17.とっておきのお酒と満月の夜

 街中でブランシュ嬢の襲撃事件のあと、しばらくは外出禁止と言い渡されてしまいました。もともとそんなに外出する方ではありませんが、ラベルやレースの進捗具合を見に行けなくなってしましました。

 旦那さま命令なので仕方ありませんが残念です。


 ブランシュ嬢からは手紙が届かなくなりました。もしかしたら、もう旦那さまのことは諦めたのかもしれません。


 そんなこんなの、とある日の夜、ベッドに入って夢のはざまを揺蕩っていると、どこからともなく声が聞こえてきました。


「おい、起きろ」


 ぼんやりと目を開けると、目の前に旦那さまの顔があって、声を上げそうになりました。話し口調からすると、ウィルですね。

 ちなみにここ、寮にある私の部屋です。そして私は寝間着姿です。


 忍び込んできたというのに悪びれもせず我が物顔で立っているんです。


「ウィル! 旦那さまの姿で真夜中に女性の部屋を訪れてはなりません!」


 ちなみに彼も、寝間着姿です。


 こんな現場、他の人に見られてしまったら大ごとになってしまいます。デボラさんの雷が落ちるどころではありません。

 妖精さんは知らないかもしれませんが、人間の世の中は複雑なんですよ?


「まあまあ、良い夜だから晩酌につきあえ」


 全く話を聞いてませんね。


 そのまま手を引かれると、移動魔法で屋根まで飛ばされました。さすがはウィル。有無を言わさず、ですね。


 澄み渡った夜空には、満月がぷかりと浮いています。星も綺麗に瞬いています。こんなにも星が見えるのは地方暮らしの特権ですね。


『ユーリィもいる~!』

『こんばんは~』

『仕事終わりの一杯はおいしいよねぇ』


 妖精さんたちも集まって来ました。前にウィルからお話を聞いていましたが、皆さん本当にそのあどけない容姿でお酒飲むんですね。なんだかオジサンみたいな台詞も聞こえてきましたが、酒豪だったらどうしましょう。てか、みなさん仕事してるんですか?

 今日も門番さんに遊んでもらってるところ見ちゃいましたよ。みんなでシャボン玉を飛ばしてましたよね。洗濯物にくっつきそうになったから先輩が風魔法で避けてたんですからね。


「さてさて、妖精はもてなすのも、もてなされるのも好きなんだぞ。今宵はもてなして進ぜよう」


ウィルが目の前に手を出すと、その中にグラスが現れました。


「わ~、綺麗ですね。まるで宝石をそのまま削ったみたい」

「これで飲むと美味いんだ」


 まるで水晶を削って作ったような、ぽってりとしたグラス。傾ける角度によって違う色に輝きます。まるでプリズムのようです。

 流星群の夜に落ちてきた星を妖精さんが磨くとこんな透明な石になるそうです。星って初めて触りましたよ。感激です。

 妖精さんが星で物を作るなんて、ファンタジーなお話でほっこりしちゃいますね。


 ウィルは手にしているワインボトルから注いでくれました。白ワインでしょうか。月明かりを受けて光っていて、とても綺麗です。


「これは人間が飲んでも大丈夫だ。本質が変わったりはしない」

「えっ?! 本当に大丈夫ですか?!」


 妖精さんたちの食べ物を口にしてはいけないと聞いたことはありますが、このお酒が大丈夫ってことは人間が作ったものでしょうか?

 本当に飲んで大丈夫なもんなんですかねぇ。


「このワインは手伝ったお礼にもらったもんだから人間界のモンだ」

「ウィルもお手伝いするんですね」

「ユーリィは俺のことを何だと思っているんだ?」

「暇人です」

「言ってくれるようになったじゃねぇか」


 ペチッと頭を叩かれてしまいました。

 だって、本当のことじゃないですか。暇を持て余して人の身体を乗っ取っているんですから。


 ウィルたち妖精さんは普段、こそっとお手伝いしてくれるんです。


 畑を途中まで耕していたら最後までやってくれたり、レースの作りかけがあったら仕上げてくれたり、無くし物を探していると見つけてくれたり。

 だからポネラの人たちは彼らのお手伝いを見つけると、お礼にお酒やお菓子を置いておくんです。

 もちろん、前払いしているとお手伝いしてくれる確率が上がりますよ。厳禁な生き物なので。


 私も忙しいときはお屋敷にいる妖精さんたちにメレンゲのお菓子でお願いをしたことがあります。


「ほいっ! かんぱ~い!」


 ウィルの掛け声に合わせてグラスを持ち上げます。こちらの世界では乾杯の声に合わせて軽く持ち上げるのがマナーなんです。

 妖精さんたちは小さなグラスをもって可愛らしいんですが、腰に手を当てて一気飲みしています。なんとも逞しいです。私は真似できません。


 白ワインはすっきりしていて、ほのかに甘いです。少しずつ飲んでいると追加で注がれそうになったので、手で蓋をしました。まるで飲ませたがりのオジサンですね。


「明日も仕事があるのでそんなに飲めないですよ」

「真面目だな~」


 そう言いながら妖精さんたちにワインを注いであげています。ウィルは奔放な性格ですが、なんやかんやで面倒見が良いです。

 妖精さんたちのことを気にかけていますし、デボラさんやナタンさんが忙しそうにしていると魔法でお手伝いしたりしています。


 気まぐれですが憎めない性格なんですよねぇ。


「最近色々とあったが、どうだ?」

「どうとは?」

「んー、嫌だなぁって思ったかってことだな」


 もしかして、私があの一件で気落ちしていると心配してくれたんでしょうか?


「う~ん……魔法が使えないのは嫌だなぁって思いましたね。助けてもらわないといけなくて、迷惑をかけてしまうんですもの。それに、私は何も力になれないのが辛いです」


 魔法が使えたとしてもブランシュ嬢には負けてしまうかもしれません。複雑な魔法を使っていたんですから。それでも、何もできないままでいるなんて嫌なんです。


「そうか、そうか。魔法のことが気がかりか……」


 油断していて、グラスにワインが注がれてしまいました。ウィルはなにやら考え込んでいます。


「あ、でも、嫌なことより楽しいことの方がいっぱいあって毎日幸せですよ」


 大丈夫ですからね、と言って笑って見せましたが浮かない表情です。いつもなら底抜けに明るいですのに。彼らしくなくて落ち着かないです。

 

「ウィルはどうなんですか? 旦那さまになってみて嫌なことはありますか?」

「身体の節々が痛いのが嫌だな」


 即答でした。


 そうです。旦那さまの怪我は腕だけではありません。療養しないといけないくらいあるんです。体中に、魔物から受けた傷があります。

 ウィルは大したことないように振舞っていますけど、痛いはずです。


「それがわかっていて、どうして旦那さまの身体を使っているんですか?」

「言ったろ? 暇つぶしだよ」

「言ったじゃないですか、暇なら私が遊びに行きますのに」


 遊びに行くとなると、交通手段を考えなきゃいけません。なんせ、ウィルが住むヴィオニフの森は歩いて行くには遠いのです。馬に乗れるように練習しましょうかねぜ。

 その前に、彼が気に入るお菓子を作れなきゃいけないんですけど。


「来てくれる日を楽しみにしてるよ」

「じゃあ私のお菓子を気に入ってくださいよ」

「強要されて気にいるもんじゃないだろ」


 それはそうですけれども、まったく手がかりがなくて焦ってるんですからね。


 溜息をついているのに、ウィルは楽しそうに目を細めてこっちを見てきます。意地悪な性格ですね。


 宴はまだまだ続きそうでしたが、私は明日の朝も早いのでお暇することにしました。

 

「また飲もうな」

「喜んで! 次も人間の食べ物でお願いしますよ?」

「それじゃあ準備してくれよ? 妖精はもてなされるのも好きなんだ」

「わかりました」


 今日のお礼に、次は私がもてなしましょう。


 おもてなしのことを考えるとワクワクします。ベッドに入ってからも何を作ろうか考えていたんですが、気づいたら眠ってしまっていました。


 翌朝起きてみたら、机の上にグラスが置かれていました。灯りを受けて、色とりどりの光を机の上に落として綺麗です。

 近くにメモが置いてあって、ウィルが「お前にやるよ」と書いてくれていました。


 生まれて初めてもらった、妖精さんからの贈り物。家宝にしないといけませんね。

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