第十四節 バカ息子

 おかしい、何でこうなった?

 俺はまた、違う世界へ転移したのだろうか?


「おい、何ボケッとしてんだ、新入り! こっち来て飲めよ!」


 頭にハンバーグを乗っけた革ジャンの男が俺を呼んでいる。


「ひひひ、新入りゃー、酒よりこっりののがうめえろー?」


 幻覚の見える薬草だろうか?

 パイプのようなもので煙を吸っているろれつの回らない男は、背中に『全国制覇』と書いた特攻服を着ている。


「ウフン! この子、カワイイわね? 食べちゃいたい」


 と、俺の方を見て舌なめずりをしたビ○チっぽい女は、セーラー服を着て、懐かしのルーズソックスを履いている。

 他には、ドラムで髪を振り乱しながらビートを刻む太った男、それに合わせてバイオリンでロックな曲調を弾き鳴らす頭が尖ったデビルなメイクをした兄ちゃん、妙にしゃがれた声でシャウトをあげる、とげとげの格好をしたパンクな姉ちゃん。

 統一感はまるでないが、ナイトクラブのように薄暗く、雑多で退廃的な雰囲気は出ている。

 

 話は少し遡る。


 ロチルドの依頼で、放蕩息子が良からぬ輩とつるんでいるらしく、様子を見に行ってほしいということだった。


 もちろん、こんな内容の依頼は冒険者ギルドでは受けることは出来ない。

 なので、常日頃ロチルドにお世話になっている俺達パーティーが個人的に引き受けた。

 報酬はちゃんと払うと言っていたが、俺はもらう気はないと言った。

 ロチルドに押し切られる形で、1日金貨1枚ということになり、何か問題があればさらに割増があるという破格の契約になった。


 とりあえず、ロチルドのバカ息子の特徴を聞き、準備を整えた。

 まずは潜入するために、装備を整えた。

 この時点で、俺は何かがおかしい気配は感じていた。

 だが、俺は気のせいだと自分に言い聞かせた。


 次の日に、俺はロチルドの愛馬、体育会系ケンタウロスのケニーに跨がり、輩共のたまり場である廃墟へと向かった。

 途中でケニーと別れ、そこからは歩いていき、暗くなる頃に到着した。


 たまり場の広い敷地では、恥ずかしい格好をさせられたユニコーンを乗り回す輩共がたむろしていた。

 この時点で俺は気づくべきだった。

 しかし、俺は疑問に思うことなく、どこから仕入れた情報かはわからないが、ケニーに教えてもらった合言葉で中へと入り、冒頭へと話が戻る。


 そんなことで、俺はロチルドの依頼で良からぬ輩どもがたむろする廃墟へと潜入捜査をしに来た。

 しかし、良からぬ輩がこんな連中だとは思いもしなかった。


「おう、よく来た新入り! 俺がここの副長、フィリップだ!」


 小太りで、やたらと声が大きいその男は、金髪のチョンマゲにしている。

 しかし、俺には頭頂に、かつて浅草にあったあのビルのような、金のう○こがのっているようにしか見えない。

 だが、少し垂れた目に調子の良さそうなニヤケ顔。

 特徴が一致している。

 この男が目的のロチルドのバカ息子だ。


「チャーッス! 自分はって、いいまーす! よーろしくっすぅ!」


 俺は、アルフレッドと偽名を使い、こいつらの好みそうな頭の悪い挨拶をした。

 予想通り、この挨拶で仲間と認められ、夜中まで飲んで騒いた。


 次の日の朝、気持ち悪いのを無理して、近くの茂みへと入っていった。


「おはよう? ……ア、アル……だよね?」


 ロザリーは俺の格好に唖然としている。

 俺は今、頭を金髪のリーゼントにして、スズ○ン制覇を目指しそうな学ラン姿だ。


「ご主人たま、頭に焼きそばパンがのっかっていますニャ、おいしそうですニャ!」


 レアが俺の頭を見てよだれを垂らしている。

 レアはネコの獣人だから、人間とは物の見方が違うとは思う。

 リーゼントは、同じパンでも、バゲットの形だと思うぞ?

 食いしん坊だなって、イジりたいけど、一応、真面目に訂正しておこう。


「レア、これは焼きそばパンじゃないぞ。髪の毛だぞ」

「フニャ? 髪の毛? ニャンで焼きそばパンにニャってしまったのですかニャ?」


 レアは髪型というものをわかっていないようで、首をひねってぽかんとしている。


「うん。潜入捜査のために泣く泣くこんな恥ずかしい格好をしているんだ。他にもハンバーグみたいな髪型のやつもいるんだからな」

「ニャー!? ハンバーグ! た、楽しそうですニャ! レアも行きたかったですニャ!」

「……ちょっと、アル。レアが勘違いしてるからちゃんと説明して」


 ロザリーは、俺とレアのトンチンカンなやり取りに、呆れ顔をしてツッコんだ。


 俺は、中では特に意味もなくたむろして騒いでいるだけだと説明した。


「よくわからないけど、何でそんな事する意味があるの?」


 優等生なロザリーには、不良と呼ばれる連中について、理解出来ないようだ。

 どれだけ大変だろうと自分の進む道を真面目に真っ直ぐに進んできたんだ、わからなくても仕方がない。

 だが、俺のような半端者は連中みたいなのは、多少理解できる。


 今自分が何のために生きているのか?

 自分なんか必要ないんじゃないだろうか?

 見えない将来に対する不安、やり場のない怒り、世の中の全てに対する不満、などなど。


 だから、自分と同じような連中とつるみ、騒ぎ、今が楽しければいいと思いつつ、意味のないことに意味を見つけようとして、日々を無為に過ごしていく。

 俺は、連中を見下しもしないし、共感したりもしない。

 今のこんな無駄な日々だって、いずれ自分の道を進んでいくための準備期間なんだ、と、それなりに長く生きて分かるようになった。


 とはいえ、このまま放って置く訳にはいかない。

 周囲の人間が迷惑に思えば、若気の至りで済まして良い訳はない。


「とりあえず、俺は2、3日様子を見るよ」

「うん、わかった。私達も近くの町に滞在するから、毎日報告してね」


 俺達はひとまず別れ、俺はまた中へと戻っていった。


「オイ、新入り! てめえ、どこ行ってやがった!」


 ロチルドのバカ息子フィリップが、俺を見つけて怒鳴ってきた。

 真面目に相手をするのも面倒くさかったので、適当に返事をした。


「サーセン! ションベン行ってましたっす!」

「ウソつけ! どんだけ長えションベンだ!」

「サーセン! ウソつきましたっす! 大の方っす!」

「チッ! まあいい、怪しい行動すんじゃねえよ」


 おや?

 たかがこの程度で、フィリップは妙に苛立っている。

 何かありそうな気がしたので、少し聞いてみた。


「どうかしたんすか? 昨日の夜から比べると妙に細かいっすね?」

「ん、いや、な」


 フィリップは何か言いづらそうに言い淀んでいる。

 俺はもう少し食い下がってみた。


「ええ? 何すか、気になりますね? 俺も仲間に入ったんスよ。信用して話してくれてもいいじゃないっすか」

「はあ、わかった。信用云々の話の前に、いずれは話すことだからな」


 フィリップは、渋々説明してくれた。

 話してくれた内容はこういうことだった。


 この集団は、フィリップがここのボスの腕っぷしの強さに憧れて立ち上げたらしい。

 フィリップ自身は腕っぷしは弱いが、口と要領の良さだけで粋がっているようだ。

 そんな自分が嫌だったらしく、漠然と何かを変えようとボスの力を借りてこの集団をまとめているそうだ。


 もちろん、集まっているだけでは集団として成り立たず、ここの荘園主代理に上納金を収めて目をつぶってもらい、何とか存続しているそうだ。

 やっていることは、自分たちを愚連隊と称して盗賊が近寄らないようにし、モンスターが出たら退治をする、というような用心棒家業をしているらしい。


 だが、メンバーは家督を継げない貴族の次男や三男などで、上納金を支払うために実家にたかったりしているようなすねかじりがほとんどだ。

 フィリップは俺のことを、上納金を打ち切るためにスパイに来たどこかの家の使用人だ、と疑ったらしい。

 とりあえずの実態としては、親のスネをかじっているだけのボンクラの集まりだ。


 それだけならどうということのない話で、世間知らずの金持ちのガキにタカっている悪代官がいたというだけのことだが、ボスというやつの存在が引っかかる。

 ボスだけが特異な存在なのだ。


 実際に、ボスに会ってみてわかったことはある。

 確かにここのボスは腕っぷしは強く、2mは軽くありそうな大男だった。

 ガハハと豪快に笑いながら大酒を飲み、他の男連中と相撲のように組み合いながら力比べをして、軽々と投げ飛ばしていた。

 俺も挑んでみたが、全く相手にならなかった。


 夜になると自分の個室に女を連れ込み、激しくベッドの軋む音と女の激しく悶える声が聞こえてきた。

 自分の本能のままに生きているような男のようだった。

 だが、俺には危険性は感じられず、素行は良くないが、決して悪人ではないような気がした。

 それでも念のために潜入捜査を継続した。


 だが、そんな感じで特に問題なく3日過ごし、これなら切り上げても良さそうだった。

 これぐらいの事なら、ロチルドと領民を混じえて話し合えば良い問題だろうと思った。

 しかし、そんな日に事件が起こった。


 俺はロザリーたちと合流し、そろそろ王都へ帰ろうとしていた時だった。

 まだ早朝のだった。

 表のドアが激しく蹴破られた。


「おう、コラ! てめえら、誰に断ってこんなことしてんだ! あ!?」


 世紀末のザコの格好をしたモヒカンたち、毎度おなじみ傭兵ギルドの連中だった。

 これはバレたらまずいと思い、俺は落ちていたサングラスを掛けた。


「な!? 誰だよあんたら!」


 フィリップが飛び起き、傭兵たちに駆け寄っていった。

 俺は止めたかったが、素性がバレるわけにはいかないので、不安になりながら状況を見守った。


「おう! てめえが頭か? 俺達傭兵ギルドに何の断りもなく、勝手に愚連隊名乗ってるらしいじゃねえか? どういうことだ、あん!?」


 モヒカンは、詰め寄ってきたフィリップに、チンピラのようにくねくねしながら凄んでいる。

 ○本新喜劇みたいなノリだな。


「な、何を言っているんだ! 俺達はここの領主に上納金を払っているんだ! 文句はないはずだぞ!」


 フィリップは意外と度胸があるのか、負けじと怒鳴り返した。

 こいつ、意外にも俺より根性があるかもしれない。


「ああん? そんなもん関係ねえな。てめえらが、用心棒家業の真似事をしてんのが問題なんだよ。俺達傭兵ギルドのシノギに弓引いてんだ。わかったか、ゴラァ!」


 モヒカンが周囲に向けて怒鳴り散らした。

 フィリップはともかく、他の愚連隊の連中は、ヤバイぞ、傭兵ギルドが出てきた、とそれぞれ青い顔をしながらざわざわと話し合っている。

 こいつらは、間違いなくただの役立たずだ。

 どうなるんだろう?


「おう! なんじゃい、こんならは!」


 ボスが騒ぎに気づいて起きてきた。

 上半身裸で、昨夜もビ○チな女と熱い夜を過ごしていた事が丸わかりだ。


「ボ、ボス! お、オレ……」

「おう、フィリップ! ワレは、ようイモ引かずに気張ったのう。後はワシに任せんかい!」


 ボスは威風堂々と言った感じに傭兵ギルドの連中の前に立ちふさがった。


「へ、へい! ボス!」


 フィリップは目をキラキラさせながらボスに後を譲った。


「うおー! ボス、頼んまっせ!」


 ボスが堂々と出てきたことで、他の愚連隊の連中も勢いを取り戻した。

 って言っても、口だけなんだけどな。


「おう、てめえがボスか? ずいぶんとガタイはいいけど、一人でこの人数相手できんのかよ?」


 よく見れば、モヒカンたちが10人近くいる。

 いくら力自慢とはいえ、たった一人でこの数の傭兵を相手には出来ないだろう。

 そう思っていた。


「泣いて謝れ。それから俺達にも上納金出せよ。まず、ボスのおめえには痛い目……をぼ!?」


 脅しを言い終わらないうちに、モヒカンはボスの突っ張りを受けてドアから外へと吹っ飛ばされた。

 他の傭兵ギルドの連中は唖然としている。

 反撃されるとは思いもしなかったようだ。


「おう、なんじゃい! 言いたいことはそいだけかいのう? カバチタレ共、表へでんかいや!」


 ボスの威勢のいい言葉を契機に、傭兵ギルドの連中は飛びかかっていった。


 す、凄え。

 マジかよ?


 ボスの前には屈強な傭兵たちも歯が立たず、次々となぎ倒されていた。

 正直、ここまで圧倒的だとは思わなかった。

 ボスだけ、他の愚連隊のボンクラ共と次元が違いすぎる。


 たった一人で、このまま押し切るかと思ったが、突然ボスの腕から鮮血が飛んだ。

 傭兵ギルドのスキンヘッドの男が剣を抜いていた。


「ちっ! 調子に乗りやがって! もう関係ねえ! こいつをぶっ殺すぞ!」


 スキンヘッドが叫んだのが合図となったようだ。

 他の傭兵ギルドの連中もそれぞれの武器を手に取っていた。

 これ以上黙って見ていることはもう無理だ!


 俺は、後を考えずにボスの助太刀に入ろうとした。

 しかし、ボスの様子がおかしいことに気がついた。

 自分の血を見て興奮しているのか、呼吸が荒くなってきた。

 そして、目の色が血のように赤く輝き出した。


「う、うう、うううおおおおおおおお!!!」


 ボスは雄叫びとともに、元々大きかった体がさらに大きく筋肉が盛り上がり3mぐらいになった。

 さらに、頭から2本の立派な角が生えてきた。


「ひい!? こ、こいつは、まさか!」


 流石の傭兵ギルドの連中も、突然のことに先程の勢いを失い、後ずさりをしている。

 愚連隊の連中も血の気が引いて、言葉が出てこないようだ。


「ま、まさか、大鬼オーガ!?」


 フィリップが驚愕の表情で叫んだ。


 ボスの正体はオーガだった。

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