第六節 魔女っ子 ロザリー

 俺がこの世界にやって来て、早くも1ヶ月が過ぎた。

 ほぼ毎日のように日銭を稼ぐため、ひたすら地道に働いた。


 街のドブさらい、倉庫整理や害虫(Gを大きくした黒い悪魔たち)の駆除などといった、一人でも簡単にできる仕事だったので、失敗することはなかった。

 だが、所詮は駆け出しの最低ランクの仕事しかしていないので、稼ぎなんて大したことはない。

 すぐに生活費で消えた。

 仕事自体も初めに言われた通り、地味な仕事ばかりで、冒険者というより何でも屋だった。


 それでも俺は地道に働いたので、規定のポイントに到達し、駆け出しから一般冒険者へとランクを上げた。


 一般冒険者に上がるには、30ギルドポイント。

 駆け出しが一人で出来る仕事が、基本的に1ギルドポイント。

 俺の場合は、常に一人だったので、30回、1ヶ月間毎日休まず仕事をやっただけだ。


 一般冒険者への昇格は、規定ポイントに到達すれば、審査もなく各ギルドで手続きできるので、すぐに新しい認識表を作ってもらった。

 肩書が駆け出し冒険者から一般冒険者に変わっただけのことだが、それでも嬉しいことは嬉しかった。


 俺は、自分へのご褒美に剣と盾を買った。

 ギルドでは武器、防具の類は販売していないので、提携している武器屋、防具屋へ買いに行った。

 武器防具の製作権は鍛冶ギルド、販売権は商業ギルドになるので、勝手に冒険者ギルドが扱うことは出来ないかららしい。

 住み分けをはっきりと分けて、利権でモメないようにするためだそうだ。

 一応、商業ギルドも商品が売れなければ意味がないので、暴利を貪ってはいないようだ。

 冒険者ギルド員なら割引率は20%、悪くはないと思う。


 剣は、安物の短くて幅が狭い、すぐに折れそうな薄い鉄製のショートソード、すぐに錆びそうなので細かい手入れが必要だろう。

 盾は、小さい堅めの木製の板をペイントしたもの(ワイン樽と材質が似てるかな?)。

 どちらも、あればマシというような貧相な作りだが、それでも苦労して貯めた金で買ったので大事にしようと思う。


 ショートソード:定価、銀貨2枚+銅貨8枚➔銀貨2枚+銅貨2枚+鉄貨4枚

 木の盾    :定価、     銅貨9枚➔     銅貨7枚+鉄貨2枚

 定価から20%引いて、鉄貨はおまけしてもらって、合計銀貨2枚+銅貨9枚


 スズメの涙程度の貯金は無くなった。


 もちろん、仕事の合間にもギルドの本を借りて、少しずつこの世界について勉強してみた。

 そのうちの1冊、『簡単にわかるこの世界』という本、内容は大したことはなく、大雑把な世界地図に注釈がついている程度だ。

 まとめると、大体こんな感じのことが書いてあった。

 

 この世界は5つの大陸に分かれている。

 ・まずは、ここ最大の大陸ヨーラジア大陸

 ・南に位置する邪悪な魔族が支配する暗黒大陸

 ・ヨーラジア大陸の南東、暗黒大陸の東側に位置する荒れ果てた荒野が果てしなく続くが、鉱物資源の豊富なオルセニア大陸

 ・氷に閉ざされた最北の大地、ザビエート大陸

 ・そして、西の果て、新たに発見された未知の新大陸、アルカディア大陸


 今から400年ほど前、伝説の勇者が暗黒大陸からの侵略者、大魔王を討ち滅ぼした後、聖教会圏は誕生した。

 聖教会圏とは、ヨーラジア大陸を東西に隔てるヨーロ山脈から西側の地域、統一宗教共同体に加盟している国家連合のことである。

 全部で9つの国家で構成され、ルクス聖教を国教としている国々である。


 反対の東側は現在、シーナ帝国という世界最大国家がある。

 周辺の小国家を武力で従える超大国である。

 聖教会圏とは異なる民族が支配している。


 シーナ帝国のすぐ隣、修羅の国と別称される島国ハポングが存在する。

 伝説の勇者がハポング出身だったという説もある。


 そのさらに先の東の果てには、激道と呼ばれる水の壁が存在する。

 この激動は南北に走り、世界を2つに隔てている。

 この激動を越えると、新大陸アルカディアの西端へと繋がり、世界は丸いという説がある。

 しかし、アルカディアを踏破した者は未だに存在しないため、この説は証明されていない。


 暗黒大陸は、邪悪な魔族や獣人、ドラゴンが支配し、魔素も濃いため危険な魔獣が多数生息する。

 400年前に大魔王が討たれた後、各地の有力な魔の者たちの血で血を洗う覇権争いにより、荒廃した土地も多いそうだ。


 オルセニア大陸は、荒涼とした赤土の大地が果てしなく続く。

 人が住める領域は少なく、海に面した沿岸部ぐらいである。

 しかし、それを補ってあまりある程の上質な珍しい鉱物資源が豊富であるため、ドワーフ族が多数暮らしている。


 ザビエート大陸は、永久凍土に閉ざされた、生きる者を拒む世界。

 生き残るのは、選ばれた者だけの最も過酷な大地。

 人族の生活圏で最北に位置する、海賊国家ロジーナ王国が大陸の最南端に位置している。


 最後の新大陸アルカディア。

 謎の多い未開の地。

 ここが、人族の理想郷となることを願ってアルカディアと名付けられた。

 開拓民が多数向かったが、まだまだ入植は始まったばかりである。


・・・・・・


 そんなある日、例のごとく仕事をもらいに、住んでいるギルドの大部屋から階下のギルド受付に向かった。

 ランクが上がったから、少しはいい仕事があるだろうかとちょっぴり期待していた。


 受付では、見たこともない少女がマリーと話をしている。

 ザ・魔女っ子って見た目で、幅広のツバのついた黒いとんがり帽子の下には明るい晴れた青空のような淡い青色の髪、太い柄で先が大きく丸い木の杖、黒いローブを着た背が低く細身な体型、ほんのりとそばかすがあり、髪と同じ空色の瞳の目がくりっとした可愛らしいといった表現が似合う少女だった。

 俺はロリコンではないので、特に話しかけず、話が終わるまで順番待ちするために後ろに並ぼうとした。


「あ! アルセーヌくん、おはようございます! ちょうどいいところでした。こちら、私の大学時代の後輩のロザリーちゃんです」


 俺は、気を使って話しかけないようにしようと思ったのだが、マリーの方から話しかけてきた。

 マリーはニコニコと嬉しそうに笑っているけど、なぜ俺に紹介したのかはよくわからなかった。


 とりあえずマリーに挨拶してから、ロザリーにもはじめましてと挨拶をした。

 ロザリーもはじめましてと、俺に挨拶を返した。

 少し緊張しているのかシャイなのか、一瞬顔を袖で隠し、表情がぎこちなかった。


「アルセーヌくんは、ランクが上がったらパーティーを組みたい、とおっしゃっていましたよね? ちょうどいいタイミングで、これからロザリーちゃんも学校が長期休暇に入るので、一緒に組んでもらおうと思って、今日来てもらうことにしました」


 マリーが、ロザリーを紹介してくれた理由を説明してくれて、あっと思い出した。


 そういえば、稼ぎを増やすために一人ではできない仕事をしたくて、パーティーメンバーの相談をしていたことをすっかり忘れていた。

 本当にマリーは頼りになると改めて感心した。


「ありがとうございます! いやぁ、俺が自分でもすっかり忘れてたのに、マリーさんにはホント頭が上がりませんよ」

「ふふ、ありがとうございます。本当はベテランの方たちが頼りになればいいのですけど」


 と言って、マリーはため息をついてギュスターヴたちの方をちらりと見た。


 1か月いて、俺にもここのギルドメンバーの事は何となくわかった。

 酔っぱらいのギュスターヴは、ここまで拾ってきてくれたので初めから知っている。

 今日も二日酔いなのか、ダルそうにテーブル席でぐうたら突っ伏している。


 奥のテーブルで一人で本を読んでいる、女エルフの魔術師はロクサーヌという名前だ。

 真面目におとなしく本を読んでいるのかと思ったら、実は官能小説で、よく男同士たまに女同士、極稀に普通に男女もあるが、常に誰かが絡み合うマンガを書いている頭の腐った女だ。

 見た目は、透き通るような白い肌、緑がかった瞳、スラリとした長身の金髪美女なのに、実にもったいない。


 ソファーで寝ているハーフリングの痩せた小男は、シーフのドミニク。

 明け方帰って来て眠りにつき、夕方になったら起き出してふらりと博打を打ちに行く。

 見た目は童顔な緑髪だが、中身はギャンブル狂のオッサンのようだ。


 ギルド内の掃除をしている赤髪パーマの大男は、オーズ。

 ただの雑用のギルド職員だと思っていたが、実は銀等級冒険者という謎の実力者。

 部屋の角のクッションで寝ている、灰色の毛並みの大型獣、大狼ダイアウルフのユーリの飼い主でもある。


 こんな連中の共通点は、仕事を受けたと思ったら、ふらりといなくなってまた帰ってくる。

 で、また同じ生活に戻る。


 おそらくは、金がなくなったら働くだけなのだろうが、この勘は間違ってはいないだろう。

 だが、それでも能力だけは高いのは、高難度の依頼を必ず成功させていることが証明している。


 他の街から違う冒険者がやってくることもあるが、長居はせず、いつも固定メンバーでいるのはこの4人だけだ。

 自分たちの話をされているのを知ってか、知らずか、それぞれ好きなことをしている。


「あ、ごめんなさい。話がそれてしまいましたね。ロザリーちゃんは、2年前から長期休暇の度に、うちのギルドを手伝ってくれていて、真面目で頼りになります」

「へえ? こんなに小さい子が頑張っているのか、すごいな」


 俺は、何の悪気もなかったのだが、ロザリーは俺の発言を聞いて、ムッとした顔をした。


「ちょっと! 私はこう見えても、17歳! 君より年上のお姉さんよ!」


 あ、しまった!

 どう見ても12、3歳にしか見えないけど、一応大学生だっけ?


 この世界は、12歳から6年間は大学生になるそうだ。

 ほとんどの人は行かないらしく、もっと年になってから入学することもあるらしい。

 元の世界を基準に考えると紛らわしい。

 それに、俺も今は15歳のガキだったっけ?


「ああ、ごめん、ごめん! 何か勘違いしちゃったな。アハハ!」

「いいよ、別に! どうせ、私はお子様にしか見えませんよーだ!」


 ロザリーはプイッと不機嫌に拗ねてしまったようだ。


 ありゃ?

 これは初対面からやらかしてしまった。

 相変わらず、俺は女の扱いが下手なようだ。


 助け舟を出してもらおうと、困り顔でマリーをちらりと見た。

 マリーも少し困った顔をして、仕方がないというようにフォローしようとした。


「もう! アルセーヌくん、ひどいですね。ロザリーちゃんは、こんなに小さくて可愛い子ですけど、王立大学の魔法科の主席ですよ」

「う!? ……マリー先輩、フォローになってませんよ。どうせ私はチンチクリンです!」


 ロザリーは少し怒って、半泣きになってしまった。


 こんな感じでパートナーとなる、魔女っ子ロザリーと出会った。

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