第5話

 何とかクリストゾーイの信用を勝ち取った俺はまたしてもクリスの実家である屋敷へと向かう旅に出た。

 といっても問題は起きず、目的地の屋敷まであと少しというところまで来た。



「う……眠い……」

「大丈夫か?」

「ん……ちゃんと寝たほうがいい」



 そう言っても無理なものは無理だ。

 2、3日で着く場所なのだが、ここまで5日かかった。

 理由はネコ除けのためにゾーイが雨を降らせる魔法を使ったからだ。

 ネコの大軍が押し寄せてきたら、雨を降らせる魔法「豊穣の雨アクア・レイン」を使い、泥水の中を歩いて旅をつづけた。


 それから夕方前にはクリスが俺のために野営の基本を、ゾーイは薬草や食べられる植物とヤバい植物について教えてくれた。

 ハッキリ言って覚えることと動植物の種類が多すぎるため頭パンク状態だ。


 そして一番の問題が野営になる。


 初日は騎士団用のテントの設置の仕方を教わった。

 これはいい。

 翌日からは自然の木の棒やツルを使ってテントのような寝床を自分で作った。

 大きめの木の棒を斜めに置いて、三角形になるように小さな棒を並べていって骨組みを作る。

 その骨組みの上を布で覆って、それらしいテントを作る。

 そんな感じで人2人が入れるぐらいの自作のテントを作ったのだ。

 これもいい。


 問題は何かあったときのためと言って、テントの真ん中をひらひらの布で雑に分けたことだ。


 つまり火の番と周囲の警戒を1人がする。

 残りの2人がテントで雑魚寝する。

 その際の寝方は2通りある。

 装備をしたまま仮眠だけするのと、見張り役を信頼して装備を外して寝る2つだ。

 ちなみに革の鎧とか装備を付けたまま寝ると寝心地が悪く、体中がバキバキになる。

 なんだっけエコノミークラス症候群とかいうのになりそうなぐらい寝心地が悪い。

 クリスが言うには経験上、装備しながら寝ないほうがいいらしい。


 だがここは魔法のある世界。

 実はもう一つ、寝る人に付与魔法をありったけ掛けて防御力を上げて寝るという荒業が存在する。

 ということでここ数日間はいろいろな寝方を実際に体験したのだ。



 おわかりいただけるだろうか?



 俺が見張りの後に寝るとき、クリスあるいはゾーイが寝てた場所で寝る。

 男子高校生にとってこれだけでもう心臓がバクバクですよ。

 次に彼女らのちょっと暖かくなった寝床で寝てると、隣には美女がいる。

 しかも寝息が聞こえるのなんの。

 心臓バクバクですよ。

 そして最後に――。


 にゃあああす子オオオオ!


 奴が焚火で温まりながら寝てたはずが、暑くなりすぎて今度はテントの中の俺のお腹の上で寝るのだ。

 乗った瞬間に「おふっ」と変な声が出た。

 なにが起きたのかと目を開けると、お腹の上で白猫が丸まって寝るのだ。

 その愛らしい真ん丸姿に身動きが取れなくなってしまった。

 もう動けなくて体中バキバキですよ。



 そんなこんなで5日目にして寝不足でつらい状態になっている。

 俺……目的に着いたら……ねるんだ……。



 王都から離れれば離れるほどネコとの遭遇率が減っていった。

 そのため雨魔法は使わずにお日様の下を歩いている。



「見ろ。首輪の付いたネコが寝ている」

「ん……ほんとだ。かわいい」

「あ、もう1匹首輪付きネコが来たぞ」



「シャアアアアアアアアッ!」

「フシャアアアアアアアッ!」



 突然2匹のネコが威嚇し始めた。

 そして、片方が渋々逃げ出した。



「ネコの縄張り争いみたいだな」

「ん……逃げたほうが……こっちにくる!?」

「二人とも! 戦闘準備!」

「首輪付きのネコは魔道具でこっちに来ないんじゃなかったのか!?」

「……気が立ってる……そのせいで嫌な気分になる呪いを……無視してる」



 ネコは突然パニックになると攻撃的になる。

 これは生物として仕方のないことだ。



「く、来るぞー!」

「ん……かわいい」

「絶対に傷つけるなよ!」

「ああ、わかっていりゅ!!」





 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「いてて……」

「傷口にはこの薬草をこうやって……」

「なるほど……いてっ!」



 戦いそのものは大したことなかった。

 最初の攻撃を受け止めてから、水魔法で追い返すという単純なものだ。

 しかし普段なら肉球パンチなのだが、ツメが伸びてちょっと引っかかれてしまった。 



「よし、これでいいだろう」

「ありがとう」

「ん……周囲の魔物は……雨で逃げた」

「ここよりも私の屋敷のほうが休まるだろう。少ししんどいだろうが急ごう」

「ああ、わかった」



 俺たちは急いでクリスの実家へと向かった。

 クリスの屋敷は荒らされた様子が無かった。

 ただ人が住んでいない屋敷だった。



「もっと荒れていると思っていたが当時のままだ」

「それは、このハーブのおかげかもな」

「ん……詳しく」

「ああ、ネコは柑橘系やラベンダーのようなハーブを嫌う傾向があるんだ」

「そうなのか!?」

「む……そういうの先に言って」

「あははは……すまん」



 ネコの知識があると言っても、ふとしたきっかけで思い出すものが多い。

 今回だって屋敷の周りにラベンダーみたいなのが自生していたから思い出したに過ぎない。


 とにかく、屋敷は安全だと分かった。

 そこでクリスは遺品を探し始めた。



「災厄の日、魔王軍の大軍勢がこの領地のすぐ近くまで押し寄せてきたんだ。そこで父は領民とその家族を連れて王都へ避難させた。もうここには帰ってこれないと決断したんだ。私はその時には王都で騎士団に所属していてな。騎士団を集めこの領地を素通りして決戦地に赴いた」


 クリスは遠い昔のことのように過去について語った。


「クリスのお父さんは――」

「ああ、領民を避難させた後に父と合流し、まさに両軍が激突する、その時に魔物たちが全部ネコになった――それを見た父はあまりの可愛さに発狂して『アイエエエ!』と叫んでそのまま気絶してしまった」

「え、それってまさか……」

「原因は不明だ。それ以降、父は日に日に痩せ衰えている。せめて母の形見のペンダントを持ちかえれば元気になるのではと思ってな」



 クリスは心痛な面持ちで、当時のことを語ってくれた。

 けど、俺の中では……ネコを見て悲鳴を上げて倒れる。

 それはまさか。

 まさか……。


 NKSなのではないか?


 説明しようNKS(急性ネコカワイイショック)とは、生まれてからネコを一度も見たことがない人がネコと遭遇することで発症する精神錯乱の一種である。

 ネコと共に生まれ育った現代人には分かりずらい感覚であるが、大抵の場合「アイエエエ! カワイイ!? ナンデ!!?」と叫んでから失神することになる。

 ネコの可愛さに弱い、人の心が作り出した精神病の一種になる。



 ネットの片隅にすら存在しない都市伝説だと思っていたが、この世界なら普通にあり得るということか。


「あった――この形見を見せて元気になればいいな」

「いや、ネコに慣れさせればすぐよくなると思うぞ」



 まあ、なんだかんだクエスト達成ということでいいのかな?

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