第4話
軍資金はある。
装備はボルドーのおっさんが、「そんな装備で大丈夫か?」、と心配されて、それなりの物をオマケしてもらった。
そして何より今日は冒険者ギルド再開の日。
俺はこの胸の高鳴りに、異世界での冒険にワクワクしている。
「さあ、冒険に行こう」
「うむ、わかっておると思うがワレらは魔王に会に行くのが目的。そのためにまずは冒険者ギルドで野営の基礎など冒険の心得を学ぶのじゃ」
「ふ、わかってるさ。それより部屋を出たらしゃべるなよ」
「うむ、ワレはネコ――ニャーン!」
カワイイ相棒と共に、俺の冒険者としての第一歩が始まったのだ。
まずは階段を下りて朝食だ。
「ひっ…………これは……えっと……」
「宿の主人?」
階段を降りると宿屋の主人とばったり会った。
なぜか顔面が蒼白している。
「あ、えっと、その……さ、さくばんはっ」
こ、これはまさか!?
昨晩はおたのしみでしたね、ネタか!?
さすがゲームのような世界だ。
「ゆ、ゆうべは……いったい何とおたのしみだったのすか?」
……………………。
「んっっ!!!?」
なんか声が引っかかった!
いや、それよりも俺とニャス子のモフモフタイムが聞こえてたか!?
声だけだったら、まさにおたのしみしていたように聞こえる。
――1人で。
そう、ひとりのお楽しみってつまりアレだよ。
俺がひとり大声でにゃ~~んって叫んでた。
変態か!!
「にゃ~ん!」
にゃあああす子オオオオ!?
このタイミングで返事するなよおおおおお!!
「――っ!?」
待て、宿屋の主人。
いま何を考えた。
なんだそのドン引きした顔は。
おいコラ。
客に向ける顔じゃないぞ、それは。
「お、お客さま……まさかそのネコちゃんと……」
「いや、違いますよ。そんなわけないじゃないですか……ははは」
こういう時こそコミュニケーション能力が試されるとき。
うっす、違うっす!
ネコ! 好きっす!
けど違うっす!
ダメだ。
脳筋系コミュ力なんて弁論じゃ何の役にも立たねぇ。
「出ていけ……」
「え」
「出ていってくれ! うちの店はそういう店じゃない! お代は結構なので出て行ってくれ!」
「ごごご、誤解だあああああああ!!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
この世にはご都合主義と言う単語がある。
例えば何か誤解のある出来事があったときに「この後、一生懸命説明して、なんとか信じてもらえた」みたいなのがそうなる。
「あああああああああ………………」
「なんじゃいだらしない」
俺はギルドの酒場――の片隅のテーブルで魂が抜けるような声を出している。
結局、どんなに説明しても、しゃべる猫を隠したままだから誤解が解けなかった。
また宿屋探しから始めないといけない。
ご都合主義とは神に愛された主人公にしか訪れないのだろう。
「俺は神に愛されてないんだ……」
「それを女神の前でいうかの?」
そう言えば女神は気まぐれなネコだった。
愛されてないんじゃなくて、気まぐれだから稀にしか救ってくれないのか。
「おい、あの隅にいる奴、同じ宿だったんだが、ネコハンター(意味深)らしいぞ」
「え、どういうこと!?」
やめてえええええええええ!
傷口抉らないでえええええ!!
「こうなったら……」
「なんじゃ、逃げるのか? この程度の試練に打ち勝ってもらわねば世界は滅んでしまうのじゃがな」
「え、俺の行動一つで世界が滅ぶの?」
「この世界は担当した神が一度投げ出しておる。せめてワレの目が見える範囲ではガンバってもらいたいものじゃ」
「おおう、この悪魔め」
「女神じゃい」
「けど、そうだな。ちょっと頑張ってみるか」
「うむうむ、その意気じゃ」
そもそもこの世界には俺について知ってる人はいない。
SNSがあるわけじゃないから情報の拡散が早くても、忘れるのも早い。
つまり評価されることを繰り返せば、自然と評判もよくなる。
うんそうだな、もうちょっとだけ頑張ってみるか。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――城壁の上。
「ふぁぁぁ、ねむい……」
「おい、ちゃんと見張りをしろよ」
「わかってるけど……」
「おい! あれはネコじゃないか!?」
「な!? ちょっと待ってくれ……」
「なんだその紙は?」
「ネコハンターのレージに貰ったネコちゃん種類書によると……パターン4! アメリカン・ショートヘアのブルー系! 3メートル級だ!」
「おい、まっすぐこっちにくるぞ!」
「鐘を鳴らせ!」
――カラン、カラン。
「増援だ。何があった!?」
「ネコが来たぞ! 配置につけ!」
「大きな音を出せば帰ってくれるはずだ!」
――ガリガリ、ガリガリ。
「ダメだ。か、壁で、壁で爪とぎを始めた!」
「カワイイ!」
「一心不乱の爪とぎが可愛すぎて槍や弓で攻撃できない!!」
「すぐに冒険者ギルドに連絡するんだ!」
「いや待て! 人がいるぞ!」
「あれは……レージだ。冒険者レージがいるぞ!」
「なんだアレは? イネか?」
「あれはエノコログサだ! ジャンボエノコログサを装備している!」
「そういえばレージの奴が、でっかい猫じゃらしと呼んでいたな」
「見ろ、ネコちゃんも爪とぎを止めて、レージの方に向かったぞ!」
「じゃ、じゃれ始めた! じゃれ始めたぞ!!」
「すごいネコが楽しそうだ!」
「お、俺も混ざりたい」
「バカ言うな。俺たちが行ったら、二度と帰ってこれないぞ」
「そうだとも、あんなカワイイ魔物が外にいるんだ。鋼の精神を持ってないと、街の外に住みたくなる」
「聞いた話によると、ネコ会いたさに冒険者になった奴が森へ行ってそのまま山賊落ちしたらしい」
「俺には養う家族がいるんだ。さすがにそんなマネできねぇ……」
「見ろ! ネコが満足したのか寝っ転がったぞ!」
「レージが首輪を取り出した!」
「あれは魔法使いたちが開発したネコの首輪だな。あれを付けると『城から離れたくなり、まったりできる所で寝たくなる』という呪いがかかるらしい」
「なんて和やかな呪いなんだ!?」
「おおっ! ネコが帰っていったぞ!」
「バイバイねこちゃーん!」
「バンザーイ!」
「バイバーイ! バイバーイ!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺の名前はレージ。
最近はネコハンターのレージさんと呼ばれている。
前はネコハンター(意味深)のヤバい奴だった。
それから地道な活動を続けて、何とか評判を持ち直した。
例えば、覚えてる限りのネコの種類をまとめた紙をギルドに提出したり、ネコの特徴や習性から大きな音を出せば大抵逃げてくれると広めたり――。
あとはできるだけすぐに現場に向かってネコと、戦う?
まあ、とにかく城の周りで魔物(ネコ)と戦い続けて、はや一か月になる。
「今日のおススメ定食のお客さん!」
「あ、はい。こっちです」
「ふぁぁぁぁぁ……にゃむにゃむ」
「ニャス子は最近だらけきってないか?」
「お主が王都の周りから動かぬからじゃ。このままじゃ、ファンタジー・レージとか、「経験値のレーちゃん!!」と呼ばれるんじゃないか?」
「うぐ……」
今後のためにも地道な実績なおかつ印象よく。
そうなると、「俺は目立ちたくないんだ」という神に愛された主人公たちと違って、人前――つまり城の周りで魔物(ネコ)と戦い続けるという地味かつ泥臭い営業みたいなことをするしかなかった。
だがそれもさすがに飽きてきた。
「そろそろ、遠くへ旅に出る準備をするか」
「そうなると今まで避けていたアレをせねばならんの?」
「それなー」
俺はネコの知識はあっても、サバイバルの知識はない。
そうなると野営できる他の冒険者に色々教わらないといけない。
俺のガラスのような繊細な心で、最初の一組目にパーティーを組もうと言って断られたら、そのまま折れる気がする。
どうしたもんかな。
「君がネコハンターのレージか?」
「うん?」
振り向くと、女性二人が声を掛けてきた。
一人は戦士風、もう一人は魔法使い風になる。
えっと、つまり誤解による悪評を消すために、評判上げに躍起になってたら、女の子に声を掛けられました。
何かが始まる。
そんな気がした。
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