第1話 ジョブとは?

 俺はこっちに来てから、知人とか友人とか作っていない。

 異性で顔しってるのはギルドの受付嬢ぐらいだ。

 その日暮らしで、それどころじゃなかったともいう。

 ともかく金髪の女戦士と、その後ろに隠れている魔法使いのコンビに声を掛けられた。


 戦士の方はさすがにビキニアーマーなんていうハレンチな恰好ではなく、革製のレザーメイルという正統派な装備だ。

 凛々しく顔立ちの整った美しい女性で、長くきれいな金髪を後ろになびかせる。

 だがそんなことよりも彼女を特徴付けるのが――。



 ――アホ毛だ。



 そう、さっきから猫じゃらしのような立派なアホ毛が右に左に揺れている。

 そのせいで彼女の話が全然耳に入ってこない。

 名前はクリスだとか、一緒に依頼がどうのこうの、なんか説明してくれているが、そんなことはどうでもいい。

 俺の右手はあのアホ毛を掴みたくてうずいているのだ。

 鎮まれ俺の右手。


 さすがに初対面で粗相をするわけにはいかない。

 ちゃんと相手の話に集中しないと――。


「んにゃ……んにゃ……ふぅふぅ」


 にゃゃゃゃあああスススス子オオオオッ!

 え、なにお前、なんで獲物を狩る構えになってんの。

 普段はワレは女神じゃ、とか言ってんのになにネコになってんの。

 ああ、そうだった。

 一般人の前ではネコぽく振舞うという方針だった。

 でもさすがにアホ毛に猫パンチしたら相手に失礼すぎるだろ。

 せっかくのお誘いを水に流そうとするんじゃない。

 今すぐ首根っこを掴んで――。



 ――そう、「つまみ誘発性行動抑制」で大人しくさせる。



 つまみ誘発性行動抑制とは、ネコの首の後ろをつまむと大人しくなる現象のことである。 これは母ネコが赤ちゃんネコの首の後ろを口でくわえて移動することから、つまむと動かないほうがいいと本能的に覚えているという、ネコのかわいらしい特徴の一つだ。

 実際に実験調査したところ、ネコの首の後ろにクリップを付けると、心拍数の低下、受け身状態、リラックス効果も確認されたという。

 子ネコを持ち上げる分には問題ないが、体重が増加した大人ネコをつまんで持ち上げるとネコの負担が大きいので、大人ネコには厳禁だ。

 (注:ここまでの思考、わずか0.1秒)



「ふにゃっ!」



 俺がとっさに首後ろを掴もうとしたら、それよりも早くニャスが飛んだ。

「ですので――パシッ――このクエストを一緒に受けてもらいたいのです」

「ン゛~!」

 クリスはニャスの高速アホ毛パンチを難なくキャッチした。

 そのままクリスは顔へ引き寄せて、ほおずりを始めた。



「ン゛~!」

「聞いてるか?」

「あ、うん。一緒にクエストを受けたいのね」



 ネコは飼い主の強制抱っこ、ほおずり、おなかに顔をうずめる、と言った行為を嫌う傾向にある。

 我慢できないほどイヤになると「ン゛~」っと鳴くので、それが止め時だ。


 だがニャスよ。

 お前はひよっこ冒険者の俺なんかよりはるかに格上であるベテラン冒険者のアホ毛様を攻撃したんだ。

 弱者はほおずりを受け入れるしかない。



「ン゛ン゛ン゛ン゛~~~~!!!!」



 冒険者クリスの話を要約すると、ここから歩いて数日の所にある屋敷へ向かう。

 そこでとある貴族の形見を取ってくるというものだ。


 冒険者パーティーは3人組が推奨されているらしい。

 というのも、4人以上になると2人が喧嘩して、もう2人が賭け事を始めるという。

 冒険者というのは依頼を達成できれば報酬をもらえるが、うまくいかなかったら、文無しだ。

 パーティー仲が悪く依頼成功率が低いのなら、わざわざ危険を冒さない。

 それなら賭けで酒を飲めるくらい稼げればそれでヨシとするのだ。

 なんて民度が低いんだ。


 そのため冒険者はソロか、3人がほとんど――よほど仲が良くてコンビを組むのだという。

 冒険者というのは群れるのを好まないネコに似ているのかもしれない。


 例外はいわゆるハーレムパーティーになる。

 男1人にあとは男の欲望が許す限り女性メンバーを追加する。

 ネコ科で例えるならライオンスタイルのパーティーだ。

 なぜパーティーが分裂しないのか謎だけど、まあ俺には関係のない話だ。



 なんにせよ、この2人は空いたメンバーを臨時で探していて、そこに最近評判――というよりネコの知識を持っている俺に声を掛けたのだ。



「で、もう一人の仲間が――」

「ああ、私のパートナーの魔法使いゾーイだ」

「ん……名前はゾーイ……よろし……」



 もう一人は黒のとんがり帽子に黒のローブを身に纏った誰が見ても魔法使いとわかるか装備になる。

 ジト目、黒髪ロング、小柄の幸薄い少女の印象だ。

 まるで怯えた子ネコのようにクリスの後ろに隠れている。

 大丈夫かな?



「私はこう見えても剣の腕前は評判で、ゾーイは優秀な魔法使いだ」

「ん……」

「けど、なんで俺なんだ? 正直ひよっこの俺より組んでくれそうなやつは大勢いるだろ?」

「それなんだが、キミは私たちが持っていないネコの知識を持っている」

「ん……まだネコについて知らないこと多い」

「だから、このクエストの間でいいから、ネコについてより多く教えてもらいたい」

「ああ、なるほどね」

「もちろん依頼の報酬は三人で山分け、それからキミが欲しがっている、ここら一帯での野営や戦いのときの身のこなしなどを教えよう」

「え、なんでそれ知ってんの!?」

「なに、キミが受付嬢にそれとなく野営訓練などを聞いたので、彼女がそれとなく私にどうかと提案してきただけだ」

 そういえば前に聞いたな。

 受付嬢の方を見るとにこりと笑顔を返された。



 俺はこのクエストを受けようと思った。

 クリスが提示した内容以外にもう一つ俺にメリットがあるからだ。

 それはこの二人が前衛職と後衛職ということだ。

 俺はネコハンターと呼ばれているし、自称モンスターテイマーとも言っている。

 だが実際は、なんらかのジョブについているわけじゃない。


 そもそも、何のジョブがネコに意味があるのか全く分からない状態だ。

 戦士の戦闘力がネコとの戦い?に役立つか分からない。

 魔法使いの魔力も同じく役立つかわからない。

 だからこのパーティーで冒険して、少しでも経験を積みたいと思う。



 だから俺は二つ返事でパーティーを組むことにした。。



「それじゃあよろしく。俺の名前はレージだ」

「ああ、レージ。よろしく頼む」

「ん……よろしく」



 俺は異世界にきて初めてのクエストを、知らない冒険者と組んで、知らない土地へと行く。

 このとき普通なら絶対に選択しない道を選んだ。

 たぶん異世界という非日常がそうさせたんだろう。


 この決断を後悔するのは、この後すぐのことだった。


「ン゛~!」

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