19.手がかりを求めて
「この身体にもずいぶん慣れてきたな」
旦那さまもといウィルはソファに背をもたれさせてしみじみと呟きました。
その台詞を口にされると急に乗っ取り感が出ますね。ウィルがファンタジーものの悪役に見えてしまいます。
どうか慣れないで旦那さまに返して差し上げてください。
「そろそろ飽きてきたんじゃないですか? この際、その身体は旦那さまにお返ししましょう?」
「やだね。まだお前との契約も成立していないのに返してやるもんか」
やはり相手は手強い妖精王さま。こちらの策略に乗ってくれません。そんな簡単だったら苦労しませんよね……。
情けないことに、記憶を思い出すのもお菓子を気に入ってもらうのも全くうまくいっていません。救世主や聖女さまが助けてくれたりしませんでしょうか。
執務室の扉が開いてデボラさんが入ってきました。手にはたくさんの書類を持っています。あれは恐らく、明日の準備のための確認表です。
「騎士団の皆さまがお見えになるので明日だけは交代してくださいな」
「へーへー、考えておくよ」
ウィルの適当な返事にデボラさんは片眉を上げてしまっています。明日は旦那さまにとって大切な用事がありますものね。私たちとしてはウィルから「わかった」という了承の言質をとりたいところなんですが、この奔放な王さまはのらりくらりと躱してしまうのでタチが悪いです。
実は、明日は王都から騎士団の方々がお見舞いに来るんです。
旦那さまとは魔物討伐で一緒に仕事をされている部隊の方たちだそうで、お見舞いに来ていただけるなんて旦那さまは慕われているんですね。
ちなみに魔導士団からもお手紙が来てたんですけど、旦那さまは部下に気を使わせたくなくて断ったそうです。
本当は騎士団の方もお断りしてたそうです。妖精祭前にで使用人たちが忙しいからと気を遣ってくださってたんですけど、どうしても顔が見たいと団長さまが言っているようで。
強引ではありますが、旦那さまのことをとっても大切にされているのが伝わってきます。
私としてはこれは機会だと思ってワクワクしています。
普段は王都にいる彼らのお話を聞いたら、記憶の手がかりになるかもしれませんもの。
ちょっとしたことでも思い出すきっかけになるはずです。
張り切って準備しましょう、と意気込んでいたんですが、デボラさんから衝撃的な指示を出されてしまいました。
「明日はみんながおもてなしで忙しいから、ユーリィはその分普段の仕事の方を片づけて欲しいの」
「えっ?! 私だけ仲間外れですか?!」
「他にも何人かは外れるわよ。あなたは仕事が早いから任せたいのよ」
選ばれし仲間外れ組になってしまった今では褒めてもらってもちっとも嬉しくないです。
私もおもてなしの方に行ってワイワイとした会場でお仕事したかったですのに。
……でもまあ、普段のお仕事を片付けないといけないのは事実ですし、仕方がありませんね。
王都のお話はどうにかして聞きたいです。
いち使用人が主人のお客様に話しかけるわけにはいきませんが、ひとまず旦那さまにお願いしてみましょう。
記憶の手がかりを探すためと言ったら時間を作っていただけるかもしれませんもの。
◇
「旦那さま、騎士団の方と少しお話させてください。王都での話がきっかけになるかもしれないんです!」
「ダメだってさぁ〜。エルヴェはケチだよな〜」
旦那さまに直談判するためにウィルを通して話していますが、なかなか許可を頂けません。
ウィルは右手を押さえつけながらも旦那さまの悪口を言ってニヤニヤしています。右手が疼いて、旦那さまはがウィルに抗議しているみたいです。
どうしてダメなんでしょうか。
たしかにメイドがお客様に話しかけるなんてお行儀が悪いんですけど、妖精祭前に返してもらうにはもう手段を選んでられませんのに。
「ごめんな、ユーリィ。俺が説得しても聞いてくれないんだ」
「旦那さま、なぜですか?! 記憶を取り戻せば身体を返してもらえるんですよ?」
「……う〜ん、黙ってしまったな。諦めろ、他に方法があるはずだ」
ことの根源であるウィルに言われるとちょっぴり腹立たしいのですが、彼はお構いなしにポンポンと頭を叩いてきます。
彼は相変わらず口元は弧を描いていて楽しそうにしています。私たちは困っているというのに、本当に意地悪です。
せっかくのチャンスと思ったんですが、ウィルの言う通り、諦めて他の方法を探しましょう。
◇
今日は朝からお屋敷中が明日からの準備で慌ただしくなっていて、廊下は足早に移動する使用人たちでてんてこまいです。
とても忙しいですけど、王都から来る騎士さまが見られるので皆さん嬉しそうです。
こっちの世界だと騎士さまは誰もが憧れるヒーローですもんね。私もお姿を見るのが楽しみです。
「レイモン様のご尊顔を拝めるなんてついてるわね」
「
メイドのお姉さまたちは目を輝かせてお話ししています。彼女たちが話題にしているのは、明日お屋敷に来る騎士団の団長さん。
実は旦那さまの従弟なんだとか。旦那さまのお母さまの筋の親戚で、公爵家の跡継ぎらしいです。
もしかして、以前デボラさんがお話していた方でしょうか。
「どんなお方なんですか?」
「美しい相貌で、頭が良くて、剣の腕前は王国随一の、すべてを手にした男よ」
「素敵だけど完璧すぎて逆に怖いわよね」
メイドのお姉さまの1人が頬に手を当ててほうっと溜息をつきました。その顔は完全に恋する乙女です。
「でも、婚約者がいるのよねぇ。残念」
「いなくても私たちには高嶺の花よ」
「そうだけど、いない方がまだ夢を見られるでしょ?」
次期公爵家当主の婚約者。どこかで聞いたことがある肩書です。
それにお姉さまたちは気まずそうに顔を見合せていて、なんだか嫌な予感がしました。
「その婚約者が、旦那さまがお慕いしていた方なのよねぇ」
「旦那さまの……従弟の婚約者……」
ナタンさんがブランシュ嬢の手紙を見た時に教えてくれた方ですね。旦那さまが一途に想っていた方の婚約者は公爵家の跡取りだとか……。
好いていたお方が従弟の婚約者だなんて……皮肉です。
一途な旦那さまが報われなかったと思うと使用人としてはとても辛いです。
せめて聖女さまとは結ばれてくれないでしょうか。
女神さま、どうか聖女さまと旦那さまをくっつけてあげてください。
あ、そのまえに、旦那さまの身体を返すようウィルを説得して欲しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます