第2話


「ああああああああああ!」

「うにゃーー!」

「みんなできるだけ離れるな!」


 俺たちは王都を出て少し歩いたところで、1~3メートル級のネコに襲われた。

 ニャス子いわく、元の魔物はゴブリンとオークらしい。

 パーティーメンバーは全員近くにいるのだが、突然の襲撃でまったく連携が取れない。


 ネコの本能はやはりすごい。

 俺はまるで追いかけられるネズミのように逃げ惑うしかなかった。


「く、こんな……くそ……………………ふふふ」


 しまった。

 つい笑みがこぼれてしまった。

 だって嬉しいんだからしょうがない。

 思えば今まで何度もなく野生のネコに近づいて触ろうとしたことか。

 そのたびに脱兎のごとく逃げられて何度悲しい思いをしたことか。


 それがどうだ?


 ここではネコに追いかけられるんだ。

 アメショ、三毛、茶トラ、それだけじゃない。

 血統書付きのネコたちに追われる。

 うっはー!

 すっげー嬉しい!

 テンション上がってきた!!



「にゃああああああああああ!」

「おーい! ニャス子どうした?」

「こやつら、ワレと、ワレと交尾しようと迫ってくるのじゃ!!」

「そうか、モテモテで良かったな!」

「たわけ!! ワレは女神じゃ! ゴブリンなぞと交尾などしたくないわ!」

「ゴブリンって……かわいい雑種ネコじゃないか!」

「んにゃにゃ?」

「ぎゃーー! さらに増えたー!!」


 俺を追っていたネコもニャスに気が付いたのか、そっちを追いかけだした。

 ネコと言っても女神、いやネコにとっての女神。

 たぶん人には理解できない魅力がニャス子にはあるんだろう。



「レージ! ちょっと助けるのじゃ! ワレを助けるのじゃ!」

「はぁ、しゃーねぇな」



 その時、クリスとゾーイの方も動きがあった。

 さすがにベテラン冒険者ということもあって、クリスが常に魔物の前に立ち、相手を牽制をしていた。

 その隙にゾーイが「ネコの首輪」と呼んでいる呪いのアイテムを魔法で付ける――はずだった。



「きゃあっ!」

「しまったっ!?」



 だがゾーイが背後から襲われた。

 ゴブリンと言えどやはりネコ(雑種)。

 気配を消して後ろから襲うなど、簡単なことだった。



「ひゃあっ!? 舐めな……ひゃああ!」

「ゾーイ! いま助け――ふべっ!?」



 ゾーイがゴブリン級(雑種ネコ)にペロペロ攻撃されて、涙目に――むしろ喜んでるな。

 そして助けようと動いたクリスも一瞬のスキをつかれた。

 オーク級(茶トラ猫)の肉球プレスの直撃だ。


 ペロペロに、肉球プレス――むしろやられたい。

 いかんいかん。

 このままだと全滅の危機だというのに、心のどこかでそれを望んでいる。



「おい、2人とも大丈夫か!?」

 く、ニャスと2人、どっちを先に助けるべきか。

「いいのっ! このままが――ちょっと変な臭いがいいっっ!」

 あ、こいつダメだ。

 ぷにぷにに癒されてる。

 しかも肉球のあの何とも言えない臭いがお気に召したようだ。



「ん、クリスは……かわいいのに弱い……、私はそろそろ……ペロペロ……だめ…………う」

 ゾーイは顔中よだれだらけで、さすがに辛そうだ。



「ゾーイ! 魔法で反撃できないのか!」

「ふるふる……私、魔力が強大すぎて、どんな魔法も殲滅攻撃になっちゃう。ネコを傷つけたくない」

「有能すぎてダメなのかよ!」

「わ、わたしも大木ぐらいなら……一刀両断できるが……そんなことできない!」

 クリスも有能だった!?

 それにしても戦闘で有利になれるはずの戦闘職、戦士と魔法使いでもネコ相手ではまったく歯が立たない。

 くっこれがネコの魔力、いや魅力50万の力か。



 俺は何とかネコたちの追撃を躱していたが、ついに体力の限界に達する。

 圧倒的な数の暴力の前に負けてしまった。

 元々がオークと思われるネコ3匹にゴブリン20匹だろうか。

 順番に追い回されて、ついに地面にうつ伏せに倒れた。

 そこへ全長3~4メートルのネコが上から乗っかり、デカネコの下敷きとなった。

 ネコにコタツならぬ、ネコがコタツである。

 暖かい。



「ああ~温かくて居心地いい~」

「くっ……屈してしまった……」

「も~~舐めないで~~ふにゃ~」



 三者三様の反応だが、俺たちは戦闘に敗北した。

 ゲームのお決まりなら3人分の棺になり、街へ帰るのだろう。

 だがこの世界では棺の代わりにネコが重石となる。

 これは魔物の本能がそうさせているのだろうか?



「……れ~じ~」

「あ、ニャス……無事だったか」

「うう……ワレ、結界を張ったのじゃが、周りを囲まれて動けぬのじゃ」

「なあ、ニャス子。このネコたちってエサとかどうなってんの?」

「魔物は魔王からの魔力供給だけで生きることができるのじゃ。さもないと膨大な魔物の軍勢を動かすことができぬからの」

「あ~兵站とか気にしなくていいんだ」



 そうなると俺たちが食べられる心配はないってことだ。

 代わりに餓死するまでネコのコタツ――ふ、これが俺の墓標か。



 ……………………。



 ………………。



 …………。



 さすがにそうもいかない。

 ネコと別れるのは惜しいが、そろそろ諦めて街に戻るための手を考えよう。

 …………う~ん。

 ネコの肉球はけっこう冷たい。

 さらに香ばしい匂いもする。

 これはネコの汗がでる場所が、肉球と鼻だけにあることが原因だ。



 そのためネコは鼻をチョンと触るとちょっと濡れているし、肉球も思ったより冷たく、そしてなんか臭うのだ。



 お?



「そうだ。ゾーイ。水魔法。水魔法は使えるか?」

「それなら……ぶぺ……村一つを沈めるぐらいの……出力になるけど……ぶぺぺ」

「恐ろしく有能だな、おい!?」

「ふにゃ……って、わ、わたしだって、オーガを一刀両断できるん……だぞ」


 おい、クリス。お前いま寝てただろ。

 てか有能さで張り合うなよっ!

 まったくクリスも有能なんだろうが、肉球に踏まれながらの至福の表情のせいで、まったく迫力がない。

 いっそのこと攻撃が当たらないポンコツです、のほうが説得力がある。



 女神は泣きながら結界にこもり、戦士は悦に浸り、魔法使いはよだれまみれ。


 この混沌とした状況を打開するには、やはりあの手しかない。



「ゾーイ! 水魔法を最大出力で上空に放つんだ!」

「んべっ……わかっべべっっ……、もう許さない……大いなる水の大精霊よ…………」



 強大な魔力が集まっているのか、無知の俺ですら肌がピリピリする。

 魔物たちもそれを感じとったようだ。

 2人と1匹から少し距離を取り、様子をうかがっている。



「ん……最大威力……【水球の大瀑布アクア・エクス・プロ―ジョン】!」



 巨大な水の球とでも呼ぶべき物体が上空へと放たれた。

 そして雲一つない上空で轟音と共にその水球が破裂した。

 巨大な水球が破裂したことで、あたり一面に雨が降り出した。



「ふにゃあああああ!?」

「シャアアアア!!」


「うそ、ネコちゃんが…………ネコちゃんが逃げてく……」

「ん……いっちゃった……」



 魔物たちは雨を嫌って逃げ出した。



 ネコは本能レベルで水を嫌っている。

 ネコ好き博士の説によるとネコのルーツは乾燥した砂漠地帯であり、その気候に適して進化したことと関係があるという。

 つまり昼は灼熱、夜は極寒の砂漠に合わせて進化したのだ。

 汗が肉球と鼻にしか出ないのも、極寒の夜の砂漠で汗をかいたら――凍死するからだ。

 濡れることがそのまま死に直結する。

 これがネコが水を嫌う理由だと言われている。



 冒険初日。

 想定してたよりはるかに多いネコの数に、癒された。

 しかし泥だらけ、よだれまみれ、ずぶ濡れ。

 とてもじゃないが野営しながら先に進めるとは思えなかった。

 俺たちはとりあえず街に戻った。

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