第4節 敵襲

 僕がここ、マルザワード城塞都市に配属されて、しばらく経った頃のことだった。

 巨大な岩山の斜面をくり抜いて造られた城壁の見張り台から、敵襲を知らせる鐘の音が鳴り響いた。

 さらに音魔法も加わり、城塞都市全域に響き渡った。

 これほどまでの警戒音は、僕が配属されてから初めてのことだった。


 これまでも城壁からの鐘の音だけは何度も聞いていた。

 しかし、襲撃とは到底呼べないほどの迷い込んだ知性のない魔獣、取るに足らない盗賊レベルの魔族や獣人たちの侵入程度であった。


 その程度のことであれば、聖騎士が出向くほどではなく、各国の連合となる騎士たちや傭兵、冒険者たちで十分だった。

 彼らの戦いぶりを見たが、この最前線に来ているだけあって、歴戦の兵だろうとは思えた。

 だが、今回はかなりの規模の敵襲だということで、僕たち聖騎士隊も城壁前に集合した。


 このマルザワードに配属されている聖騎士は、全部で100人程度、決して多い数ではないが、全世界の聖騎士合わせてもせいぜい500人ほどなのだ。

 聖騎士自体がいかに希少な存在なのかわかるだろうし、その全ての5分の1がこの地にいるのである。

 この最前線基地がどれほど重要なのか、誰の目にも明白である。


「お前ら、よく聞け!」


 敵の襲来による怒号の中、ライアン隊長の力強い大きな声が響き渡った。

 その声により、聖騎士たちは身を引き締めたようだ。


「哨戒に出ていた冒険者からの報告があった。アサール砂漠の先からドラゴンの軍勢が近づいてきている。その数、300だ!」


 その言葉に、聖騎士たちは言葉を失った。


 数字上は少ないが、相手は最強種族と言われるドラゴンである。

 聖騎士たちが人族の最高戦力であっても、ドラゴンに1対1で勝てる者などそう多くはいない。

 その相手が自分たちの3倍の数でやってきたのだ。

 いかに、最精鋭である聖騎士であっても、腰が引けるのだ。

 誰もが呆然と立ち尽くしているかのようだった。


「何だ、お前ら、びびったか? そりゃ、怖えよな? あの強大なドラゴンが300体もやってくるんだ、当然だな。奴ら、完全にここを取る気だぜ。だがな、俺達は何だ? 聖騎士だ! 人族全ての最高戦力で最後の希望だ! 今まで自分を鍛えてきたのは何のためだ! 今ここで命張るためだろ! 人族すべてに、光の神のために命を、魂を捧げるためだろ! もう一度聞く、お前らは誰だ?」


 ライアン隊長の演説は、どこまでも覇気に溢れ、誰もが惹きつけられていた。

 しんっと、静まり返った聖騎士隊員たちに少しずつ波紋が広がっていくようだった。


「……オレは聖騎士だ。オレ達は聖騎士だ! 聖騎士だー! うおおお!」


 そして、僕の隣りにいた男が声を上げた。

 そこから次々と、冷静沈着だと思っていたオリヴィエ・ド・シュヴァリエさえも鼓舞されて声を上げている。

 聖騎士隊は見事に鼓舞され、士気が最高潮に高まった。


 この隊長はこの最重要拠点を任されているだけあって、さすがと言える覇気があり堂々としている。

 初日は、僕に対しての態度はひどいものだと思ったが、その後で僕にもその理由がわかった気はする。


 ライアン隊長はこの地を守る責任者であり、歴戦の勇士でもあるのだ。

 上からの命令とはいえ、いきなり何の経験もない新兵、しかも『神の子』などという厄介な肩書を持つ者を部下にするなど、どれほどのリスクが有るのか。

 他の者の足を引っ張り、この地を危険に巻き込む可能性だってあるのだ。

 

 だが、僕だってこの間、寝食を共にし訓練をしてきたのだ。

 今は半人前だろうが、一人の部下として見てくれていると思う。

 訓練では本当の実力など誰も見せてはいないし、僕もアピールした覚えはない。


 はっきり言うと、僕は他の聖騎士たちとはあまり話をしたこともない。

 僕はどうやら、他人とコミュニケーションを取ることが苦手なようで、相手から話しかけてきてくれないと会話も長くは続かなかった。

 そのため、僕は新参者ということもあり、ここでは浮いた存在になっている。


 唯一、初日に僕に話しかけてきてくれたオリヴィエ・ド・シュヴァリエという男とだけは話をまともにできる。

 彼も自分の仕事が忙しいようで、話をする機会はそう多くはないが、訓練では彼と共に行動をすることが多かった。

 彼は僕をできるやつだと褒めてはくれた。


 だが、この初陣によって僕の本当の評価が決まるのだろう。

 気がついたら僕も、みんなと同じように鼓舞されていた。


 ~一方その頃、聖教会総本山では~


「何だと!? 城塞都市マルザワードが襲撃されるだと!?」


 マルザワードからの連絡兵の報告により、聖騎士団団長ロドリーゴ・ライネスは驚愕の表情を浮かべ、ギリッと歯ぎしりをした。

 しかも、報告によるとドラゴンの軍勢300体だ。

 絶対数の少ないドラゴンが300体もいるのだ。

 これは確実に竜王軍、おそらく幹部クラスもいるはずだ。

 連絡兵を下がらせると団長は、秘書でもある教会騎士に命令を伝えた。


「緊急会議だ。今すぐに召集をかけろ!」


 統合作戦室には、聖教会圏連合軍軍事総司令、軍事参謀総長及び4名の副長、聖騎士団副団長兼七聖剣序列第6位、聖教会教皇、他にも各国の軍事関係者の大物が集まっていた。

 まずは、団長が報告を受けた通りの話から始まった。


「……ぐぬう。ドラゴン300体か。これはたいへんな事態になったな」


 老齢の白く長いひげを蓄えた総司令が呟いた。


「確かにそうですね。ドラゴンの軍勢300体などとは。これは間違いなく竜王軍でしょうね。全く厄介だな。暗黒大陸3大勢力の一角か」


 30代後半と参謀総長を務めるにはまだ年は若いが切れ者である、黒髪の浅黒い肌の男は冷静に同意した。


「ええ、そうね。竜王軍で先鋒を務める位置だとおそらく、四天王の暗黒竜オプスキュリテだと思うわ」


 聖騎士団副団長にして、七聖剣唯一の女性アリス・サリバンは分析した。

 この女性は背が低く、まだ年が幼くは見えるが、口調と態度から年はそれほど若くないようだ。

 青色の髪から覗く青い瞳が、白い肌から強調され、より神秘的に見せる。


「暗黒竜か。ヤツは厄介な相手だ。いくら現地の聖騎士隊隊長のライアンが七聖剣序列第7位でも厳しいな。これは応援を出さねばなるまい」


 聖騎士団団長として応援をよこす判断は当然の発言だろう。


「ですが、団長殿。応援を出すとなっても、こう情報の少ない中ではどうにも出来ませんよ」


 参謀総長の意見も最もなことだった。


「くっ! こんな後手に回るとは。情報部は何をやっていたのだ!」


 総司令は机を強く殴りつけ、情報部の総責任者でもある参謀総長を叱責した。

 参謀総長は腕を組んで目を閉じ、雑音を遮断するように思考を巡らしているようだ。


「総司令殿。ドラゴンというのは巨体で動きが鈍い印象があるのですが、その大きさゆえに移動速度は速いのです。我々にとっては緩衝地帯の広大なアサール砂漠ですら、奴らにとってはただの広い砂場でしかないのです。いくら情報部といえども、奴らがその気になれば諜報部員の動きなど軽く超えてきます」


 団長は総司令をたしなめるように参謀総長をかばう発言をした。

 総司令はこれが気に食わないのか、ツバを飛ばしながら怒鳴った。


「だからといってどうするのだ! このまま手をこまねいているのか!」

「いえ、私は聖騎士団団長として、動ける聖騎士には全て召集をかけます。今はこの会議を開いている時間すらもったいないのですからな」

「貴様!? 自分でその会議を開いて、そのような口を利くか!」

「ええ、総司令殿。私は全召集の承認が欲しいだけです。少しでも遅れれば、人族にとって取り返しのつかない損害を受けるのですよ? 下手をすれば、400年前の大戦が再び起こる引き金になると私は危惧しているのです」


 団長の全召集という言葉に議場はざわついた。


「ですが、全召集となると各国の首脳を納得させるものが必要になりますよ」


 参謀総長は難しい顔をしている。

 そう、各地の聖騎士たちを呼び寄せるのに、各国の権力者たちは自国の領土の防衛があると言って、常に難色を示すのだ。

 この議場ですら、全招集に二の足を踏んでいる。


 総司令は、この決め手のない会議に苛立ちを隠せないで、吐き捨てるように信じられない暴言を吐いた。


「全召集が難しいならば、マルザワードを餌にしてしまえ! そして、この機会に教義に則り、魔族全てを滅ぼせばよいではないか!」

「な!? それが総司令の言葉か! 大戦が起これば、どれだけの悲劇が起こるのか分かっているのか! 人の命を何だと思っている!」


 総司令と団長は互いに怒鳴りあい、睨み合った。


「……ふむ。それならば、こういう意見はどうでしょうか?」


 静かに様子を見守っていた教皇が、間に入るように静かに口を開いた。


「まずは、各国の精鋭の聖騎士たちを一名ずつ召集します。それと同時に情報部の特に優れた諜報部員たちの護衛に付けます。そこにドラゴンのスピードを上回る希少なペガサスで行動してもらうのです。これぐらいならば団長権限でできるでしょう?」

「くっ! わかりました、教皇猊下。今はその案で私は良しといたします!」


 団長はまだ不満そうではあるが、この妥協案に落ち着いた。

 総司令ももう何も言わなかった。


「ほんと、あのクソひげジジイ、無能すぎてムカつくわ! ねえ、団長?」


 団長室に戻ると、副団長アリス・サリバンは悪態をついた。

 この女は頭は良いのだが、口が悪い。


「そう言うな。私だってあのような失言をしたのだ、仕方はない」


 団長自身常々考えている。

 政治的な駆け引きの苦手な自分に、聖騎士団団長など向いていないと。

 聖騎士団は本来、人族の危機に対応する組織のはずなのに、なぜこんなにも煩雑なことになっているのか疑問にも思う。

 くだらない政治のせいで、危機に対応できなかったらどうするというのだろうか?


「おや? 団長殿、ずいぶんと暗いお顔をされていますね?」


 先天的に色素の薄いアルビノの男ジル・ド・クランがやってきていた。

 本来は総本山にいないはずの男が、いの一番にやって来て、団長は口元が緩んだ。


「よくきたな、ジル・ド・クラン。召集をかけたばかりだというのに早かったな?」

「ええ、もちろんですよ。あの最重要拠点のマルザワードが襲撃されるのです。聖教会の危機に飛んできて当然ではありませんか、フフフ」


 この男は不気味な容姿と口調、教義に絶対で容赦がないため、世間では狂信者などと呼ばれている。

 だが、聖教会の者にとっては、確実に裏切ることがない信頼できる仲間だと思っている。


「ああ、いつもすまないな。お前ほど頼れる男はいないぞ」

「もったいなきお言葉ありがとうございます、団長殿。このジル・ド・クラン、聖教会のためならば、どのようなことでもいたします」


 ジル・ド・クランは頭を垂れて跪いた。


 団長は思った。

 政治は嫌いだ。

 だが、信頼する部下の聖騎士たちならば、この危機を乗り越えることもできるはずだ、と。

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