼をして立った。

 それから話を続けた。


「ええ、実は情けないことに、記憶が無くなるまで飲んでしまったようで」


 僕は苦笑いをしながら、頭をかいた。

 そんな僕を見て、アリスはいたずらっぽく笑った。


「あら? あたしと一緒に過ごした熱い夜まで忘れたのかしら?」

「ええ!? ぼ、ぼぼ、僕は、な、何て事を……」


 僕は、アリスの言葉にまた顔が青ざめて、体がガクガク震えてしまった。 

 アリスは、そんな僕の様子をクスクスと笑った。


「冗談よ。酔いつぶれた君を、部屋まで連れて行ってあげたのよ。感謝しなさい」

「え!? 副団長が僕を? も、申し訳ありません!」


 何もなくてホッとしたのも束の間だった。

 僕は何という無礼をしてしまったのだろうか、冷や汗が止まらなかった。


「謝らなくていいでしよ! アリス様は後ろで見てただけでし。運んだのはあちし達でし」

 

 と、赤い髪の方の聖騎士は元気に言い、


「……そうです。本当は、アリス様に酔い潰されたのです」


 と、黄色い髪の方は静かに言った。

 二人共、上官を相手に遠慮も何もないようだ。


「あー、うるさいわね、あんたたちは! あんたたちはあたしの従者なんだから、あたしが運んだのと同じことでしょうが!」


 アリスは嫌味を言う従者たちに殺気を放って黙らせた。

 やっぱり、怒られた。


「怖いでし~。ジーくん、助けて~!」

「……タスケテー(棒)」

「え!? ちょ、ちょっと、何を……」


 二人の女性聖騎士たちは、アリスから隠れるように僕の両腕にすがりついた。

 僕はどうすればいいのかわからなくて、顔を真っ赤にして狼狽えるだけだった。

 アリスはそんな慌てる僕を見て、声を上げて笑った。


「アハハ! 君は不思議ね? 戦場ではあんなに勇ましいのに。普段は、ウブで可愛らしいわね」


 アリスは僕を見てまた笑った後、医務室の長蛇の列を見て舌打ちをした。

 そして、急に表情が冷たくなった。


「チッ! それにしても、本当にうちの男どもは情けないわね。酒もまともに飲めないのかしら?」

「い、いえ、そんな。副団長にはどうやっても勝てませんよ」


 医務室の列に並んでいた男性聖騎士が、青い顔で口元を抑えながらアリスに答えている。

 アリスは『氷の女王』の異名通り、冷たく鼻で笑った。


「まあいいわ。あたしは総本山に帰るから。また会いましょう、ジークフリート・フォン・バイエルン。 ……ほら、あんた達もバカやってないで、行くわよ!」


 二人はやっと僕から離れてくれ、またアリスの後ろに従って歩いていった。

 手を振りながら去っていくアリスの後ろ姿に、僕は敬礼をして見送った。


 この後、僕たちマルザワード隊の聖騎士たちは、大聖堂の礼拝堂に集合した。


 全部で百名いたこの隊も、明らかに数が減っているのを感じた。

 最前線で戦ったため、戦死者の数も30名を超え、聖騎士隊では最も多かったのだ。

 総本山の聖騎士と合わせたら、50名近くの聖騎士が殉教し、全世界の聖騎士が10分の1も減った。

 数字上は少ないが、人族最高の最精鋭を多く失った。


 あれだけの激しい戦いだったのだ、その他の被害も決して小さくはなかった。

 竜王軍を迎え撃った最前線の砦は大きく壊れ、地面から抉られているところも多かった。


 倒したドラゴンたちの死体も、山のように転がっている。

 暗黒竜の死体は、ひときわ大きく黒いので、遠くから見てもよく目立つ。


 本丸である大聖堂も、空中から翼竜のブレスによって所々壊れていた。

 他にも土作りの街並みも、商店や住宅など様々な建物も壊されていた。


 僕たち聖騎士隊は、この日からすぐに街の中の見回り、新たな敵やドラゴンの残党の襲撃に対する見張りや哨戒をしている。

 竜王軍を退けたとはいえ、敵の本拠地の暗黒大陸にいる。

 油断は決して出来なかった。

 僕もまた、砦の岩山の上で見張りに立った。


「お初にお目にかかります。『神の子』ジークフリート・フォン・バイエルン様」


 マルザワード隊ではない聖騎士が突然やってきて、見張りに立っていた僕の前に跪いた。

 皮膚の色が異常に薄く、髪も真っ白な男だった。


「ちょ、ちょっと止めて下さい! 僕に跪くなんて!」


 僕はその男が突然やってきて、急に目の前に跪いたので、わけがわからない上に、恥ずかしくて焦ってしまった。

 僕の醜態を前にしても、男は厳かに跪いたままだ。


「いえ、貴方様は聖教会の宝である『神の子』、ましてや、今の貴方様はマルザワードの英雄でもあらせられるのです。私のような下賤の者、このくらいのことをしなければ不敬に当たります」


 その男は大真面目に答えているので、僕はどうしようもないほど顔が赤くなっているだろう。

 僕は無理矢理この男を立たせた。


「あ、あの! 僕はあなたと同じ一介の聖騎士です。なので、このように跪かないで下さい!」

「ああ、何という慈悲深い御方なのでしょうか。私のような卑しい者と同じ視線になっていただけるとは」


 男は感激したように涙まで流していた。

 僕はもう、目の前の男にただただ呆気に取られるだけだった。


「ハ! 申し遅れました! 私はジル・ド・クランと申します! フランボワーズ王国付きの聖騎士長でございます!」


 ジル・ド・クランは、完璧なまでの敬礼をした。

 僕もよろしくと言って敬礼で返した。

 僕はようやく落ち着くことが出来、見たことがあるとやっと気づいた。


「そういえば、貴方はペガサスに乗って、上位個体の翼竜を単騎で食い止めてませんでしたか?」

「おお! 何と! このような私のことなどを見ていただけではなく、覚えていてくださったとは。何という光栄なことなのでしょうか!」


 ジル・ド・クランはまた感激して、今度は恍惚な表情になった。

 僕はまた、言葉がなくなってしまった。


 こんなにも『神の子』というものに反応をするとは、かなり敬虔なルクス聖教徒なのだろうとは思う。

 でも、怖くなってくるほどの熱心さだ。


「あ、少し静かにしてもらえますか? あれを見て下さい」


 僕は岩山の影に数体の細長い角の生えた馬面の獣人を発見した。

 ジル・ド・クランは、別人のようにキリッとした顔になった。

 やっぱり、聖騎士長にまでなるのだから、仕事への切り替えが早い。


「ほう? あれはオリックですな。乾燥した大地に適した獣人です。おそらく、竜王軍との戦いで、我々がどのぐらい疲弊しているのか偵察に来た、獣王軍の偵察部隊でしょうね」

「そうですか。まだ、僕たちに発見されたことに気づいてなさそうですね。 ……狩りますか?」

「ええ、お供いたします。フフフ」


 ジル・ド・クランは、僕の提案に賛成し、不気味な笑顔で嬉しそうに笑った。


 僕とジル・ド・クランは、光魔法で光を屈折させて姿を見えないようにした。

 そして、素早く静かに岩山を駆け下りていくと、オリックたちを次々と斬り伏せた。

 戦闘になることもなく、隊長格は捕らえ、他は全て斬り伏せた。


「さすがは、ジークフリート様。このような者たちでは、相手にもなりませんでしたな」

「ええ、ジルさんこそ。やはり、強いですね」

「もったいなきお言葉ありがとうございます。フフフ、いつ来てもマルザワードはいいですな。フランボワーズは暇すぎて体がなまりそうですよ」


 ジル・ド・クランは、少し満足したように不気味な笑顔で笑った。

 僕たちは違う聖騎士に見張りを交代してもらうと、街の中にいた尋問官にオリックを引き渡した。


 このような獣王軍や魔王軍の偵察が何度かやっては来たが、大規模な侵攻は起こらなかった。


 避難していた住人たちや戦闘に参加していなかった兵達も、もうすでに街に戻ってきている。

 すでに復旧作業は始まり、住民たちに混じって一般の教会騎士や連合軍の兵士たちも手伝っている。


 ドラゴンの死体は素材を剥ぎ取り、使える物は肉や骨まで何でも回収しているようだ。

 ドラゴンの素材は貴重であるため、特に商業ギルドは嬉々としてやっているようだ。


 この街お抱えの金等級冒険者達が、暗黒竜を仕留めた僕のところに『暗黒竜の牙』を持ってきてくれた。

 暗黒竜を綺麗に一撃で仕留めたことで、素材をかなり回収できたことのお礼だとを言っていた。

 持ってきてくれたのはいいが、僕の部屋に入り切らないほど大きかったので要人の応接間に通じる通路に飾られることになった。


 ここマルザワードは、灼熱の砂漠に接する過酷な地域でもある。

 昼間の太陽の日差しは刺すほど強く、弱い者の命を簡単に奪う。

 そして、日が沈めば一気に逆転して凍える夜になる。


 それでも復旧作業は問題なく進み、暗くなれば火を燃やして宴会を開いて騒ぐ。

 このようにマルザワードの住民たちは、この程度の復旧作業は物ともしない逞しさだった。


 僕も戦場を経験してみて初めてわかったが、この城塞都市は自分達の命がいつ失うかわからない場所なのだ。

 だから、聖騎士も合わせてここの住民すべては、今という時間を楽しみ、毎日本気で生きている。

 僕もこの輪の中の一人として認められたことを嬉しく思い、誇りに思った。


 そして、復旧作業が終わると総本山や各国の聖騎士たちはそれぞれの持場に帰っていった。


 この後、聖騎士隊の再編成が行われ、マルザワードはまた100人体制になった。

 この中にジル・ド・クランの姿がなかったことに、半分ホッとして、半分残念な気分だった。


 こうして、マルザワード城塞都市は平常運転に戻った。


 ジークフリート編 第1章 完

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