第3話

 ――ザッパーン。



 初めての遠出に失敗して、ただいまギルドのシャワー室で体を洗っている。

「ぶにゃにゃにゃにゃ……ぶるぶる」

 ニャス子と一緒に。



 クエスト失敗の原因はネコは群れないという一般常識になる。

 奴らは元が魔物だから、普通に群れで襲撃してくる。

 しかも可愛いのだ。

 よくあるカワイイ見た目と見せかけて、実はグロテスクな形態で襲ってくる――という異世界あるあるもない。

 普通に可愛いのだ。

 そのため、高ランク冒険者であるクリスとゾーイも本来の力を発揮できない。

 むしろ本領を発揮してネコを傷つけるのなら、俺は魔王側に付くと断言できる。

 ネコをいじめる奴は許さん。



 ネコを守るためにも何らかの惰職業ジョブになったほうがいいか。

 そもそもネコを傷つける人などこの世にいるのだろうか?

 いや、いない。

 それならもっと有意義な職に就いたほうがいい。



「ジョブか……」



 ネコに対してコレだ、という職業が思いつかない。

 一刀両断するスキルで何をしろというのだ。

 村を消滅させる魔法でどうしろというのだ。

 辛うじて魔法を覚えれば、ネコを追い払うのに役に立つくらいか。

 ネコに水をかけて、嫌われるための魔法を覚える…………。

 なんだろすっごく悲しくなった。

「いい湯だにゃ~」

 風呂好きのネコなんてニャス子ぐらいだろ。



 シャワー、風呂、そしてサウナと巡って、サウナ室で熟考すること数分。



「ふにゃああ~~ん。レージよ、ワレものぼせてしまうぞ」

「ああ、そろそろ出るか~」



 結局、結論が出ないまま、シャワー終了。

「レージ。冒険者レージは君か?」

「え、あはいそうです」

 更衣室を出ると、ガタイのいいおっさん3人と、見ない顔の受付嬢がいた。

「ギルド奥の部屋まで来てもらう」

「え、あのちょっと……」

「拒否権はない」

 犯罪なら刑務所だろうが、そうではないみたいだ。

 ギルドの部屋ということは、あれかギルマスとの対面。

 近頃の活躍からFランク冒険者からDランクへと昇格する――みたいなやつ。

 ふ、やはり異世界の知識は持っているだけで便利だな。



 などと現実逃避することで心の平穏を保った。

 ウソです。

 さっきから心臓バクバクです。

 え、俺どうなるの?



「きたかレージ。待っていたぞ」

「ん…………風呂長い……」



 奥の部屋に待っていたのはクリスとゾーイだった。

 だが、さっきまでの冒険者風の格好と違う。

 そう、クリスはまるで騎士のような立派な鎧の姿になっている。

 そしてゾーイも高位の魔法使いの着る服に着替えていた。

 替えの服が無かったのかな?



「実は君にウソをついていた。見ての通り私は王国騎士団特別調査兵団、団長代理クリスティーンだ」

「ん……私は王宮筆頭魔術師代理ゾーイだよ」



 うん? うぅん…………んっ!?

 やっべ理解するのに少しかかった。

 つまり2人はすっごい有能な冒険者じゃなくて、ガチで国の中枢の偉い人だった!?



「そ、そんなすごい人が……なんでこんな冒険者ギルドに……」

 マジでなんで!?

 俺なんもしてませんよ!?

「実は君に魔王のスパイなのではないかという疑いがかかっている」


「な、なんだってー(棒読み)」


「驚くのも無理はない。まず我々特別調査団はネコという新種の魔物たちについて調査している。だがどんなに調べても『カワイイ』以外の結論がでなかった」


 そりゃあ、そうだろうな。

 世界中のネコの研究者そして愛好家たちで一致した答えはネコはカワイイになる。

 それが異世界で魔物扱いぐらいで覆るわけがない。


「ん……ずっと手がかりがなかった…………お手上げ……」

「そんなある日、酒場でネコについて力説する不思議な青年の話が調査団の耳にもはいった。未成年だからとシュワシュワだけを飲み、それなのに酔っ払いのようにハイテンションでネコについて力説する謎の人物についてだ」



 んっ!? 

 俺じゃないか!

 まさか人付き合いが裏目に出たか。

 いやけどしょうがないだろ!

 高校生ってのは自分の興味のある分野だけ饒舌なんだよ!



「ん……不思議な噂を集めた……災厄の日以前からネコを知っていたかのように語る少年、ギルドが閉鎖状態なのを知らない少年、ネコを連れて街中を堂々と歩く少年、そ、それから…………ネコと……ゆうべはおたのしみだった……っていう……んっ」


 顔を真っ赤にするゾーイ。


「そおおおいい! 違うから誤解だから! 何もないから!!」

「ん……やっぱり……ウワサ話」

「ではその部分については訂正しておこう。……こほん、とにかく我々は君が魔物あるいは魔王と何らかのつながりがあると見ている」

「ん……結界張ってるから……逃げられない」


「…………ふぅ、わかったよ。すべて話すよ」



 ある日、国のお偉いさんに捕まって、洗いざらいしゃべれと言われる。

 そんな日が来るとは思って、――――。



 ――想定通りだ。



 ふふふ、こういう時のための偽の経歴はすでに用意してある。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 俺の名前はレージ。

 此処よりはるか遠い異国の地からやってきた。


 俺は故郷のチューブ地方のイズタウンに住んでいた。

 ここではネコというモンスターが人々と共存していて、人々はネコトレーナーとして日々ネコモンバトルという可愛さを競って時に戦い、時に友情を育んでいる。


 ――中略――


 なんやかんやあって、俺はネコモン・マスターを目指して冒険をしている最中にこの国に寄ったのである。



 という完璧な偽装ストーリーだ。



 この物語の何が優れているかというと、まずいつ聞かれても正確に間違いなくウソをつける。

 それだけじゃない。

 元の世界から来た人と接触してもだいたい話を合わせられる。

 親世代からお子さんまで、それどころか世界中の人々でだいたい共有できるのだ。

 何を聞かれようと問題ない!



「ん……まずはウソを見破る古代呪術具アーティファクト……『真実の天秤』を設置……するね」


「……ん? アーティファクト?」


「ああ、この古代呪術具アーティファクトの前で対象者がウソをつくと天秤が傾く、衛兵たちが犯罪者に対して使う嘘発見器になる。すごいだろ?」

「ん……ウソつかなければ……だいじょぶ」



「んなっ!?」



 てことは俺は異世界から来て、女神と魔王はネコで、この国の勇者と魔王をぶつけようと画策していると言わなければいけない。

 こんなことを言ったら魔王の尖兵か、100歩譲って頭のおかしいネコ狂信者になる。

 このままだと……薄暗い牢獄行きかな。


 俺の旅は終わったぜ!

 さよならバイバイ!

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