第五節 ギルドマスター
初仕事を達成したその日から、日誌を書き始めた。
三日坊主になりたくないので、特に事細かく書く気はない。
日付と、何をやったのかとか、収入支出などの簡単な内容だ。
モルグで目覚めてからのことを書き始めた。
まだ2日目なので、すぐに書き終えてしまった。
初日は良いことはなかったので、思い出したくもなかったが、気合で書いた。
今日1日だけでもわかったことがある。
この王都で生活するための大まかな物価である。
グミン素材の報酬は、計23匹、つまり銅貨23枚=2300円。
丸一日働いての金額なので、日本の頃の物価に換算したら、かなり安く、ブラックに思える。
しかし、この世界のほうが物価は安いようだ。
まず、宿代。
ギルドの大部屋は通常料金、朝食付きで銀貨1枚=銅貨10枚=1000円
ギルド員割引、つまりは社割で銅貨5枚=1日500円
ほとんどの物が半額になるらしい。
部屋はかなりボロいが、バックパッカー時代にスラムの安宿も経験したので、それほど苦にはならない。
他に誰も居ないので、ほとんど一人部屋みたいなもんだしな。
次は、食費。
この日の夕食は大きめの
これが通常銅貨9枚、もちろん社割が利いて、銅貨4枚プラス鉄貨5枚=450円
冒険者ギルドは、宿屋兼食堂もやっているので、専属の料理人がいる。
なかなか評判は良いようで、食べに来る客は多い。
中世の時代は食文化が貧しかったらしいが、嬉しい誤算でこの世界の飯はうまい!
王都の出てすぐの南側しかまだ見ていないが、農業がかなり発達しているだけはある。
この地域は、かなり豊かな土地なのかもしれない。
衣食住で、食に一番力を入れている俺としてはありがたい。
さらに、布の服をもう1枚買った。
この日着ていた服は汗でベタベタなので、新しい着替えが必要だった。
これは、定価銅貨5枚から半額で銅貨2枚+鉄貨5枚=250円
そして、またも驚いたのが、ローマ水道みたいなのが現役で各地に供給されていることだ。
これぐらいの時代の元の世界だったら、とっくにこの水道は破壊されていたことだろう。
おかげで、上下水道があるので、不純物の混じっていないまともな水が王都内の各区画で簡単に手に入るのだ。
そこで汲んできた水で、洗濯も水浴びも出来たので汗も汚れもスッキリだ!
最後に、今書いている日誌が銀貨1枚。
しかも、社割りがきかなかった。
紙は高いらしく、さらに紙の質も良くはなく、ページ数も少ない。
1か月もつかどうかだな。
それでも俺は、銀貨1枚=銅貨10枚、1000円で買った。
ペンとインクは、マリーにギルドで使っているのを借りた。
いずれ、こいつらも自分で買わないとな。
これにて本日の収支
収入 グミン素材 23匹 +銅貨23枚
支出 宿代 -銅貨5枚
食費 -銅貨4枚、鉄貨5枚
布の服 -銅貨2枚、鉄貨5枚
日誌 -銅貨10枚
合計 +銅貨1枚
計、銅貨1枚=100円の黒字なり。
必要になるものはまだまだあるので、無駄遣いはできない。
収入が増えるまでは、禁酒だぜぃ!
次の日、次の仕事を貰おうとギルドの階下に降りていった。
しかし、受付には知らない小さい爺さんが座っていた。
「あれ? 今日はマリーさんはいないんですか?」
俺の言葉を聞いた爺さんは目をくわっと見開いた。
「何じゃ、貴様は! マリーの何なのじゃ!」
いきなり有無を言わさずに怒鳴ってきた。
なんなんだ、このボケジジイは?
だが、俺は、大人だから冷静に対応しよう。
「何って、俺はここのギルド員っすよ。仕事もらいに来たんですよ」
「ふん! ワシは知らんぞ! どうせ、マリー目当てに近づいただけじゃろうが!」
因縁つけすぎだろ、このジジイ!
ああ、腹立ってきた。
「あのさ、おじいさん。俺はマリーさんがいなくても、仕事貰えればいいんだからさ」
「ワシは貴様のおじいさんではない!」
取り付く島もない。
流石に、年寄りを殴るわけにはいかないから、我慢するしかねえのか?
などと思っていると、スパーンと気持ちのいい音がした。
「もう、おじいちゃん! 何をやっているの!」
マリーがスリッパのようなものを持って、受付の奥から出てきた。
腰に手を当てて、眉を吊り上げながら爺さんを怒鳴っている。
「う、ひどいぞ。ワシはお前に悪い虫がつかんようにじゃな……」
爺さんは一気に萎れて更に小さくなった。
それでも、マリーは容赦しないでさらに怒った。
「悪い虫じゃないでしょ! 昨日説明したじゃない! 新しい男の子が来たって!」
「じゃが、そいつがお前をたぶらかす悪い虫じゃろ? お前があんなに楽しそうに話すんじゃから」
「まったくもう! おじいちゃんには困るわ! アルセーヌくんは、将来有望なのだから当たり前じゃない! ちょっと、ギュスターヴさんも笑ってないで止めてくださいよ!」
マリーが怒っているのは初めて見るが、悪いけど、それでも可愛い。
正直、俺から見たら怖くない。
怒られたギュスターヴも同じように思っているのか、少し離れたテーブル席で腹を抱えて大爆笑していた。
「ワハハ! だってよ、こんな面白えもん朝っぱらから見てたらよ、二日酔いも吹っ飛んじまったぜ!」
「はぁ。ごめんなさいね、アルセーヌくん。紹介します、このしょうもない人が、私の祖父で冒険者ギルドマスターのエマニュエル・セニエです」
マリーは色々と呆れてため息をついて、俺を爺さんに紹介した。
どうも、アルセーヌです、と挨拶を返したのだが、爺さんは不貞腐れてそっぽを向いたままだ。
「もう! おじいちゃんもちゃんと挨拶を返してあげてください。まったく、もう。 ……はぁ、こんな人でも一応元金等級の冒険者で『魔導の巨人』なんて呼ばれていたのですけど。こんな子供っぽい性格じゃなかったら、うちのギルドももうちょっと良くなっているはずなのですが」
困るマリーを尻目に、爺さんはさらに後ろを向いた。
マジで謎だ。
このちびのハゲた偏屈爺さんから、どうやったらこんな天使ができるのだろう?
きっと、女性陣が優秀だったからに違いない。
「……さて、今日も仕事しますか?」
マリーは、爺さんをもう無視して、仕事モードに戻った。
うん。
怒っている顔も凛々しくていいけど、やっぱりマリーは笑顔が一番いい。
「はい! もちろんです!」
「ふふ、今日もお元気ですね。今は急ぎの仕事が無いので、これですね」
受け取った仕事は、街のドブさらいだった。
これは、実働8時間の昼飯付き銀貨一枚か。
正直、安いし割に合いそうもないが、元々どんな仕事でも断る気はなかったので引き受けた。
今回は特に装備はいらないので、必要な道具のスコップだけ借りた。
流石に若い体のせいか、すでにやってきた昨日の筋肉痛がきつかったが、何の問題もなく仕事が終わった。
地味過ぎて、語るべきこともないほどだった。
汚れを落として、ギルドに戻り、仕事終了の報告をして報酬をもらった。
今日も、無事に1日の終りを感謝して晩飯にしようとギルド内の食堂の席についた。
席に座っているとギルドマスターの爺さんが俺の席にやってきた。
「なんじゃい、ドブさらいなんてつまらん仕事の割に、ずいぶんと楽しそうじゃな?」
「まあ、そうですね。マスターも聞いてますよね? ここに来る前の話。今はここにいるだけでも十分楽しいですよ」
俺は、爺さんと話をするのも悪くないかと思い、席につくように誘ってみた。
今回の爺さんは、特に何も文句も言わずに席についた。
「お主は記憶がないって話じゃったな? ……うむ、もう少し居させてやってもよいぞ」
爺さんは朝のことで気まずいのか、少し照れくさそうにそっぽを向きながら言ってきた。
俺もそれぐらいで根に持つほど、器は小さくはないつもりだ。
笑いながら返事をした。
「はい、ありがとうございます。これからお世話になります」
「な、何じゃ? 年の割に意外と落ち着いておるのう? ふうむ、元はどこかの貴族かの?」
「さあ? それは何とも言えません。それでも、無知であることには変わりありませんので」
「ふ、ふん! だが、マリーはやらんぞ!」
「ははは。俺には高嶺の花すぎて手が出ませんよ。とりあえず、よろしくお願いします」
俺は、ペコリと頭を下げた。
この世界でもお辞儀が通じるかわからないが、俺なりに誠意を示した。
相手は悪い人間ではないのだろう、ちょっと頑固な孫バカ爺さんなだけだ。
それから俺は、ギルドマスターの昔話を聞いていた。
年寄りの、若い頃の俺はすごかったっていう類の武勇伝てやつだ。
普通なら軽く聞き流す話だ。
だが、流石は元金等級の超一流の冒険者だ。
聞いていて、面白いし、興味もあることばかりだった。
俺たちは、夜遅くまで語り合った。
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