第6話

「これが転移魔法か」

「ん……その準備のための……魔法陣」



 俺はゾーイの作業を見学している。

 魔法による長距離の瞬間移動のことを転移魔法ワープという。

 いろいろ種類があるらしいが、この魔法によって王国は維持されているらしい。



「ん……これで人と物を運べる……」

「すげー、けどけっこう小さいんだな」

「転移魔法の神殿なら……大きな魔方陣で……大量に運べる」

「なるほどね」

「ん……けど、個人用の転移だから……小さいのと……血が必要」

「血?」

「ん……ここに血を一滴たらせば、その人だけが移動できる……」



 そう言って、魔法陣の中心部分を指した。

 指紋認証とか生体認証みたいなものか。

 魔法ってやっぱり便利だな。

 戦士よりも魔法使いのほうがいろいろできそうだ。



「ん……ケガは……だじょうぶ?」

「ああ、ぜんぜんただのかすり傷さ」

 ここに来る途中でネコにひかっかれた傷をさする。

 ちなみにクリスが今後のためにも訓練を一緒にしないか、と誘われた。

 俺としては訓練とかしたくない。

 朝から晩まで素振りとかしたくないし、ボルドーのおっさんに頼んで日本刀を作ってもらうなんて嫌でしょうがない。

 あんな切れ味抜群の武器でネコがケガをしたらどうするんだ!


 とくにネコのツメは中心部分の神経や血管の通る赤い部分と、その周りに何層にも重ねて伸びたツメの部分とがある。

 深爪をして神経まで傷つけるとネコちゃんの信用を失って、一生爪切りに抵抗することもある。

 もちろん爪を切ったらご褒美をあげて機嫌をよくしアフターケアも大切だ。

 飼い猫の爪は非常にデリケートなのだ。


 それならば魔物とはいえネコのツメと刀で鍔迫り合いはどうだろうか?

 できるか、いいやできない!

 非猫道的なことができるはずがない。

 そうなると騎士や戦士そして強力な武器には魅力が無いのだ。



「ところで、こういう魔法ってどうすれば覚えられるの?」

「ん……基本は訓練をして……魔力をあげる。それから……魔法学園で……勉強……」

「勉強かぁ……」

「えっと……どんなに勉強できても……この国の宗教と歴史を学ばないといけない……異教徒の魔術師はみんな恐れるから……」

「なるほど、確かに価値観が違うと怖いよな」


「ん……だから……必ず下級学校から入らないといけない」

「……んっ!?」

「えと……下級は6歳から……入れる」


 6って……小学校じゃねぇか!

 なんでだよ。なんで小学校なんだよ。なんでだよ!?


「ん……えっと……飛び級はあるけど、言葉や文字の読み書き……それから歴史と宗教をずっと習う……私、飛び級」


「うへぇ……」


「上級学校で魔導力学を中心に……効率的な魔法の使い方、魔術回路連立方程式、魔力微分積分学……あと魔法使いは年中無休……サビ残前提……労働組合結成禁止法対象者……軍属義務あり……国の所有物……」



 さっすが中世みたいな世界。

 高校数学に魔法を代入しやがったよ。

 そして労働者の権利がゴミのようだ。



「うん、パスだ。俺は魔法使いを諦める」

「ん……そのほうがいい。魔法使いになれる人は……少ない……」

「けどそういうの聞くとなんで頑張って魔法使いになりたがるんだ?」

「ん……利益が大きいから……無条件で貴族地位、軍の上級指揮官、ほかにもいっぱい……」


 古代中国の科挙みたいなものか。

 確か合格すれば将来安泰で才能があれば軍師待遇とかいう。


 それにしても戦士も魔法使いもなりたい職業って感じじゃないな。


「うん……できた。これで、いつでも帰れる」

「それじゃあ、ニャス子を探してくるか」

「ん……私もクリスを呼ぶ、ね」





 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「――ということで最初の街に戻れるようになったぞ」

「そうか、それでどうじゃ。あの二人から得るものはありそうか? お主は職業をまだ決めておらんからの」

「うーん。騎士と魔法使いねー。特になりたいってほど魅力が無いな。魔法はちょっと使ってみたかったけど」

「ふむ、そういえばレージよ。まだケガは治っておらんのか?」

「いや無茶言うなよ。ケガしたのはさっきだぞ」

「覚えておるかの? お主はワレの本体をモフモフしたとき、体中を神力が巡ったはずじゃ」

「覚えてるよ。あれは二度と体験したくない……」

「ならばあの時の感覚を今一度思い出すのじゃ。そして体の中に僅かに残っている神力を一点に集めるのじゃ」

「え、こうか……」



 俺は手のひらにあの時の神力――オーラみたいなものを集中させる。

 体中にほんの少しある神力を移動させる……。

 う、いかん。

 集中すると、もっとも繊細で敏感な部分に――主に股間らへんに違和感がががが……。

 あ、集中が切れる……。

 いかんいかん……集中。

 ああああ、だめだ集中力が途切れる……。



「何をやっとるんじゃ」

「いや、なんか動きがあると……その集中が切れるんだよ」

「ほれ、あれじゃ。強力テープを肌に張って、少しずつはがすと痛いじゃろ。勢いよければ気にならんのじゃ」

「よし、わかった。じゃあいくぞ」



 俺はもう一度集中して、手のひらに神力を集める。

 そうだとも、最初もできたんだからできるはずだ。

 体中の神力を一気に集める!



 ――バチッ!



「お、できた。全身がピリピリしたけど、集まったぞ」

「うむ、それをケガしている部位に当ててみるのじゃ」

「こうか…………これは、まさか!?」

 なんとネコのひっかき傷がみるみる治っていく。

 もうぜんぜん痛くない。

「なあ、ニャス子これって」

「うむ、お主はこれでも神の眷属のような従者のようなものじゃ」

「どっちだよ!」

 どちらかというと主人とペットじゃないか?

「ともかく、お主は神力を使って回復魔法をノリで使えるのじゃ」

「まじか!?」



 つまり俺は戦士でも魔法使いでもなく、回復術士になるのか。

 ヒーラーって需要あるのかな?



「おーい、レージ。そろそろ出発するぞ」

「ん……プライベートな転移魔術だから……血以外にも……私たちと一緒じゃないと魔法陣は動かない」

「わかった。ああ、そうだ。見てくれ、ケガもうほとんど治ったぞ」

「え……なんで……?」

「どういうことだ? 確かに治ってるけど、どんな優れた薬草でもこんなに早く治ることはない!」

「いや、魔法だよ。回復魔法。今さっき使えることが分かったんだ」



 最後の薄っすらとある傷口も手のひらを当てて治していく。

 よし、治った。

 クリスとゾーイの方を見ると2人とも顔面蒼白になっていた。

 あれ俺またなんかやっちゃいました、って言おうと思ったけどそんな感じじゃない。

 まるでこの世の終わりかのような、なんか世界が終わったかのような顔をしている。



「え、2人ともちょっと驚きすぎじゃない?」

「お、お、おどろくも何も……なんていえば……」

「ん……レージ。よく聞いて」

「な、なんだよ改まって……」

「ん……魔法は攻撃魔法と防御魔法、それから転移を含めた補助魔法しかないの……」



 攻撃魔法と、攻撃魔法を防ぐ防御魔法と、バフデバフとか含めてざっくりと補助魔法ね。

 確かに回復ってそのどれでもないな。

「そうなると回復魔法は……」

「ない……聖職者も結界や補助が得意というだけ……回復や蘇生は……できない」



 …………。


 ニャアアアスコオオオオッ!!



「おい、どういうことだ。この世界魔法じゃ回復とかできないのかよ……(ぼそ)」

「神聖魔法は神の奇跡じゃ。信仰心の高い者に与えるのじゃ。普通は……(ぼそ)」

「おい、それって……」

「お主も知っておるじゃろ。本体がよく寝るために……たまに与えるんじゃわい」

「おおう……」

 そうだった。

 神の奇跡って、女神がネコの時点で皆無に等しいじゃないか。

 これだからネコってやつは、ネコってやつは!!。



「いいか。混乱するだろうが、聞いてくれ」

 クリスが真剣な顔で話しかけてきた。

「なんだよ改まって、まさか拘束して王に差し出すとかじゃないよな」

「いや、さすがに騎士としてそのようなことはできない。……だがそれ以前に、回復魔法の使い手は例外なく女性しかいなかった」

「ん?」

 なんて?

「いいか、この国の――いや、この大陸全土の古代から続く歴史上で回復魔法の使い手は女性しか確認されていない」

「ん……だからこの国では回復魔法の使い手が……聖女になる」


「……おい、ニャス子。どういうことだ? ……」

「……ワレの前任者は無類の女好きじゃった。女性の地位が高いことからもなんとなく察せるじゃろ……」

「……おおう……」


 ニャス子とひそひそ話をしていると、クリスがグイッと近づいて肩に手を置いてゆっくりと話し出した。

「いいか、レージ。驚かないで聞いてくれ、お前は実は……聖女だったんだ」


「そんな俺が聖女……って、んなわけあるかああああ!!」

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