第四章:嘘と真実と

第四章:嘘と真実と 01






 噂の出どころは、リリス嬢で間違いないだろう。それはヴィヴィアンとエムの共通見解だった。

 あのお茶会の後、ヴィヴィアンは起こったことを久方ぶりに会ったエムに報告した。エムも噂の出どころがシートン子爵令嬢だというのを突き止めていたらしい。



「リリス嬢、本当に君の言っていたような天真爛漫かな? 調べたところだと、周りにはらはらと泣きながら君から虐められていることを相談しているらしい。ヴィーが何もしてないのを知ってる身としては、彼女のしていること、なかなか怖いんだけど」

「まあ、それ本当に言ってるの?」

「どういうこと?」

 ヴィヴィアンはエムの言葉に驚いた。エムはヴィヴィアンにとって師匠だ。何でも知っていると思っていた彼のまだ初心なところがあるのをここで初めて知った。



「女性の天真爛漫なんて、生存戦略の1つよ、エム」

 天真爛漫な少女や清廉な女性というのは、基本絵空事の幻想だ。それを知っている女性は物語のそれを幻想として楽しみ、知らない男性はそれを現実として夢見る。それだけの違いだ。では自我が生まれても天真爛漫な女性はなんなのか。一部は本物で、それは馬鹿か無知と言われる。でも大半は戦略で、敢て演じることで生存戦略をしているのだ。ちょうどいい天真爛漫はきっと十中八九後者だ。

 きっとリリスは後者だ。そして女の武器として自由に涙を出し入れできる程の手練れだ。



「そうやって、自分の武器を最大限に活用して、自分の都合の良い事が通るようにしているのよ」

「夢も希望もないなあ」

「ふふ。私でもエムに教えられることがあるなんて意外だわ」

 少し本気でへこんでいるエムに、ヴィヴィアンはちょっとだけの優越感を得る。へそを曲げたままのエムは、そりゃそうさ、とふて腐れたように口を開いた。

「僕だって成人しているとはいえ君と4つしか変わらないんだ。知らない事ばっかりさ」

「……年齢があるのね、エム」

「人間だよ? 僕」

「解ってるわ、わかってるつもりだけど、そう思わないとあなた理解できないことが多いんだもの」


 ヴィヴィアンの中で、エムはエムなのだ。年齢もエム、性別もエム、生き物としてもエム、に最近なりつつある。でないと説明できないことが多すぎるのだ。


「まあ今は説明する気もないから、それでいいや。それより、リリス嬢のことさ。彼女が君の言う天真爛漫女だとしたら相当やきもきしてるんだろうね」


 エムの言葉にヴィヴィアンは頷いた。彼女の得た情報の中で、私は『すぐに癇癪を起こす見栄っ張り公爵令嬢』であるはずだ。

 それがこんなに長い間、何もせずじっと噂に耐えているのは、彼女にとってかなりの想定外のはず。



「もうそろそろ、何か仕掛けたほうがいいかしら」

 といっても、ヴィヴィアンに策はない。すべてエム頼りだ。当のエムはその意見について首を横に振った。

「今の段階だと、ただの子供の噂話だ。どこに影響が出るということはない。だから、打って出るには弱い。実際、提案はしてみたけど、公爵様に却下されたよ」

「そう。じゃあまだしばらくこのままなのね。……コーネリアさんが不憫だわ」

「コーネリアって、あのハーヴェイ伯爵令嬢?」


「ええ。私はいいのよ、どうしてこんな噂が流れているかわかってて、リリス嬢の噂にあえて乗っている部分もあるから。でもコーネリアさん、彼女を筆頭に私のお茶会に来てくれる何人かは本当に怒ってくれているの」

 ヴィヴィアンはこの噂を利用する策をエムと話している。だからこそ静観できるが、コーネリアを筆頭とする何人かは違う。おそらく、本気で怒って本気で不快に思っている。

 彼女たちのことを思うと気が重い。ヴィヴィアンはため息を吐いた。

 そんなヴィヴィアンにエムは一瞬固まった後、そうだね、と口を開いた。


「言葉を贈ってやるといいよ。自分は気にしてないだから気を揉むなってね。ちょっとした花とかも添えて。残るものがあるといいよ」

「ああ、なるほど!」


 ヴィヴィアンは残るものに心当たりがあった。エムからの指輪だ。何かあった時、エムならどう判断するか、指輪を触って考えて発言をしている。確かに残るものがあったほうがいい。


「そうしたら早速デボラに女性への贈り物を相談しなくちゃ、ありがとう、エム」

「どういたしまして」


 ヴィヴィアンは早速呼び鈴を鳴らした。

 控えていたデボラがすぐに部屋のドアをノックする音を聞いて、エムは颯爽と部屋から退散した。



 影は影。主人以外に姿を見せない決まりがあるのだ。

「それにしても、身を案じてくれる人が現れたのか、ヴィーは」

 正確には、彼女の変化が身を案じてくれる人を増やしたのだ。

 ちらりと部屋の様子を見ると、デボラは本気で彼女の相談を受けて意見を言っている様子だ。ヴィヴィアンをちゃんと主人として扱っている。


 ヴィーはきっと、僕の言ったことに賛同して、そのまま実行するつもりだ。

 それは、この1か月の彼女の信頼と変化から、確実だろう。

 でも、だからこそエムには違う葛藤が生まれていた。


「僕の考えは、本当に今の彼女のためになるのだろうか……」

 応える者のいない問いは、エム自身の心に重くのしかかっていった。












 * *




「サシェとか、いいんじゃないでしょうか。ほら、この間マクラウド将軍からもらった様な。丁度お嬢様手製の小さな刺繍なんてあったら、あの方ほどの信奉者なら発狂ものです」

「信奉者って、同じ貴族のお友達よ……」

「お茶会で見ておりますが、あれは信奉者ですよ」

 デボラの言い分にはちょっと物申したいところはあったが、確かにサシェはいい案だと思った。それならば、糸と中に入れるドライフラワーを調達しなければならない。

「私が買って参ります」

 お嬢様は新緑祭でお忙しいでしょう、というデボラにヴィヴィアンは首を横に振った。思い出したのは、いつかのロベルタの姿だ。




「私、一人で行ってみたいわ」



 ヴィヴィアンの瞳には、いつかのロベルタが映っていた。あのしっかりとした言い方と目を、ヴィヴィアンは羨ましいと思った。

 だから彼女がしているという一人でお買い物、にちょっとした憧れがあった。

 しかし、その言葉を出した瞬間、穏やかだったデボラの雰囲気が一気に冷たいものとなり、思わずヴィヴィアンは目を見張った。




「お嬢様、城下というのは危険が多くあります。しかもお嬢様は今、次期王妃の身の上。その身の上で、御一人で買い物がしたい? 御冗談は止して下さい。御身がどれだけ大事なものか、ちゃんと自覚してくださいませ。ええ、本当に。何をおっしゃっているのです。このデボラがついていきます。それが最低条件でございます。本来なら、王宮から1人か2人、護衛を貰いたいところなのですよ。ああ、そうだ、護衛と言えばおひとり丁度良い方がいらっしゃるじゃあありませんか、私使いをしてまいります。一度お会いしておりますもの。連絡手段は心得ております。少しお時間がかかってしまうかもしれませんが、このデボラ、お嬢様で鍛えられております。ええ3日、3日でお話をつけてまいります。少々お待ちくださいませ」

 デボラはそれだけ言うと、同じくヴィヴィアン専属メイドのデイジーに後のことをすべて任せ、颯爽と離宮を出て行ってしまった。




 ヴィヴィアンが口を挟む間もない程の速度で、ヴィヴィアンはあっけにとられたまま、もう一人の専属メイドデイジーを見た。

「デボラはすっかり、お嬢様が大好きなんですよ」

「……デイジー、3日間私の世話が多くなってしまうけど、お願いね」

「かしこまりました、お嬢様」

 あれは、好きとか、嫌いとかで片づけてよい行動力なのだろうか。



 けれど、デボラ以上におっとりとした顔のデイジーに言われてしまうと、どうも責める気もなくしてしまう。ヴィヴィアンはとりあえず、2人分の仕事を1人でこなさなくてはならなくなったデイジーを労わる言葉をかけることにした。





 3日。そういったが、デボラは2日で約束を取り付けてきた。

「マクラウド様は、警護の関係で明日明後日は難しいとのことですが、明々後日でしたら可能とのことです。その時間帯に合うよう、あの宝飾店の店主に口の堅い布屋を呼んで頂いております。場所はあの店の王都店になりますので移動時間はご安心ください。お逢い頂くのに、庶民に変装して頂く必要はありますが、それだけではお嬢様の美しさは翳りません。是非、当日はマクラウド様との逢瀬を存分に楽しんでください」


「ああ、デボラ……」

「お嬢様、デボラはお嬢様の忠実なる侍女でございます」

 デボラはヴィヴィアンの声を歓喜の声だと勘違いして胸を張っているが、違う。とても誤解なのだ。まさかあの誤解を熱心に説かなかったことがこんなところまで影響するとは思わず、ヴィヴィアンは思わず頭を抱えた。そして、同時に納得した。



 道理で、道理で3日と言っていたわけだわ。王城に言って護衛を交渉するのに3日もかかるわけないもの。むしろ、よく2日でマクラウド将軍との約束を取り付けたわね。



 マクラウドもマクラウドだ。デボラはともかく、あの人は自分とダンスを踊ったことを覚えているはずだ。なのに会うとは、しかもこの忙しいだろう新緑祭の最中にとは、どういう神経をしているのだ。


 エムに相談しようにも、彼は考えることがある、などと言って、昨日から屋敷を出て行ってしまっている。ヴィヴィアンは仕方なく、エムからもらった指輪をつけることで、どうにか心に余裕を持つように心がけることにした。





 * *





「庶民のお姿でもお嬢様は美しい。正確には、私たちが美しくいたします」

「そう、そうね、うん。よろしくね」

 ヴィヴィアンの訴えは悲しい程にデボラに届いていなかった。こうなったらもうデボラのやりたいように任せるしかない。ヴィヴィアンはあきらめの境地でデボラに自分の身を任せた。

 デボラは約束を取り付けた2日の間にヴィヴィアンに似合う庶民の服も購入していた。

 リネンで出来た、ラピスラズリ色のローブ・モンタントだ。ローブ・モンタントはヴィヴィアンも昼に着るが、生地は上半身がシルクで、スカートにはオーガンジーかシフォンがふんだんに使われているものをきているので、リネンのワンピースを着ること自体が新鮮だ。靴も、紐を括りつけるハイヒールではなく、動きやすさを重視したローヒールである。


 髪も簡単にまとめて、服と同じラピスラズリ色の帽子をつけられた。大きな花が帽子にはあるものの、貴族のそれよりはずっと軽い。

「これは、とても動きやすいわね」

「庶民は動くものでございますので」

 デボラに言われて確かに、とヴィヴィアンは思った。もっとも、庶民は庶民でもかなりの富裕層、下手をしたら男爵令嬢の格好なのだが、公爵令嬢のヴィヴィアンにはそれはわからない。


 これが庶民の格好か、とヴィヴィアンはくるりと回って楽しむ。その姿をデボラとデイジーが微笑ましく見守っていた。





 普段使う馬車よりずっと簡素な馬車に乗って例の宝飾店の王都店に向かう。王都店は自領にあったそれと比べると少し小さかった。デボラがベルを鳴らすと、自領にいる宝飾店の店主の従兄と言う人物が、庶民服のヴィヴィアンを迎えた。

「クロムウェル公爵領におります従兄よりお話はかねがね聞いております。さあさ、お入りください」

 やはりあの男と同じ好々爺な雰囲気でヴィヴィアンを奥の部屋に案内していく。

「懇意にしております布屋がもうすぐ参りますゆえ、それまで暫しご歓談ください」

 そしてドアが開かれると、いつかの時と同じように、既に腰かけている人物が目に入った。

「では、私はこれで」


 デボラは部屋の奥にいる人物を確かめると、一礼して退室していった。


「本日は随分と装いが違うのですね。そんな貴女も美しいですが」

「ごきげんよう。それはお互い様でなくて?……貴方こそ何を着ても似合うのね」

 目の前にいるマクラウドはベストにスラックスというかなりラフな出で立ちだった。ラフでもどこかきっちり見えるのは彼が元から持っている筋肉がしっかりしているせいだろう。赤茶色の髪を軽くかきあげているその姿は、まさに色男だ。



 ヴィヴィアンの言葉に、マクラウドはそれもお互い様ですね、とほほ笑むと、ヴィヴィアンのために椅子を引いた。

「わたくし、貴方に謝らなくてはならないわ」

「どうしてです」

「私の侍女があなたとの関係をずっと誤解していて、今日も本当はいつもお茶をしている方たちへのお礼の品を選ぶだけなのに、貴方を呼び出してしまったのよ」

「ああ、なるほど。だからあんなにも必死でいらっしゃったのですね、あの方は」

 自分に会いに来た時のデボラでも思い出したのか、マクラウドはクク、という笑い声を零す。

そんなに必死だったのか、と思うとヴィヴィアンはますます誤解したデボラにも、それにつられてきたマクラウドへも罪悪感がつのる。


「貴方も断ってよかったのよ」

 むしろ断ってくれたらよかった、と思いつつそれを口にすると、正面に向き直ったマクラウドが色気とはこのことか、という笑顔でヴィヴィアンに笑いかけた。

「ヴィヴィアン嬢、騎士というのは契機を逃さないから、騎士なのですよ」



 どういうことか、とヴィヴィアンが問う前に、やたらと声のでかい男が部屋に入ってきた。その腕にはたくさんの布地と糸を持っている。

「今日は、布と糸をとお伺いしておるのですが、よろしいですかな?」

 布屋の店主はヴィヴィアンではなく、その奥のマクラウドに話しかけた。マクラウドはそれを当然のように、ああ、と返事をした。



「妻がね、友人への贈り物に布と糸を選びたいというんだ。とても大事な友人だから、吟味させてくれ」

「ああ、ご夫婦でしたか。あの店主、いやに口ごもるんで何かと思い警戒しましたが、安心しました。それにしても旦那、ずいぶん色男だ。顔もさることながら、布や糸の買い物に付き合う殿方なんてのはぁ、稀だ。奥様、大事されておりますな」



 妻ではない、ましてや恋仲ですらない。とは思うものの、ここから誤解を解くのは難しいし、先ほどの布屋の店主の口ぶりから、夫婦でもないものが密室で二人きりなど庶民でも非常識と言う事だ。となれば、ヴィヴィアンがとれる手段は一つしかない。

「ええ、自慢の夫ですのよ。それで店主、早速、布を見せて下さるかしら」



 これが契機を逃さないことだというなら、騎士というのはとんでもない詐欺師だな、とヴィヴィアンは思いながら、陽気に話す布屋の店主の話に耳を傾けた。





 * *





 結局、ヴィヴィアンが選んだのはスカイブルーの布と、金糸の糸だった。

 最初はもっと派手な色を選ぼうとしていたのだが、マクラウドに止められたのだ。



「君の友人は、君の信奉者だ。きっと君の色に関する物の方が、もっと喜ぶよ」

 夫婦らしく、ということか、ヴィヴィアンの隣に座ったマクラウドが優しげな目でヴィヴィアンを見ながら、ヴィヴィアンの持っていた布をそっと取り上げた。

 エメラルドが好きなヴィヴィアンは濃い緑の布を選んでいたが、彼のおめがねにはかなわなかったらしい。

「そうかしら」

「私はそっちの方が嬉しいから、確実だよ。私は君の第一の信奉者だからね」

「……」

 どこから突っ込むべきか。訂正すべきか。そう思うものの、ヴィヴィアンはどう反応していいかわからず黙り込んで、マクラウドへ無言の抗議をするしかない。

 マクラウドはヴィヴィアンの無言の睨みにも気にせず、にっこりと笑ってヴィヴィアンを見つめる。



 傍から見ると、夫が惚気て、妻がそれにお熱とも見える光景であることを、マクラウドは知っていて、ヴィヴィアンは知らない。

「いやあ、お熱い。奥様、旦那の言うとおりです。この色なんか、奥様の透き通った目にそっくりですし、こちらの糸なら奥様の艶やかな髪にそっくりです」

「店主、それを包んでくれ」

「ちょっと」

「へい。布の長さはどういたします?」

「ヴィヴィアン、どれくらい必要なんだ」

「えっ、あ、4フィートもあれば、多分」

「へい、4フィートですね」

 呼び捨て。夫婦のフリをしているのだから当たり前かもしれないが、慣れない呼び捨てにヴィヴィアンが動揺している間に、会計はすっかりマクラウドが済ませてしまっていた。







 しかも店主の前では支払うわけにもいかず、ヴィヴィアンは結局、馬車の中でようやく持ってきた鞄を開くことになった。

「お支払いします」

「いいえ。その代わり一つだけお願いがあります」

「なんでしょう、わたくしに出来る事でしたら」

「腕を」

 なんだか聞いたことのあるシチュエーションだなと思いつつ、ヴィヴィアンは素直に腕を差し出した。

 すると、腕にシンプルなブレスレットをつけられた。金のチェーンリングで、小さなエメラルドが飾ってあるソレは繊細で綺麗だ。


「こんな、いただけません」

「出来る事なら叶えていただけるのでしょう?」

 一度言ったことを撤回なさいますか、と言われればヴィヴィアンはぐっと黙ってしまった。

 最初から思っていたが、この男、妙にヴィヴィアンの扱いが上手いのだ。

 彼に匹敵するのはエムぐらいではないだろうか。

 ヴィヴィアンはふとそんなことを思い、つい小指の指輪を触った。



「その指輪、あの夜もされていましたね」

「え、ええ、お守りなので」

「庭園の時のサッシェもそうでしたね。私は、貴女にお守りを贈れる方がうらやましいですよ」

 ヴィヴィアンは、庭園の時のサッシェとこの指輪をおくったのが、同一人物であることに、マクラウドが気付いている事を理解した。



 父ですというには今更過ぎて言えないわ。



 2人の間にしばしの沈黙が流れる。破ったのはマクラウドだった。

「今日の話を受けたのは、2つあります。一つは、あの舞踏会でのダンスを、貴女に謝りたかったのです」

「あれは……それこそ謝られる謂れはないわ、マクラウド将軍、貴方もある意味で被害者でしょう」

「ええ、私にはどうしようもない事でした。でも、あの時の貴女の恐怖を思えば、謝らずにはいられないのです」


「どうしてもというなら、貴方個人の謝罪は受け付けましょう。でも、それ以外は受け付けないわ」

 あの時の、得体の知れない人間に身を任せなければならなかった恐怖は未だに覚えている。


 結果的に知っている人物――マクラウドであったからこそ、こんな小言が言えるが、そうでなかった場合、ヴィヴィアンは今も得体のしれない殿下に怯えていたに違いない。



 マクラウドは、それを理解している。理解した上でヴィヴィアンの気持ちを慮って謝罪を申し入れたのだ。

 だからその熟慮への感謝として、ヴィヴィアンはマクラウドの謝罪を受け入れることにした。

 それ以外は、絶対に許してなど、謝罪を受け入れてなどやらない。





「もう一つは、貴女に伝えたい事があったのです」

 こちらも、個人的なことなので、安心してほしい、とマクラウドは言葉を重ねた。

「何かしら」

「貴女の身の潔白を、私は信じていることを覚えておいて頂きたい」

 ヴィヴィアンは思わず口をへの字にしてしまう。マクラウドの言っていることが、すぐ理解できなかったからだ。



 マクラウドはさらに言う。


「貴女が謂れのない事で責められていることは理解している。そしてきっとそれはこれからも続くでしょう。でも、貴女の潔白を知る者が一人でもいることを覚えて頂きたい。ヴィヴィアン嬢、私は貴女を心の底から信じているのです」

「わたくしも状況は理解しています。貴方とわたくしは対極のはずです。なぜ、そうもわたくしを信じているのですか」

 そう、マクラウドがいくら信じると言っても、彼は王家側の人間だ。ヴィヴィアンにとって、敵でしかない。本来なら2人きりであってはいけない間柄だ。

 そんな立場の相手に信じていると言われたヴィヴィアンの脳内は混乱を極めており、かといって取り乱すわけにいかない彼女は、努めて冷静に、マクラウドに直接聞くという行いを選択してしまった。





「愛しているからです」

「は?」

「実は貴女と私は、貴女が5つの時に会っているのです。そして、その時から、私は愛しているのですよ、ヴィヴィアン嬢」

「それは……正気、ですか」

 いよいよ混乱を極め、冷静の仮面も取り繕えなくなったヴィヴィアンの本音だった。




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