第1話 異世界転生

「さまよう魂よ、よく来たのじゃ」

「えっと、ここはどこで……、あなた? は誰ですか?」

「ワレは女神アスティア、人類への試練と転生を司る神である」



 気が付いたら俺は真っ白で何もない空間にいた。

 そんな場所に立派なイスがあり、声の主はそこに座っていた。

 女神、転生……気になるワードはあるけど、そんなことよりもっと気になってしょうがないことがある。



「…………」

「どうしたのじゃ? 黙りおって?」

「し、し………………」


「なんじゃ?」


「白猫だと!?」

「女神じゃい」



 俺の目の前には美しい白猫――自称女神がいた。

 かわいい。

 モフモフしたい。

 ちょっとだけでも触っていいかな。


 俺はゲームやマンガが好きなので、このいわゆる転生というものに対して抵抗感はそこまでない。

 強いて言えば何でここにいるのか聞きたいぐらいか。

 だが目の前にかわいいネコがいるのなら、そういう細かいことは置いといてモフりたい。



「なんじゃワレをモフりたいのか? 別に構わんぞ」

 マジかよ。

 天使だ。

「女神じゃい」


 ――!?


 まさか心の声が聞こえているのか!?

「人の心を読むなど、造作もない」

 そ、それじゃあ、本当に触っていいのか?

「むろん構わぬと言っておろう。別にそのぐらいじゃ対価を要求したりせぬぞ」

「ごくり」

 それでは失礼して――。



 ――もふもふもふ。



 な、なんだこれは!?

 羽毛なんかと比べるのもおこがましい、まるでシルクのような毛。

 この手触りは一度触ったら忘れられない!

 むしろこのモフモフじゃないと生きていけなくなるぐらいだ!?



 これは誠心誠意、全力でモフらなければ失礼だ。



「あ……のじゃ……はぁん!」

「ほーれほれほれ」

「イいっ、もっとじゃ~っ」

 とにかく一心不乱にモフモフした。

 女神も気持ち良かったのか嬌声が響きわたる。

 声だけ聴くと、なんかやましいことをしているような気がするが、そんなことはない。

 白猫をモフモフしているだけだ。


 ――ぽわぁ。


「…………っ!?」

 なんだ!?

 指先からどんどん何かが体の中に入り込んでくる。

 体温とは違う湯気のような熱い、けれど火傷とは違う、不思議な感覚だ。

 それが体の中に入ってくる!?

 なにかが全身にいきわたってくるっ!!

 この不思議な感覚は一体何なんだ!?



「はぁはぁ……どうやらワレの神力が漏れて神気がお主の体を巡っておるようじゃな」



 なんだと!?

 この熱い湯気みたいな感じが――。

 これが神力!?

 全身に……全身が……神力が溢れる!!?


 ぜ、全身に湯気が当たってるこの感覚。

 つまり男の大事な部分に蒸気があたる――なんかヤダ。

 すっごいヤダ、この感覚。

 ダメだ、気持ち悪いからこれをどうにかネコに返さないとっ!

 あ、ヤバい!!



「くっ……これでどうだ!」



 俺は体を巡る熱のようなものを指先へと集めることに成功した。

 そして集めた神気を、女神へ返すことにした。

「はぅぅん!? なんじゃこれぇ、なんじゃこれぇええええ!??」

「ふんふんふん!」

「待つのじゃ! もうおしまいじゃ!」

 だが断る。

 こんな未知のエネルギーとか怖くてイヤ。

 それに他人の力を奪ったみたいで後味悪いから返します。


「はあああああああああ!!」

「にゃめえええええええ!!」





 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「ふう~大主神さまに仕えてはや数億年、ワレは初めて満足することができたのじゃ~」

 女神アスティアという名の猫は、まったりとイスの上でだらけきっていた。

「じゃがの、異性が――いや異種族が止めてと言ったら次からはすぐに止めるのじゃぞ」

「うぃ」

 俺はアスティアに引っかかれてできた傷口を押さえながら答えた。

 うん、痛いです。

 調子に乗りすぎました。



「さて、話を進めようかのぅ」

 話ってなんだっけ?

 あ、そうだ転生だか転移だかするんだっけ。

 そう言えばなんで異世界に行かないといけないんだ?

 一体何をさせようというんだ?

 それ以前に俺って死んだの?

 むしろ俺は誰だ??



「ふむ、どうやら記憶がさだかではないようじゃな」

 うん、頭に靄がある。

「お主の名前は金湖礼司かねこれいじ、レージでよいかの」

 あ、はい。

「お主はファンタジー系ゲームとネコが好きなようじゃな。良い心がけじゃ」

 そう言えば自分のことは怪しいが、ネコについてはスラスラ思い出せる。

 アスティアはトルコのターキッシュバン――いわゆるヴァン猫に近い気がする。

 目が青のオッドアイで有名なネコになる。

 しかしアスティアは黒と赤のオッドアイだ。

 かわいい

「そしてお主は高校デビューに失敗して、ぼっちとなり――」

「あ、ちょっと思い出してきた。やめて、もういいからやめて!」

「ある日、トイレ飯がバレて恥ずかしさのあまり外に走り出し――」


「ああああああああああ! それでトラックに轢かれて転生したんだああああ!」


「いや違うのじゃ」

「え?」

「正確には停車中のネコバスに自分からぶつかって、頭を打った衝撃でここに来たのじゃ」

「ちょっと待て、俺は死んでここに来たんじゃないのか!?」

「あ~肉体は無事じゃから、帰ることもできるぞ」

「え、マジで!?」

「うむ、いま戻ればネコバス転生しそこなったぼっち飯のレージ君として学校のヒーローになれるのじゃ」



「いやあああああああああああああああああああ!」



 俺は忘れたい自分のことを思い出してしまった。

 なんか、やり直したい。

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