第七節 コンビ

 拗ねてしまったロザリーを宥めるのに時間がかかった。

 ご機嫌を取るのに何を言ったのかよく覚えていないが、無事に機嫌を直してくれたようだ。

 まさかの冒険前にパーティー解消なんて、勘弁して欲しい話だ。

 マリーはちょっと苦笑いをしていたが、仕事の斡旋をテキパキとやってくれた。


 今回の仕事は、近所の薬屋からの依頼で薬草の納品だ。

 いつもより上の、初の一般冒険者ランクの仕事だぜ!

 イエーイ!!


 王都西門から歩いてそれほど遠くではない、ボロールの森の中に生えている薬草を取ってきてほしいという依頼だ。

 この薬草を原材料に、キズぐすりや風邪薬など、配分を変えて色々な薬に使えるそうだ。

 薬の知識のない俺からしたら、便利な植物なんだなぁぐらいしかわからない。


 俺たちは、ギルドのすぐ近所にある薬屋に話を聞きに行った。

 いらっしゃい、と痩せた魔女みたいなおばあさんが出迎えてくれた。


「おや? ロザリーちゃん、おはよう。久しぶりだね? 聞いたよ、今日からまた仕事するんだって?」

「はい! 今日からまたお世話になります! いつも良くしてくれてありがとうございます!」


 見た目は気難しい感じがしたが、ロザリーに対して親しそうに話をしている。

 ロザリーも今までの仕事で知り合いだからか、張り切って挨拶をしている。


「うん、うん。ロザリーちゃんならわかってるし、間違いがないから安心して任せられるわ。いつもどおりの薬草を、このかご一杯にお願いね」

「はい、わかりました!」


 ロザリーは信頼してもらえて嬉しいのか、少し顔を赤くして元気に返事をした。

 そのロザリーに対して、薬屋のおばあさんはニコリと笑った。


「あ、それとあなた、ロザリーちゃんをお願いね? ギュスターヴのバカがいないのは心配だわ。あんな酔っぱらいでも腕だけは確かなんだから。それと、ロザリーちゃんに変なことしたら駄目だからね!」


 薬屋は、俺の方を向くと別人のようなきつい口調に変わった。

 いや、こっちが地か?

 俺は、はぁと言って、竹製の背負籠を受け取った。

 そして、俺たちは店を出ると、西門に向かって歩き出した。


「そういえば、ちゃんって魔法科だっけ? どんな魔法使えるの?」


 俺は、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。

 魔法のない世界から来た人間からしたら、興味のあることだ。

 俺は愛想良く世間話でもしようかというつもりで丁寧に聞いたつもりだった。


「ちょっと! 私は! しかもちゃん付けで呼ばないでよ、馴れ馴れしい! 一応、私のほうが年上なんだから、しっかりさん付けにして!」


 おう!

 ミスったぜ。

 ロザリーはムッとした顔でツンツン怒った。


「わりーわりー! でもよ、別に呼び方なんてどうでもいいじゃん? 歳だって大して変わんないし」

「……はぁ、言っても無駄ね。もういいわ。それで、魔法の話だっけ?」

「うん、そうそう。俺あんま知らないし」


 一応、本でも読んだけど、知らないことの方が多い。

 この世界には魔法の概念はあるが、魔術師は珍しく人々の尊敬を集めている。

 それは、普通の一般人では使える人間がほとんどいないからだ。

 だから、俺はほとんど魔法を見たことがないのだ。

 それ以外にも、一緒に王都の外に出るわけだから、どんなことができるかは聞いたほうがいいだろう。


「私の主属性は水で、副属性は風よ。使える魔法は、水なら水刃アクア・アキエ氷弾グラシェ・グランス水回復アクア・レメディ。風は加速アッケラ操風アウラね。無詠唱でもできるけど、魔法陣も簡単のなら描けるわ。合成魔法はまだ勉強中」


 ロザリーは自慢気に無い胸を張っている。

 見た目通り、少女らしくて可愛らしい。


 ……ふむ。

 思ったより、使える魔法は多いな。

 本の中の情報と照らし合わせても、俺でも分かる単語が出てきた。


 『まほうのおはなし』とかいう本では確か、


 魔法の属性とは、6種類あり、魂に刻まれた色によって決まる。

 この色は、この世に生まれた時にすでに決まっている。

 この内の4つがほとんどの生物に宿るため、四大属性とも呼ばれている。

 

 ・水:青色。

 ・火:赤色。

 ・風:緑色。

 ・土:黄色。

 

 次の2つは絶対数が少ないが、強力な属性である。

 

 ・光:白色。強弱によって、銀や金などといった色にもなる。ごく少数の人族や精霊のみに宿る。他種族にも目撃談はあるが、真偽は不明である。 

 ・闇:黒色。魔族や強力な魔獣に多い。稀に、人族の犯罪者にも現れる。


 主属性と副属性の2種類を持つことが、ほとんどであり、強く現れる色を主属性と呼び、弱い色を副属性と呼ぶ。

 極稀に、3つ以上の属性を持って生まれることもある。


 魂の色とは、これらの属性の色が混ざりあった色のことである。

 魂の色は多種多様な組み合わせがあり、完全に同じ色というのは存在しないと言われるほどである。


 そのため、魔法の種類も上記6種以外にも色の組み合わせによって、雷、爆撃、音など多数存在する。


 他に、魔法は、無詠唱魔法、簡略詠唱魔法、完全詠唱魔法、魔法陣魔法の4種類に分かれる。

 基本的に魔法は、魔法の呪文の詠唱によって発動される。

 言霊と言われるように、口に出すことで魔法の効果を高めるのである。


 簡略詠唱魔法は、魔法の名前のみを唱えて発動させる。

 完全詠唱魔法は、魔法の呪文を正確に言葉に出しながら発動させる。

 ただし、低位の魔法の場合、無詠唱でも唱えることは可能である。

 しかし、その分発動の時間の短縮にはなるが、幾分効果は下がる。

 より高度の魔法の場合は、魔法陣が必要となる。

 詠唱による言霊と魔法陣の力によって、その土地の力を一時的に借りるのである。


 つまり、同一の魔法でも、

 無詠唱 ➔ 簡略詠唱 ➔ 完全詠唱 ➔ 魔法陣

 数字にすると

 0.5 ➔ 1.0 ➔ 1.5 ➔ 2.0

 という比率で効果が変わる。

 

「あなたの属性はどうなの? 魔法が使えなくても、属性ぐらいは分かるでしょ? 作戦も決めやすいし」

「それが、実は知らないんだよ」

「ええ!? 何で知らないの!? この世界で生きるのに当たり前のことじゃない! 平民でも5歳になったら近くの聖教会に行くでしょ!」


 俺の答えにロザリーは、信じられないと呆れ果てている。

 自分の属性を知らないことは、そこまで常識はずれのことのようだ。

 俺が、異世界から来て別人の体を使ってるから知るわけがない、何て言えるわけがない。


 もちろん、属性を調べる方法は、ある。


 ロザリーの言う通り、聖教会に行ってお布施を払えば教えてくれる。

 原理はよくわからないのだが、魂の色を見ることのできる魔道具を使って、熟練の鑑定人が鑑定するそうだ。


 俺も調べればいいじゃないかという話だが、このお布施というのがバカにならない。

 銀貨5枚だが、今の俺からしたら大金だ。

 まあいいやと、後回しにしていた。

 別に隠すようなことでもないので、ロザリーに記憶がないということを説明した。


「え!? ごめんなさい。知らなかったとはいえ、失礼なこと言っちゃって……」


 ロザリーは、うつむいてバツが悪そうにしている。

 ツンツンしているだけじゃなくて、ちゃんと謝れるなんて、いい子じゃないか。


「まあ、いいってことさ。そんなこと気にしたってどうにもなんないし。はっはっ、暗い顔しないで楽しく行こうぜ!」

「う、うん! そ、そうね、そうしましょ!」


 俺が笑いかけると、ロザリーも気を取り直したようだ。

 気の強いところがあるようだけど、中身がおっさんの俺からしたら、可愛らしいなぁと思う。

 これぐらいの歳の子供がいてもおかしくない歳だからな、本当の俺は。

 俺たちは、色々と話をしながらボロールの森まで歩いていった。


 ボロールの森の前で、ロザリーは少し緊張した顔で立ち止まった。


「あれ? 行かねえの?」


 ロザリーは、俺の発言に呆れたようにため息をついた。


「はぁ。油断しちゃ駄目よ。いくらこの王都近辺が平和だからって、森の中は魔素が普通より濃いんだから。何が起こってもおかしくないのよ」

「へえ、さすが先輩。よくわかってますねえ」


 と、俺は茶化してみた。

 ロザリーは、バカと言ってはいるが、少し顔を赤くして照れくさそうだ。

 褒められるのは嫌いじゃないようだな。


「そんじゃ、作戦はどうする?」

「そうね? ……単純だけど、私が探すから、あなたは周囲に気を配りながら、護衛して。初めてだから、薬草は見てもわからないでしょ?」


 ロザリーの言う通り、薬草なんて俺には見分けはつかない。

 俺が探したって無意味だ。

 それに、バラけたらそれこそ危険だ。

 ロザリーの戦闘能力がどのくらいかは知らないが、ロザリーが下を見て薬草探し、それを俺が守るように周囲に気を配れば、安全策だが最も効果的だろう。


 俺は護衛兼荷物持ち、ロザリーは薬草回収係。

 ……うん。

 異論はない、採用だ!


了解ラジャー!」


 森の中に入ると、日差しが遮られているが、木漏れ日があるので視界は明るく、穏やかに光が照らされている。

 少し空気がひんやりとしていて、王都の人混みとは違って、心地よく感じる。

 綺麗に手入れされた森の中の空気がうまく感じるのは、この世界でも同じだ。


 だが、魔素が濃いとはこういうことなのだろうか?

 説明できないが、少し不気味な何かを感じる。

 自然は、ただ優しいだけではなく、危険も含んでいると教えてくれているかのようだ。


 さすがの呑気な俺も緊張しながら警戒した。

 そんな俺を横目に、ロザリーは慣れた感じで薬草を探している。

 少しずつ奥へ進むと、薬草を見つけたのか、少しずつかごの中に薬草が増えていった。


 奥に進むと、見晴らしがよく、開けた場所に、腰が掛けられそうな岩を見つけたので、休憩しながら、ギルドから持ってきたサンドイッチを食べることにした。

 俺は食べ終え、ロザリーがまだ半分残っていた時に茂みから物音がした。


 俺は、反射的に立ち上がり、ロザリーも少し遅れたが、食べかけのサンドイッチを岩の上に置いて、杖を構えた。

 ゴクリとつばを飲み込んだ。

 そして、走っているような物音が近づいてきて、それは正体を現した。


 2体の、多分ゴブリンだ。

 ゴブリンは人間の子供ぐらいの大きさとよく表現されるが、俺に言わせれば、全身緑色のちっさいオッサンだ。

 初めて実物を見たが、すぐにこれがゴブリンだと直感で分かった。


 俺は、ロザリーの前に立ち、剣と盾を構えながらジリジリとゴブリンに近づいていった。

 反対にロザリーは後ろに少し下がった。

 突然の初めての戦闘に、俺の心臓は激しく鳴り出した。


 ゴブリンたちも俺たちに気づくと急に立ち止まり、一瞬驚いた顔をしたが、気持ちの悪い笑みを浮かべた。

 ゴブリンたちはお互いに何か喋っているようだ。


『オイ、人族ガイルゾ。セッカク逃ゲテキタノニ』

『デモ、コイツラ弱ソウダゾ?』

『殺スカ?』

『アア、男ハ殺シテ、女ハ犯ソウ。グフフ』

『シカモ、処女ノニオイダ。ウマソウダゼ。ゲヒヒ』


 ゴブリンたちは、何とは言わないが、体の一部をいきり立たせた。

 腰にボロを巻いているが、体格の割によくわかるほど普通の大人並みの大きさだ。

 まさに、生きるわいせつ物陳列罪だな。


『まあ、待てよ。いきなり殺して、犯すとかやめてくれよ』


 駄女神に、この世界の言葉をわかるようにしてくれとは言ったが、魔物の言葉もわかるとは思わなかった。

 創造主からすれば、人間も魔物も自分の創った同じ生き物なのだから、当然といえば当然か。

 魔物の言葉もこの世界の言葉に違いはない。


 だが、言葉が分かるからといっても、理解し合えるとは限らない。

 とはいえ、俺はいきなり殺し合いなんてしたくはない。

 平和ボケした現代日本人なんだぜ?

 勘弁してくれよ。


 ゴブリンたちは、俺が言葉を理解したどころか、自分たちの言葉を喋っているので驚いている。


『ナン…ダト…? ワカルノカ? オレタチノ言葉ガ!』

『ああ、わかるからよ。だから、殺し合いなんかしねえで、話し合おうぜ』

『ソウカ。オレタチハ人間ノ殺シ屋カラ逃ゲテキタ。オレタチノ巣ハ全滅ダ。ダカラ……ッ!?』


 片方の喋っていたゴブリンの頭が、スイカを高いところから落としたみたいに、ごぱーんっていい音がして、弾け飛んだ。


『え?』

『エ?』


 俺と残されたもう片方のゴブリンは、何が起こったのかわからずに顔を見合わせた。

 後ろを振り向くと、ロザリーがブツブツと何かを唱えていた。


 何が起こったのか理解したのと同時に、でかい氷の塊がとんでもない速度で飛んでくるのが見えた。

 氷の塊がゴブリンの股間に着氷すると、こっちのゴブリンの下半身はバラバラに吹き飛んだ。


 後には、モザイクが掛かりそうなグロいものと鼻の曲がりそうな悪臭が残されていた。

 そのおかげで、これは現実なんだと理解できた。

 ロザリーを見ると、すごいドヤ顔で立っている。


「ふふん! 引きつけててくれてありがとう! お疲れ様!」


 ロザリーはすまして、さらにドヤ顔を続けている。

 この得意な感じが可愛らしいけど、俺はちょっと苦笑いだ。


「お前、ひでえなあ。せっかく話ししてたのに」

「はあ!? ゴブリンに言葉なんてわかるわけないじゃない! そんな知能ないわよ!」

「うーん? でも俺、何言ってるかわかったぜ?」

「あなたおかしいわよ! ゴブリンの言葉がわかるなんて、絶対、変!」


 変、って言われてもどう説明すればいいのか。

 ロザリーはまだ何か喚いているが、聞き流していた。


 ゴブリンの討伐証明って、耳だったな?

 なんでこんな汚い物なのかは、俺にはよく理解できない。

 どこの蛮族の風習なんだろうか、と思ってしまう。

 とりあえず、金のためだと思い、どっちかは忘れたので、両方回収しておいた。


 暴れん坊なゴブリンが増えるのは治安維持のために困るので、討伐依頼は常に出ている。

 依頼主は聖教会だが、冒険者ギルドに持っていけばいい。

 そして、倒した場所と数を報告すれば、安いがいつでも報酬をもらえる。

 一体当たり、たったの鉄貨2枚=20円だ。


 ゴブリン退治は金額的に割りに合わないが、巣の討伐はギルドポイントが高いので、パーティーの組んでいる新人がよく引き受けるらしい。

 これは、冒険者以外にも傭兵ギルドの新人や王国の訓練兵も腕試しに行くこともあるそうだ。

 さっきのゴブリンたちの巣は、どっちかが潰しに行ったんだろうな。

 そして、ゴブリンは繁殖力が強いので、巣穴の討伐依頼はよく出る仕事でもある。

 この行為が正しいのか間違っているのかは、この世界の管理者として、今の俺にはまだ分からない。


 俺にはゴブリンの死体処理の仕方なんて、よくわからないから、適当に穴を掘って埋めようとした。

 それをロザリーに注意され、死体に油をかけ、火で燃やしておいた。

 この方が、確実にゾンビになることはないそうだ。

 魔物も人間や動物と同じなので、肉体と魂のある生き物だ。

 だから、その死体はキレイに処理しないと疫病の元になったり、危険な魔獣が棲みつくので、色々と考えないと大変だ。


 その後は、気を取り直して、薬草の回収に励んだ。

 この時に分かったのだが、薬草取りは意外と難しい。

 どうして薬草取りが、最下級ランクで依頼を受けれないのかよく分かった。


 薬草の知識がない素人に任せたら、雑草だとか下手したら毒草も取ってしまうことだろう。

 そんなことになったら、『イントゥ・ザ・ワイルド』みたいになるだろうな。

 それに、乱獲したら群生地も荒らしてしまうことだろう。

 欲張って取り尽くしたら、自然環境のバランスや将来の収穫高にどんな影響が出るか分かったものではないしな。

 

 俺はバカ面して、へぇへぇ言いながら、ロザリーの仕事を眺めているだけだった。

 無事に依頼通り、薬草をかご満載に入れて王都に戻り、薬草を薬屋に納品した。

 ギルドには、ゴブリンが出たという報告と耳を渡しておいた。


 俺達コンビの初依頼は、無事に達成した。

 薬屋は、よくロザリーを守ったと俺を見直していた。

 実際は、ほとんど何もやってないのだが。


 しっかし、初めて攻撃魔法を見たが、あれはまるで大砲だな。

 あれが、どのくらいのレベルなのかはわからないが、こんな盾じゃ気休めにもならない。

 この世界で争い事はしたくはないなと思う、今日このごろである。

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