第30話 人形と悪魔

 三人称の最も優れた部分は、あらゆる対象に視点を移せる事である。一人称では語り手に視点が定められてしまうが、三人称では「それ」が解かれ、物語の中を縦横無尽に駆けられるのだ。本作が一人称ではなく、三人称を使っている理由も、異世界の広さを存分に活かすためであり、また、一人称では描けない(主人公から見た)相手の視点を描くためでもあった。

 

 相手の視点を描く……例えば、アーティファクトの軍団に視点を移し、それを統べる少女にも、ある程度の思想や行動理由、回想などを描く事で、登場人物の人形化を防ぐ事が出来、また仮に防ぐ事が出来なくても、ある程度は抑える事が出来る。

 

 つまりは、彼らを「物語の一部」として描けるのだ。「単なる主人公の引き立て役」ではなく、「一人のキャラクター」として描けるのである。その意味では、(このエピソードに関しては)彼女は間違いなく主人公、視点の中心となる人物だった。

 

 彼女は軍団の後方、アーティファクトの動きが見渡せる位置に居たが、彼らに命令らしい命令はほとんど与えず、自分の配下達をただ前へ前へと進ませていた。自分の前に立ちはだかる者は、その配下達が勝手に倒してくれる。彼女はただ、その光景を眺めているだけ。彼女が自ら動くのは、自分の命に危険が迫った時か、彼女の思考が「そうした方が良いだろう」と考えた時だけだった。

 

 彼女は周りの配下達を見渡しつつ、無感動な顔で地面の上を歩き続けた。地面の上には様々な草花が生えていたが、彼女がその上を通ると、彼女の着ている服……「近未来風」と言って良いのか? 服の感じはゴシック調に近いが、全体的に無機質な印象を抱かせる服の影響で、(一瞬とは言え)朝日の恩恵が奪われただけではなく、彼女の影が立ち去った後も、自分の身体が踏み潰された痛みに悶え、無言ながらも「痛い! 痛い!」と叫んでいるように見えた。

 

 彼女には、「感情」と言う物が無い。人間の言葉は喋られない植物達だが、彼らの身体を覆った影からは、その思いがひしひしと伝わって来た。植物達は自分の身体が踏まれた後も、黙って地面の上に生え続けた。

 

 彼女は、その抵抗に気づかなかった。自分の使命にしか興味がない……と言うよりは、それ以外が考えられない彼女にとって、足下の草花は単なる物体でしかなく、前進と共に伝わって来る地面の感触も、歩行の結果から生じる物、情報の羅列でしかなかったのである。「自分は今、地面の上を歩いている」と、単なる状況確認を行っているだけなのだ。


「敵の足音は……」


 聞こえない。配下達の足音は聞こえるが、それ以外の音は……。


「音は?」


 彼女は、その違和感に眉を寄せた。違和感の正体は分からないが、何者かの気配は感じられる。自分達の命をじっと狙うような、そんな気配がひしひしと伝わって来たのだ。


 彼女は周りの配下達を見渡して、その全員に「周りを至急警戒、準戦闘態勢に移行」と命じた。


「敵が居るかも知れない」


 配下達は、その命令に従った。「命令に従う」と言う意思以外、彼らには備わってない。腰の鞘から剣を引き抜く動きも、相手に向かって矢を放つ動きも、すべては彼女の命令次第、一応は「自己判断」の機能も備わっているが、それも命令の範囲内でしか行えなかった。


 彼らは前と後ろの役割に応じて、それぞれに敵への反撃態勢をとった。前は弓矢の攻撃隊、後ろは追撃用の剣士隊である。彼らは敵の進行または逃亡を阻み、追撃隊がその生き残りをたたく事で、偶にやられる事はあるが、ほとんどが見事に勝利を収めていた。


 硬い守りと強い攻めを併せ持った彼らならば、そうなるのも必定、「鉄塊の軍隊」と呼ばれるのも当然の事である。あらゆる敵を打ち倒し、その死骸を踏み潰す兵士達。彼らは味方への同情も無かったが、敵への憐憫も当然に無かった。死亡者は(彼らの場合は、「破壊」と言った方が正しい)は、戦場の常である。軍団の欠員は、その分だけ本拠地から補えば良い。


 彼らの本拠地には、その製造設備はしっかりと整っている。壊れた物は「直す」のではなく、補うモノ。少女のような存在は別だが、無名のアーティファクト達には、数え切れぬ程の予備が居るのだ。彼らは本能から、その事を分かっている。倒された仲間を決して助けないのは、「壊されても、換えが利く」と言う思考が無意識に働いているからだ。


 彼らは自分の役割を守って、地面の上を歩き続けたが……司令官の予感が当たったのか? 最初は小さい黒点にしか見えなかったそれが、少年の形に姿を変えると、アーティファクトの全員が驚き、その司令官も目を見開いて、少年が両手に持った槍、三叉槍がくるくると回る様を何も言わずに眺め始めた。


 彼らは、少年の事をしばらく眺め続けた。


 少女は、彼の正体に思考を働かせた。……だが。彼の正体はそれでも、分からない。年齢は14歳くらいに見えるが、自信満々に「フッ」と笑う顔は、「己の自信を表す」と言うよりも、「少女の思考に喧嘩を売っている」と言う感じだった。


 れるものならってみろ。


 


 少年は言葉にこそ出さなかったが、三叉槍を巧みに操る事によって、その意思をしっかりと伝えていた。

 

 少女は、その意思に目を細めた。彼は……どうやら、敵らしい。自分達に向けられた彼の槍は、その意思を明瞭に伝えていた。

 

 彼女は、その光景に戦いた。今までは感じた事のないそれが、その思想を越えて、一気に襲いかかって来たからである。

 

 彼をこのままにして置くわけには行かない。

 

 彼は遅かれ速かれ、自分達に危害を、いずれは驚異となる(かも知れない)存在になる。具体的な根拠は何も無かったが、彼から発せられる殺気には、そう考えさせる雰囲気、彼女に彼との戦闘記録を取ろうとさせる、不気味な雰囲気が漂っていた。


「彼は、処理の対象。迅速な殺害が最善策」


 彼女は、前方の弓矢隊に攻撃を命じた。まずは、様子見。自分の判断が正しいかどうかを確かめる、威嚇である。次々と放たれる弓矢隊の矢。それらは通常の何倍も速い勢いで、標的の相手に向かって行ったが、相手は余裕綽々、矢の雨が自分に降り注がれる瞬間も、それにおびえるどころか、「ニヤリ」と笑って、自分の三叉槍を巧みに操り、矢の雨粒をすべて振り払ってしまった。


 アーティファクト達は、その光景に固まった。感情の無い彼らだが、今の光景は流石に驚いたらしい。彼らに先手を打たれた相手は、まずただでは済まされなかった。


 彼らは少女の方を振り向き、無感動な顔で次の指示を仰いだ。次の指示も、やはり攻撃だった。彼女が(何故か)「逃げられない」と考えた以上、その指示には決して逆らえない。目の前の敵をひたすらに攻め続けるだけだ。自分達の攻撃が再び防がれても、怯まずにただ攻撃し続けるだけである。

 

 彼らは弓矢の係は弓矢を、剣の係はそれ続いて剣を振ったが、矢は蠅のように落とされ、剣は棒切れのように折られてしまった。


「グゴゴゴゴ」


 言葉にならない言葉、言語にならない言語。彼らには金属音以外の意思伝達術が無かったが、それでも確かな動揺が感じられた。人間の動揺よりは遙かに鈍かったものの、身体の表面が何度も震える程度には、動揺を感じたのである。


 彼らは「それ」を何とか抑えて、彼の隙を突こうとした。


 だが……「グォ?」


 そんな物は、当然にあるわけがない。最強状態の彼が、アーティファクト如きの攻撃に当たるわけ……いや、「当たる」などと言う概念すら無いだろう。彼には(視点の位置を少し戻してみれば)、あらゆる動きがスローモーションに見えていたのだから。躱せない方が、おかしい。返り討ちに出来る方が、普通だった。


 彼は両手で持った三叉槍を操り、目の前の人形を一体、また一体を倒して行った。


 人形達は、その動きに震え上がった。視点の主導権が戻って来ても尚、今の状況は変わらない。それどころか、ますます悪くなった。自分達の攻撃が躱されるだけならまだしも、彼の反撃を食らって、同胞の身体が抵抗も虚しく粉々にされる光景は、見ていて気分が悪い。もっと言えば、最悪の光景だった。自分達は今まで、ほとんど負けた事がないのに。


 彼らは根幹的な恐怖に震えながらも、「それ」を恐怖として感じられず、目の前の敵に挑んでは、その返り討ちに遭って、無残にも散って行った。


 少女は、その光景に苛々した。感情の無い彼女でも、これはやはり面白くない。普段ならほぼ思い通りになる流れが、一切その通りにならないのは、思考の面から言っても、また、判断力の面から言っても、不快要素である事には変わりなかった。「彼は自分の思考を遙かに超える存在、その常識を意図も簡単に打ち破る少年である」と、(無意識ではあるが)そう感じてしまったのだ。彼には、自分達の常識は通じない。自分達が「絶対に勝てる」と考える武器は、彼には文字通りの無力なのだ。


「チッ」


 生まれて初めての舌打ち。今までの彼女では、考えられない行動だった。同胞の死ですら、無関心な事だったのに。今は、思考のすべてを占めている。「配下達の死が、こんなにも悲しい事なのか?」と、そして……ここからはもう、感情論だ。今までのような思考論ではない。思考論は死の概念を客観的に語るが、感情論は「それ」を主観的に語るのだ。


 命の破滅は本来、悲哀に満ちたモノである。だからこそ、人間は(正常なら)その命を大事にするのだ。大事な命を次に繋げるのだ。自分一人では、永遠の命を保てないからこそ。他人の力を使って、自分の生きた証を残そうとするのである。そこに性の快楽や、生の苦痛があったとしても。人間をはじめとする生物達は(単体で増える生物は別だが)命の通路を造って、そこに自分の遺伝子を走らせるのである。


 だが、彼らには「それ」が無い。命の概念が無い彼らには、命の哀愁が備わっていないのだ。命の哀愁が備わっていなければ、当然に悲しみも無い。仲間の死を悼む心も無い。人間が愚かながらも歴史を紡いで来られたのは、愚かの中にも慈悲があり、慈悲の中にも悪があったからである。どちらか一方に偏っていたわけではない。明と暗の調和があったからこそ、自分達の社会を作って来られたのだ。


 少女には、その歴史が無い。彼女は生まれながらに彼女であり、また、彼女以外の何者でもなかった。造られた存在は所詮、造られた存在。それ以上の存在になろうとすれば、当然に苛々するし、何処かしらで無理も掛かる。普通の小学生に難しい論文を読ませるのと一緒だ。彼女は今、その論文に戸惑っている。


「う、うううっ」


 唸り声を上げたのも、これが初めての事である。


 彼女は腰の鞘から剣を抜いて、彼といつでも戦えるようにした。


 アーティファクト達は彼女の行動に驚いたが、態度の方では「それ」を決して見せなかった。彼女がどんな行動を取ろうと、自分達の役目が変わるわけではない。目の前の敵にただ挑み続けるだけだ。彼らは同胞の死を無視して、目の前の少年に何度も挑み続けた。


 少年は、それらの攻撃を難なく跳ね返した。矢が飛んで来れば弓を弾き飛ばし、剣が降り掛かって来れば剣を打ち返し、人形が体当たりして来ればサッと躱して見せる、そんな事を繰り返しては、アクション映画も真っ青な動きで、アーティファクトの軍団をあっさりと倒してしまった。


「さて」の言葉は、少女に向けられた言葉である。「残っているのは、君だけだ」


 少年は自分の三叉槍をぶんぶんと振り回し、「ニヤリ」と笑って、彼女にその槍先を向けた。


 少女は、その槍先に戦いた。思考は、最早皆無。残っているのは、彼に対する恐怖心だけだ。


「くっ」


 二人は、互いの動きを探り合った。相手がどんな風に動くのか? その見極めが、勝敗を分ける鍵だったからである。この鍵は、絶対に見極めなければならない。


 二人は相手との間合いを取りながら、少女は自分の左側に、少年も自分の左側に少しずつ動いていたが、少年が彼女に挑み掛かった瞬間、少女も「それ」に迎え撃って、今の場所からサッと走り出した。

 

 少女は、目の前の少年に剣を振り下ろした。

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