第三章:そして物語の幕は上がる 02
失敗した。
それからヴィヴィアンの頭を占めていたのはその思いだった。それからどのように振舞って、家に着いたのかよく覚えていない。
16年間培ったご令嬢根性でどうにかしたと願いたい。
着飾った服を脱ぎ、舞踏会の汚れを落としたときにはすでに空は白んでいた。貴族と言うのが昼過ぎに起きるのはそのせいなのだ。
ヴィヴィアンはベッドに身を沈めると目を閉じた。どこからか、コツコツとした足音が聞こえてくる気がした。
ああ、自分の死が近づいてくる足音だ。
思わず眉をひそめた。
「その様子だとあんまりうまくいかなかった感じかな?」
「……うるさいわね」
ヴィヴィアンが目を開ければ闇色のローブが影のように覗き込んでいた。
エムは男性で、自分は今薄着なのに、どうもこの男を警戒できないことがヴィヴィアンは不思議だった。そして口だけの抗議をすれば、エムは決まって言うのだ。僕は影だからね。
だから、もうずいぶんと前から、手を出されない事をいいことにヴィヴィアンは彼の多少過剰なスキンシップを黙認していた。
今も、なかなか話さないヴィヴィアンの髪の束を掬い、毛先で手遊びをしている。
ヴィヴィアンはため息をついて、今晩あったことをすべて話した。
「なんだそれ」
まあ次があるじゃん、と、いつもの飄々とした感じで言われると思っていたヴィヴィアンは予想外のエムの態度に少し肩を強張らせた。
「一応私も精いっぱいは……」
「ヴィーじゃない。国王も、殿下も。王家の人間はヴィーを何だと思ってるんだ。誕生日も祝いに来ない、約束だってすっぽかす、挙句自分たちがホストの大事な場面で身代わり? 人をないがしろにするにもほどがある。自分たちを貶める側の人間だから、何をしてもいい、どうなってもいいと思ってるのか? それこそ人でなしじゃないか!」
エムはまだ怒りが収まらない、というように荒々しく息を吐いた。憤慨しているエムを見たのは珍しい。ヴィヴィアンはその姿にきょとんと目を見張った後、目の前がだんだんと歪んでいった。それがどうしてか、ヴィヴィアンが解る前に、エムの指がヴィヴィアンの頬に触れた。
「あ……」
「ヴィーはよく頑張った。そんな処遇、プライドが許さなかったろうによく耐えた。よく黙ってた。だからそんなに自分を責めなくていいんだ」
「エム、わたし失敗したのよ……」
「してないよ。君は最善を尽くしたんだ」
よく頑張ったね、ともう一度言われて、いよいよ目から次から次へと涙が溢れ出てきてしまった。
そうか、私頑張れたのね。自分のできる一番を、行動していたのね。
自分がもっとどうにかできていれば、と少しでも思っていた節があったのか、ヴィヴィアンはエムの言葉に嗚咽まじりに泣いてしまった。エムの腕に縋って、見っとも無く泣き喚くヴィヴィアンの頭を、エムは黙ってずっと撫でていた。
少しして、落ち着いてきたヴィヴィアンをエムはゆっくりとベッドに横たわらせた。
「すごく不本意だが、とても不本意だが、ヴィーのダンスの相手がマクラウドだったのは不幸中の幸いだ……あいつは王家側の人間だけど、君に恥をかかせるようなことは絶対にしない奴だからね」
「どうしてわかるの?」
「……同類だからね」
エムが言った言葉に、ヴィヴィアンは首をかしげたが、エムはそれ以上説明する気はないようだ。ベッドサイドに置いていたクリソプレーズの指輪をヴィヴィアンの右手の小指に付ける。
「これは、いつ何時でもしてて。それじゃあ、おやすみ、ヴィー」
エムはそれだけ言うと、指先にキスをして大きな窓から音もなく立ち去って行った。
* *
起きてしまったことは仕方がない。なら、次が起きないようにすればいい。
ヴィヴィアンが次に考えたことは、リリスへの接触を極力減らすことだった。
『リリスの花道』の中では、公爵令嬢がリリスに積極的に関わりを持っていた。具体的にいうと、嫌がらせである。舞踏会では貶す為だけに積極的にリリスに話しかけ、お茶会でも嫌味を言う為にリリスへ招待状を出していた。しかも、リリスは子爵令嬢なので公爵令嬢の声かけや招待を無下にすることが出来ない。呼びかけには応えなければならないし、招待も喜んで招かれなければならない。公爵令嬢はそれを利用していたのだ。
ヴィヴィアンはそれを逆手に取ることにした。
舞踏会でコーネリア含む取巻きのご令嬢としか話さず、お茶会には招待状を出さないことにしたのである。
貴族社会では上位の者は問答無用で下位の者に話しかけられるが、下位爵位のものが上位爵位と知己となる為には、一度共通の友人に仲介してもらう必要がある。そして共通の友人を挟んで、お互いに自己紹介を行うという一種の儀式のようなものだ。
ヴィヴィアンはこの紹介の儀式をリリスと行っていないし、自分から話しかけなければリリスとの関わりは無いに等しいのだ。
「だからね、公爵令嬢である以上、舞踏会にはいかなくてはならないし、お茶会も社交のために開かなくてはならないけど、少なくとも本にあるような『子爵令嬢を癪に思っている公爵令嬢』っていう評判は無くなると思うのよ」
ヴィヴィアンは胸を張って持論をエムに話した。
失敗したことは正直悔しいが、後悔しても仕方がない。後悔はエムの腕の中で流した涙で流しきったことにして、ヴィヴィアンは次を考えることにしたのだ。
紅茶とお茶菓子を前に、ヴィヴィアンの話を聞き終えたエムは、なるほどねえ、と呟きながらお茶を啜った。
「確かにヴィヴィアンが関わらなければ本の評判は無くなるかもね」
「でしょう!?」
「でも、それだけだ。それって行動したことになるのかな」
ヴィヴィアンは首をかしげた。名案だと思っていたので、疑問を呈されたことに少し腹が立ち、ヴィヴィアンの眉間に少し皺が寄った。
「君のリリス嬢を遠ざける案は、上手くいけば新緑祭を乗り越えられるかもね、でもその次は?」
「次って…だって新緑祭を乗り越えれば私は死なないはず、死なない…?」
ヴィヴィアンは思わず首をひねった。新緑祭のその次。そんなの本にはない。だってそうだ、あの本の主人公はリリスで、公爵令嬢はリリスと王子がくっつくための脇役。本に公爵令嬢の生きる道などない。なら、ヴィヴィアンの生きる術も、当然本にはないのだ。
思わず、あ、という顔でエムを見た。
ヴィヴィアンのはっとした顔に、エムはちょっと嬉しそうな顔で話を続けた。
「そう、君がどんなに本の内容を思い出して、どんなにイベントを避けても、それは台本通りにならないってだけ。君が死ぬか生きるかは、実は別問題なんだよね」
失敗というなら、そもそも本を思い出すところから間違いだったよ、というエムにヴィヴィアンはついに癇癪を起こした。
「ばか!エムの馬鹿!このクズ!なんでもっと早くそれを言わないの!馬鹿!」
「うーん、久しぶりの癇癪は胸に染みる。最近、ヴィーの物わかりが良すぎて刺激が足らなかったんだ」
「冗談言ってる場合じゃないのよ!私のこの一か月とんだ無駄骨じゃない!」
「それは違う、君の一か月は無駄なんかじゃない」
「はあ?」
ヴィヴィアンは癇癪に従って、エムに扇を投げつけようと腕を振りかぶった瞬間、エムが至極まっとうな顔で否定してきたので、つい投げるタイミングを失ってしまった。
仕方なく腕を下ろすと、エムが教師の口調で諭してきた。
「君はこの一か月で、自分の服の相場を知り、移動における費用を知り、自領の地域別の一年間の税収を知った。そして君は、その知識から公爵家の出費を抑えるためにドレスの単価を下げ、荷馬車を減らし、11ルペソ削減させたんだ。それも公爵家としての威厳は保ったまま。君が荷馬車を一つ減らして、ドレスを減らしたことなんて誰も気づいてない。それどころか『殿下から賜った首飾りに似合ったドレスを用意できるご令嬢』っていう評判だ。信頼していいよ、これは僕が直接調べたからね」
「エム、貴方最近いないと思ったら、そんなことしてたの」
実はヴィヴィアンも気にしていたのだ。無駄な出費だと思い、ドレスを半分以下にしたことはいいが、公爵家もいよいよ我儘娘へ金を使えなくなってきたぞ、という評判になってしまったら、と思っていたのだ。貴族社会は見栄で出来ている。少しでも落ち度があれば、それがたとえ本当に落ち度でなくても、人は非難する。
それが今、公爵家に対するマイナスな評判は一切ないと信頼できる情報筋からいわれ、ヴィヴィアンは胸のつかえが一つとれた思いだった。
そしてエムはそれが解っていたのだろう、ちょっとは安心したでしょう、と笑ってきた。
「とにかく、ヴィーが1か月かけて知ったこと、実行したことは決して無駄ではなかったんだ。だから舞踏会の件は別。あれは王家の意思表示だね『お前を妃に迎えるつもりはありません。これは王太子も承知している事です』身代わりを立ててダンスをさせるんだから、反論させる気もない。しかもご丁寧に魔法までかけてね。今思い出してもムカつく」
「そういえば、この世に魔法なんて、本当にあるの…?」
まるで魔法の存在を当たり前に受け入れているかのようなエムの発言に、ヴィヴィアンは思わず眉をひそめた。ヴィヴィアンが見た魔法は、マクラウドの変装の魔法一度だけだ。
「あるよ。宝石よりずっと希少で貴重だけどね。そしてこの国では魔法が使えたのはカラムの民だった、と言われている。だから余計、反論が出来ないんだよ。あんな群衆の中、解っていてもそんな言いがかりつけたらそれこそ不敬罪。だからヴィヴィアン、君は失敗してなかったんだよ、昨晩も言ったろ、失敗してない。君は最善を尽くしたんだって。偽物とわかってて黙っていたのは一番成功したともいえる」
主張するだけなら王家への冒涜で不敬罪。見破っても魔法が使える異教徒だから不敬罪。
ヴィヴィアンは相手の意図がわからず、場を混乱させるのはよくないと黙っていたのだが、そんな危ない所にいたとは知らず、今更ながら背筋がぞっとした。
事態が呑み込めて青くなるヴィヴィアンの横に座ると、エムはそっとヴィヴィアンの肩を抱いた。
「改めて、ヴィーが生きていて、本当に良かった」
ほっとしたように息を吐くエム。感情の色が濃い声音に、ヴィヴィアンはどうしてあんなにエムが怒っていたのかを知り、同時にヴィヴィアンが理解できるまでその感情を押し殺していた事に気付いた。
あの時は、身代わりと踊らせるという事について憤っているのかと思っていた。あの時に説明されても、きっとわからなかった。だから、エムは今の今までその感情を表に出さず、一つ一つ説明してくれたのだ。ヴィヴィアンの、今思えば見当違いの意見も聞いたうえで。
「……ありがとう、エム」
ヴィヴィアンは、エムにそんなに私の身を案じていたのか、という問いかけを口にしようとして、止めた。そして彼の心配を、安堵を受け入れる言葉を口にした。
それが今、自分がエムに向けて出来る一番の献身であるとヴィヴィアンは思ったからだ。
エムは、ヴィヴィアンの言葉に少しだけ呆けたように口を開いた後、満足そうに笑って、いいよ、と答えた。
「それより、ヴィー、君のこれからの話をしよう」
**
こうも毎晩、舞踏会が開催されるというのは気が滅入る。
去年のヴィヴィアンは今日は何を着て参加し、賞賛を得るかという事に注力していたため苦ではなかった。今年のヴィヴィアンはいかに非難されない程度に舞踏会への参加を減らし、かつドレスの着回しを行うかに頭を捻っているからかもしれない。
また、舞踏会でいわれる、余計なおせっかいも、ヴィヴィアンのストレスの一因となっていた。
「ヴィヴィアン嬢」
噂をすれば何とやら、である。取り巻きの一人、コーネリアとの談笑が終わり、彼女が席を外すと、とあるご婦人が声をかけてきた。
「あら、スチュート伯爵夫人。ごきげんよう」
「ごきげんよう。いつもながら素晴らしいドレス姿、惚れ惚れいたします」
「まあ、貴族一のスタイルを持つスチュート伯爵夫人からお言葉を頂けるなんてなんて誉でしょう。ところで夫人、先ほどまで素晴らしいダンスを踊られていたのですもの、喉が渇きませんこと? ぜひこちらに座ってお話しいたしませんか」
さっさと要件を話せ、と回りくどく伝えて、給仕の男からワインを受け取る。夫人はワインを受け取るとヴィヴィアンの横、先ほどまでコーネリアがいたところに腰を掛けた。
「ヴィヴィアン嬢、わたくし、実はあなたが心配で参りましたの」
「心配?」
「ええ、よくない噂を耳にしたものですから」
「まあ、それはどのような?」
わざとらしく目を見張って問いかければ、スチュート伯爵夫人はもっと声を潜めて話し出した。
「あなたが、リリス嬢を良く思ってらっしゃらないという噂ですわ」
「リリス嬢? どなたかしら、私誰からもご紹介を受けていない方だと思うのだけど」
「……シートン子爵令嬢です。本当にご存じないのですか?」
「ええ、もちろんよ。何故わたくしが子爵令嬢を目の敵にしないといけませんの?」
ヴィヴィアンが直接的な言葉を使ってみると、スチュート伯爵夫人はむっと眉をひそめた。
随分おしゃべりな目元だと、ヴィヴィアンは思った。
「それが、シートン子爵令嬢が特に仲良くしている殿方がいて……あなたがそれを良く思ってらっしゃらないという噂ですわ」
「まあ、知らないご令嬢が知らない殿方と仲良くしているのを私がよく思っていないと?」
「実はその殿方がクローバー騎士なのです」
「まあ、クローバー騎士ですって」
ヴィヴィアンはわざとらしく扇を広げて驚いて見せる。それに気を良くしたのか、スチュート伯爵夫人は、ええ、ええ、と目を半月にして何度もうなずいた。
「そうです、クローバー騎士はかつて王太子がクローバー領を封じていた事に由来する名。シートン子爵令嬢はあなたの殿下と噂があるのです。それでヴィヴィアン嬢、貴方がそれをとてもよく思っていないという噂が」
「そうですのね……」
「でも、今ヴィヴィアン嬢はシートン子爵令嬢をご存じないとおっしゃいました。なので、これは本当に噂なのでしょうね」
「ええ、そうですわ。でも仮に、シートン子爵令嬢との噂が本当だとしたら、許せない事ですわ、ええ、とても許せない事です」
ヴィヴィアンはそれだけ言うと、失礼、と席を立つ。
「……わたくし、用事を思い出しましたわ」
「まあ。それではまた今度、お話しいたしましょう」
スチュート伯爵夫人は三日月型の目をそのままに、淑女の礼をしてその場から立ち去るヴィヴィアンを見ていた。
ソファーから離れ、ダンスフロアの前の人混みまで来てようやく、ヴィヴィアンは息を吐いた。怒った演技もなかなか大変なのだ。
私もだいぶ、舐められたものね。
心配してだとか、貴方のためを思ってだとか、そんなことを言いながらヴィヴィアンに『お前の婚約者が他の女とよろしくやっているみたいだぞ』と伝えてくる。スチュート夫人のような人物は、もうこれで4人目だった。
彼女らは、ヴィヴィアンに噂を吹き込む事で、事実としたいのだ。そういう意味では一番スチュート夫人がお粗末な隠し方だった。あんなに目に表情をのせては、バレバレだ。
そんなお粗末な演技でけしかけられると思われている時点で、ヴィヴィアンもだいぶ舐められている。
ヴィヴィアンは噂より、噂を愚直に信じるやつだと、自分が軽んじられていることの方が、正直腹が立っていた。
解ってやっていても、腹が立つことはどうしようもなかった。給仕から受け取ったワインを流し込んで、せり上がる怒りをどうにか飲み込む。
「ヴィヴィアンさん」
「ああ、コーネリアさん。素敵だったわ、あなたのダンス」
コーネリアが先ほど席を立ったのは婚約者とのダンスのためだった。実を言うと、ヴィヴィアンは最後の少ししか見ていないが、それでもその最後の少しを素敵だと思ったのは事実だから、まあ嘘ではないだろう。
ヴィヴィアンの言葉に、コーネリアは少し目を張った後、嬉しそうに顔を紅潮させた。
「最近、ヴィヴィアンさんはよく褒めて下さるわ。私はそれが嬉しくて、ちょっと恥ずかしいわ」
「……控えたほうが、よろしいかしら」
「まさか! なんだか、ヴィヴィアンさんに認めてもらったようで、うれしいのよ」
はにかむように笑うコーネリアに、そんな素直な反応をされると思っていなかったヴィヴィアンは、罪悪感に少し胸を痛めた。
「貴女は気高く、美しく、私たちの憧れだわ。だからこそ褒めてもらえて、すごく嬉しいのよ」
まるで憧れの絵画を見る様な表情で言われて、ヴィヴィアンは余計胸が痛んだ。その痛みをきれいに隠して、まあ、と嬉しそうに笑って見せる。
もっと早く、コーネリアを、彼女たちを見るべきだったのかもしれない。
婚約者をヴィヴィアンに紹介するコーネリアの話に頷きながら、ヴィヴィアンの胸の中には、この間に感じた後悔とは別の後悔が広がっていた。
* *
クロムウェル公爵令嬢ヴィヴィアン・クロムウェルはシートン子爵令嬢のリリス・サリンジャーを目の敵にして、公爵家の威を借りてか弱い子爵令嬢をいじめ倒している。
新緑祭ではそんな噂がまことしやかに囁かれている。
中には、誰もいない庭園でシートン子爵令嬢に詰め寄るクロムウェル公爵令嬢を見た、という証言すらある。
ヴィヴィアンは、あえて噂を否定も肯定もしないでいる。だから広がるのはわかるが、目撃証言については衝撃的だった。
また王家側が魔法を使っているのだろうか。
ヴィヴィアンを貶める為だけに、と思うと些かヴィヴィアンは首をかしげる。あのダンスでは衆人環視の目があった。だからこそ魔法は有効だったのだ。誰も見ていない庭園で魔法を使ってもコストがかかるだけだ。
「さすがにちょっとおかしいね」
エムも同じことを考えていたらしい。ちょっと調べてくるよ、と数日前に言ったきり、彼とはまたしばらく会っていない。
今日も今日とて、昨日王立公園でヴィヴィアンがシートン令嬢を罵っているところを見たという話がヴィヴィアンとコーネリアの耳に入ってきたのである。
ご令嬢の話に、ガチャン、と淑女らしからぬ音を立ててコーネリアがカップを叩きつけるようにソーサーに置いた。
「私、ヴィヴィアンさんとは舞踏会でもお茶会でもいっしょしております。その私がこんなにも否定しても次から次へと出てくるありもしない話が出てくるなんて、一体全体誰がそんなことを言っているのでしょうね」
コーネリアの激昂具合に、その話を口にした令嬢が縮こまってしまった。びくつく令嬢に、ヴィヴィアンは有難うと口にした。
「コーネリアさん、私が聞きたいと言ったのだから、八つ当たりとしても、もっと優しく口にすべきよ」
「そうですわね。ごめんなさい、アンブル男爵令嬢。無礼をお許しになって」
「い、いえ、とんでもございません」
アンブル男爵令嬢は精一杯の笑顔を浮かべて、コーネリアの謝罪を受け入れていた。コーネリアはヴィヴィアンとは真反対でおっとりとした顔つきをしている。その為激昂したときの目の釣り上がった顔にギャップがあるのだ。
「それにしても、庭園の件といい、王立公園の件といい、目撃証言は私が一人でシートン子爵に詰め寄っているものばかりね」
「確かにそうですね、一人で出歩いたりなどしないものでしょうに」
ヴィヴィアンの言葉に、コーネリアが同調する。そうだ、私だって新緑祭の準備に仕立て屋に宝飾店にと色々と外出したものの、常にデボラをつけて外に出ていた。庭園に行くにも、王領の庭園はエスコートがあったから一人だったのだ。基本どこに行くにも、デボラを付けていた。
その中で、口を開いたのはアンブル男爵の隣、ヒューイ子爵令嬢だった。
「子爵や男爵出の令嬢の場合、供をつけない場合があります。いえ、供をつけるときの方が稀です」
「え?」
そうなの? 思わずコーネリアを見るが、彼女も首を横に振っている。他の令嬢を見ると、伯爵以上のものについては首をかしげていたが、子爵以下については何とも言えない顔をしていた。その中でやはり口を開いたのはヒューイ子爵令嬢だった。
「お恥ずかしい話、使用人や侍女が私専属の物などおりません。高い買い物以外は一人で出歩くことすらあるのです。それを皆口にしないのは、見栄のためです」
「……そうなの」
ええ。ですから、私はじめ子爵以下の方はきっとその噂に違和感を感じませんでした。なので、おそらくその噂はきっと子爵令嬢以下の方が流しているのではないでしょうか……偶然にも、シートン子爵令嬢は、子爵令嬢でいらっしゃいますね」
「……ヒューイ子爵令嬢、いえ、ロベルタさんでしたか」
「はい。隣のアンブル男爵令嬢はトレイシーと申します。改めて、かのクロムウェル公爵令嬢のお茶会に参加出来たこと、改めて御礼申し上げます」
ヒューイ領。北部の領土だったか。領土の北西の山を開墾して領土を拡大させ、男爵から子爵へ陞爵した稀有な家――そう、エムが言っていた気がする。
ロベルタは、口調も姿勢も顔付きも、騎士のようだ。ドレスも動きやすさを重視しているのかとてもシンプルで、隣のアンブル男爵令嬢の方がずっと華美だ。供がいないことが恥ずかしいといったが、同時に見栄だと衆人の前で堂々と口にしたまっすぐな彼女を、ヴィヴィアンはとても羨ましいと思った。
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