第34話 それぞれの思惑
栄介達の人間模様については、今はとりあえず置いておこう。人間模様の内容も特に目立った所はないし、栄介を見る周りの目が著しく変わった事以外は、これと言って描く事もないからだ。平和な時が、ただ淡々と流れる毎日。彼らはその裏で何が起こっているのかも知らず、ある時は、町の特産品に舌を満たし、またある時は、サフェリィーの服選び(彼女自身は、かなり遠慮していたが)に興奮を覚えていた。
領主は人伝から、その様子を聞いた。自分が視点の中心……いや、中心程ではないが、重要な位置にはなっていたので、あの時は書き表せなかった思考や心理描写も、今ではより詳しく描ける。彼は……不思議な罪悪感を抱いてしまったが、栄介には「確認器」と話した道具を持って、町の空に「それ」をサッと解き放った。
確認器は彼の意思を感じ取り、国の都に向かって動き出した。町の人々はもちろん、あの栄介やホヌス達にも気づかれずに飛び始めたのである。確認器は驚くべき速さで、多くの山々を越え、いくつもの草原を通り過ぎて、目的地の王都に辿り着いた。王都の中は、華やかだった。都の周りには高い防壁が築かれていたものの、その内部には賑やかな光景、外界の町よりは平和な空気が流れていた。空気の中には様々な声、貴族や商品、商人達の声も混じっている。まるで仮初めの平和を味わうように、楽しげな声が聞こえていた。
確認器は、それらの声を無視した。人の感情を持たない確認器には、それらの声は単なる音でしかない。彼らが何を話し、何を思おうと、それが自分の飛行を妨げて来ない限りは、景色の一部でしかないのである。
確認器は王宮の中に入り、その廊下を通って、奥の王室に辿り着いた。王室の扉は閉じられていたが、そこを守っていた兵士達が確認器から聞こえて来た領主の声に驚くと、その意味をすぐに理解して、目の前の扉を何度か叩き、国王の許しを得た上で、王室の扉をゆっくりと開けた。
扉の向こうには、国王の少女が立っていた。年齢の方はたぶん、栄介と同じくらいだろう。同年代の少女よりは僅かに大人びて見えたが、綺麗に整えられた赤毛や、その髪がまっすぐに伸びている様子からは、国王らしい威厳が感じられた。首元を着飾る首飾りからも、その雰囲気が感じられる。
彼女は生まれながらの王、直系の血を受け継ぐ女王だった。
「通して下さい」
兵士達は、その命令に従った。
「はっ」
畏まりました、と、彼らは言った。
「入られよ」
確認器はその支持に従い、王室の中に入った。王室の中は、豪華絢爛とは真逆の世界だった。部屋の中に置かれている家具類はもちろん、彼女が良く使っている鏡台にすら質素な雰囲気が漂っていた。洋服箪笥の中に入れられている衣服も、また同じ。特別な行事の際に着る服は豪華だったが、それ以外はごく普通、平民の少女が着ていそうな服しか入っておらず、今も(彼女のお気に入りなのか)かなり地味な服を着ていた。
確認器は、彼女の前に近づいた。
「お久しぶりです、女王様」と言ったのは、確認器から聞こえて来た領主の声である。「お体の方は、お変わりありませんか?」
確認器は宙に浮いたまま、彼女の前に留まった。
少女は、目の前の確認器に微笑んだ。
「ええ、お陰様で。今は、とても元気です。最近は、病気にも罹らなくなりましたし。王宮の医者達も、驚いていますよ?」
「そうですか。それは、良かった」
「貴方の方は、どうですか?」
声は、その質問にしばらく黙った。
「『元気いっぱい』とは、行きませんが。それなりにやっていますよ? 裏の経済も上々ですしね。経済の面では、特に困ってはいません。町に来る冒険者達も……全員ではありませんが、あまり変なのも居ませんしね。領主を任された身としては、有り難い限りです。ただ」
「ただ?」
「この話は、内密にして欲しいのですが」
女王は、その言葉に目を見開いた。
「ない、みつ、に?」
「ええ、内密に。これから話す内容は、
「……分かりました」
彼女は王室の周りを見渡して、世話係の女性達に退室を願った。
女性達は、その命に従った。一人、また一人と、部屋の中から出て行く女性達。女性達は彼女に「お話が終わりましたら、お呼び下さい」と言って、部屋の扉をゆっくりと閉めた。
女王は、目の前の確認器に視線を戻した。
「それで、内密の話とは?」
声は、その言葉に調子を落とした。
「天秤が現れました」
「天秤?」
「はい。我々の運命を変えるかも知れない、恐るべき天秤です」
女王は、その言葉に目を細めた。どうやら、「天秤」の部分に興味を引かれたらしい。
「詳しく話してくれますね?」
「もちろんです。そのために王宮まで
声は、数秒程の間を置いた。
「天秤は、一人の少年です」
「少年?」
「はい、イルバ様と同じくらいの。少年はCの冒険者ですが……商業組合の話では、遊撃竜を倒したそうです」
「そんな! 『熟練の冒険者でも苦戦する』と言われた、あの」
「ええ。しかも、それだけではありません。その少年は」
「その少年は?」
「たった一人で、数千ものアーティファクトを倒してしまったのです」
女王は、その話に言葉を失った。ただの少年が、それもCの冒険者が、遊撃竜はもちろん、魔法人形の軍団を倒すなんて有り得ない。彼女は「これ」が何かの冗談、自分の見ている夢か幻に思ってしまった。「その情報は、確かなのですか?」にも、その動揺が窺える。「幻術に掛かった冒険者の見た幻だったとか?」
彼女は不安な顔で、相手の答えを待った。
相手の答えは、「残念ながら現実です」だった。「とても信じ難い事ですが。この連絡器にも、その記録がしっかりと残っている。遊撃竜を倒した時の情報はありませんが、魔法人形を倒した時の光景が明瞭に。彼は大いなる力で、その偉業を成し遂げてしまったのです」
声は、彼女の横側に動いた。
「どうしますか?」
女王は、その答えをしばらく考えた。
「捕まえるのは?」
「恐らくは、無理でしょう。少なくても、力尽くではね。彼にはどうも、不思議な力があるようですし」
「不思議な力?」
「『相手に罪悪感を持たせる』と言ったら、語弊があるかも知れませんが。
そこで声が途切れたのは、自分の言っている事に罪悪感を覚えてしまったからだ。
「申し訳ありません。あの恐怖がまた、襲って来まして。私は、彼の事を『天秤だ』と思いました。彼の気分次第でいくらでも傾く天秤。その上に乗せられているのは、人間と魔族の行く末です」
「彼を味方にした方が、この戦争に勝利する」
「そうです、理屈の上では。彼を人間の側に付かせれば、『我々は間違いなく勝てる』、あるいは勝てなくても、『勝てる確率は上がる』と思います。彼は……現時点では、人間の側に立っていますから。旅の目的も、魔王の討伐であるようですし」
「そうですか。なら、安心です。彼が魔王を倒してくれさえすれば」
「確かに平和も戻って来るでしょう。彼にはたぶん、それだけの力がある。人間の世界を正常に戻す力が。しかし」
声が震えたのは、自分の考えに恐ろしくなったからである。
「それは、『安易な考え』と言うモノ。我々が考える事は、敵もまた考えます。彼は敵にとっても脅威だが、我々にとっても脅威になり得る。正に諸刃の剣なのです。彼の正義……いや、この場合は、『気まぐれ』と言った方が正しいでしょう。彼にはどうも、この状況を楽しんでいる節があります。ここがまるで最上の遊び場でもあるように」
「まさか! 彼もまた、この世界に生まれた人間でしょう?」
「それも何だか怪しい。彼には何処か、異国情緒を感じるのです。まるで余所の世界から来たような」
二人はその考えに震えたが、魔王にはとても面白い話だった。
魔王は本拠地に帰って来たエリシュの球体を受け入れると、彼女に前よりも高性能な身体を与えて、彼女から色々な話を聞いていた。とても14歳とは思えない笑みを浮かべつつ、金色の髪を弄って、彼女の話を「ふうん」と聞いていたのである。
「まあ、何処の世界から来ようと関係ないが。彼は、あたし達の仲間にちょっかいを出している。それは、確かな事実だよ。何も驚く事はない。彼は……今の時点は、明らかに」
「はい、ワタシ達の敵です。変な人ではありますが、その事実は覆せません。ワタシの部下達は、現に全滅させられてしまいましたから。突然現れた彼によって。あれは、文字通りの悲劇です」
魔王は、その言葉に吹き出した。
「感情の無いお前が、まさか」
「なんですか?」
「
魔王は楽しげな顔で、彼女の目を見つめた。
「そいつに影響されたか?」
エリシュは、その言葉に苛立った。苛立ちの理由は分からないが、とにかく恥ずかしくなってしまったからである。
「そんな事は、ありません! これは、ただの」
「なんだ? 単なる照れ隠し?」
「ち、違います! これは」
何だろう? 自分でも良く分からない。ただ、モヤモヤした感情であるのは確かだった。
「と、とにかく! 彼は、危険です。他の人間達とは違って、彼には強力な力があります。アーティファクトの軍団でも敵わないような」
「『だからこそ、そいつ以外の冒険者はもう襲わない』と?」
「魔王様は、不快に思われるかも知れませんが。約束したんです、彼と。『彼以外の冒険者は、襲わない』って。だから」
エリシュは、両手の拳を握った。
「彼は、ワタシが仕留めます。ワタシの存在に賭けても、絶対に」
魔王は、その決意に目を細めた。
「なるほど、分かった。そいつの始末は、お前に任せよう」
エリシュの顔が華やいだ。今の言葉が、相当嬉しかったらしい。
「有り難う御座います!」
彼女は魔王の少女に何度も頭を下げて、部屋の中から「失礼致しました」と出て行った。
魔王は、部屋の天井に目をやった。天井の上には、猫耳の少女が張り付いている。少女は魔王やエリシュと同じくらいだったが、身長が二人よりも高かった事と、そこがエリシュの死角になっていた事で、彼女に気づかれる事なく、地面の上に降り立つ事が出来た。
「今の話は、聞いていたな?」
「もちろん、獲物の匂いも含めてバッチリですニャア」
どうやら、「ニャア」が口癖らしい。
「それで?」
猫耳少女は「フフッ」と笑って、魔王の前に歩み寄った。
「アタイの仕事は?」
「言わずもがな、だ。アイツを手助けしてやれ」
「もちろん、バレないように?」
「もちろん、バレないように。たった一人で、アーティファクトの軍団を倒した少年だ。あたし程ではなにしろ、手強い相手に変わりはない。アイツの軍団も、現に負けている」
「確かに」
「用心する事に超した事はない」と言ったのは、猫耳少女ではない。王室の中で女王と話していた声だった。「我々の未来を考える意味でも。最悪……うっ、彼が両方の敵になる事も有り得ますから」
確認器もとえ、連絡器は、女王の前から少し離れた。
「申し訳御座いません、女王様」
「え?」
「亡き王の親友には、これが限界です」
女王は、その言葉に首を振った。
「そんな事は、ありません。私の方でも、色々とやってみますから」
「分かりました。でも、無理はなさらないで下さい。貴方が亡くなれば、王家の血は途絶えてしまうのですから」
連絡器は彼女の前にまた近づき、彼女が兵士達に部屋の扉を開けさせた所で、王室の中から出て行った。
それから数日後。朝の時間が終わって、昼近くになった頃である。「武具屋の使い」を名乗る青年が、栄介達の泊まっている部屋に訪れて、彼らに鎧が出来上がった旨を伝えた。
「親方に『早く行ってこい』って言われてさ。急いですっ飛ばして来たよ」
青年は額の汗を拭いつつ、上がりっぱなしの息を何とか落ち着かせた。
栄介達は、使いの青年に頭を下げた。
「有り難う御座いました」
三人は使いの青年を先頭にして、町の武具屋に行った。武具屋の中では、店主が彼らの到着を待っていた。「『出来上がった』と伺ったので」
店主は、鎧の前まで三人を連れて行った。
「流行りの女物を見本にしてはみたが……正直、自信はない」
そう言う彼だったが、栄介達の反応はまるで正反対だった。彼の造った鎧は、文字通りの一級品。鎧の形容も、下手な女物より趣味が良かった。
サフェリィーは、その鎧にうっとりした。
「綺麗」
「ああ」と肯いたのは、その隣に立っていた栄介である。「本当に綺麗だ」
栄介は「ニコッ」と笑って、彼女の肩に手を置いた。
「着てみなよ?」
「え?」と戸惑ったのは、一瞬。次の瞬間には、「は、はい!」と肯いていた。
サフェリィーは、自分用に造り直された鎧を纏った。
「軽いから、とても動き易いです。まるで普通の服を着ているみたい!」
店主は、その感想に微笑んだ。
「そうかい。そいつは、良かった」
仲間の二人も、その言葉に肯いた。二人は互いの顔をしばらく見合ったが、栄介が腰の剣を弄った所で、その視線を静かに逸らし合った。
栄介は、自分の口元を笑わせた。
「さて。それじゃ、旅の続きをしようか?」
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