13.視察についていきます

「街の視察に行く。ついて来てくれ」

「えっ?! 私ですか?!」

「荷物持ちが必要だがナタンもデボラも妖精祭の準備の手配で忙しいんだ」


 確かにそうですが、このアレルゲン物質を隣に置いて大丈夫なんですか?

 ナタンさんの補佐を連れて行った方が良いと思いますけど。


 デボラさんとナタンさんに話は通しているみたいです。もう馬車の準備ができてしまっていたので、私は早急に準備して旦那さまについて行くことになりました。


 なんとも急な出動要請です。朝のミーティングでは聞いていませんでしたのに。


 街には2人で馬車に乗っていきました。車内は静かを通り越して無音状態です。唾を飲み込む音さえ大きく聞こえちゃいました。

 そろりと盗み見てみると、旦那さまはぼんやり窓の外を眺めていました。外の景色よりももっと遠いどこかを見ているような、どこか寂しそうな目で。


 到着すると、商業ギルドのエデルガルドさんが案内してくれました。彼女は若い頃にお父さまからこの商業ギルドを受け継いで切り盛りしているんです。

 ハッキリした物言いに朗らかな笑顔が素敵な方です。


「すっかり領主さまらしくなられましたね。もう坊ちゃんとは呼べなくて寂しいです」

「いつまでも坊ちゃんだと困りますよ」


 そう言って苦笑する旦那さま。

 エデルガルドさんには幼い頃から甥と叔母のように接してもらっていたらしいのです。彼女の話によると、幼い頃は拒絶反応が出ていなかったんですって。


 今回は妖精祭で売り出す商品についての視察だそうです。工房や商店を見て回るのでハードスケジュールですね。


「ユーリィ、工房の前年資料を」

「はい」

「……これは何だ?」

「トングです」

「いや、そうなんだが。どうしてそれを使って資料を渡す?」

「拒絶反応対策です」


 うっかり指が触れたら旦那さまの拒絶反応が出ちゃうかと思いまして、シェフからトングを借りてきたんです。これなら一定の距離も保てるので一石二鳥です!

 エデルガルドさんに笑われてしまいましたが。


「必要ない。しまいなさい」


 油断は大敵ですのに。反論したいところですがヒヤリと冷たい視線で睨まれてしまえば何も言えません。


「数量は去年と同じにしていますんです、ええ。やはり観光客が買ってくれるんでよす、ええ。妖精祭の時は妖精やポネラの風景を描いた食器が良く売れるって聞いてます、ええ」


 ティーカップやお皿など食器を製造するバウアー工房。

 親方さんは今が大詰めらしいのですが丁寧に対応してくれました。窯を使うので工房内は暑いです。妖精さんたちが魔法で冷風を起こしてくれているそうです。

 ここにいる妖精さんたちは働き者ですね。


「今年もお祭りに向けてたくさん商品を用意してますよ。なんたって旦那さま効果でご令嬢たちが買ってくれるんでね」


 雑貨を中心に揃えているアダルベルト商会。

 ハンカチやレース商品を主力にして陳列するそうです。ターゲットを令嬢に絞ってますね。もともとお店の雰囲気も可愛らしいですし、儲かりそうです。


 やはりお祭りでは商売繁盛するんですね。どこも嬉しい悲鳴を上げているようです。

 エデルガルドさんの事務所で休憩してから、食料品を扱う商会を中心に視察に向かいます。


「いやぁ……食べ歩きできるものですと売れ行きがいいんですけどね。紅茶やハーブティーは王都にもあるから買ってくれないんですわい」


 茶葉を扱うベルネット商会のお店に入ると、店主は眉尻を下げて不安を漏らしていました。店内は普段と変わりありません。午前中に見たお店は妖精祭仕様に模様替えをしていたので、温度差は歴然としています。


 他のお店も見てきましたが、ベルネット商会の店主が言う通り、屋台で食べ歩きできる商品を出すと売れが良いものの、店内に置いてる商品の売れ行きは芳しくないようです。そのため、妖精祭のために特別準備することはないようで。


 確かに、メインターゲットになるご令嬢は紅茶もジャムも王都に御用達のお店があるでしょうねぇ。ポネラの商品も過去には王妃さまが好んで取り寄せたことがあるので品質は良いと思うんですけど……やはり、あれですか。


 が必要なのでは?


 どの商品も安定感のあるシンプルなパッケージなんですよね。若い女の子たちに買ってもらうにはもっとデザインを凝った方が良いかもしれません。

 お茶会でテーブルに置いてたら、「あらぁ! 可愛らしい見た目ね。これ、どこで買いましたの?」って言わせしめるような。


 一通りお店を見て回ると、夕方になっていました。


 旦那さまとエデルガルドさんは地図を手にして噴水広場の屋台配置について話し合っています。

 当日は縁日みたいになるんでしょうねぇ。私たち使用人も交代でお祭りを見に行けるそうです。デボラさんと先輩と一緒に仮装する服を用意するので楽しみです。


 ビュゥゥ、と強い風が吹きました。


「えっ?!」


 手元を何かが掠めたかと思うと、持っていた鞄が忽然と消えちゃいました。地面に大きな影が落ちていて不思議に思い見上げれば、大きな鳥が鞄を持って飛んでいます。


 真っ白な鳥。羽ばたくと銀色の光りの粉が落ちてゆく姿は幻想的なんですけど――何なんですかあの猛禽類は? あの重い鞄持って飛べるなんて相当な筋肉の持ち主です。


 未知との遭遇に呆けてしまいましたが、こうしていられません。旦那さまの大切な鞄、取り返さねば。



「待ちなさ~い!」



 姿を追って幾つもの細い路地を走りました。ポネラってこんなに複雑な街の作りでしたっけ。


 やがて開けた場所に出ると、鳥がパッと手を離したのが見えました。鞄は重力に従って急降下です。

 慌てて両手を広げて受け止める体勢に入ったのですが、無情にも顔で受け止めることになりました。

 痛いです。痛みのあまり言葉を……失いそうです。


 見上げると、犯人の鳥はもう居ませんでした。一体、何がしたかったんでしょうか?


「大丈夫?」


 振り返ると、夕日に照らされ輝く赤い髪が視界に入ってきました。あ、あのナンパの人です。相変わらずキラッキラのオーラですね。

 

「だ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 旦那さまから離れちゃいましたので、急いで戻らなければいけませんね。


「それでは失礼します」

「……つれないなぁ」


 えっ?! 


 グイっと手を引っ張られたかと思うとあっという間に壁とナンパ師さんに挟まれてしまいました。

 これは――ヤバイです。壁ドンではありませんか。


 壁ドンされると思いのほか逃げられそうにありませんのね。マンガやテレビで見た感じだとシュッてしゃがんでシャっと逃げ出せるように思えたのですが……。


「やっぱり、この顔を見ても何も思い出せない?」

「えっと、先日お会いした方ですよね……?」


 それよりも前にお会いした記憶はありません。

 イケメンさんなので一度見たら覚えているかもしれませんが、全く何も思い出せないのです。もしかして記憶を無くす前のお知り合いでしょうか?


「本当に覚えてないの? さすがにお寝坊さんが過ぎるんじゃないかな?」

「もう起きてます」


 可笑しな質問をしてくるのはそちらですのに、私の返答に対してクツクツと笑ってきます。


「相変わらずで安心したけど、そろそろ思い出して欲しいな」

「あなたと私は……友だちだったんですか?」

「当ててみて」


 つまり、友だちではなかったんでしょうか?


 曖昧な答えでは手がかりになりそうにありません。どうしましょう。思い出すまで話してくれなさそうです。それに、穏やかに微笑んでいますけど、目が笑っていません。怖いです。


「ユーリィ? どこにいるんだ?」


 旦那さまが私を呼ぶ声が聞こえて、近づいてきています。

 ああああ、良かったです。お手を煩わせてしまったのは不徳の致すところですが、声を聞いて安心しました。


 ナンパ師さんが溜息をつきました。


「残念。まだまだお話したかったけど、君のご主人さまと鉢合わせするとマズいんだ。――またね」


 もう結構です。なんだか剣呑な雰囲気でしたもの。


 ナンパ師さんの身体が光に包まれると、しゅんっと目の前から消えました。魔法を使ったんでしょうね。


 私は無事に旦那さまに回収されました。


 鳥に鞄を取られていたところを見た人がいたらしく、お咎めはありませんでしたが、断りなく離れてしまったので平謝りしました。


 怪我がなくて良かった、とそう言われるとなおさら申し訳なくなります。


「あの、赤い髪に菫色の瞳の方をご存知ですか? 先ほど声をかけていただいたのですが私の知り合いのようでして……覚えていないんですけど」


 帰りの馬車の中、それとなくナンパ師さんのことを旦那さまに聞いてみました。服装を見るなり高貴な方のようですし、ポネラに住んでいるなら旦那さまもご存じのはずです。


「赤い髪に菫色の瞳……いや、まさか」 


 旦那さまの眉が、すっと寄せられました。


「その者が気になるのか?」

「ええ、昔の知り合いでしたら記憶を思い出すきっかけになりますので」


 ガトゴトと揺れる車内。夕日に照らされる旦那さまは浮かない表情です。


「恐らく、知り合いではない。ユーリィの気を引きたかったんだろうね」


 旦那さま、何か隠していませんか?

 確信はありませんが、旦那さまは今、思い当たる方の顔を頭に浮かべているような気がします。


 視線を外すように伏せられる、水色の瞳。

 建物の影が夕日を遮り、昏くなる車内で、その瞳は冷たく光っているように、見えました。


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