第十六節 戦いの終わりに
俺は
オーガは膝をついたまま、身動き一つしなかった。
「なんじゃい、殺さんのけ?」
「ああ、もう終わりにしよう」
俺はそう言うと、後ろにそのまま仰向けに倒れた。
足に力が入らず、もう立ってはいられなかったのだ。
いつの間にか、透明の謎の剣も消えている。
「甘っちょろいのお? このまま殺されても知らんぞ?」
「何言ってんだよ。誇り高い戦士のオーガが、負けを認めた後にそんなことしねえだろ?」
「ガハハ! ようわかっちょるのお! 変わった人族じゃな?」
オーガはその場にあぐらをかいて座り込んだ。
そして、俺達はお互いに笑いあった。
こうして、俺達とオーガの戦いは終わった。
「あうう、アル、良かった。みんな無事で良かったよう!」
ロザリーがポロポロと涙を流しながら、倒れているレアを抱きしめていた。
ハハハ。
あのツンツンロザリーが泣くなんてな。
よっぽど、心配かけちまったようだ。
「ウニャ? ロザ姉たま、どうかしたの……っニャー!?」
レアが目を覚ますと同時に叫び声を上げた。
ロザリーはびっくりして、さらにレアをきつく抱きしめた。
「きゃあ!? ど、どうしたのレア!?」
「フニャー! ろ、ロザ姉たま、く、くるし……」
「あ! ご、ごめん!」
「ふにゃーん。か、体中が痛いニャ。う、動けニャいニャ」
ロザリーは痛みを訴えるレアに回復魔法を唱えた。
レアは痛みが取れて気持ちよさそうに、ロザリーに甘えてスリスリしている。
「よく覚えてニャいですニャ。ニャんでみんニャ、こんニャにボロボロニャんですかニャ?」
「レア、覚えてないの? レアがアルを助けようとした時のこと」
ロザリーは、レアが俺を助けに雷魔法や驚異的な瞬発力でオーガに挑んだことなどを説明した。
あの時のレアの行動がなかったら、俺は確実に死んでいたし、立ち上がろうともしなかったはずだ。
今頃、こんなに落ちついてなどいられなかっただろう。
レアは全く覚えていないようだが、レアが今回のMVPに違いない。
「ボ、ボス!」
フィリップが、オーガのところに駆け寄っていった。
「なんじゃい、フィリップ。ワレは逃げんかったのけ? ワシはオーガじゃ、怖ないんか?」
フィリップがまだいた事に、オーガは意外そうな顔をしている。
フィリップは首を横に振って、いつものボスに対してと同じような口調で話をした。
「ボスがオーガだってわかった時は、すげえビビったけど、俺はボスの強さに憧れてたんだ。だから、オーガだってわかって、何か納得しちまった」
オーガはフィリップの言葉に照れたように笑った。
「でも、あんたすげえな! オーガになったボスに勝っちまったんだぜ!」
フィリップは突然、俺の方を振り向いて興奮したように大声で話しかけてきた。
輝いた目で俺を見ていて、背中がむず痒いぜ。
「勘弁してくれよ。今の状態見たら、どっちが勝ったのかわからんぜ?」
勝者であるはずの俺が動けず地べたに這いつくばり、敗者であるはずのオーガが頭を高くして元気に座っているのだ。
俺は全く自慢できる状態ではない。
ちげえねえ、とオーガもガハハと笑っている。
「なあ、俺はあんたに……いや、ちょっと待ってくれ」
俺は、このまま踏み込むべきかどうか考えた。
だが、俺はこのチャンスを逃すべきではないと思った。
俺は気合で体を起こし、オーガの前に座り直した。
『なあ、これでオーガの言葉になっているかな?』
オーガは俺の言葉を聞いて驚愕の表情を浮かべた。
『な、なんでわしらの言葉がわかるんだ? お前は一体?』
『まあ、色々とあってな。それにしても、この言葉だとあんた、訛りが強くねえな?』
俺はオーガに、この世界の女神に頼まれて異世界から来た、と言うべきかどうか少し考えた。
結局、俺は話すことにした。
『……そう、か。異世界の人族か。にわかには信じがたいが、お前ならそうだと言われてもおかしくはないかもしれん。だが、いいのか? ワシに言ったりして?』
オーガは何とも言えないような、困惑した表情だ。
その気持ちは、わからないでもない。
俺も逆の立場なら、頭がおかしいと思うだろう。
『ああ。本当は誰にも言わないつもりだった。始めはなんとなくだったけど、この世界で魔族や獣人たちの扱いを見てたら余計にな。良からぬ奴らに異世界人だってバレたらどうなるか。それに……』
俺は、ロザリーとレアを見たら、キョトンとした顔をしてこっちを見ている。
何だか愛おしくなって、クスッと笑ってしまった。
『あいつらに言ったら、俺のせいでどんなことに巻き込まれるか、わかったもんじゃねえだろ?』
『うむ、確かにな。人というのは、自分の理解できないものを異常に恐れるからな。特に、聖教会の奴らはどういう行動に出るか』
『そういうことだ。前置きが長くなったけど、俺が聞きたいのは魔族や獣人の現状ってやつだな。人族側じゃない視点だ。俺が聞こうにも、人族側の奴隷ぐらいしか会わないし、それにレアはまだ子供すぎて、よくわからねえだろ?』
『なるほどな。だが、その程度のことでこの言葉にする必要あるのか?』
『まあ、あんたに信用してもらおうって魂胆が強いけど、俺が秘密を打ち明けるにもちょうどいいだろ。あんたは秘密を守る男だろ?」
オーガはガハハと笑いながら、ちげえねえと言った。
その後、話を聞き、考えをまとめた。
まずは、魔族や獣人については、やはりこの四百年間迫害されているらしい。
但し、聖教会圏の中において、ということだった。
オーガ自身、他の地域に行ったことはないらしいが、聞いた話では、ルクス聖教を信仰していない東のシーナ帝国やドワーフ族中心のオルセニア大陸では、労働力や兵力として使われるそうだが、聖教会圏ほど極端に奴隷か死かということではないようだ。
ルクス聖教はやはり曲者だが、これを聞いて多少は気が楽になった。
この世界の人族全てが同じ考えというわけではないようで、この世界にも救いはありそうだ。
魔族や獣人がなぜこの現状に甘んじているのか、ずっと疑問だったが、聞いてみれば、数の暴力の前には勝てなかったらしい。
他にも人族の弱いものが強いものを倒す知恵、悪く言えば狡猾さには太刀打ちできなかったようだ。
このオーガもそうだが、魔族や獣人というのは人族に比べて素直、これも悪く言えば単純な性格だと言える。
だからこそ、始めは抵抗もあったが、真綿で首を締められるようにじわじわと聖教会に牙を抜かれ、今に至るようだ。
それでも現在、聖教会圏にはそれなりの数の魔族や獣人たちが隠れ住んでいるらしい。
四百年前の大戦以前には、今以上の数の種族がいて、人族ともうまくいっていたそうだ。
大戦以前にはただの人種の違い程度でしかなかったみたいだ。
だが、大戦によってそれまでの関係が大きく崩れたようだ。
勇者側についたエルフやドワーフ、ハーフリングなどといった亜人と呼ばれる一部の種族。
大魔王側についた獣人や魔族と呼ばれるようになった種族。
2つに大きく分かれて争った結果、勝った勇者側が優遇され、負けた大魔王側が迫害されるようになった。
大魔王軍が劣勢になった時、大魔王軍は暗黒大陸に引き下がり、一部の種族が人族の抑えのため、この聖教会圏に取り残された。
その末裔が、レアやこのオーガたちだ。
その時から、迫害の歴史が始まったそうだ。
勝てば官軍、負ければ賊軍というやつだ。
歴史だとか印象操作は、勝った側が好きにいじれるからな。
戦争なんて始まってしまえば、どっちも自分たちの正義があるし、どっちも悪になる。
戦争の歴史なんて、どこでもそんなものだろう。
『こうして話してみると、人族も魔族も獣人も亜人も対して変わんねえな』
『お、そうか! お前はそう考えるか! ガハハ! やはりこの世界の人族とは違うな! さすがは神に選ばれた男だ!』
『おいおい、そんなに大げさなもんじゃねえよ。ほんの少し、話聞いただけだぜ? まだ何もやってねえよ。それに、どうすればいいのかもわからねえ』
この程度で俺を信用するなんて、魔族ってのは本当に単純だな。
人間相手だったら、こんなに簡単にいかねえだろ、と苦笑いだ。
それでも俺は、この世界の管理者としての仕事をしていかないとな、とは思う。
まだまだこの世界のことを知らなさすぎる。
「なあ、さっきから何を話してんだ? さっぱりわかんねえよ!」
フィリップが話に入り込んできた。
話について行けなくて不満そうだ。
「ん、そうだな? なんであんたの頭に金のう○こが乗っかってるんだって話だな」
「ガハハ! そうじゃのう! なんでワレ、頭にう○このっけとるんじゃ?」
「な、何言ってんだよ! こいつは気合の入った頭だって、本に書いてあったんだよ!」
俺達男3人はバカみたいに笑った。
ロザリーはため息をついて呆れて、レアは不思議そうに首を傾げて俺達を見ていた。
「おやおや? これはどういうことでしょうねぇ? なぜ、神の敵の魔族と楽しそうに笑っているのでしょうか?」
俺は笑いがさっと引き、この聞き覚えのある不吉な声のする方をバッと振り向いた。
そこには、聖教会の狂信者、聖騎士長ジル・ド・クランがユニコーンに跨っていた。
レアはヤツの存在がトラウマになっていて、目を大きく見開いて涙を流し、血の気が完全に引いて顔面蒼白、過呼吸気味に全身がガタガタと震えている。
ロザリーは、レアを落ち着かせようとかばうように抱きしめている。
「な、なんで、あんたが、ここに?」
俺は、やっとのことで言葉を出した。
俺もガタガタと震えている事に気がついた。
「なんで、ですか。たまたま、別件で近くの町にいただけですよ」
ジル・ド・クランは、ユニコーンから降りて話を続けた。
不気味な笑顔が余計に恐ろしく感じる。
「それよりも私の質問に答えてほしいですねえ?」
俺は寒気のする殺気を感じた。
まさに、口を開いた瞬間に殺られる気がした。
フィリップは気圧され、腰が抜けたように尻餅をついた。
「なんじゃい、そん目え節穴かいのう?」
オーガが俺達の前に出て口を開いた。
ジル・ド・クランに対抗するように、殺気を放ち出した。
しかし、ジル・ド・クランは涼し気に受け流しているようだ。
「ほう? オーガ風情が言ってくれますねえ。私の何が節穴だというのです?」
「こんガキらが、ワシに洗脳されちょることもわからんとは。のう、聖騎士様? ……邪魔じゃ、ガキども!」
と言って、オーガは俺達をこの場から離すように遠くに投げ飛ばした。
と、同時にジル・ド・クランに殴りかかった。
オーガの右ストレート。
しかし、ジル・ド・クランは避けようともしない。
オーガの右拳はジル・ド・クランをすり抜け、地面に突き刺さった。
そして、オーガの右腕全体から血が吹き出した。
「ぐわあああ!?」
「ふむ? 当たれば、少しは痛そうですねえ」
ジル・ド・クランが剣を抜いて、オーガの後ろに回り込んでいた。
残像、か?
速すぎて何も見えなかったが、避けざまにオーガの腕を切り刻んだようだ。
「ぐ!
「ほう? これは、なかなか……」
オーガは残った左手で魔法を唱えた。
しかし、ジル・ド・クランは炎を切り裂き、さらにもう1本の剣も抜き放ち、オーガの脇腹を削り取った。
「……つまらないですね」
「ごはっ!?」
オーガが膝をつき、ジル・ド・クランはそのまま返す手でオーガの首を切り落とした。
もう片方の剣はオーガの胴体へ突き刺し、炎が上がるとオーガの胴体は灰になって消えた。
「ふむ。首は、さらし首ですかねえ? オーガの首なら、さぞ見物人が集まるでしょうねえ? ……しかし、オーガが出たと言うから少しは期待したのですが、この地域ならしょせんはこの程度でしょうか」
ジル・ド・クランはオーガの首を掴んでため息をついた。
「やれやれ、それでどうするつもりですか?」
俺はいつの間にか折れた剣を持って立っていた。
「アル? ……ダメ! やめて!」
ロザリーの言葉は耳に届いた。
でも、俺は冷静ではなかった。
「……侮辱するな。オーガは誇り高い戦士だ!」
「ほう? それは聖闘気? いえ、少し違いますねえ。魔族共の暗黒闘気とも違いますしねえ。ふむ、これは興味深い。フフフ」
折れた剣先から、また謎の透明の剣が生えていた。
ジル・ド・クランは、俺の謎の能力を興味深そうに笑って見ている。
そんなことに何の感情もなく、俺はジル・ド・クランに斬りかかった。
そして、首から上が吹き飛んだような衝撃とともに、俺の意識は途絶えた。
気がつくと、自宅のベッドの上だった。
ロザリーが目の前の椅子に座っていた。
「アル!? よかった、気がついて。何で心配ばっかかけるのよ、バカ」
そう言って、俺に力強く抱きついてきた。
涙がこぼれる目は腫れぼったく、クマまで出来ている。
ずっと俺を看ていてくれたのか?
俺は一体どれだけ寝ていたのだろうか?
俺の隣ではレアが眠っていた。
「なあ、ロザリー、俺……」
「あ、アニキ! 起きたのか!」
俺がロザリーに話しかけようとしたら、頭を丸めたフィリップがドアから入ってきた。
「アニキって、お前何を……」
「フニャ? ニャー、ご主人たま! ご主人たまが起きましたニャ!」
今度は目を覚ましたレアが、俺に抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、みんな」
みんなそれぞれ、俺を心配してくれているようだが、俺にはさっぱり何があったのかわからなかった。
みんなが落ち着いた頃、その後のことを教えてもらった。
俺はジル・ド・クランに斬りかかって、返り討ちにぶん殴られて気を失ったらしい。
何の気まぐれかはわからないが、それ以上何もせずに帰って行ったそうだ。
ヤツは帰り際に、せいぜい精進して楽しませてください、と俺に伝えるようにと言っていたそうだ。
何を楽しませるんだ、とゾッとしたが、俺は何も言わなかった。
オーガの首は、王都の聖教会大聖堂近くの広場に、さらし首にされているらしい。
理解し合えた相手が侮辱されていることを腹立だしく思うが、俺には何も出来なかった。
フィリップも一度は実家に帰り、父親のロチルドと色々と話し合ったそうだ。
親子の会話に、俺は口を出す気も詳しくも聞いたりはしなかった。
なんでかは知らないが、俺についていき男を磨くことにしたそうだ。
「つうことだ! よろしく頼むぜ、アニキ!」
「何がアニキだよ。ったく、どこの極道だ、俺は」
俺は苦笑いを浮かべながら、ため息をついた。
だが、この調子の良さそうな男が仲間にはいるのも悪くはないか、と思った。
「そういえば俺、あのオーガの名前聞くの忘れてたな」
「ああ、それなら……」
「いや、やっぱいいや。俺はあの漢を、無名のオーガとして覚えておくよ」
あのオーガは、俺達をかばうために勝ち目のない戦いを挑んだ。
そして、見事に散った。
自分に勝った男のために、自分を最後まで慕ってくれた男のために命をかけてくれたんだ、と俺は勝手に思うことにした。
ロザリーはもう学校に戻る。
これからはパーティーメンバーが変わるんだ。
これで一応は、一区切りついたんだな。
なんだかんだで、色々とあった。
いいことも悪いことも、いい出会いも出会いたくもなかった相手も、色々とあって、本当に充実した3ヶ月だった。
生きることに飽きていたこの男が、この世界に来てからは、何をするにも毎日楽しみにしている。
ロザリーも今ではパートナーと言ってもいいぐらいに信頼しているし、
レアだってもう完全に自分の娘のように思っている。
フィリップはまだ仲間になったばかりでわからないことの方が多いけど、俺が尊敬するロチルドの息子なんだ、きっと力になってくれるはずだ。
「ありがとう」
俺は思わず言葉に出てしまった。
みんな何を言っているんだ、というような顔をした。
出会ってくれてありがとう。
出会わせてくれてありがとう。
俺を変えてくれてありがとう。
俺はこの世界が少しずつ好きになっていた。
管理者としてどうすればいいのか、方法も道筋も何を目指せばいいのかも全く見えてはこない。
だけど、この出会いに感謝して少しずつ先に進んでいこうと思う。
ぼうけんのしょにきろくしますか?
➔ はい
いいえ
アルセーヌ編 第一章 完
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