第60話 復活の狼煙
どう応えて良いのか分からなかった。目の前の少年がまさか、彼の事を知っていたなんて。偶然にも程がある。自分はどうやら、あの子とは不思議な縁で結ばれているらしい。そう裏付けるだけの証拠は何も無かったが、今の状況から察する限りでは、真面目な顔でそれをどうしても考えてしまった。彼とはたぶん……いや、
アムアは真剣な顔で、その奇跡をじっと考え続けた。だが、それもずっと考えていられない。「敵対の意思が無くなった」とは言え、その敵達はまだ目の前にいるからだ。目の前の魔物達は穏やかな顔で、負傷者らしい一人の少女を守っている。一応の警戒心は解いていたものの、警戒心のすべてを解いていたわけではなく、こちらの様子をチラチラと見ては、真面目な顔で人間達の動きを窺っていた。「今の瞬間を狙うなら、こっちにもそれなりの考えがある」と、そう雰囲気で訴えていたのである。
アムアはその雰囲気に震えながらも、表面上ではいつもの調子を装っていた。
「ま、まあ、とにかく! 今は、これからの事を考えよう」
彼の仲間達は、その言葉に頷いた。自分達の頭目が居なくなった今、それが一番に考えなければならない事だったからである。「どんなに酷い頭目だった」と言っても、あの人は自分達を
「だったら」
そう言ったのは何と、敵である筈のフィルドだった。フィルドは彼等の迷いを察したのか、その前に少し歩み寄ると、穏やかな顔で冒険者達の顔を見渡した。
「そんなモノ、決めなければ良いじゃねぇか?」
「え?」と驚いたのは、彼の前に立っていたアムアである。「決めなければ良い?」
アムアは真面目な、でも何処か間抜けな顔で、相手の顔を見返した。彼は一体、何を言っているのだろう?
「自分達の頭目を?」
「そうだ。組織の頭目を決めず、自分達の旅を続ける。お前らが苦しんでいた理由は、その頭目が傲慢だったからだろう? お前らに自分の主義を押し付けてさ。仲間の意思を無視して」
「そ、そうだ。俺達は、それで」
「だったら! そんなモノは、決めない方が良い。頭目と同じ
「う、うん。でも、そうなったら」
「纏め役が居なくなる?」
「ああ。
「ならさ」
「ん?」
「みんなで話し合えば、良いんじゃねぇ?」
アムアは、その言葉に目を見開いた。その言葉があまりに驚きだったからである。
「話し合えば?」
「そう! 誰か一人の意見に従うんじゃなくてさ、みんなで自分達の事を決めれば良い。『これから何処に行こうか?』とかさ。それが仲間ってモンだろう?」
アムアは、その言葉に押し黙った。確かにその通りである。たった一人の人間が傲慢だった所為で、自分達はこんなにも苦しめられたのだ。「名誉」と「自尊心」と「損得」に酔っていた頭目の所為で。それを繰り返すのは、文字通りの愚かだろう。自分達がそれと同じ事をするのは……。
「俺は、あの人とは違う。俺達は俺達の力で、俺達の組織を作るんだ!」
フィルドは、その言葉に微笑んだ。相手は自分の敵だったが、その言葉がどうやら嬉しかったらしい。彼に「そうか」と言った声からも、その感情が窺えた。彼は自分の仲間達に目配せすると、嬉しそうな顔で仲間達の足を促した。
「行くか?」
仲間達は、その言葉に頷いた。目の前の脅威が無くなった今、それを拒む理由も無かったからである。彼等は三人の真ん中にスキャラを置いて、彼等の前からそっと歩き出した。だが、そこから三歩程歩いた時だろうか? 遠くのアムアに「待て」と呼び止められてしまった。彼等はその声に驚いたが、それに振り返ったのはフィルドだけだった。
フィルドは訝しげな顔で、彼の顔をじっと見返した。
「何だ?」
「お前の名前は?」
何だ、そんな事か。そう思ったらしいフィルドだったが、その顔は何処か嬉しそうだった。フィルドは仲間達の顔を見渡すと、楽しげな様子で青年の顔に視線を戻した。
「フィルドだ。それから真ん中に居るのがスキャラで、一番後ろを歩いているのがエリシュ。お前の名前は?」
「俺は、アムアだ。A級冒険者のアムア」
「A級か。なるほど! だから、それなりに強かったわけか」
それなりの部分には「ムッ」としたが、それでも不快感は覚えなかった。相手の方もたぶん、冗談に近い形で言ったのだろう。「フッ」と笑った顔からは、敵意より厚意のようなモノが感じられた。アムアはその雰囲気に喜びながらも、今度は真剣な顔で敵の少年を見返した。
「フィルド」
「何だ?」
「俺も、『フカザワ・エイスケ』の事を知っている」
今度は、フィルドが驚いた。その話は、あまりに衝撃過ぎる。
「
「ああ。俺も、あの子に借りがあるんだよ。ここでは、少し言い辛い内容だけどね。俺はどうしても、あの子に『それ』を返さなきゃならない。この命に代えても」
「そうか」
フィルドは「ニコッ」と笑って、自分の正面にまた向き直った。
「それじゃ、俺も負けられないね。アイツを仕留めるのは、この俺だからな。それだけは、誰にも譲れない。俺は自分の命に代えても、アイツにだけは絶対勝ちたいんだ」
それは、ワタシも同じ。そう言い掛けたエリシュだったが、二人の空気を察して、それを「うっ」と飲み込んでしまった。エリシュは何も言わないまま、自分達が草原の闇に消えた後も、無言でスキャラの背中を守り続けた。それに溜め息を付いたのは、魔王から彼女の監視役を
「まったく! アイツらは一体、何をやっているニャア。せっかくの好機を無駄にするなんて」
有り得ない! と、彼女は苛立った。
「アタイなら、一人残らず殺しちゃうのに。アイツらは、あまりにも甘過ぎるニャア」
モウワはまた溜め息をついたが、エリシュ達の姿を見失うわけにはいかなかったため、自分の気配をすっかり消しつつも、真面目な顔で魔王様の命令を守り続けた。
エリシュ達は、その追跡に当然ながら気づかなかった。彼等の姿を見送ったアムア達も同じ、その気配にまったく気づけなかった。彼等はそれぞれの目的を持って、一方は仲間の治療を目指し、もう一方は「これからの事」をゆっくりと話し始めた。
アムアは、仲間達の顔を見渡した。仲間達の顔は、何処か活き活きとしている。
「う、うん、まあ。その、これからどうしようか?」
仲間達は、その質問に顔を見合わせた。新しい組織体制になったのは良いが、やはり何処か慣れない所があるらしい。魔法使いのカティも「それ」に迷っているのか、不安な顔でアムアの顔をじっと眺めていた。彼等は自分の顎を摘まんだり、仲間の顔を尚も見合ったりして、これからの事をずっと考え続けた。
「要塞攻め」と呟いたのは、聖竜(人間とは、友好的な怪物。魔王の放った魔物とは違って、太古の昔から人間と暮らしていた)使いの青年である。「戦力の増強が、どうしても必要だが。その見返りも大きい。『俺達の初仕事』としては、『凄く良い仕事だ』と思うけど?」
彼は真面目な顔で、仲間達の顔を見渡した。仲間達の顔は、驚きの色で満ちている。
「どうかな?」
仲間達は、その質問に押し黙った。特にアムアは思う所があるらしく、周りの仲間達よりは明るい表情だったが、一方では誰よりも真剣に考えているようだった。彼等は互いの顔から視線を逸らし合った後も、黙って質問の答えを考え続けた。
アムアは、自分の顎から指を放した。
「俺は、『良い』と思うよ? 要塞攻めは、命懸けだけどね。それだけに遣り甲斐もある。奴等の要塞が一つでも潰せれば、相手の戦力もそれだけ削れるからね。『やって損はない仕事だ」』と思う。みんなは、どうだ?」
周りの仲間達はまた、同胞の質問に押し黙った。彼の考えは悪くなかったが、それには危険がもちろん伴う。人間の軍隊が返り討ちにされる相手だし、その要塞自体にも様々な罠が張り巡らされているからだ。罠の奥には、要塞の支配者も待っている。要塞の支配者は魔王から選ばれた強力な魔物で、それと真っ向から戦うのは文字通りの死を意味していた。
中途半端な戦力で乗り込めば、その死は火を見るよりも明らかである。魔族と敵対する人間達が、特に彼等のような冒険者達が、「依頼」や「請負」と言う形で魔物達と戦って来たのは、魔族との直接対決があまりに危なく、加えて多数の犠牲者が出る事を恐れていたからだ。魔族の力は、彼等が思う以上に恐ろしい。今は辛うじて生きていられるが、明日には攻め滅ぼされるかも知れないのである。「悪魔の力」を授けられた栄介には無縁な話かも知れないが、普通の人間でしかない彼等にとっては無視できない事だった。
冒険者達は「それら」の危険を踏まえた上で、自分達の未来を必死に考え続けた。
「俺は……」と呟いたのは、肉体の興奮が冷めないでいた格闘家である。「『悪くない』と思う。それを俺達の初仕事にするのは」
格闘家は真剣な顔で、アムアの顔を見返した。
「どうせやるなら、大きな仕事が良い。俺達はこれでも、A級冒険者なんだからな。魔族の奴等に脅えてなんかいられない。要塞攻めの方も、いつかは誰かがやらなきゃならないんだ」
それは、尤もな意見だった。「どんなに危険だ」と言っても、いつかは誰かいやらなければならない。「魔族」と言う害獣を攻め滅ぼすためには、勇気ある者が最初の一歩を踏み出さなければならなかった。
「俺達がそれをやれば良いんだよ」
カティは、その言葉に震え上がった。彼女も決して弱くはなかったが、それでもやはり怖いのだろう。不安な顔でアムアの横顔を見つめる視線からは、その不安がはっきりと感じられた。彼女は自分の未来とアムアの未来、そこに現れる最悪の状況を思い浮かべて、右手の杖を何度も握り締めた。
「わたしは」
それを遮ったのは、幻術使いの女性である。彼女はカティと同い年だったが、彼女よりも肝が据わっているようで、最初は周りの仲間と同じように迷っていたが、今ではその迷いも消えて、格闘家の言葉に「あたしも、やるわ」と頷いていた。
「殺らなきゃ、殺られるだけだからね? 同じ殺られるなら、それに抗った方がずっとマシよ」
これが、決定打になったようだ。唯一人の例外を除いて、それ以外の全員が「そうだな」と頷いたからである。こうなっては、例外のカティも頷かざるを得ない。カティは自分の不安に震えながらも、一方では「こんな事に脅えてどうする? こうなる事は、ずっと前から分かっていたではないか? 『冒険者』と言う生業を続けている以上、そう言う可能性も充分に考えられる。今は、その可能性が少しだけ早まっただけだ」と考えて、不安な気持ちをすっかり抑え込んだ。彼女もまた、この瞬間に覚悟を決めたのである。「自分の好きな人に何処までもついて行こう」と言う覚悟を。「うん」
カティは真剣な顔で、アムアの横顔を見つめた。
「アムア」
「ん?」
「わたしも、賛成」
「そっか。なら」
「うん。まずは、味方の数を増やさないとね? この人数じゃ、どう考えても勝てないし。自分から殺されに行くようなモノだから」
「ああ。それは、もちろん。ただ」
「ただ?」
「一つだけ、
アムアは悲しげな顔で、草原の右側に目をやった。草原の右側にはまだ、彼の遺体が横たわっている。
「カティ」
「は、はい!」
「あの人の身体を燃やしてくれないか?」
「え?」
身体を燃やす? と、カティは言った。
「どうして?」
「あの人を
カティは、その言葉に胸を締め付けられた。それを聞いていた周りの仲間達も、同じような思いを抱いたらしい。彼等は青年の慈悲に胸を打たれて、しばらくは何も喋れなかった。「そうか」と呟いた聖竜使いの声も、その沈黙を破る意図はなかったようである。「それは、大事な事だな。俺達のこれからを始めるためにも」
聖竜使いは穏やかな顔で、アムアの目を見つめた。
「これは、
「そうだな」と頷いたのは、彼の近くに立っていた格闘家である。「確かにその通りだよ」
格闘家は「ニコッ」と笑って、彼の肩に手を乗せた。
「古い鎖を破るためには、な?」
周りの仲間達も、その言葉に頷いた。彼等もまた、彼と同じ思いを抱いていたからである。彼等は真っ直ぐな目で、草原の先を見渡した。草原の先はもちろん、まだ夜の色に染まっている。
「夜明けは、まだ遠いか」
「でも、いつかは訪れる。俺達の世界が終わらない限りはね? 太陽の光もまた、その顔を出してくれるんだ。俺達はただ、その光に頭を下げれば良い」
「有りっ丈の感謝を込めて?」
「ああ。そうでなきゃ、人間は本当の屑になっちまうからな。俺達はまだ、その屑になるわけには行かない」
「そうだな」
聖竜使いは夜の闇を見つめ、格闘家も「それ」と同じ物を睨んだ。彼等はアムアに話しかけられるまで、草原の闇をしばらく眺めていた。
アムアはカティに例の事を頼むと、彼女が頭目の身体を焼き終えた所で、身体の灰を集め、袋の中にそれを入れて、周りの仲間達に「手紙だけじゃ淋しいからね。コイツも、一緒に送るんだ」と言いつつ、穏やかな顔で草原の上に腰を下ろした。
「今日はもう、休もう。これまで、ずっと歩きっぱなしだったからな。みんなも正直、疲れているだろう?」
周りの仲間達は、その言葉に目を見開いた。魔物達との戦いですっかり忘れていたが、彼等の疲れは既に限界だったからである。フィルド達の戦いで苦戦を強いられたのも、それが無意識に働いていたからだった。どんなに強い彼等でも、身体の疲れにはやはり耐えられない。適度な休みが、どうしても要る。彼等の頭目は「それ」を無視して、彼等に無休の労働を強いていたのだ。それでは、部下達に恨まれても仕方ない。組織を率いる頭目には、それを気遣う素質が要るのである。彼には、その素質がほとんど備わっていなかった。
仲間達は「ニコッ」と笑って、草原の上に座った。
「そうだな、討伐の仕事も特に無かったし。ここで無駄に疲れるのは、文字通りの危険だ」
格闘家は「ぐうっ」と背伸びして、草原の上に寝そべった。残りの面子も、その動きに従った。彼等は、気持ちの安らぎに思わず笑ってしまった。こんなにホッとできたのは、いつ以来だろう? アムアも、自分の隣にカティを寝そべらせた。アムアは頭の後ろに両手を回し、夜の天蓋をしばらく眺めていたが、「フカザワ・エイスケ」の事をふと思い出すと、真面目な顔でその姿を思い浮かべた。
「あの子は今、何処に居るんだろう?」
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