14.商品会議

 お屋敷に帰ると、執務室で報告会になりました。

 旦那さまはデボラさんとナタンさんに、昼間に聞いた街の人たちのお話をかいつまんで伝えました。


 街のことは2人に情報共有しているんですって。

 旦那さまが王都にいる間、急な対応が必要になった時はこのお2人が出動するので連携が取れるようにするためです。


 この席に私も参加することになるとは思いませんでした。旦那さまは荷物持ちに来てくれと言っていたんですもの。

 理由はわかりませんが、商品のお話に参加できるのは嬉しいです。


「ユーリィ、街の人たちの話を聞いてどう思った?」


 旦那さまの空色の瞳がこちらを向きました。


「はい、食料品がイマイチ伸びてないので、そこが伸び代だと思います。工夫すると売り上げが伸びそうです」

「具体的には?」


 紙を取り出し、真剣な表情で聞いてくれています。その手には羽ペンを握っているんですけど、どうやら私の意見をメモしてくれてるようです。

 

 どうしたんでしょう。いきなりプレゼンタイムです。お昼に考えたことを言ってみましょうかしら。


「紅茶やジャムなら、外装を令嬢好みにしてみると良いかもしれません」

「外装を?」

「ええ、例えばですが、ラベルに可愛い絵を描いたり、小さいレースを作ってジャムの瓶につけてあげるだけでも女性は欲しがるかと思います。見栄えが良くなると贈り物に良いですし。ただ、その分の値段を上乗せしないといけないので変えないといけませんが」


 令嬢がターゲットならむしろコストアップした方が良いかもしれません。良い品を買っていると思ってもらうことが1番ですもの。


 ふむ、と旦那さまが声を漏らしました。顎に手を添えて何やら考え込んでいます。どうしたのでしょうか。

 この意見、採用してくれたり……しますかね?


 まさか、ですよね。あくまでいちメイドの意見ですもの。

 そういう考えもあるんだね、新鮮だねって思ってるのかもしれません。


「旦那さま、宿屋に声をかけてみてはいかがです? 旅の画家をご存知かもしれませんよ」


 ナタンさんがメガネをくいと持ち上げて言いました。おおお。グッとくる所作ですね。声が漏れそうになりました。

 

 スーレイロル領の景色を描きに来る画家はポネラの外れにある宿屋に泊まることが多いんです。

 滞在して描いた作品を、王都で売って翌年の旅資金にするんだそうで。さすがは美術を愛する老紳士ナタンさん。思いがけない助け舟です。


「なるほど、あちらも収入が得られるなら聞いてくれそうだな。エデルガルドさんに手紙を送って過去に絵付けの依頼をした時の賃金を教えてもらおう」


 紙にペンを走らせて書きつけています。旦那さまは乗り気です。


 なんてことでしょう!

 意見が通りました!


 こんなぺーぺーにもチャンスをくれるなんて感激です。前世の上司も旦那さまだったら良かったのに。

 旦那さまの株が爆上がりです。


「それでは、レースは婦人会に聞いてみましょう。賃金ははお屋敷で売っているレースを参考に交渉します」

「デボラさん……!」


 デボラさんからも素敵なアドバイスをいただけるなんて……なんて優しい職場なんでしょう。


 婦人会は街のお母さんたちの交流を目的とした集まりなんです。

 デボラさんのお仕事の手伝いで何度か婦人会の方にお会いしましたが、皆さん元気で朗らかで気さくなので、ついつい長居してしまいます。


 ポネラ中のお母さんたちに通達してくれるので、レース作りのプロを集められるかもしれません。


「さて、デボラもナタンも仕事をたくさん抱えているだろう。これ以上増やすわけにはいかない」


 旦那さまはこめかみに指をあてて悩んでいます。


 確かに、お2人とも妖精祭の準備ですでに手一杯です。かといって旦那さまもお忙しいですし、次はいつウィルと交代できるかもわかりません。


 商人の悩みを解決したいですが、すでに手一杯ですもんね。

 私が代わりにできたらいいですけど。


 すると、目の前に紙の束が差し出されました。旦那さまが手元に置いてた書類を渡してくれたんです。読んでみると、私の提案についてまとめてくれていました。


 もう一度旦那さまの顔を見ると、唇の両端を持ち上げて、やってみなさいと言われました。


「ユーリィ、仕切ってみなさい」

「い、いいんですか?!」


「旦那さま、ユーリィには記憶を思い出すという大切な仕事もあるのですよ?」


 そうです。任せてもらえるのは嬉しいですが、デボラさんの言う通り、優先すべきは旦那さまの身体を返してもらうことですし、お屋敷でも妖精祭の準備があります。


 私はお屋敷の皆さんのサポート役なので、なおさら難しいんじゃないでしょうか。


「外での仕事が刺激になって思い出せるかもしれない。現状だと行き詰まってるようだし、試してみると良いだろう」 


 その通りですが……。無理に思い出さなくても良いと言っていたのは旦那さまですのに。と、思っていたら旦那さまと視線がかち合いました。


 一瞬ですが、目元が綻んだように見えたんですが……以前、ウィルに意趣返した時のような顔です。どういうことでしょうか。


 すると、デボラさんが小さく溜息をつきました。呆れているような溜息です。なんだかメイドっていうより、お母さんみたいですね。


「わかりました。お考えあってのことなら仕方がありません。それに、旦那さまは昔から、一度こうと決めたら負けませんもの」

「苦労かけてすまないね」


 旦那さまは淡く苦笑しました。どうやら旦那さまとデボラさんの対決ではいつもデボラさんが根負けしているよう。

 ちょっとずつ打ち解けてきた旦那さま。

 いつも穏やかに話す方ですので、頑固な一面があるのは意外です。


 こうして私は、懐かしの商品企画職をもらうことになりました。忙しくなりますが、嬉しいです!

 この世界でも企画できたら良いなと思っていましたもの。


『ユーリィ嬉しそう』

『良かったね〜』

『社畜はダメだよ〜』


 妖精さんたちがふよふよと飛んできました。新しいことをするので興味を持ったようです。妖精さんたちも一緒に楽しめると良いですね。


「こういう仕事が好きならこれからも任してみたし、そのためにも良い結果を出してくれ」

「はい! ポネラの経済に貢献します!」


 私が好きそうな仕事だと思ってデボラさんを説得してくれたんですね。


 もしかして、綿羊を見に行って前世の仕事を思い出した時のお話を思い出して任せてくれたんでしょうか?



 ◇



 仕事を終えて寮に帰る途中、お屋敷の廊下で旦那さまに会いました。


 旦那さまは書斎に行った帰りのようです。手には本が握られています。ウィルが退屈しのぎで読んでいる本が執務室にあり、もうすぐで読み終わりそうだから探しに行っていたそうです。

 旦那さま、身体を乗っ取られているというのに本を用意してあげるなんて親切ですね。


 「旦那さま、今日はありがとうございました。素敵なお仕事をいただけて嬉しいです」

「忙しくさせてしまったのに感謝されるとは……ユーリィは本当に仕事が好きだね」


 呆れたように言ってきますが、なんだか嬉しそうです。どうしてでしょうか、よくわかりませんが、旦那さまが喜んでいるならまあ、いいか、ですね。


「旦那さま、ゆっくりお休みください」

「おやすみ」

「ウィルも、おやすみなさい」

「あいつはもう、寝てるよ」


 明日はどちらにお会いできるのでしょうか。

 あ、明日は朝イチでお菓子の準備しなくちゃいけません。


 そういえば、旦那さまはどんなお菓子が好きなんでしょうか。今度聞いてみましょう。

 

 

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