第四節 初仕事

 目が覚めると、部屋の中が明るくなっていた。


 昨日はそのまま、冒険者ギルド内の下級冒険者用の大部屋に泊めさせてもらったのだ。

 ギュスターヴも昨日、ついでに泊まっていった。

 大きないびきをたてながら、まだ寝ている。


 他には誰もいない。

 新人クラスが他にいないということは、冒険者が斜陽産業なのは本当なのだろう。


 だが、俺は本当に生まれ変わったかのように気分が良かった(実際に別人になっているのだが)。

 昨日1日、異世界初日だけで色々とあった。


 心機一転、俺は軽く気合を入れた。

 ギュスターヴにもらった布の服だけの装備で、ゼロからのスタートだ。

 俺は階下へと降りていった。


「あら? おはようございます、アルセーヌくん。気分はどうですか?」


 マリーは俺に気づくと、満面の笑みで挨拶をしてくれた。

 昨夜は余裕がなく気が付かなった。


 受付の中にいるマリーはメガネを掛け、パッチリとして大きく、吸い込まれそうな美しい青い瞳が覗いている。

 ブルネットの髪をポニーテールにして、明るい中で見るととんでもない美人だ。

 さらに、知的なキャリアウーマンって感じなのに、物腰が柔らかくて感じの良い頼れるお姉さんって感じだ。

 まだ、20歳ぐらいだろうか?

 若いのに落ち着いていて、中身は倍ぐらいの歳の俺から見ても、大人の女性の雰囲気がある。

 しかも、自己主張が強いのは胸だけなのが、特に高ポイントだ。


「はい、おはようございます! 生まれ変わったみたいに最高です!」


 俺もできる限りの満面の笑顔で返した。

 マリーもそんな俺を見て、嬉しそうに笑った。


「ふふ、元気になってよかったです。さて、今日はどうなさいますか?」

「……うーん、そうですね、初心者でもできる仕事はありますか?」

「あら、もう仕事をするのですか? もう少し休んでからでもいいのですよ?」

「いえいえ、こんなにやる気が漲っているんです。今やるしかないでしょ!」


 俺はマリーに恩返しがてら、できる限り良い所を見せたい。

 張り切っている俺を見て、マリーはクスクス笑っている。


「それでしたら、この仕事はどうですか?」


 と言って、マリーは依頼書を俺に見せた。

 

 グミン素材納品

 ・ランク:駆け出しからOK

 ・報酬:1体につき銅貨1枚

 ・内容:グミンの素材の納品

 ・場所:王都近郊水辺

 ・期間:無期限

 ・期限:特になし

 ・依頼主:冒険者ギルド本部

 ・備考:聖教会圏一の大ヒット商品グミッチュウの原材料です。どんどん各ギルド受付まで持ってきてください!


 しかし、これがいいのか悪いのか、俺にはよくわからなかった。


「あ、あの、もしかして気に入りませんでしたか?」


 マリーは俺が固まっていたのを不安に思ったのか、おずおずと聞いてきた。


「あ、いえ、ちょっとよくわからなくて、まずこのグミンって何ですか?」

「え!? グミンを知らないのですか!?」

「いやぁ、実は昨日モルグで目が覚めた時から記憶がなくて……」


 俺は、とっさに記憶喪失という設定にした。

 そうしたほうが怪しまれずに、この世界の常識から情報収集しやすいと思ったからだ。

 しかし、そんな俺に対して、マリーは絶句していた。


「そんな! 冒険者をやっている場合じゃないですよ!」

「まあまあ、マリーさん。そんな細かいこと気にしてもしょうがないですよ。ははは!」


 俺は笑ってごまかした。

 でも、マリーは本気で心配してくれたのか、声を荒げた。


「どうしてそんなに本人が気楽なのですか!」

「うん、いいじゃないですか。そういうことなんで常識から教えてください」


 俺は、真面目に聞こえるようにできる限り、キリッとした顔で言ってみた。

 マリーはそんな俺に呆れてしまったのか、困り顔でため息をついた。


「……はぁ、わかりました。もうこうなったら、できる限り私は協力します」


 さすが、頼れるお姉さん!

 俺は感謝の気持ちを伝え、聞きたいことを大体聞いた。


 とりあえず、わかったこととして、グミンとは水生生物の軟体生物らしい。

 クラゲみたいなやつだろうか?

 大体サッカーボールぐらいの大きさのようだ。

 基本的には動物のフンや死体、水に浮かんでいる有機物を食べているだけなので、危険な生物ではないようだ。

 体内にある核をナイフで突き刺せばすぐに死ぬらしい。

 繁殖力が強いので、いるだけ取り尽くしても、どこからかまたすぐに湧いてきて、勝手に増えるので生態系に問題はないという話だ。


 次に、冒険者ランクはポイント制で決まる。

 他にも色々と細かい規定があるようだが、今のところは気にしなくていいだろう。


 駆け出し ➔ 一般 ➔ 中級 ➔ 上級 ➔ 銅 ➔ 銀 ➔ 金 ➔ 白金


 という風に8つにランク分けされていて、ランクが変わるごとに認識表が新しく変わる。

 駆け出しから上級までは同じ鉄製タイプだが、銅から上になるとその色に準じた素材になる。

 勲章のようなものかな?

 白金級は過去の勇者パーティーの為の名誉ランクらしく、実際には存在しないらしい。

 金級についても、各国のお抱えになるか、各地のギルドマスターになるので、銀級が現場では最高位らしい。


 あとは通貨の単位だが、


 鉄貨 ➔ 最小単位。大体10円ぐらい

 銅貨 ➔ 鉄貨10枚=100円

 銀貨 ➔ 銅貨10枚=1,000円

 金貨 ➔ 銀貨10枚=10,000円

 白金貨 ➔ 金貨10枚=100,000円 (一般には流通していない)

 大白金貨 ➔ 白金貨10枚=1,000,000円 (平民では一生見ることもないらしい)


 王都の出入りには身分証の提示が必要になるが、各ギルドの認識表で問題ないそうだ。


 水辺は、王都の南門を出て、歩けばそれほど時間がかからずに小川に着く。

 そこから、小川沿いに左右どちらに進んでもグミンの生息地に着くので、方向は気にしなくていいそうだ。

 普通に行けば、歩いても日帰りで戻ってこれる距離だ。

 依頼主が冒険者ギルド本部になっているのは、斜陽産業の苦肉の策の新人救済策だと思う。


 ちなみに、グミッチュウとは、受付のカウンターの上にある木の器に大量に入っている、小粒のガムみたいなやつだ。

 味が、色々とあり、試しにもらったのはグレープ味だった。 


 さて、今知りたい情報はこのくらいか?


 俺は、この依頼を受けることを伝えると、マリーは俺にでかい布の袋とサバイバルナイフ(この世界ではダガーだ)、冒険に必要な小道具の入った革のバッグ、さらには昼飯のサンドイッチまでも渡してくれた。


「えっと、これは?」

「ふふ、言ったではありませんか。私はできる限り協力すると。あとはこれもサイズが合うと思いますよ? 全部無料で貸し出します」


 それは、革製のサンダルだった。

 俺は、昨日身ぐるみを剥がされた時から裸足だったのだ。


 ああ、マリー様。

 後光が指してきて、もう天使にしか見えない。

 あれ?

 おかしいな、目から汗が。


「もう、本当に大げさですね」

「いや、マジでありがとうございます!」

「お礼は、無事に依頼を達成してからお願いしますね」


 マリーは苦笑いをしながら、俺を見送った。

 俺は、借りたサンダルを履いて、おっしゃ! と気合を入れて旅立った。


 冒険者ギルドは、王都の南側の商業地区にあるので南門は近い。

 衛兵に認識表を提示して、すぐに町の外に出た。


 城壁の外は一面の小麦畑だった。

 更に進むと、他にも野菜の畑があり、畑には、麦わら帽子をかぶった農民に、土でできた巨人?いや、多分ゴーレムを使役して農作業をしている。

 ゴーレムがトラクター代わりとか、この世界の農業はかなり発展しているようだ。


 この世界の人間は、元の世界よりも優秀かもしれないな。

 どうやらこの辺りはよほど豊かな土地なのだろうか、まだ緑色の小麦が太陽に照らされ、青い空とのコントラストが美しい。


 この小麦畑の中心を貫く大きな街道を真っ直ぐに歩いていった。

 ここでもまた驚いた。

 まるで、ローマ街道のようにしっかりと舗装されている。

 古代ローマから文明の退化していた、中世ヨーロッパの文化レベルじゃないな。


 俺と同じように歩いている複数グループの旅人たちや、乗合馬車なのだろうか、昨日見た馬車とは違って、人馬一体のケンタウロスが馬車を引いている。

 他にも行商人なのだろうか、大きな幌馬車もケンタウロスが引いていた。

 ユニコーンは街の外では見かけなかった。

 おそらく貴族用の馬車だろうな。


 見える限りどこまでも、のどかで、平和な風景が続いていた。


 真っ直ぐ街道を歩いていると、説明されたとおり、小さな石橋の架かっている小川にたどり着いた。

 橋の向こう側には小さな村が見える。

 この辺りで働いている農民たちが住んでいるのかな?

 今は寄る予定もないので、その手前で曲がり、小川に沿って草の生い茂る小路を歩いていった。


 それほど長く歩くこともなく、小さなため池に着いた。

 そこに奴はいた。


 説明された通りのやつが水に浮かんでいる。

 まるで、某有名ゲームの青いぷよぷよしたあいつに似ている。


 早速、マリーに借りた道具袋からタモを取り出して、グミンをすくい上げた。

 地面に落とし、ナイフで突き刺すと、うまく核に当たったのか、潰れたボールみたいになった。

 俺はそれを拾って、大きな袋に入れた。


 おし、1匹目ゲット!

 いやあ、幸先いいぜ。


 俺は、他にもいないかとウロウロと歩いていたら、近くの村人らしいおじいさんに会った。

 こんにちは! と元気に挨拶をしておいた。

 挨拶は、どこに行っても人付き合いの基本なのだよ。


「ふぉっふぉ、こんにちは。見ない顔じゃが、冒険者さんかの?」

「はい、今日が初仕事っす!」

「そうかい、うむうむ。それなら、もう少し先に行ったところにもう少し大きい池があるから、そこのほうがグミンは多いぞい」

「え、そうなんですか! ありがとうございます! いやあ、いいこと教えてくれましたね」

「いや、何、いいってことじゃ。あそこのマスターの爺さんとは古い知り合いじゃからの」


 このおじいさんは、冒険者ギルドと繋がりがあるみたいで信用できそうだ。

 愛想良く挨拶してみたら、運気が向いてきた気がするなぁ。

 無愛想なやつは、運を逃してしまうのだよ。

 これは、どの世界でも常識だと思う。


 おじいさんに改めて礼を言うと、教えてもらった方へと歩き出した。


 ちょっと時間はかかったが、言われたとおりのところには本当にうじゃうじゃとグミンたちがいた。

 俺は、取っては刺し、取っては刺しを繰り返して、袋が満杯になるまで続けた。


 腹が減った頃、マリーにもらったサンドイッチを美味しく頂いた。


 おお、美味し!

 これぞ労働の喜びだな!


 マリー様サマに感謝だ。


 食後にぼんやりと池を眺めてみた。

 そこで、初めて自分の顔を見た。


 この体の兄貴を見た時から薄々分かってはいたのだが、ふむ、なかなか悪くはないんじゃないかと思う。

 自然な感じの茶色いくせっ毛の髪、ほりの深めの軽く日に焼けたような肌のラテン系。

 何とも不思議な瞳の色で、光の反射の仕方でコロコロ変わる。

 ちょっとチャラそうな感じはするが、元の自分よりはるかにイケメンだ。


 さて、そろそろ帰ろうかと袋を持ってみた。

 だが、取りすぎたせいか、袋が重くなりすぎて帰りは大変だった。

 途中で何度も休憩して汗だくになり、城門に着く頃には日が傾きかけていた。


 ギルドに到着すると、あまりの大量にマリーをびっくりさせてしまった。

 普通は、10匹取れれば良い方らしい。

 俺はその倍以上の23匹も取っていた。

 あのおじいさんに感謝だな!


 報酬を受け取ると、今度は宿屋と食事処を兼業している冒険者ギルドの客として料金を支払った。

 地味で目立たない仕事だったが、無事に初仕事は達成した。

 俺は、労働の喜びを噛み締めながら夕食を取った。

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