04.妖精王さまとの取引
「そんな……っ!」
「失った記憶なら希少価値があるし格別に美味そうだ。十分対価になる」
意気込んだものの、あまりにも無理難題過ぎます!
なんせこの1年、いろいろと手を尽くしてみましたが全く思い出せないんですよ。お医者さんには何かのきっかけで思い出すかもしれないと言われましたが、お屋敷に来る以前の私を知る人が全くいないこの状況では手詰まりとなっているのです。
せめて旦那さまに王都で会った時のことを聞けるといいのですが、肝心の旦那さまが乗っ取られていてお話ができない状態ですし……。
「私の前世の記憶なら今すぐお渡しできますが、いかがでしょう? 前世の記憶もレア度は高いでしょう?」
「いらん。お前さんの前世の記憶はマズそうだ。毎日毎日、死人のような顔をして働いていたじゃないか」
「覗いていたんですか?!」
「お前さんが勝手に俺の視界に入ってきたんだ。こっちは良い退屈しのぎになるかと思って
うぐっ。
見せようとしていたわけでもないのに見ていたのは妖精王さまの方ですのに。その言い方はあんまりです。
でもまあ、確かに馬車馬の如く働いていた記憶なんて欠片も美味しくなさそうです。雑貨のデザイナーとして働いていた私は睡眠時間を削り企画書やデザインの作成に明け暮れていたのですから。
それはそれはもう、絵に描いたような社畜生活を送る人生でした。
トレンドの流れを追いかけ他社よりも早く商品を提案するよう企画書を練り上げる日々。寝ても覚めても仕事のことばかりで、忙しさのあまり自分が今どの季節にいるのかわからない状態でした。書類の作成日に未来の日付を書いちゃうこともよくありましたねぇ。
若い頃の記憶と社畜精神だけが残っているのでもしかしたら早死にしてしまったのかもしれません。残酷描写は苦手なので死に際の記憶が無いのは幸いです。
食事とかは生きるための作業のようにとっていましたが、たまに自分へのご褒美でそれなりに美味しいものを食べた記憶もあるんですよ。それじゃあ美味しくなりませんかね?
「さて、この取引を受けるか? 拒否権は無いと思うが?」
「別の対価を考えていただけませんか?」
「ペガサスの角とかフェンリルの牙の方が良いか? 人に頼まずお前さんがそれをとってくるならいいぞ」
いちメイドには不可能に近い材料採集……。騎士団でも手に入れるのは困難と聞きますのに。この条件を出されると感覚がマヒしちゃって記憶を思い出す方が早いと思っちゃいます。
「――引き受けます。私の記憶を思い出してお渡しします」
妖精王さまは満足げに口元を歪ませました。なんだか悪魔と契約している気分です。
そもそも、どうしてこのような恐喝まがいなことをしてくるのでしょうか?
旦那さまの身体に対する身代金を要求されているような事態ですが、妖精王さまとスーレイロル家の当主は仲が良いはずです。
その関係は昔、スーレイロル伯爵領にやって来た妖精王さまと当時の領主さまが親睦を深め、2人は気の知れた友人となったことから始まります。しかし人間と妖精では歳をとる速さが違うため、やがて会えることも少なくなったそうです。そして領主さまがお亡くなりになる際に死に際に別れの言葉を告げたのを聞いた妖精王さまが、この領地を守ると約束したのだそうで。
以来、歴代の当主様は妖精王さまとの交流を持っているそうなのですが……旦那さまと妖精王さまの間で何が起こったのでしょうか?
「記憶というものは身体に結びついている。逆立ちでもしたら思い出せるかもしれんぞ?」
妖精王さま、とても愉しそうです。明らかにこの状況を楽しんでいらっしゃいますよね。意地悪です。
「ユーリィ、不甲斐ない私たちを許してちょうだい。妖精王さまを説得できなくてあなたを頼るしかなかったの」
「デボラさん……」
「私からも頼む。頑張って思い出してくだされ……旦那さまが戻ってこられなかったらスーレイロル家の存続が――いや、領民たちの生活や王国の防衛にも関わる事態なんだよ」
申し訳なさそうに声をかけてくるナタンさんの表情にはすっかり疲労の色が浮かんでいます。
たしかに旦那さまが戻ってこられないと領地を管理する人が居なくなりますし……未婚の旦那さまには跡取りがいらっしゃらないからこの家が傾いてしまいます。それに領地内で魔物が目撃されている今、妖精祭までに旦那さまの身体を取り戻して妖精王さまと共生の誓いを立てて結界を張りなおしていただかないと領民たちの生活が脅かされてしまいます。
領主さまの仕事は領民たちの生活を守ることです。それができなくなってしまったら信用問題になってしまいます。それにスーレイロル家は代々、魔導士として国を守るのに貢献しています。旦那さまがこのまま魔導士団に戻れなくなるとその使命が途切れてしまうんですよね。ということは、つまり――
スーレイロル伯爵家の命運が私にかかっているんです、よね?
お腹痛くなってきました。
ポンっと音がして、目の前に紙とペンが浮かんでいます。紙は透けて向こう側が見えるるほど薄く、ガラスでできたペンの中には光に当たると不思議な色に輝くインクで満たされています。じっと見ていると色が変わってゆくのです。
妖精王さまによると、これが取引の契約書のようです。
書類に署名すると、それは黄緑色の光りを溢しながら消えていきました。契約成立のようです。すると、ピリっと首筋に痛みを感じました。私の異変に気づいたデボラさんが見てくださると、首の後ろに植物の模様のような痣ができているらしいのです。
『妖精と取引した証なの~』
『ユーリィ頑張って』
『エルヴェの役に立てるね』
ふよふよと妖精さんたちが集まってきて応援してくれます。
「応援してくれるなら旦那さまを返していただくよう説得してください~!」
『王さまノリノリだから止められないの』
妖精さんたちもなんだか楽しそうです。見世物ではないのですよぉ~。
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