第十五節 VSオーガ

 ボスが正体を現し、人の姿から大鬼オーガへと変身した。


「ぐぅおおおおお!!!」


 オーガは再び雄叫びを上げた。

 威嚇はそれだけで十分だった。


 まずは、傭兵ギルドの連中が蜘蛛の子を散らすように、絶叫を上げながらそれぞれの乗ってきたケンタウロスに乗って逃げ出した。

 それを見た愚連隊の連中が、ハッと意識を取り戻して、羊の群れかのように、我先にと逃げていった。

 ビ○チな女のセーラー服のスカートから、股の間を小水が垂れているのが見える。

 『全国制覇』と書いた特攻服の男に至っては、尻のあたりがこんもりと盛り上がっている。


「お、おい、みんな待ってくれよ!」


 フィリップは混乱しているようだが、唯一その場に残って他の連中を止めようとしていた。

 だが、他の連中は聞き耳を持たずに、一心不乱に逃げていった。


「アル!」

「ご主人たま!」


 ロザリーとレアがケニーに跨って駆けつけてきた。

 逃げていく連中が、脇を通り過ぎていくが、気にしていないようだ。


「ロザリー、レア、ケニーまで!」

「一体何があったの!? いきなり町に傭兵ギルドのならず者たちが現れたけど……え、オーガ!?」


 ロザリーはオーガに気づいて、血の気の引いた顔で後退りした。

 レアはオーガのあまりの大きさに、言葉もなくガクブルと震えながら見上げている。


「押忍! 若、よくご無事で!」

「ケニー、お前なんで? お前、まさか、オヤジに!? じゃあ、新入りはオヤジの差金か!?」


 フィリップは俺達とケニーを交互に見ていた。

 バレてしまったけど、今はそれどころではない。


「とりあえず、みんな落ち着いてくれ! あのオーガは悪いやつじゃ……」

「何じゃい! そん小娘共は? ……そうけえ、ワレ裏切り者じゃったんか、新入りー!」


 オーガは怒りのあまり、全身が真っ赤になり、髪の毛が逆立った。


 え?

 嘘だろ?

 怒りの矛先が俺に向いたようだった。


 この巨体とは思えないほどの素速い踏み込みで、右ストレートを放ってきた。

 俺はとっさにギリギリで躱したが、風圧だけで俺達全員吹き飛ばされた。


「……いてて。 ……っ!? みんな、大丈夫か!?」


 俺はすぐに立ち上がり、周囲を見渡した。

 みんなはそれぞれの方向へと吹き飛ばされていたが、大したことはなく無事だった。

 俺はホッと一息ついた。

 しかし、次の瞬間、血の気が引いた。


 オーガが拳を引き抜くと、そこには大穴が空いていた。

 それを見て、ゾッとした。

 まともに食らっていたら、死ぬどころかミンチになっていた。


「アル! すぐ逃げるわよ! 私達だけでオーガの相手なんて無理よ! 聖騎士か軍隊、少なくとも銀等級の冒険者パーティーが必要だわ!」


 ロザリーは、必死に俺を呼んで逃げようとしていた。

 でも、俺はそんなつもりはなかった。


「待ってくれ、ロザリー! 話せば分かってくれる! ……なあ、ボス、これは誤解なんだ!」

「ボス? ワレが言うなや! 炎弾フレーマ・グランス!」


 オーガは、俺がボスと呼んだことに怒り、炎の弾を投げつけてきた。

 戦闘態勢に入っていない俺には、こんな豪速球、確実に避けきれない。


 やばい!

 し、死ん……


氷弾グラシェ・グランス!」


 ロザリーがとっさに俺の前に立ち、氷弾を放った。

 しかし、オーガの炎の方が威力が上で、俺とロザリーは熱風に巻き込まれた。


「ぐわあああ! ……っ!? ロ、ロザリー、大丈夫か!?」

「う、ん、大、丈夫」

「ごめん、俺のせいで」


 俺とロザリーは全身に軽い火傷を負った。

 俺はまだ動けないことはないが、ロザリーは起き上がるのも大変そうだった。


「ご主人たま、ロザ姉たま! よくも、フニャー!」


 レアは、俺とロザリーがやられたのを見て、オーガをキッと睨みつけた。

 そして、ダガーを手にオーガに飛びかかった。


「退けい!」

「ふぎゃん!?」


 しかし、オーガに片手で軽くはたき落とされた。


「レア!?」


 俺はレアに駆け寄り、抱き上げた。

 ふぅ、良かった。

 気を失っているが、命に別状はなさそうだ。


「ふん! ワシは誇り高い戦士たるオーガじゃ! 人族とちごうて、子ネコを殺す趣味はないけえのう!」


 オーガはそう言うと、廃屋の中に入っていった。


 どういうつもりなんだ?

 今なら確実に俺達を殺せたのに。


 この隙きに、ロザリーは俺とレア、最後に自分にむけて水回復アクア・レメディをかけた。

 傷が回復したことで、一気に体が軽くなった。

 俺はこの隙に逃げようと、ロザリーとレアをケニーに預けた。


「逃げたかったら逃げえ! じゃが新入り、ワレは別じゃ!」


 廃屋から出てきたオーガは、巨大な金棒を持ち、鋼鉄の胸当てをつけ、鋼鉄の兜をかぶっていた。

 オーガは完全にやる気だ。

 俺は逃げても無駄だと悟り、ケニーの持っていた俺の装備であるショートソード、木の盾を装備した。


「ダメだよ、アル。逃げて!」

「押忍! 逃げましょう、アルセーヌ様!」

「そ、そうだぜ、新入り! 勝てっこねえ! やめとけよ!」


 ロザリーにケニー、フィリップまで俺の心配をしている。

 当たり前だ。

 正真正銘の化物であるオーガを相手に、一般人の俺程度がちょっと鍛えたぐらいでどうにかなる甘い相手じゃない。

 だけど、相手は俺を下に見ている。

 そこにつけ入る隙きがあるはずだ。


「いいぜ、一騎打ちだ。これで、他のみんなは見逃してくれるんだろ?」

「当たり前じゃ! オーガの誇りにかけ、二言はねえ!」

「……そうか、わかった。かかってこいよ、ボス!」


 俺はわざとボスと呼んで挑発した。

 オーガは俺の挑発に乗ってきた。


「なめんなや、ガキ!」


 オーガは確実に俺を格下に見ているので、何の芸もなく金棒を真っ直ぐに上から下に振り下ろしてきた。

 これだけ見え見えの攻撃なら速かろうと重かろうと、いくら俺でも受け流すことができる。


 俺は盾を構え、神経を研ぎ澄ませギリギリまで引きつけた。

 インパクトの瞬間、空中へと飛び、俺は腕で流しつつ、全身をひねって衝撃を受け流した。 

 それでも、木の盾は粉々に砕け散った。

 しかし、俺はこの衝撃を攻撃の勢いに換えるため、回転しながらオーガの脇腹に向かって剣を振り抜いた。


「うおおおおお!」


 決まった! 

 はずだった。


「むん!」


 だが、オーガは避けることもせず、更に踏み込み、鋼鉄の胸当てで俺の剣を受け止めた。

 俺の剣は、この衝撃に耐えきれず真っ二つに折れた。

 俺は言葉もなく、折れて飛んでいく剣先を横目に、硬い塊によってはるか後方へと吹き飛ばされていった。


 あれ?

 何だ、これ?

 全身がバラバラになってしまったような感覚がした。

 死んだ、のか?


「ア、アルー!?」


 ロザリーの声が聞こえる。

 まだ、死んではなさそうだ。

 だが、動けそうになかった。

 体に力が入らない。


「ガッハッハ! 今のは危なかったのう! ワレがここまでやるたあ思わんかったけえ、ちっとビビったわい!」


 オーガが一歩ずつ近づいてくる足音が聞こえる。


 ああ。

 トドメを刺しに来たのか?

 いい線いったと思ったけど、マジで強いやつには、やっぱ勝てねえか。

 何かに満足したのか、それとも諦めたのか。

 他のみんなが無事なら、まあいいかと受け入れて、そんなことを思ってしまった。


 しかし、足音が止まっても、いつまでもトドメを刺す気配がなかった。


「おい、そこを退けい!」


 誰か、俺をかばっているのか?

 誰だ?

 顔をあげると、そこにはレアの小さい後ろ姿が見えた。


「あ、う、レ、ァ……」


 俺はやめろと声をかけようとしたが、声が出なかった。

 レアはだらんと腕を下げ、ダガーを持ちながら俯いて立っていた。


「どかんかい! ワシは子供を殺す気はな……ぐわあああ!?」


 レアの全身から稲妻が迸り、オーガを感電させた。

 オーガはとっさに払い除けようと腕を伸ばした。


「フギャアアア!!!」


 レアはオーガの太い腕を木の幹のように、爪を立てながらおそろしい速さで駆け上った。

 そのまま、オーガの喉元にダガーを突きつけた。


「ぬおおお!?」


 しかし、一歩及ばずギリギリのところで、レアは払いのけられた。


「……ふぃ。ガハハ! 大したもんじゃのう。子ネコとはいえ、さすがは獣人じゃ!」


 オーガの全身から煙が出ているが、平気そうだ。


 ちくしょう。

 強すぎる。


「あう、レ、レア」


 ロザリーがよろよろとレアの元へと駆け寄った。

 倒れているレアを抱き上げると、ホッとしたような顔をした後、その場にへたり込んだ。

 レアは無事なようだ。


「さて、ぼちぼち終わりにせんと、ワシを討伐しに聖騎士でも来そうじゃい。 ……ん?」


 ロザリーが、まだ子供のレアだって、俺を助けるために体を張ったんだ。

 その俺がこのまま寝てていいのか?

 俺は最期まで足掻かないといけないんだ!


「うおあああああああああ!」


 ただの気合のやせ我慢で立ち上がった。

 だからって、何ができる?

 折れた剣を片手に、膝はガクガクと笑っている。

 しかも、相手は圧倒的強者のオーガだ。

 倒れたまま死ぬか、立って死ぬか。

 それだけの違いだ。


「ガハハ! 気に入ったぞ、ガキ! いや、ワレを戦士と認めるけえ! 名は?」


 オーガは立ち上がった俺を見て、楽しそうに笑った。

 どうやら、俺に敬意を表してくれたようだ。

 俺もその敬意に答えた。


「アル、セーヌ」

「い、いや。もう止めて。お願いします。もう止めてください」


 ロザリーは泣いているのだろうか?

 声が震えている。

 俺なんかのために、命乞いをしてくれている。

 ははは。

 最期まで、俺はロザリーに助けられっぱなしだな。

 何か、お返しをしてあげたかったなぁ。


「……仕舞じゃ。戦士・アルセーヌ!」


 オーガは俺に向けて金棒を振り下ろした。


「いやぁああああ!」


 これで終わりだな。


 ・・・・・・・。


 ―― 本当に、それでいいのですか?


 ははは、幻聴まで聞こえてきた。

 今際の際って、こんなことがあるんだな。


 ―― 本当に、終わりにしますか?


 終わりだって?

 そんなの……

 ……いやだ。 

 まだ、終わりたくない。


 俺はこの世界で何をした?

 まだ何もかも始まったばかりだ。

 出会ったみんなに助けられっぱなしじゃないか。

 まだ、何も返していない。

 まだ、死にたくない!


「うあああ!」


 俺は折れた剣を振り上げた。

 その瞬間、体が軽くなった。

 オーガの金棒を斬り捨て、振り向きざまオーガの背中を斬っていた。


「なん……だと……!?」


 そして、膝をついたオーガの首筋に剣を突きつけていた。

 折れた剣から透明な何かが生えてきていた。

 何かはわからない。

 でも俺は生きている。


「ふ。ガハハ! ワシの、負けだ! 好きにせい!」

「そうか。俺、勝った、のか?」


 俺は、生まれて初めての決闘で、オーガに勝ってしまった。

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