03.お呼び出しの真相

「妖精王さま、まずは彼女にこの状況を説明してあげませんと」

「ふむ、そうだな」


 ――え?

 さっきナタンさんが旦那さまを妖精王さまって呼んだ気がします。緊張するあまり空耳しちゃったのでしょうか?


「俺は妖精たちを統べる王のウィリディだ。ちょうどいいところにエルヴェがやって来たから身体を使わせてもらっている。このまま成り代わるのも面白そうだと思ってるんだが、デボラとナタンが返せと煩くてな」

「へ?」


 旦那さまの口からスラスラと出てくる予想の斜め上のパワーワード。これでもかってくらい目白押しです。妖精王さまって、旦那さまがお会いしに行った妖精王さまで、身体を使わせてもらっているっていうことはつまり、身体を乗っ取っているってことですか?


「ご、ご冗談を……さすがに騙されませんよ?」

「信じられないのか?」


 旦那さまがパチンと指を鳴らすと同時に、私の髪留めが解けてしまいました。あまりにも突然のことで、結っていた髪がバサッと顔にかかったのです。ピンクブラウンの髪に視界を塞がれてしまったので慌ててまとめようとしていると、その一房を誰かが掬い上げる感覚がしました。見上げれば、いつの間にか目の前に立っている旦那さまが、くるくると指に巻きつけています。薄い唇の端が持ち上がって、蠱惑的な表情を見せたかと思うと、そのまま口元に引き寄せて……その、キスしました。私の髪にです。


 ぬわぁにしてるんですかっ?!


 驚きのあまり口を動かすこともできません。旦那さまはそのまま手を動かして髪を弄んでいます。クルン、と回される一房をただ茫然と見るのがやっとで……何も言えません。


「エルヴェなら触れることもできないだろ? ――って、反応無いな?」


「妖精王さまぁぁぁぁ! 旦那さまの身体でなんてことをされるのです?!」

「デ、デボラさんそんなものを振り回したら旦那さまが死にますぞ!」


 デボラさんがカンカンに怒って部屋に飾ってある甲冑から剣を抜き取り、振り回し始めました。ナタンさんが必死で止めています。デボラさんって剣も扱えるんですね。本当に何でもできるスーパーメイドです。

 旦那さまは軽やかな身のこなしで剣を躱し、私の後ろに隠れました。


 いえ、旦那さまではなくて妖精王さま、なんですよね?


 確かに旦那さまであれば近寄るだけで拒絶反応が出てしまうんですよね。それにデボラさんのあの様子ですと本当に……どうやら本当に妖精王さまが旦那さまの身体の中に入っているようです。


 身体を乗っ取るだなんて、魔法の世界ならではのハプニングです。てっきり頭を打って違う人格が出てしまったとばかり思っていましたのに。


 旦那さまの魂、大丈夫でしょうか? 

 もしや今、幽霊になった状態でこの部屋の中にいますか?!


 見渡してみるも残念ながら霊感も無いので見えません。

 

 旦那さまはどうなってしまうのでしょう?

 不安でなりません。


「あの、どうして妖精王さまは旦那さまの身体に入られたのですか? 旦那さまはどこに行ってしまったんですか?」

『できごころ』

『思いつき』

『退屈しのぎ』


「旦那様の同意は?」

『『『ドッキリに同意はいらないの~』』』


 妖精さんたちが妖精王さまの代わりに残酷な回答を並べてくれます。まるでマンガを借りるノリで旦那さまの身体を乗っ取っているようです。これぞ妖精の悪戯……それを楽しんでいる妖精さんたちは天使の顔をした悪魔です。恐ろしや……。


 そもそも魔導士である旦那さまなら乗っ取られるのを防げたのではないでしょうか?

 魔法のことに明るくないのであくまで予想ですが、そういう防御魔法とかありそうですけど。そこら辺のことは複雑なんですかねぇ。

 旦那さまはこのローシェルト王国では3本の指に入る魔導士と言われています。騎士団との共同作戦でも難易度が高い任務に呼ばれることが多いそうです。そんな旦那さまが躱せなかったのは相手が妖精王さまだからでしょうか?


「そーそー、毎日暇で死にそうでさぁ。退屈が人を殺すっていうけど妖精も然りなんだよねぇ。大丈夫、エルヴェの意識もこの身体の中に入っているから消えたりはしないし。俺の方が主導権を握っているだけってこと」


 あんまりです、と咎めるように言うナタンさんは今にも倒れそうな顔をしています。

 彼は一族代々スーレイロル伯爵家に仕えており、彼自身これまで王都のお屋敷タウンハウスを仕切っていたのですが今は息子さんに任せてこちらのお屋敷マナーハウスを管理されているのです。

 旦那さまのことは生まれた時から見てこられた方なので、この変わりようを前にさすがにいつものように落ち着いてはいられないようです。


「妖精王さま、どうか悪戯はお止めください。旦那さまには領地管理から魔導士団の小隊長としての仕事がたくさんあるのです――それに妖精王さまと力を合わせて結界を張りなおしていただかないと最近は領内外で魔物が出てきていますし、なにより――旦那さまはまだ独身ですからこのままお身体を返していただかないとスーレイロル家が途絶えてしまいます!!! 早く奥方を見つけて欲しいものです!」


 ナタンさん、お気を確かに……。

 最後の言葉は旦那さまにも言い聞かせているように思えるのは気のせいでしょうか?

 ここぞとばかりに思いの丈をぶつけられたように思えます。先輩たちの噂によれば旦那さまって縁談を全て断っているんですよね。好いた人がいるからだとか聞いたこともあるんですが真相はどうなんでしょうか?

 その人なら拒絶反応がでないんでしょうかね?


 妖精王さまの手が、肩に載せられました。さっきからやたら距離が近すぎます。


「ふむ、それはこの者次第だ。、この世界での生活はどうだ? 以前見た時より顔色が良くなって何よりだ」

「――な、なんでその名前をご存知なんですか?!」

「俺がお前さんの正体に気づかないとでも?」


 妖精王さまが前世の名前を口にされて心臓が止まりかけました。驚きましたが――たしかに妖精王さまなら私の正体を見抜けますよね。妖精さんたちの親分ですもの。


「スーレイロル家の方々のおかげで健やかに過ごしております。ですので、どうか恩人の旦那さまを返してくださいませ」

「オイオイ、対価も無しで妖精に話を聞いてもらうつもりか?」


 勝手に身体を乗っ取っておきながら返すのに何かもらおうとしているだなんて……ヤクザです。


「妖精さんたちは旦那さまに森を守っていただいているのにこのままでいいんですか?」

「勘違いするな。そもそも俺たち妖精は人間の助けが無くても生きていける。俺は友との約束を守っているだけでエルヴェがどうなろうと知ったこっちゃない」


 デボラさんとナタンさんが悲痛な声を上げました。妖精王さまはチラと彼らを見ましたが全く意に介していないです。勝手ですし血も涙もありません。もはや鬼です。彼は妖精ですけども、この冷酷さは鬼に違いないです。


 旦那さまを人質にとられている以上、彼の言う取引に応じるしかなさそうです。わざわざ私を呼んだのはその取引と関係があるのですし、今までお世話になった伯爵家の旦那さまや皆さんにご恩に報いるためにもできることがあるなら、腹を括るしかありません!


「――私に求めてる対価は何ですか?」


「失った記憶を取り戻して寄越してくれるならこの身体をエルヴェに返してやろう。記憶は結晶にすれば魔力の糧になるからな。魔法に使えるし、食べると美味い」

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