第2話
「よーしお前ら、今日も一日元気よく働くぞ!」
「うぃーっす!」
「うい」
「こら新人! もっと腹の底から大声で!」
「うぃーっす!!」
「よーし、その調子で夕方まで働けば日当がでるからな!」
「うぃーっす!」
汗水たらして働くのは気持ちがいい。
心のもやもやがすーっと無くなるのを感じる。
さあ、今日も頑張って土木作業だ!
「おい新人! 砂を運ぶのを手伝え!」
「うっす!」
とはいえ中世の土木作業は結構つらい。
何でもかんでも魔法で解決とはいかない。
魔法使いが無限にいるわけでもないし、魔力当たりの仕事量という価値基準で優先される仕事が別にあるらしい。
酒場のおっさんの話によると、それは水魔法で大量の水を供給したり、精霊魔法で壊滅的な凶作を回避したり、あるいは転移魔法で物流を確保したり、つまり国民的タヌキ型ロボットの――すげー道具みたいなことをやっているらしい。
魔法使いは決して小学生の子守なんかしない。
代わりに俺のような底辺労働者が小学生の子守ぐらいの賃金で土木作業をするのだ。
壁に使うブロックを荷車に乗せて、あっちへこっちへ。
お次は砂を乗せて、あっちへこっちへ。
だけど木材や土砂、ブロックなどがごっちゃりしてるので、荷車での移動は限界がある。
「これ以上は進めないから、ここからは手で持って運ぶぞ」
「うす」
重機がないので、すべての仕事が腕力と筋力になる。
自然と、俺の作業範囲に都合がいいように物を置くが構わないだろ、の精神で作業を始めるので道は狭く、くねくねしていく。
こういった狭い足場を確か――ネコが通るような道として猫足場(キャットウォーク)と言ったはずだ。
砂袋やブロックを乗せ換える。
「せーのっ!」
「う!」
お、重い……。
これは腰にくる……。
とにかくクソ重い物を持ってあっちへこっちへ物を運んだ。
「よーし、今日の作業はここまでだ!」
「うぃーっす!」
「うぇーい!」
「うす……」
日当をありがたくもらい。
仕事仲間と酒場で夕食になる。
「キンキンのヒールに乾杯!」
「うぇーい!」
お酒の代わりに、シュワシュワして、美味しく、なによりいい気分になれる飲み物を一気飲みする。
親方たちは、「これが俺たちのヒールだ!」、と言っている。
そこはポーションじゃないのか?
いい感じに腹が満たされ、回復すると次は公衆浴場だ。
「ふ~、いい湯だな~~」
胃袋の洗濯が終わったら、体の洗濯、あれ心の洗濯だっけ?
まあいいや。
ここはゲームの世界に似ているが、泥臭い部分があり、ゲームとは違うんだなとわかる。
決定的に違うのは風呂文化かもしれない。
魔法のおかげで水と火のコストが異様に低いんだな。たぶん。
そこは魔法使い様に感謝だ。
寝床は土木作業員共有の掘立小屋でおっさんズと川の字になって雑魚寝するか。
あるいは衛兵たちの馬小屋で小屋をきれいにするついでにそこで寝かしてもらう。
馬小屋ホテルになる。
俺はむさいおっさんと雑魚寝するほど心が強くないので辛うじてプライバシーのある馬小屋を選んだ。
「ただいまー」
「おっそいのじゃ!」
「そう怒るなよ」
「臭う臭うぞ。お主また夕飯を外で食べてきな!」
しっぽをバタンバタンさせながら白猫が抗議をする。
これが犬ならば「主人が帰ってきた嬉しい!」になるんだが、ネコの場合は「ふざけんな! コンチクショウ!」ぐらいの怒りを表す。
すんごく怒ってるな。
「仕方ないだろ。仕事の付き合いがあるんだから」
「ワレも行きたかった! 骨付き肉を食べたかったのじゃああ!」
「いや、ネコなんだからキャットフード食べろよ」
「女神じゃい」
馬小屋生活の一番の理由はこのしゃべる猫を隠す目的もある。
一応、前々からいたモンスターテイマーとかはネコを連れているので、テイマーです、と言い張れば誤魔化すことができる。
だがさすがに魔物(ネコ)としゃべれるとなると魔王(ネコ)の間者だと疑われてしまう。
そこで、仕方なく馬小屋でこっそりと飼っている状態だ。
「骨付き肉~! 焼き魚~! 焼き鳥~! シュワシュワしたお酒~!」
むしろ養っている?
「てかネコが酒飲むなっ!」
「女神じゃい!」
ついこの間までは、「ワレは神族であるぞ。下界の食事などとらなくとも100年は大丈夫じゃわい」と言ってたくせに。
目を離している隙に俺の夕飯を一口食べた時からこの調子だ。
神といってもネコはネコ。
ネギ、ダメ絶対!
チョコ、カフェイン、ダメ絶対!
アルコール、ダメ絶対!
青魚、ダメ絶対!
「せっかく酒場の厨房からネコも食べられる物をもらってきたんだから、それを食べてくれよ」
ちなみに枝豆である。
前日は馬用と言ってニンジンとかキャベツとかそんな感じだ。
「いやじゃいやじゃ。ワレも肉が食べたい。肉食女神だから肉食べたい~」
「ダメったらダメ、メッメッ!」
「ぐぬぬぬぬ、ならば人になればどうじゃ? 飲み食いしてよいか?」
「え、そんなことできるの?」
「ワレはこれでも神力があるのじゃ。可憐な乙女にだってなれるのじゃ」
「そんなのダメに決まってるだろ!」
「なぜじゃ!」
「あのなニャス子。そこらの村娘の魅力を5とすると、ネコの魅力はおよそ50万になる」
「あと4万ぐらいほしいのぅ」
「それでだ。ネコから人に変身すると魅力は一気に下がって、10ぐらいだ」
「そんなバカにゃ!? 変身できる分、魅力は上じゃろ!」
「なにを言っている。いいかよく聞け、人っていうのはな。処女か童貞か、太ってるか痩せてるか、美人かブスか、肌の色髪の色ついでに目の色、そしてしゃべる言語に優劣があると信じて疑わない種族だ」
「まあ、おおむねそうじゃな」
「それに対してネコは、
子沢山の母ネコはカワイイ。
勝手気ままに旅に出る父ネコもカワイイ。
生まれたての仔ネコはもちろんカワイイ。
デブネコもカワイイ。
ほっそりネコもカワイイ。
美形ネコもぶちゃネコもカワイイ。
もちろん肌の色、毛の色ついでに目の色が全部違っていてもカワイイ。誰も気にしない!
そして国や家庭によって鳴き声が違っていても、出身国が違ってもやっぱりカワイイ。
完全に人類の上位互換カワイイだ」
「人類上位互換カワイイじゃと!?」
「そうだ。人が毛虫に変身できても魅力が上がらないように、ネコが人に変身できても魅力は上がらない。むしろ追い出す」
「そういうもんかの?」
「そういうもんだ」
ネコが人になった時点で、食費も馬小屋代も跳ね上がる。
その時点でナンセンス。
もしなったら死ぬほど働かせてやる。
「そ、そこまで言うのなら、ワレもネコのままで――むふふふ、べつに構わんのじゃぞ」
カワイイの連呼で上機嫌なのかしっぽを垂直に立てている。
ネコとは犬と違いしっぽを立てて動かさい時が、うれしい、甘えている、という感情表現になる。
やっぱネコなんだよな。
この後、俺は馬小屋を掃除し。
あとはいい感じに藁で寝床を作って、そこで横になる。
そして工事現場で手に入れたぼろ布を毛布代わりにする。
こんな感じで、俺の異世界の一日が終わりを告げる。
「おやすみニャス子」
「うむ、明日も遅くなるならワレのために土産を用意するのじゃぞ」
「それってなんか……昭和の酔っ払いがお土産片手に帰る姿みたいだな」
「それが世渡りというものじゃ」
「……それじゃあ、昔の人はさぞ世渡り上手だったんだな…………」
そこで話は途切れ、俺は深い深い眠りに落ちて……。
「――ってちょっと待った!」
「……ふにゃ? どうしたのじゃ?」
「なに普通に異世界一般人生活やってるんだよ、俺!」
いくら何でも異世界感が全くない。
「にゃにを言うかと思えば、こんな日雇い稼ぎじゃ食事と寝床だけで金が無くなるのは当たり前じゃろ」
「いや、そうなんだけどさ」
そもそも冒険者が儲かるのならこの世の全ての人が冒険者になっている。
町はずれの森の薬草採りが金になるのなら、大勢がそこに殺到する。
この王都の大抵の男手が壁の補修作業に従事しているということは、つまりそれが最も実入りがいいからだ。
その最も実入りがいい仕事の賃金が、飯食って寝て起きたらすっからかん、という感じだ。
「このままじゃロクに金がたまらないぞ」
「困ったのぅ。お主が人付き合いのための飲み食いを控えれば少しは金が貯まるんじゃがな~」
う、まるで実入りの少ない亭主に小言をいう主婦か?
奥さんか?
家事など一切していないのにそれを言うか?
「よーし、なら見てろ。人付き合いが成功の第一歩だと、俺が証明してやる」
「ひひーん!!」
「あ、ウマ殿がうるさいと怒ったのじゃ。オコなのじゃ」
「すまん。ウマ殿」
「ひーん……ぶるぶる」
俺は家主であるウマに謝った。
そして現状を打開するための一発逆転のアイデアを考えながら寝た。
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