第5節 初陣

 転移魔法陣から、各国の精鋭の聖騎士たちがやってきた。

 彼らはすぐに、諜報部員たちとともにペガサスに乗って、敵の偵察に向かった。

 いくつかの交戦はあったらしいが、みんな無事に情報を手にいれて帰ってきた。


 敵は竜王軍四天王暗黒竜オプスキュリテを大将に、飛行能力のない甲羅を背負った地上竜300、地上竜よりも小型の翼竜50という、報告よりも少し多い構成だった。

 その中に、強力な上位個体も紛れているようだ。


 だが、ドラゴンは単体でも強力であるため、基本的に力押しで攻めてくる。

 そのため、唯一の欠点として、連携や陣形というのはないということだった。


 その情報を元に陣形が決まった。

 このため、こちらの陣形は単純なものになった。


 迎え撃つ戦場となる場所は、城塞都市から少し外れた砂漠に向かうエリア、山脈のような巨大な岩山が多く連なるエリアだ。

 ここは、天然の要塞みたいになっていて、この岩山には砦がいくつも築かれている。


 地形も、まるでアサール砂漠に対して境界線を引いているかのように、岩山が連なっている。

 その岩山の隙間も狭く、ドラゴンのような大型の生物が通れるのは限られた場所だけだ。

 この隙間を中心として、布陣を展開する。


 まずは、地上竜を正面で迎え撃つため、マルザワードの聖騎士隊50と総本山の聖騎士隊50

 この合同部隊を率いるのは、マルザワード隊隊長ライアンだ。

 この部隊の中に僕も入っている。


 右翼の岩山には、傭兵ギルドの精鋭200


 左翼の岩山には、この城壁都市お抱え冒険者の金等級パーティーを中心に、戦闘特化の銀等級パーティー計9組と常駐の連合軍の精鋭部隊100


 岩山の正面側、後詰めの位置には残りの連合軍の精鋭部隊100


 さらに岩山の各所には、強力な遠距離魔法の使い手たちが魔術ギルドから10ずつと護衛の連合軍の精鋭も10ずつ配備される。


 本丸である聖教会大聖堂では、総本山の聖騎士隊50と教会騎士の精鋭100、翼竜の迎撃用の魔術ギルドの部隊50

 率いるのは、総指揮官聖騎士団団長ロドリーゴ・ライネス


 翼竜を空中で迎え撃つ空挺部隊、マルザワードの聖騎士隊の残り50と各国の精鋭の聖騎士10

 彼らはペガサスに乗り、空中戦を展開する。

 率いるのは、聖騎士団副団長アリス・サリバン


 以上の布陣となる。


 もちろん、兵の数はまだまだたくさんいる。

 しかし、相手は最強種族のドラゴンだ。

 生半可な戦力では役に立たず、ただの無駄死にするだけだ。

 他の兵たちは住民の避難、誘導に専念してもらった。


「とんでもない相手が初陣になってしまったな、ジーク?」


 オリヴィエが僕に話しかけてきた。

 初陣で緊張している僕の気を紛らわせようとしてくれているようだ。


 オリヴィエ・ド・シュヴァリエは、何と僕のいる小隊を率いることになった。

 彼はまだ19歳なのだが、隊長にリーダーシップ、戦闘能力を認められてのことだ。

 これだけでも、マルザワード隊が実力主義だということがよくわかる。


「ええ、いきなりドラゴンが相手なんて、正直怖いぐらいです。でも、僕は自分がどれぐらいやれるのか楽しみでもあります」

「気負いすぎるなよ? 相手は一体だけではないのだ。無闇に突っ込んでいけば、やられるだけだ」

「はい、わかっています。相手は単体でも強力なドラゴン……あ!」


 遠くの方に、土煙が見え始めた。

 足元からは、地面が揺れている感じが少しずつ伝わってきた。

 そして、鐘の音が響き渡った。


「どうやら来たみたいだな? 聖闘気を解放しろ!」


 オリヴィエは戦意を高めたかのように、一気に張り詰めた表情になった。

 全身が聖闘気に包まれ、淡いオレンジ色に光り輝いた。

 他の者達もそれぞれ同じように、自らの属性色の聖闘気を纏った。

 僕もまた同じように聖闘気を解放した。


 まずは翼竜が10体ほど、空中から突撃しようとしてきた。

 それを、岩山の魔術師部隊が迎撃するために魔導砲を放った。

 翼竜たちは空中で軌道を変え、軽々と躱した。

 しかし、その動きを読んでいた空挺部隊たちは両脇から挟み込むように切り込んだ。


 こうして初戦は空中戦から始まった。

 上空では、空挺部隊が付かず離れずの攻防により、翼竜たちを引きつけている。

 見事な連携で制空権争いを繰り広げる。

 地上からの魔術師部隊の援護により、一進一退の互角の攻防となっていた。


 翼竜たちの襲来に少し遅れ、今度は地響きの音が大きくなってきて、砂煙が近付いてくる。

 次は、僕たち地上部隊の出番だ。


 地上竜たちも予想通り、連携や陣形などはなく、圧倒的な力による単純な突撃だ。

 今回の襲撃以前から、城壁前の砂漠地帯の地面には強力なトラップ魔法陣が仕掛けてある。

 並の魔獣では、踏んだ瞬間に爆発の威力で粉々になるほどだ。

 それに加え、急ごしらえだが新たな罠も仕掛けてある。

 いかに強力なドラゴンとはいえ、少なからずダメージを与えることができるものだ。


 しかし、先頭のドラゴンは足を止め、地面に向けてブレスを吐いた。

 それに倣い、他のドラゴンたちもブレスを吐いた。

 これによって地面はえぐり取られ、トラップ魔法は無効化された。


「そんな!? 罠が読まれた!?」


 僕は信じられず、驚愕の声を上げた。


「チッ! やはり、こんな見え透いた罠にはかからんか」


 オリヴィエは冷や汗をかいているが、それほど驚いてはいなかった。


「ドラゴンは元々、知能の高いモンスターだ。しかも、その上位個体になれば、人族の上位魔術師を上回る魔力と知性を持っている。ほんの少しの魔力の違和感で、罠に気づくヤツがいてもおかしくはない。これに加え、鋼よりも硬い鱗、強靭な力を持つ巨体、強力なブレス、それゆえに、ドラゴンは最強種族と呼ばれているのだ」


 オリヴィエは、唖然としている僕にもわかるように説明してくれた。

 僕はそれを聞いて、ゴクリとツバを飲み込んだ。


「ジーク、気合を入れ直せ! 来るぞ!」


 僕はオリヴィエの言葉により、ハッと気を取り戻した。


 次の瞬間、先頭のドラゴンが土煙の中から現れ、最前列小隊と激突した。

 次々とドラゴンたちが現れ、その相手を次の小隊ごとに相手をしていき、最前列で壁を作る。


 この地形では、巨体のドラゴンたちは大きく横に展開できないのだ。

 自然と後方のドラゴンたちの足止めになる。

 その後方のドラゴンを、低めの岩山の間から両翼の部隊で挟みつつ、岩山を越えさせないようにする。

 これに加え、岩山の魔術師部隊が上空、地上と状況によって援護射撃を行う。


 この作戦が見事に噛み合い、ドラゴンたちの侵攻を阻んでいた。


 しかし、この状況も少しずつ均衡が崩れ始めた。


 上空の空中戦で、翼竜の上位個体が前線に出現し、空挺部隊は少しずつ撃墜されていった。

 これにより、上空からのブレスが地上にも届きはじめた。


 この事態により、空挺部隊の指揮官である副団長が直々に、身の丈に似合わない長い矛を持ち、上位個体の足止めをした。

 さらにもう1体上位個体が出てきたが、こちらに関してはマルザワード隊ではないどこかの国の二刀流の聖騎士が単騎で食い止めている。

 だが、上空からの攻撃により地上で均衡が崩れた。


 ほんの僅かなスキを突いて、上位個体により最前列に穴が空いた。

 この穴を埋めるべく僕たちの小隊が入った。


「行くぞ、みんな! 作戦どおりに陣形を組め!」

「おう!」


 オリヴィエの合図とともに、僕たちは陣形を組んだ。

 前列の二人が撹乱、盾役になる。

 中列には、中央に指揮官のオリヴィエ、両翼に状況によって対応する遊撃手の二人

 後列には援護役の僕ともうひとり


 この陣形は見事に噛み合った。

 前列のベテランコンビは、息の合った動きで翻弄している。

 遊撃手の男女の二人も、オリヴィエの的確な指示を正確に汲み取っている。

 少しずつ上位個体を削り、詰将棋のように追い詰めていった。

 僕ともうひとりのベテランの援護組の出番がないほどだった。


 さらに上位個体が別のところに出てきたが、ライアン隊長が戦鎚を持ち応戦した。

 驚いたことに、ライアン隊長はもうひとりの援護役と二人だけで対応している。

 さすが、七聖剣序列第七位だ。 


 僕たちの小隊は優秀なようで、オリヴィエの2種類ある副属性の合成魔法のマグマによる足止めから、前列のベテランによってドラゴンの急所の喉の逆鱗に槍が突き刺さった。

 そして、上位個体を見事に倒した。


 僕はホッと一息ついた。

 しかし、その直後だった。

 前方側の遠距離魔法の魔術士部隊の岩山が、次々と破壊されていった。


「な、何が起こっている!?」


 オリヴィエは驚愕の表情を浮かべた。


 それほど、凄まじい威力の魔法攻撃だった。

 そして、恐ろしい速さで飛んできたドラゴンは僕たちの小隊の前に降り立った。

 他のドラゴンとは、明らかに格の違いが見て取れた。


 上位個体よりもさらに一回り大きく、黒い闘気に覆われている。

 鋼すら紙くずのように切り裂きそうな鋭く巨大な牙と爪、巨大な翼の先には槍のような角が生えている。

 全身を覆う漆黒の光沢のある重厚な鱗、しかも、切れ味の鋭い剣のように先が尖り、振れただけでズタズタに切り裂かれそうだ。


「ぐっ!? 暗黒竜オプスキュリテ。これは厄介なやつが来てしまったな」


 オリヴィエが冷や汗を流しながら呟いた。

 暗黒竜は倒れている上位個体を、漆黒の瞳でじろりと見下ろした。


「ふん! 人族にしてはなかなかやるようだな?」

「な、喋った!?」


 僕の驚愕の言葉を聞いて、暗黒竜は鼻で笑った。


「ふん! 人族の言葉程度、並の竜族でも千年生きれば話せるわ! しかも、我は竜族の王にして闇の化身であらせられる魔神竜様の一の眷属、暗黒竜オプスキュリテだぞ、ナメるな!」


 暗黒竜は、岩山を一息で消し飛ばした漆黒の魔導砲を口から吐き出した。

 僕たちはみんなとっさに避けた。


 しかし、前列のベテランは、避けた先の空中で追撃の爪で引き裂かれ、もう一人はしっぽで叩き潰された。

 二人共、一撃で即死した。

 僕たちは暗黒竜の圧倒的な力の前に沈黙した。


『グオオオオオ!!!』


 そして、暗黒竜は耳が張り裂けんばかりの雄叫びを上げた。

 この声を合図に、砕けた岩山の間から上位個体たちが乗り込んできた。


 この上位個体たちに、僕たちの小隊は横から炎のブレスで挟撃された。

 遊撃手の二人は、オリヴィエと後列の僕たちをかばうかのように炎に包まれて黒焦げになった。

 この時、オリヴィエもブレスを受け、ダメージを受けて倒れた。


 このドラゴンたちを食い止めるため、後詰めの部隊が後方の岩山から駆け下りてきた。

 後列のベテランは倒れたオリヴィエを回収して後ろに下がった。

 そして、戦況は一気に追い詰められていった。


 僕は一人、暗黒竜の前に立った。


「小僧、何のつもりだ? 死ぬつもりか?」


 暗黒竜は僕に向けて言葉を放った。

 僕は全身が震えているようだった。


「おい、ジーク、何をしている? お前も、引け。こいつの相手は、団長じゃなきゃ、無理だ」


 オリヴィエは呼吸も荒く、ベテランの肩を借りてはいるが、命に別状はなさそうだ。

 僕はホッと一息つくと、暗黒竜に剣を向け震えながら答えた。


「オリヴィエさん、今動けるのは僕だけです。僕が足止めするので団長を呼んできてください」

「ダメだ! 命令だ、引……っ!?」


 オリヴィエが言い終わらないうちに、後詰の部隊がやってきて場は混戦となった。

 しかし、僕と暗黒竜の間だけは誰も入ってこなかった。


「ふん! 人族如きがどれだけ来ようと無駄だ。我ら竜族の敵ではないわ!」

「あんまり人族を、ナメるな! 聖闘気全解放! うおおおおお!」


 僕は制約の腕輪を外し、全ての聖闘気を解き放った。

 この瞬間に気づいた。

 震えていたのは恐怖じゃなく、武者震いだったのだと。


「むう!? こ、これは? ……だが、関係ないわ!」


 暗黒竜は爪を振り下ろしてきた。

 最初の攻撃の時は速く感じた。

 でも、今は遅く感じる。


 僕は避けるために、横に軽く飛んだつもりだった。

 しかし、自分で思っていたよりも、はるか遠くに行ってしまった。


「あれ? おかしいな?」

「な!? どこに? ……そこか!」


 暗黒竜は一瞬、僕を見失ったようだったが、もう一度爪を振り下ろしてきた。

 また同じことを繰り返した。


 まるで自分の体じゃないかのように、コントロールが効かない。

 この感覚は、5歳の時に初めて気性の荒いユニコーンに乗った時と同じような感じだった。

 でも、何度か繰り返しているとだんだんと馴染んできた。


「くそ! ちょこまかと! 喰らえ!」


 暗黒竜はなりふり構わずに、魔導砲を放ってきた。

 後ろには、他のドラゴンと戦う仲間たちがいる。

 避けるわけにはいかなかった。


 僕は聖剣『バルムンク』に、全ての聖闘気を集中させて、とっさに魔導砲を切り裂いた。

 暗黒竜の魔導砲は霧散し消滅した。


「な、何だと!?」


「はああああ!」


 僕は飛び上がり、そのまま暗黒竜に向かって、全力で剣を振り下ろした。

 暗黒竜は腕で受けようとしたが、バルムンクは腕を切り落とし、胴体もそのまま袈裟斬りに真っ二つに斬り裂いた。


 え?

 斬り裂いた?

 え?

 真っ二つ?


「ぐわああああああああ!!!」


 暗黒竜は断末魔の声を上げた後、息絶えて動かなかった。


 これで、もう終わり?

 僕は、あまりにもあっさり終わってしまったことに戸惑った。

 戦場はどこも静まり返ってしまった。


「うおりゃあ!」


 最初に冷静さを取り戻したライアン隊長は、目の前の上位個体の頭を戦槌で叩き潰した。

 それを見て、他の者達も次々と目の前の相手を倒していった。


 勢いの失ったドラゴンたちは、襲撃のスピードよりも速く、尻尾を巻いて逃げ帰っていった。

 そして、後には人族の勝鬨が上がった。


 みんな大勝利に酔いしれていたが、僕だけが戸惑っていた。

 僕自身の戸惑いとは裏腹に、みんなが僕の事を讃えていた。


 何なんだ、この力は?


これが『神の子』ジークフリート・フォン・バイエルンの華麗なる初陣だった。

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