第4話

 どうする?

 どうすればいい?

 俺の目の前には天秤のようなウソ発見器が置かれた。

 これはほんとに詰んだんじゃないか?



「そんな緊張しなくていい。質問に正直に答えれば何も問題はない」

「そ、そいつはすごいなー。いったいどういう原理なんだろうなー」

「ん……この世界の創造の女神さまの加護で……どんなウソも見抜く」



 ニャアアアァァァァス子オオオオォォォォッ!!!!

 何で神様がこんなヤベー物を人間に与えてるの?

 これのせいで割りとピンチなんだけど。

 やばいやばいやばいやばい。



「へ、へーー。じゃあクリスのパンツの色は?」

「な、ま、なにを聞いているんだっ!?」

「ん……かわいいピンクだった……」

「ち、ちがうわっ!」


 ――ガコッ!


「あ、ピンクなんだ」

「ああああああああ!」

「ん……あとパンツにコッソリネコの刺繍入れようと……頑張ってる」

「わ、私は騎士だぞ。鍛錬を疎かにして、そんなことするわけないだろっっ!」


 ――ガコッ!


「あ、がんばってるんだ」

「ふにゅううううう!!!!」

「ん……クリスは可愛いもの……好き」

「ゾ、ゾーイだってカワイイの好きだろっ! パンツも含めてっ!!」

「ん……カワイイの……好き」


 ………………。


「あ、事実なんだ」

「ん~~~~~~~~」

 思いのほかゾーイは恥じらいが無く、それがクリスが予想していたのと違ったようだ。

 クリスは恥ずかしさのあまり、身をよじって赤面する。

 ちょっとして顔を真っ赤にしてこっちを睨みつけた。

「とにかく! これからは私が質問する。答えるとき以外は黙ってるように!!」

「あ、はい……」



 とはいえ、ありのまま事実を話したら、いろいろ問題しかない。

 女神は「ネ申」が少し欠けて、「ネコ」だった。

 そこから信じてもらえないだろう。

 例えアーティファクトが虚実を見抜いても、教会のこわーい神父が、「エ゛ェェェェメ゛ン゛!」と叫びながらやってくる。

 そんな未来しか思い浮かばない。



「にゃ~~」

「あ、ねこちゃん。触っちゃだめだ!」

「ん……肉球の跡ができた……」



 ニャァァァァスッコォォォォッ!!!

 いまアーティファクト触ったよね。

 なんで触った?

「にゃ~~…………ふふ」

 おい、まさか。


『女神さまの加護でどんなウソも見抜く』


 女神の加護ってことは――お前そのアーティファクト弄ったのか!?

 弄ったんだよな!?

 つまり俺に堂々とウソをつけということでいいんだよな?

 そう言うことだよな!?

「にゃふふんっ」

 え、なんでワレすごいだろ、みたいな感じで首を上にあげてんの。

 わかんねーよ。

 もっとわかりやすいヒントくれよ。

 信じるよ、信じるからな。

 信じて大声でウソをつき通すからな。

 相手の目を見て、はっきりと、誠心誠意まごころ込めて、大ぼら吹き通すからな。



「それでは冒険者レージ。キミがこの国に来た経緯を含めてすべて話してくれ」

「はい、私の名前は金湖礼司です。この国に来た理由は――」





 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「――そうなのか。にわかには信じがたいが、そのような人と魔物――モンスターというのが共存する国があるのか」

「ん……興味深い……行ってみたい」

「しかし、そうなると突然すべての魔物がネコ化した原因はやはり不明か……」

「ん……けど、一歩前進した……」



 俺の名前はレージ。

 人前で堂々とウソをいう普通の高校生だ。

 今日も俺は美人女騎士と美少女魔術師にウソをついて信用を勝ち取った。

 しょうがないだろ。

 そうしないと、大変な目に合いそうなんだから。



「ち、ちなみにウソとわかったらどうなってた?」

「それは――内容によるな。例えば経歴含めてすべてウソなら、このマヌケな仮面を一生付けてもらう」

「ん……解呪の魔法以外では……外れない」

 そう言って取り出した鉄仮面は鼻の部分がとても長く、目の部分が極端にたれ目の誰が見ても嘘つきに見える仮面だった。

 こんなの付けて生きろなんて、もう社会的な死と同じじゃないか。

「まあ、人々にウソつきだと周知する目的もあるから、それ以上はないな。普通に暮らせる」

「ん……けど、魔王の縁者なら……」

「即刻死刑だ」

「弁明の余地なし!?」

「ん……催眠、洗脳、未知のスキルや魔法を使わせないためにも……仕方ない」



 うわー、正直に死にますか、ウソついて生きますか、という二択。

 やだもう中世ったら人の命が軽すぎる!

 ふざけんな!


 そうなると少人数の面接形式というのも明らかな罠。

 この個室が結界で外界と遮断できているという説明もすべてブラフの可能性が高いな。

 2人だけを何とかすればいいと高を括ったスパイを返り討ちにする。

 そういう化かしあいなんだろう。



「ふふ、だが私は最初からキミが魔王のスパイだとは思っていなかった」

 とクリスが微笑みながら言う。

「信じてくれてたのは嬉しいけど、なんで?」


「だって、ネコ好きにウソつきがいるわけないだろ」


 ごめんなさい。めっちゃウソつきました。

 ものっそいウソついてます。

 最初から最後まで全部ウソですよ?

 ほんとごめんなさい。



「あ、あ、当たり前だろ。ネコが好きなやつに悪い奴なんていないさ」

「ふ、そうだな」

「ははは」

「ふふふ」



 ああああああああああ!



 心が、心が痛い。

 なんだろ、ここまでくると俺は天性の詐欺師なんじゃないか。

 転生した天性の詐欺師って、笑えないよ。



「ん……それでクエストなんだけど」

「ああ、そうだったな。キミを疑っておいて申し訳ないが、このままクエストを続ける気はないか?」

「クエストってちょっと遠くの屋敷に向かう話か?」

「ああ、実はそのクエストの依頼主は私なんだ」

「ん……行先の屋敷は……クリスの実家……」

「私の両親の遺品を何とか持ち帰りたいんだ」

「あ、依頼は本当なんだ」

「できればネコについての知識が多いキミに一緒に来てもらいたいんだ」

「ん……どうする?」

「そうだな――」



 こんな国の偉い方の人とこれ以上関わったら、絶対にボロがでる。

 さっさと別れるのが正解だ。


「オーケー。このクエストが成功するまで付き合うよ」

 だが、俺は二つ返事でまたしても了承した。

 理由は単に罪悪感がそうさせただけだ。



「そう言ってくれてうれしいよ」

「ん……あらためてよろしく」

「ああ、よろしく頼む」

 うん、ちょっとだけだ。

 ちょっとお手伝いしたら、すぐに遠出しよう。

 魔王を探しに旅にでよう。



「――ところで、このネコはもしかして人の言葉を喋れるんじゃないか?」


「…………んっ!?」


 しまった変な声が出た。

「ななな、なんでそう思うのかな~」

「いや、さっきのクエストの合間に話し合っているのが聞こえたんでな」

「ん……私も聞こえた……」

 おおう、交尾されそうになってパニックになってた時だな。

 だがこういう時のための、あのストーリーだ。

「ああ、そうだ。その通りだ。ニャス、隠しても無駄なようだ」

「ふむ、バレてしまったようじゃの」

「わっ、ほんとにしゃべった!?」

「……すごい」

 俺はニャス子とアイコンタクトをとって、そして事前に示し合わせた話をすることにした。

「実は――俺の故郷の話には続きがあって、ネコモンを積極的に利用して悪事を働く――その名もネコネコ団という組織がある」

「なんだと!?」

「ニャス子はその組織で、長い長い訓練の結果、完全な二足歩行と言葉を喋ることができるようになったネコモンになる」

「それはさすがにウソだろ?」

「ん……けど天秤は動いてない」

「そんな……」

「俺はそんなニャス子を組織から連れ出して、この遠く離れた地に来たんだ」

「うむ、ワレは人の言葉を喋れるのじゃ。ふふん」

 とりあえず頭をかきかきしてやろう。

「たしかに信じられない話だろう。だがこれは本当にあったことなんだ!」



 さすが応用力の高い普遍的な物語。

 とりあえずナントカ団って言っとけば何とかなる。

 もはやウソにウソを塗り重ね続けるしかない。

 おい、女神。

 俺はどこまでウソつけばいいんだ?



「わかった。その話も信じよう。さすがに上司にはそういうネコもいると報告するが――極力ニャスちゃんが喋れるのは隠した方がいい。いろいろ混乱が起きるだろうからね」

「ああ、そうしてもらえると嬉しい」

「わかったのじゃ」

 こうしてネコ好きにウソつきはいないと言い切った女騎士と小さな秘密を共有し、大きなウソを信じ込ませることに成功した。

 心が罪悪感で折れそうだ。



「ん……ニャス……かわいい」

「ん~~、たしかにカワイイ。ちょっとモフモフしたい」

「別に構わんのじゃ」

 2人の顔がパアッと明るくなり、モフモフし始めた。


 俺はなんか複雑な心境になりながら2人が満足するまで待った。





 こうして俺はまたしても外に出て、野営しながら目的地に進むクエストを受けることになる。

 この一連のやり取りで、俺の職業は詐欺師なんじゃないかと思い始めた。

 そんな職業ジョブでは不都合にもほどがあるので、クエストをこなしながらまっとうな職業を選択しよう。


 そう思った。

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