6.初恋
高校生の時、私は電車で高校まで通っていた。いつも階段から2、3個目の乗車口から乗り、1時間ほど揺られる。それが私の日常。
ある日いつもの通り電車に乗り込むと、座席に一人の少女が座っていた。その車両の一番右から二番目で、入ったドアの反対側の座席に彼女はいた。すっかりと馴染んでいて、例えば絵の中みたいに、小説の人物みたいに、そこにいた。ここは私の場所、というように真ん中に座り、鞄を自分の左隣に置いていた。
ドアから入った瞬間、出てきた料理を吟味する王女のようにちらりとこちらを見る。目が合う。一瞬だった。一瞬だったのは私がすぐに背を向けたからだった。
思い出すたびに精錬され、改変され、今はもう元の形がわからない。それが私の初恋。
また、私に美意識というものが芽生え始めたのは、思えばこの頃だった。それまでは、化粧、ムダ毛の処理も日焼け止めさえつけていなくて、夏になると驚くほど真っ黒に焼けていた。それを気にしていなかったし、人からどう見られようともよかった。
だからこの変化は凄まじかった。あのサラサラと揺れる髪と筋の通った鼻。悩ましげな目。キリとした眉。全てが心に殴りかかってきた。でも別にあの子になりたいわけじゃなくて、あの子に見られた時に、目に映った時に、少しでも鮮やかでありたかった。欲を言えば少しでも記憶に残りたかった。もう会うことはないけれど、思い出すたびにあの子は私を見ていた。
内部を抉るりだすように。見ていた。
時によって思い出は変わった。彼女は席を立っていたり、つり革を掴んでいたり、私服だったりした。変わらないのは電車と彼女の見た目だけで、成長とともに私の姿も変わっていった。今や電車に乗り込む私の姿はスーツを着てビジネスバッグを持っている。
現実にいたあの子もきっとすでに制服などは脱ぎ捨てて、新品の(もしかしたらもう何年かたっているかもしれない)スーツを着こなしているかもしれないし、あの強い意志の持った目も捨て去ったいる可能性だってある。
でも今でも変わらない目をした私の中のあの子は笑ったり泣いたりする。たまに思い出すたび、懐かしさに心づけられる。
キッチンに立った私はオレンジを手に取ると皮を丁寧に剥き、白く丸い、縁が銀色のお皿に盛り付ける。試しに一房口に放り込む。つぶつぶを噛み潰すたびに果汁が弾けて舌を柔く刺激する。目を閉じるとより鮮明に味が広がってゆく。甘酸っぱい。
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