3.深海マンション
海に沈んだ街のマンションは水族館のガラスのような分厚い窓と壁に囲まれてできていた。扉は二重構造で、間の部屋で水を抜く仕組みになっている。人々は一人一着の潜水服を持ち、宇宙空間への出入りと同じように間の部屋で脱ぎ着した。
13階建てマンションの3階に住むハヤトは、ベットの上でぼんやりと外を眺めていた。ガラスの窓の外は青色と黒色を混ぜたような海で満たされていて、うようよと魚達が溢れている。魚達はその数と種類をどんどんと増やし、人類の人口は最も多かった時の10分の1以下になってしまっていた。
このまま衰退を続け、いずれ人類は滅びるだろう。
両親が死んでしまった時からこの部屋はハヤト一人のものになっていた。本棚に並ぶいくつかの本からレキシの本を取る。ほとんどの紙類や本は海によってさらわれてしまった。わずかに残った本は昔の人類のことは教えてくれたが、なぜ世界が海に覆われたかについてを知るには一切の役に立たなかった。
昔人類が繁栄していた頃、戦争が頻発していたらしい。”国”同士が争い、また同盟を組んだりして領土を広げようとするのだそうだ。
きっと後には海にすべて覆われると知っていれば、こんなくだらないことしなかったんじゃないかと思う。
(本当に起こったのかもわからないのだけど。)
ハヤトはよく人類の過去を夢想した。そこには地面!緑!それから自由に駆け回るヒトがいつもいた。人々は本を読む、そして話し合う、電車に乗る、道路には車とバイクが走る。それから飛行機?あまりに大きいからあれは兵器だったのかもしれない。
部屋の外、海に出ると人間の残した残骸があちらこちらにあった。ビル、タワー、ショッピングモールその他諸々。すべては海面より随分と低い位置にあったけど。
部屋の本棚には歴史書の他に小説が5冊と手書きで書かれた潜水方法・酸素ボンベの扱い方、それから図鑑が1冊。図鑑は大昔の生物というタイトルで、カンブリア紀(そういう時代があったらしい)から恐竜などが生きた時代の生物が色々と載っていた。
大昔の海洋生物はヘンテコで面白いが、海の生き物には飽々しているので、陸に上陸してからの絵がお気に入りだ。これらが本当にいたのか。本当に人類は昔繁栄していたのか。わかりようもない。ここには海と魚とシェルターと、多くの埋もれた建造物だけがある。
5冊の小説は何度も読まれたせいで、紙が端からボロボロと形を失いつつあり、紙面は薄茶色になっていた。そのうちハヤトが一番好きなのは世界五分前説というものをもとにしたSF小説で、世界五分前説とは言葉のまま、五分前に世界が始まったとする説だ。
小説の中で少年は5分を繰り返す、だがそれは少しずつ変化し、最終的に自分たちが人間の実験道具にされていることを知る。しかし気づいたことさえも実験の経過。という話だ。
もしこの世界が5分前に始まっていたら?両親との記憶も、小説の内容も、今組み込まれたものだとしたら。ハヤトは目を閉じた。しばらくして目を開けると、相変わらず窓の外には海が詰まっていた。
すう。と空気を吸うと、体内が満たされた感覚。5分前にできた世界でも、ハヤトには関係がなかった。
悠々と魚達は泳ぐ。
「こっちを見るなよ。」
声は響くこともなく消えていった。
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