第1章(第5回)完

 明るさが戻ると大広間に居た。青年と目が合う。青年も状況が飲み込めていないようだ。お互いがきょとんとしている。天井にはシャンデリアが輝きを放っている。目を細めてしまいそうだ。床は顔が写り、ぴかぴかに磨き上げられている。こつこつと靴が床を踏む音が聞こえる。だんだんとその音が大きくなる。この広間には2階がありアーチ状に出っ張っている。靴音がさらに大きくなる。陰の幕から現れたのは上品さに身を包み、余裕をたたえた若い男だった。同時に不気味さも感じさせる。

 男は手摺てすりに両肘をもたせ、オペラの特等席で優雅に鑑賞するように守と青年を見ていた。

「やあ、私の名前はファマラ」

 そういってファマラは爽やかに笑った。

「変な名前だな」

 青年は冷めた顔でいった。ファマラの頬がピクリとした。

「つーかお前、誰だよ」

「私かい?私はね」

 途端に背中に氷を入れられたように体が冷める。

「君たちの『文字』を奪った張本人だよ」

 仮面のような笑みが張り付いている。守と青年は警戒態勢に入る。

「てめー」

 青年は低く鋭い声で唸った。

「怖いな〜」

 ファマラは呟くと舞台裏に戻った。靴音だけが響いている。舞台の主演のように階段を下りる。守と青年のそばまで来た。2人を一瞥いちべつすると、また青年に向き直った。何事かをぶつぶつと呟いていたが、1人で勝手に納得したように頷いた。

「君、なんで切断したのかな。切断する必要はなかったのに」

 わざとあおっている。青年の拳はさっきから固く握り締められている。

「てめー!!」

 青年の拳はファマラめがけて打ち込まれる。ファマラはひらりと避ける。青年は畳み掛ける。2発、3発……、ファマラはそれを全てかわす。全く手応えがない。

「君は落ち着いた方がいいよ」

 ファマラは青年と距離を取る。青年はファマラに突進するように向かう。青年の体は黒く平べったい無数の手によってがっしりと掴まれる。黒い手はいつの間にか、ドアから伸びていて青年は抵抗することもできず引き摺られた。ドアが閉まる。

 ファマラは服の埃を払っている。

「さてと、君は。君は『文字』が乱れているね。彼ははっきりしていたが、君は不安定だ」

 顎に手を当てて考える仕草をした。

「そうだね」

 手のひらを広げた。「喋」の文字が手のひらの上で漂っていた。

「さあ。これを、喰え・・

 文字が差し出される。守は軽く握ると恐る恐る口に運ぶ。錠剤を喉に流すように飲み込んだ。空気を食べているようだった。

 最初は空気が漏れるだけだった。次第に息が整ってきた。すると、「ぁ、ぁ、あ」息が声になった。

 ファマラは満足そうな顔をしていた。

 守が「やった」と思った時、体に何かが絡みつき強く後ろへ引っ張られた。ファマラの企んでいる顔が目に焼きついた。

 


 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

文字を喰う 正五角形 @pentagon0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ