11.旦那さまの意趣返し

 使用人の朝食が終わると旦那さまの執務室に呼び出されました。


 前までは呼び出されると大注目でしたが、デボラさんとナタンさんのサポートをしていると説明している内にあまり注目されなくなりました。

 まあ、無魔力のユーリィはサポート役だもんね~、とメイドのお姉さま方から言われるといたたまれないのですが、平和ならそれでいいです。


 執務室に行くとデボラさんやナタンさんはいませんでした。今までは必ずどちらかがいましたのに。忙しいのかもしれません。


 ちなみに今日は旦那さまの日です。

 ウィルは昨日のお出かけではしゃぎ過ぎちゃって疲れて寝ているんだそう(旦那さま談)。


 まるで子どもですね。 


 旦那さまが戻られてほっとする一方であの明るいウィルとお話しできないのは寂しいなぁなんて思ってしまいます。

 そんなこと考えてしまってはダメですよね。だって旦那様が身体を返していただかないと領地の維持も伯爵家の存続も魔導士団の小隊の統率も危ぶまれるのですから。


 ウィルが身体を乗っ取ったりしないで遊びに来てくださったら万事解決するんですけどねぇ。

 どうして暇つぶしで悪戯なんてしちゃうんでしょうか。やっぱり妖精さんは悪戯してなんぼなんですかねぇ。


 性格が正反対のお2人だけどここ数日のやりとりを見ていると仲良しに見えますのでこんなことをしないで一緒にお茶でもしたらいいですのに。


「ウィル、昨日はお疲れさまでした。ゆっくり休んでくださいね」

「いびきをかいて寝ているから話しかけなくても良いよ」


 そう言うと、旦那さまの右手が急に動き出しました。あっという間に、旦那さまは椅子から落ちそうになってしまいました。


 ウィルはどうやら起きて話を聞いているようです。


「……っ」


 旦那さまは声を出すのを堪えて顔を顰めています。痛そうです。旦那さまもそうですが、どうしてわざわざ負傷している方の腕を動かすんでしょう。痛いに決まってるじゃないですか。


「腕を診てもらうようナタンさんを呼んできますね」

「いや、これくらいは大丈夫だ」


 旦那さまは読んでいた書類をトンと叩いて端を揃えると、こちらを真っすぐ見ました。

 今日はシャツの上からチョコレートブラウンの上着を肩に掛けられています。これまでにお顔を合わせた時より柔らかな雰囲気です。


 おっと。ウィルと一緒にいる時間が多くて忘れていましたが私、一応は旦那さまのアレルゲン物質の1つですしなるべく離れた方がよろしいですよね?

 ちょっと下がっておきましょう。数歩ほど。


「急に下がってどうしたんだ?」

「旦那さまに拒絶反応が出ないように適切な距離をとってました」

「……」

 

 あれ?

 なんでそんな渋い顔されるんですか?

 

 もしも拒絶反応が出たらせっかく身体を取り戻した日ですのに何もできなくなっちゃいますよ。


「……昨日は楽しかったか?」

「はいっ! 綿羊の放牧環境のお話や薬草の空中栽培のお話を夢中になって聞いちゃいました」

「そのようなことに興味があるのか?」

「私、前世の仕事で生産地を見に行くことがよくあったんです。それを思い出して懐かしくなったんです。大変だけど大好きな仕事だったんで」


 デザインする上で大切なのは市場調査と生産工程の把握。

 素材や製法を知っておかないと工場がぼったくったコストを提示してきますもの。知ることが武器になるんです。


 あとは単純に社会見学みたいで楽しいな~なんて思っちゃってたんですけどね。


「ここでの生活はどうだ? できることなら前世で過ごした世界に帰りたいか?」

「旦那さまのおかげで楽しく充実した過ごしております。前世に戻ることができてもこちらに居たいです。私をここで雇ってくださって、本当にありがとうございます」


 前世の私は忙しさに呑まれて自分の生活をおろそかにしていました。流されるように毎日をやり過ごしているような気がしていたんです。

 だんだんと家族や友だちと連絡を取ることも無くなってきて、機械的に起きて一日が始まり、仕事のことを考えたまま電池が切れるように一日が終わっていました。


 惰性のように生活してたんです。

 仕事のついでに生きていたような。


「ここではデボラさんが季節に合わせた風習や文化を教えてくださって、一日一日を確かに踏みしめて生きている感覚がするんです」

「そうか、ポネラの生活を好んでくれてよかった。確かに私も、ここの領民たちのように自然と共に生活できたらと思うことがある」


 ポネラの人は特に風習を大切にしているようです。自然の恵みと妖精さんたちの存在を身近に感じる土地ですもんね。


 王都では任務に駆り出される旦那さま。遠征となれば泊りがけにもなりますし、もしかしたら私以上に社畜かもしれませんね。


 もしかして、ここでの風習を一緒にできたら少しは気分転換になるでしょうか?

 ウィルがしてくれたように、私も旦那さまのために何かできるかもしれません。


「旦那さまもやってみませんか?! 私と一緒に丁寧な生活してみましょう?」


 花の陽にはまだまだこの季節を祝う風習があるのです。デボラさんに教えてもらいながら旦那さまに楽しんでもらうことはできませんかね?

 次はいつウィルから身体を返してもらえるかわかりませんが。


「それも良いかもしれないね。そのためにはまずは身体を返してもらわないといけないかな。引き続き、妖精王の相手を頼むよ」

「かしこまりました! 記憶を思い出すよう頑張ります!」

「無理に思い出さなくていい」

「えっ?! でもそうしないと旦那さまは身体を返してもらえませんよ?」

「あいつの気に入る菓子を作ったらいい」


 確かに記憶を思い出すのは難しいですけど。そのように配慮していただくとなんだか申し訳なくなります。旦那さまとしては一刻も早く身体を返して欲しいでしょうに。


 そういえば、今日作ったフォンダンショコラはどうしましょうか。

 旦那さまは甘い物はあまり食べないそうですし、前回お戻りになった時も食べませんでした。

 生産者が責任をもっていただきましょうか。


「ふふっ、ウィルは今日のフォンダンショコラはお預けですね。食べた感想をお伝えしましょう」

「私がいただくよ」


 何気なく言っただけですのに旦那さま、もしかして気遣ってくださったのでしょうか。


「そんな……甘い物が苦手ですのにご無理なさらないでください」

「あまり食べないだけで苦手ではない。――それに、食い意地が張った王には良い意趣返しになる」


 なんとも地味な意趣返し。そして旦那さまの右腕が疼いてますよ。食い意地を張ったウィルが抗議しています。


 旦那さまって意外と……いい性格していらっしゃいますね。意地悪な微笑みです。表情のせいか、意外にもあどけなく見えちゃいます。



 ◇



 遂に到来おやつ時間。初めて旦那さまにお出しするのでドキドキします。


 旦那さまは上品に食べています。自分が作ったお菓子なのに高級店のお菓子に見えてきました。高見えさせちゃうなんてさすがは貴族ですね。


 それにしても、同じ容姿でも食べ方で違うだけで別人に見えますね。実際に中身は違う人ですけど。


「うん、おいしいよ」

「ありがとうございます! デボラ先生のご指導あって上手くできました」


 ほぼほぼデボラさんのおかげですが、褒めてもらえると嬉しいです。それに旦那さまは残さず食べてくれました。


 デボラさんに教えていただいていた時のことを話すと、紅茶を飲みながら聞いてくれました。ふと気づくと柔らかい表情をしていたのでびっくりしました。王都から戻られた日のあの凍るような瞳の持ち主とは思えないほど優しい表情なんです……甘い物の力でしょうか。


 今なら、聞けるでしょうか?

 旦那さまが私を王都で拾ってくださった時のことを。


「あ、あの、旦那さま。王都で私に合った時のことを教えていただけませんか?」


 旦那さまは持っていたティーカップをソーサーに戻しました。カチャリと陶器がぶつかる音が、異様に大きく聞こえました。


「ユーリィは……王都の大通りで花を売っていた。私が追われていたところを助けてくれたんだ」

「私が旦那さまを狙う刺客から助けたんですか?!」

「いや、令嬢たちから匿ってくれたんだ」

「あ、令嬢でしたか」


 もしかして私、実はスーパー強いんでは?! なんて思ってしまいました。そんなわけないですよね。魔法が使えたら強いのかな、なんて期待しちゃってました。

 なるほど、旦那さまを狙う不届き者は令嬢でしたか。

 

「お礼をしたいと言ったら、仕事が欲しいと言っていたからデボラとナタンに相談してここに呼んだんだ」


 そのことはデボラさんから聞いたことがあります。身寄りも知り合いもいなかったし王都に未練はないから地方に行くのでも大丈夫と言っていたんですよね。

 確かに今の私でも、職無し状態で旦那さまに何でもやると言われてたら仕事をねだりそうです。


「どうしてそのお願いを聞いて私を拾ってくださったんですか?」

「……私と似ていると思ったからだ」


 全然似てないと思いますけど?!

 魔法も勉強もできる秀才で貴族でイケメンの旦那さまですよ。私には無いものをたくさん持っていますのに。


「なぜそう思われたんですか?」

「秘密」


 旦那さまって意外と……意地悪ですね。

 そう言いたかったんですが、寂しそうに微笑まれると何も言えなかったです。



 

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