12.スーレイロル領の手仕事

「くそっ!!! 俺のおやつをあの若造に食われてしまうとは」

「感覚を共有しているんですからいいじゃないですか」

「自分で食べたかどうかで満足感が違う!」


 旦那さまの企みは効果てきめんのようです。

 あんまりにもプリプリ怒っているので、シェフに頼んでココアを入れてもらいました。マシュマロましましで。

 ふわとろのマシュマロココアはささくれだった心に効いてくれたみたいです。ちょっと落ち着いてくれました。


「今日はデボラの姿を見ないな」

「妖精祭の準備で忙しいんです。お祭りまでひと月ほどしかありませんもの」


 そうなんです。タイムリミットは近いんです。

 ……くっ。頭痛が。この奔放な王さまを満足させねばなりませんのに。


 なのに今日のおやつのイチゴババロアも満足してくれませんでした。美味しいって言うくせにですよ!

 

 何が好きなんでしょうか?

 前に好きなお菓子を聞いたら甘い物は何でも、って答えるんです。曖昧過ぎます。


「よし、デボラのところに行くぞ」

「冷やかしに行くと怒られますよ?」

「激励しに行くんだって」


 好奇心のままに生きるウィル。きっと退屈だからなおさらお祭りの準備に興味が沸いたのでしょう。


 意気揚々と使用人ホールに行く後をついて行きました。


 デボラさんは数人のメイドと一緒にボビンレースを織っていました。王都に住む大奥さまのお手伝いをして妖精祭で売るレース商品を作っているんです。

 スーレイロル領のレースは繊細で美しい柄なんで女性に大人気なんですよ。特に旦那さま見物で来るご令嬢たちが買ってくれるそうです。


 旦那さまの経済効果、もはや名前を付けるべきなんじゃないでしょうか。


 お屋敷ではスーレイロル家に伝わる柄のレースを使ったハンカチやつけ襟を売って、収入は孤児院に寄付するんです。ノブレス・オブリージュですね。


 スーレイロル領の家では代々レース編みの柄がお嫁さんに受け継がれているそうです。大奥さまは早く図案を教える子に来て欲しいわ~と漏らしているんだとか。


 旦那さま、ファイトですよ。早く大奥さまの不安を解消してあげてくださいね。


「スゲェ。細かいな」

「旦那さま?」


 デボラさんの笑顔が怖いです。他のメイドたちが旦那さまが急に現れたのでびっくりして手を止めてしまったのです。


「邪魔して悪かったね。みんながいつもどのように準備しているか見てみたいんだ」


 旦那さまっぽく話してみるウィル。しかしその笑顔がメイドたちのハートを射抜いてしまったようです。息してないですよね。それに魂抜けている人、いませんか?

 つくづく罪な顔ですね。


「ユーリィ、手伝いなさい」

「は、はい!」


 戦力を削がれてしまったデボラさんから選手交代の指示です。ウィルはナタンさんに回収されてしまいました。


 目の前に広げられた図案にはヴィオニフの森に咲く小花が左右対称に配置されています。

 デボラさんが作っているものは羽ばたく小鳥に幾何学模様が組み合わされています。それだけで物語が描かれていそうな図案です。

 そして固定するピンの量が恐ろしいほど多いです。きっと目玉商品になるでしょうね。


「わーっ! スーレイロル家の文様って絵画みたいで綺麗ですね」


 これを糸で再現していくなんて……職人技ですよ。


 前にデボラさんから教えてもらったのでやり方はわかりますが難易度が違い過ぎます。ちなみに前に作ったのは無難なのデイジーでした。


 難しく見えますが、基本の延長線上にありますもんね、頑張ります!


 クッションの上で糸が巻かれたボビンを交差させていきます。1つ1つ交差させて、ピンで固定する。慣れてるデボラさんやメイドさんたちは雑談を交わしながら織っています。


 もうすぐで迎花の日という、暖かい季節になって咲き始めた花を家族と眺める日についてお話しています。

 私はというと、デボラさん一家が夕食に呼んでくださったのでご馳走になる予定です。なにかお菓子を作っていきたいですねぇ。


 前日の内に作っておいてウィルもしくは旦那さまともこの日をお祝いで来たらいいかもしれません。旦那さまもポネラの生活に憧れているようですし。


「ユーリィは作業が早いわね。今日中に完成しそうよ」


 時々デボラさんが織具合を見てくれました。先輩がびっくりしてボビンを落としそうになりました。


「えっ?! 初心者でしょう?」

「ふふふ……こういう作業系だいすきです。クセになりそう」

「ユ、ユーリィ? なんか憑りつかれたみたいよ? ほどほどにしなさいね」


 先輩にちょっと引かれてしまいました。


 だって……だんだんと図案が糸で再現されていくと嬉しくなっちゃって早く完成を見たくなるんですもの。止められないですよ。


 確かに凝り性なんで一度夢中になると寝食忘れる癖があるんです。でも、お仕事がありますしお屋敷ではご飯の時間が決まっているのでキリの良いところで中断できますからね?


 ただ、寝る前にちょっと作業しちゃいましょう。


 カンテラに光を灯して作業していると妖精さんたちが集まってきました。


『ユーリィ! 社畜ダメ絶対』

『寝なさ~い』


 どうやら小さなお母さんたちに見つかってしまったようです。


「あともうちょっとで完成なんです! お見逃しを!」

『しかたがないなぁ~』

『あと30分ね』


 タイムリミット設定されてしまいました。燃え上がります。時間内に終わらせようじゃありませんか。


 妖精さんたちのお話を耳にしながらボビンを交差していく。糸の合間から生まれてくる、宝石のように美しいレース。

 自分の手で生み出せた達成感に胸がいっぱいになります。


 最後に糸始末をして、完成です。


「見てください! 完成しました!」

『すご~い!』

『ユーリィてんさ~い』


 ヨイショが上手な妖精さんたち。褒めてくれてありがとうございます。今日はもう遅いので、明日の朝メレンゲのお菓子をあげちゃいますね。


「デボラが言ってたが、本当に今日完成させたのか。良くできてるじゃん」

「ウィル?!」


 突然現れるなんて心臓に悪いですよ。扉を開けずに入ってきたので、魔法を使ったんですね。

 

 そう言えば、魔法を応用してレースを作ることもできるそうですが、スーレイロル領の人たちは敢えて手仕事をしていくんだそうです。

 自分の手で織ると糸の状態が分かるから調整して柄の出かたを綺麗に見せられるんですって。


 デボラさんから教えてもらったこの手仕事を、いつか私も子どもに教えられるといいな、なんて思っちゃいます。


「先祖さまから受け継がれてゆく――ステキですね」


 スーレイロル家やデボラさん家の図案を組み合わせてオリジナルを作り出してもいいかもしれませんね。それを子どもに教えて……まずは結婚相手を探さないといけませんがねぇ。


 私もこの世界では結婚適齢期です。周りの歳が近いメイドたちの中でも結婚している人がちらほらいますね。

 焦ってないと言えば噓になりますが……とりあえず旦那さまが身体を返してもらってから考えましょう。


「なぁ、ユーリィ。年をとっても俺たちのことを忘れないでくれ」

「忘れないですよ。だって、私はこの先もずっとポネラで一緒に生きていくんですから、毎日ウィルや妖精さんたちと会うんですよ?」


 もう、ここは私の故郷なんです。第一の故郷とか第二の故郷とかがあったかはわかりません。ここでの生活が今の私を作ってくれているのですから、私にとっては唯一無二の場所なんです。


 美しい街並みに、豊かな自然に、幻想的な隣人妖精さんたち。ここの人たちと一緒に巡る季節を迎えて、何気ない日々を愛おしく思って生きていきたい。


「そうかそうか、じゃあしばらくは退屈しないで済みそうだな」


 ウィルの手が髪をぐしゃぐしゃと撫でまわしてきます。髪が邪魔をして表情が見えませんが、なんだか嬉しそうです。


「さ、こんな夜遅くまで起きてる悪い子はもう寝ろ」


 顔にかかった髪を避けていると、目を覆われました。温かくて大きな手に。


 ウィル?

 何をしているんですか?


 なんだか眠くなってきました。身体がふわふわと浮いている感じがします。

 あ、あれ? 

 足ついてないですよね?


 さっきまで立っていたはずなのに、なぜか横になっているような体勢になってますもの。


「おやすみ」


 ウィルの声を聞いた後の事は、何も覚えてません。

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