第八節 デート?

 俺は、ロザリーとコンビを組んでから、効率的に仕事をこなせるようになった。

 多分、俺達は相性がいいようだった。


 それだけではなく、ロザリーのために近所の人たちや今までに依頼を頼んだことのある人達が、優先的に仕事を持ってきてくれたということが大きいだろう。

 ロザリーは可愛がられているだけじゃなく、今まで真面目に仕事をしていたのがよくわかるし、見ている人は本当に見ているんだと実感できた。


 見直す、いや、感心?

 そうじゃないな、尊敬してもいいレベルだ。


 聞けば、ロザリーは遠くの田舎から12歳で親元を離れて大学に入って、寮生活をしているそうだ。

 実家もしがない宿屋らしく、生活費は自分で稼いでいる苦学生だ。

 しかも、学費を免除されるほどの優等生らしく、見かけによらず、精神的にタフすぎる。

 今でもまだ17歳、遊びたい盛りなのに、こんな生活、現代の女子高生にできるのだろうか?

 というか、中身は40近いオッサンの俺ですら、できる気はしない。


 そんなロザリーだが、ついに規定ポイントを貯め、ギルド本部で中級冒険者の審査を受けた。

 中級の場合は、規定ポイント以外にも色々とあるらしいが、詳しいことは俺はよく知らない。

 形だけの書類審査らしいが、ロザリーは問題なく、無事に中級冒険者と認められた。


 新しい認識表が本部からギルドに送られてきた時、俺も嬉しくなって一緒に喜んでロザリーと抱き合った。

 ロザリーは、自分から抱きついてきたくせに、冷静になった途端、俺のみぞおちにボディーブローをかましてきた。


 アレは効いたなぁ。

 ハグぐらいヨーロッパじゃただの挨拶なのに、ひどいことをするよ。

 ここは異世界だから、やっぱり感覚が少し違うのか?


 どうでもいい話は置いといて、ロザリーの昇格祝にギルドのみんなで金を出し合い、ロザリーの属性色の空色の新しいとんがり帽子をプレゼントした。

 付加魔法も付いていて、お高いものだ。

 今の俺の稼ぎだと、一人で買うとしたら何ヶ月かかるのか。

 このサプライズに、ロザリーが感極まって泣いてしまうというハプニングもあったが、喜んでくれて何よりだ。


 もう一つ、俺は個人的にコンビとしてプレゼントすることにした。

 ロザリーは、苦学生というだけあって、普段から碌なものを食べていないらしい。


 これは、食いしん坊な俺としては由々しき事態だと思った。

 元の世界にいた頃の俺は、世界中色んな所を旅して、その土地土地のうまい飯、旨い酒を探すという趣味があった。


 当然、この世界に来てからの俺も、一般冒険者にランクが上がり、収入が増えたと同時にその趣味を再開した。

 この王都もなかなかレベルが高く、中世レベルだとは侮れなかった。

 この世界の食文化は、何が起こっているのか、すでに地球の現代レベルだ。

 つまり、この王都では、現代のパリ並みに色々な料理が食べられるのだ!


 なので、俺は一般冒険者ではなく、奮発して中級冒険者が手の届くレベルのうまいレストランにロザリーを連れて行くことにしたのだ!

 もちろん、俺はいい服なんて持っていないので、ドレスコードのない店はチェック済みだ。


 俺は学生寮まで呼びにいくと言ったのだが、なぜかここ、レストラン街近くの噴水広場で待ち合わせになった。

 俺は、噴水の縁であぐらをかいて待っていると、淡い艶のある空色の髪をした知らない美少女に話かけられた。


「お、お待たせ。あの、待たせちゃったかな?」


 その美少女は、何か恥ずかしそうにもじもじと赤くなっていた。

 ??

 人違いではなかろうか?


「あ、あの、アル? ど、どうしたの? 変、かな? やっぱり、似合わない、よね?」


 おっと、ロザリーだった。


「ああ! ロザリーか! いや、何かすげえカワイイ子だなあとは思ったけど、いつもと違う格好だから、気づかなかったよ。ハハハ!」


 気付かなかった俺は、いつものように怒られるかな、と思って笑ってごまかしたけど、今日のロザリーは反応が違った。


「ふぇ? か、カワ…イイ…? だ、だって、マリー先輩がこの格好で行けっていうから」


 ロザリーは、属性が変わってしまったかのように、顔から火が出るんじゃないかと思うほど赤くなっている。


 そんなに恥ずかしいのかな?

 似合ってると思うけど。

 いつものローブとトレードマークのとんがり帽子も可愛らしいけど、今着ている服はいいところの貴族のお嬢様が着るようなふりふりした服だ。


 ちなみに、俺達は何回か仕事をするうちに、いつの間にかアルとロザリーと呼び合うような仲になっていた。

 でも、勘違いはしないように、ただの仕事仲間から友達ぐらいにはなったっていう話だ。


「それじゃあ、店も予約してあるし、行くか!」

「う、うん!」


 俺達は予約したレストランに向かった。

 その時、俺は気づかなかった。

 俺達の後ろを付ける黒い影たちに。


☆☆☆


「……あいつ、バカだろ」酒臭い、黒い影が言った。

「……バカですね」胸の大きい影は同意した。

「……バカね」耳の長い影も同意した。

「……バカだ」大きい影も同意した。

「……ガウ」犬の影ですら同意している。

「……ふあ、眠い」小さい影は冷めてあくびしていた。

「「「「「ああん!?」」」」」


「ちょ、俺に怒るなよ!」小さい影はびっくりして目が覚めた。

「もう! 何なのよ、あのバカは! なんでいつもと一緒の格好してんのよ! あの腐れち○ぽ!」耳の長い影がぷりぷりと怒っている。

「本当に、ロザリーちゃんが可哀想です」胸の大きい影ががっくりと座り込んで嘆いている。

「まだだ、まだ終わっていない。諦めたらそこで試合終了だぞ!」酒臭い影が、どこかのバスケの監督の名言をはいた。


 影たちは、無駄に高度な隠密魔法に身を包み、二人を尾行した。


 二人の向かったレストランは、少しくだけた感じだが、王都内の王宮が見える湖のほとりにある、雰囲気が良さそうなテラス席になっていた。

 夏の日差しの強い日ではあるが、日よけとしてぶどうの木が植えられていて、頭上に緑の葉や色づく前のぶどうの房が自然に調和して、充分おしゃれな感じにしてある。


 監視されている男は、この料理がどうとか、ぶどう酒がどうとか言っている。

 しかし、相手の少女は料理を食べてはいるようだが、緊張からか何も耳に入っていないようだった。

 男が、一方的に楽しそうにしゃべり、少女はうわの空のように見える。

 影たちは歯がゆく、今すぐあの男を説教したいのを我慢していた。


「うう、どうするのよ! このままじゃ、あのバカの自己満オ○ニーで終わるわよ!」耳の長い影は焦っていた。

「本当にどうしましょう。せっかくあんなに可愛く仕上げたのに、全く気づいてませんよ!」胸の大きい影も、珍しく苛立ち出した。

「くっ! こうなったら裏技のイベントでも用意するか」


 他の影たちは、期待の目で酒臭い影に注目した。


「フフフ、ハプニングにドキドキ作戦だ!」

「「「「「?????」」」」」


 誰もが理解できずに、首を傾げている。


「あ、いや、ハプニングを起こして、二人の仲を急接近させるって作戦だ」

「おお、それなら悪くないわね! それで、何をする気なの? ベッドインぐらいできるんでしょうね?」耳の長い影は食いついた。

「それは、今から考えるんだろうが。だがしかし、これで落ちない女は、いない!」

「「「「おお!!!!」」」」


「ん? それってさあ……」小さい影が何かを言おうとしたのだが、途中で遮られた。

「ちょっと待ってください! 二人が店を出ますよ!」胸の大きい影が二人が動き出したのに気づいた。

「む、まずいわね。あの馬鹿ディックへッドのことだから、これで今日は終わりにするわよ」耳の長い影は危険な気配を察した。

「それはまずいですね、急ぎましょう!」出来る女である胸の大きい影の決断力は早い。


 影たちは、二人との距離をつめた。


☆☆☆


 うん。

 やっぱり、ここの料理はうまかったなぁ。

 今日のメインのラムシャンクはなかなかだった。

 絶妙の焼き加減によるジューシーさ、ラム肉独特の臭みを感じなくさせつつ、肉の旨味を損なわないソースの味付け、ワインは向こうの世界に比べれば質は劣るがマリアージュとしては良かった。

 おまけで、いたずらおもちゃのドッキリライトまでもらってしまった。

 何に使うんだ、これ?


 ロザリーも美味しいとは言ってくれたが、お世辞じゃなければいいのだが。

 今日のロザリーはやたらとおとなしい。

 普段の生意気なツンツンした感じもいいが、今日みたいにお淑やかなのもいい感じだ。

 プライベートだとこんな感じなのかな?

 最近はよく一緒にいるけど、まだまだ知らないことのほうが多い。

 コンビも組んだし同じ街に住んでいるんだ、少しずつ知っていけばいいさ。


「さて、帰ろうか? どうする? 寮に帰る?」

「う、うん。そうだね、帰ろっか」


 俺は普通に聞いたのだが、今日のロザリーは不思議なぐらい従順な感じだ。

 いつもなら、自分から話を決めるんだけどなぁ?


 俺達は、ぶらぶらとゆっくり街中を見ながら歩き出した。

 ロザリーが住む学生寮は、王都の西側の学術地区にある。


 今、俺達がいるのは街の中央近くの王宮が佇む湖のほとりの南側の商業地区、様々な商店が立ち並び、人通りが最も激しい場所だ。

 歩くうちに露店街になってきて、雑貨などの小物、アクセサリー、よくわからない斬新なアートっぽい絵、などなど見ていて面白いものがたくさんある。

 ロザリーは、普段行き慣れないレストランを出てから緊張が解れてきたのか、少しずついつもの調子になってきた。


 気になるものでもあったのか、アクセサリーの露店の前で立ち止まった。

 ロザリーはあれこれと見ていたので俺も一緒に見ていたのだが、今の稼ぎでは手が出ない値段だった。

 金があれば、カッコつけて買ってあげたんだけど。


「よう、兄ちゃん? 何やってんだよ、こんなところで?」


 後ろを振り向くと、見たことのある連中が立っていた。

 忘れもしない。

 この世界に来た初日、俺をボコボコに痛めつけた世紀末のザコみたいな格好をした傭兵ギルドの連中だ。


 俺はぎょっとして、少し血の気が引いた。


「へへ、旦那方、お久しぶりですね。お出かけですか?」


 俺はとっさに、卑屈にへりくだり、事なきを得ようとした。

 しかし、連中は俺の卑屈な態度に下卑た笑みを浮かべた。


「ヒャッハッハ。まあな。俺達はこれから一杯やりに行くんだ。デートの邪魔しちゃ悪いからよ、酒代だけ貸してくれよ?」


 モヒカンは貸してくれとは言っているが、二度と返ってくることはない、ただのタカリだ。

 ロザリーも連れているし、金だけで済むのならくれてやってもいい。

 女連れで格好つけようとして手を出すなんて、無責任な間抜けだ。


 それにしても、これが他人から見たらデートに見えるのか。

 ロザリーもそんな気はなかっただろうに。


「デートだなんて、そんな。俺達はただの仕事仲間ですよ」

「ヒャッハー! だったら、このお嬢さん借りてくぜ!」


 と言って、モヒカンは卑猥な顔でロザリーの腕を掴んだ。


 これはしまった!

 迂闊なことを言ってしまった。

 こいつ、ロリコンだったのか!?


「ちょっと、離してください!」


 ロザリーは掴まれた腕を振りほどいた。


 まずい!

 忘れていた。

 ロザリーは意外と気が強いのだ。


 モヒカンは見る見る顔を紅潮させていった。

 辺りは傭兵ギルドにビビっているのか、助けに入ってくる気配はどこにもない。


「ま、まあ、まあ、お待ち下さい。これで勘弁してください」


 俺は、二人の間に入り、財布を出すふりをして、おまけでもらったドッキリライトを使った。


 どんなものか知らないが、やるしか無い!

 ポチッとな!


 ドッキリライトは、空中に飛び上がり弾けて光を放った。

 所詮はおもちゃなので、クラッカー程度の音と懐中電灯程度の眩しさだ。

 だが、連中の注意を引くには十分だった。

 俺は、ロザリーを抱きかかえて走り出した。


「ロザリー、風魔法!」

「っ! は、はい! 加速アッケラ!」


 この魔法の効果はすごく、ロザリーを抱きかかえているというのに、自転車の全力こぎ並に速かった。

 俺達は、連中をあっさりと置き去りにして逃げ切った。


 物陰に隠れて様子を伺っていたが、連中が追ってくる気配はなかった。


「ちょっと、もう離してよ!」


 あ。

 俺は、ロザリーをお姫様抱っこして逃げていたことをすっかり忘れていた。

 ロザリーを下ろして、ほっと、一安心した。


「もう! 何だったの、あの人達は?」


 俺はロザリーに連中のことを説明した。


 ロザリーは憤慨した。

 やっぱり、傭兵ギルドはならず者の集まりだって。


 その後、俺はロザリーを無事に学生寮まで送り届けた。


「ありがとう、今日は楽しかったわ」


 ロザリーは、澄ましながらつんとした感じで言った。

 別れ際だが、いつものちょっと生意気なロザリーに戻っていたので、俺は気分が良くなった。


「どういたしまして、楽しんでいただけて何よりです」


 俺は、大げさにうやうやしくお辞儀をして返した。

 俺達は、ギルドでまた会おうと言い、帰っていった。


☆☆☆


「くくく、一時はどうなるかと思ったが、うまく行ったようだな」酒臭い影が物陰から覗いていた。

「ふふふ、そうですね。これで二人は急接近ですよ」胸の大きい影もノッている。

「ひひひ、いいネタができたわ」耳の長い影は、よだれをじゅるりと拭った。

「………」大きい影は、無言だが、いつもの無表情が綻んでいる。

「わふ!」犬の影のしっぽが大きく揺れている。

「……あのさ、お前ら。これって結局、ロザリーが惚れ直しただけだろ?」小さい影が突っ込んだ。


「「「「「あ!!!!!」」」」」


 露店街のゴミ箱に、世紀末のザコたちが突っ込まれていたのは言うまでもない。

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