20.いらっしゃいませ
「さあ、そろそろ時間だから外に出てお待ちするわよ!」
「「「「かしこまりました!」」」」
デボラさんの呼びかけに応じてみんな一斉にお屋敷の外に出て並びます。もうそろそろ団長さんから連絡のあった到着時刻になるのです。
騎士団の方たちは天馬に乗って来るらしいので、門の前で待機してお出迎えします。天馬はこの世界に来て初めて知った魔獣なんですが、翼の生えた馬で空を飛んで移動することも地面を走って移動することもできるそうです。
「来たわ!」
先輩が弾んだ声を上げて空に指を向けました。つられて見上げると、燃えるような赤い髪の男性を乗せた天馬を先頭に並ぶ何頭もの天馬が空を覆っています。きっとあの赤い髪の方が団長さんなんですね。
天馬は真っ白で、いかにもおとぎ話に出てきそうな美しい馬たちです。優雅な足取りで空から降りてきます。なんてファンタジーな様子なんでしょう。見惚れるあまり挨拶を忘れそうになって先輩に小突かれてしまいました。
しかも天馬から降りてきた騎士の皆さまは目が覚めるような美貌ぞろいで、美男美女の団体さまです。
騎士団とやらは顔採用なのでしょうか、だなんて思わず勘ぐってしまいます。
団長さんは飛び抜けてイケメンで……あれ?
遠目から見ると、なんだか街中で会ったあのナンパ師さんに似ているように見えるんですけど。
ずっと王都にいるはずの団長さんが以前出会ったナンパ師さんだなんて、そんなはずはありませんよね。あんまりにも似ているので驚いて心臓が口から出るかと思いました。
この世には同じ顔の人が3人はいるって言いますもんね。きっと勘違いでしょう。
団長さんは旦那さまと和やかにお話ししています。
冷たい美貌の旦那さまと華の美貌の団長さま。並ぶと本当に迫力のある2人です。
2人が近づいてくると少しお話している内容が聞こえてきました。
「エルに会いに行くと言ったら魔導士団の連中が悔しがっていたよ」
「あいつらには来ないよう言っておいたんだ」
「上司命令なら来たくても叶わないか。可哀想に」
気のせいか声まで似ているような気がして、冷や汗が背中を伝いました。
じっと見ていると、振り向いた団長さんと目が合いました。菫色の瞳はしっかりとこちらを見て、眩いお顔で笑いかけてくれました。
笑いかけてくださっているというのになんだか不安になってしまいます。今なら蛇に睨まれたカエルの気持ちがよくわかるような……。
団長さんは睨んでなんかいませんけど。
「レイ、行くぞ」
「わかった」
旦那さまが声をかけてくださったおかげで視線が逸れました。息が止まりそうなほど緊張していたのでホッとしました。
団長さんに罪はないのですが、どうしてもあのナンパ師さんを思い出してしまうんですよね。
チラッと団長さんの背中に視線を走らせてみるとまた視線が合って、ひらひらと手を振ってきました。
もしかしてもしかすると、やはりご本人さまなんじゃないかと思ってしまうのです。
思い込みでしょうね……。
「ユーリィ、もう中に入るわよ!」
「は、はいっ!」
気づけば騎士さまたちはみんなお屋敷の中に入ってしまっていました。使用人たちも急いで持ち場に戻っています。
私も慌てて先輩について行きました。
騎士団の皆さまは大広間に移動しました。
お屋敷の中はおもてなし部隊の使用人たちが忙しなく行き交っています。
私はというと、賑やかな声を背にして今から洗濯です。それが終わったらシェフのお手伝い、その後は庭の掃除。
次に騎士さまたちを見られるのはお見送りの時くらいでしょうね。
ちなみにメイドのお姉さま方は早くも気になる騎士さまができたようです。
頬を上気させてぼんやりと見ているのがデボラさんに見つかって怒られていました。
◇
使用人ホールで昼食をとった後、温室の中を掃除していると、妖精さんたちが姿を現しました。
今日は大広間に隠れてお客さまたちを観察すると張り切っていたのに、どうしたんでしょうか。
「みなさん、もうお客さまを観察するのは飽きたんですか?」
『ううん、お願いされたから連れてきたの~』
『ユーリィにお客さまだよ~』
「私にですか?」
旦那さまならともかく、私に尋ねてくるお客様なんていません。妖精祭で売る商品の相談でしたらきっとデボラさんかナタンさんを通してくるでしょうし。
そもそも、妖精さんたちが連れてくるお客さまって人間なんでしょうか。
足音がして温室の入り口に目を向けると、燃えるように赤い髪をさらりと揺らして入ってきた団長さまの姿があって、驚きのあまり箒を落としてしまいました。
急に大きな音を立ててしまったので小鳥たちが抗議するように鳴いています。
「みんな、教えてくれてありがとう」
団長さんは妖精さんたちににっこりと微笑んでメレンゲのお菓子をあげています。
どうやら私は妖精さんたちに売られたようです。
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