第27話 迫り来る軍団
魔法人形の当て字としては、違和感はあまりかったが、それでも何か物足りなかった。アーティファクトは人工物、ファンタジーなら「幻想世界の鉄塊」とも言える物体。物語やゲームでは、「無属性」として扱われ易い便利な代物である。栄介も「パーティーに一つくらいは、持っていたい」と思っていたが、それが敵として現れるのは、ある種の満足こそあったものの、やはり驚かざるを得なかった。
この世界にはどうやら、ドラゴン以外にも魔王の遊撃要員が居るらしい。冒険者の男が喘ぎながら話す言葉は、苦しげな呼吸の所為で途切れ途切れになっていたものの、栄介に新しい情報、「アーティファクト」と言う遊撃要員の概要を教えてくれた。アーティファクトの概要は、端的に言うと動く鉄塊、「服従」の意思を持った操り人形である。彼らの身体は硬い金属で出来ており、通常の物理攻撃(剣で切ったり、盾で殴ったりなど)はほとんど通じないが、魔法の力を使った攻撃や、「火」や「水」と言った金属を弱らせる攻撃なら、特に魔法の類いでなくても、一応の抵抗は出来るらしかった。
「お、俺のパーティーには、『水属性』の術が使える、ごほっ、ごほっ。そいつが奴らの足止め役になってくれたが、生き残ったのは……俺」
「もう喋るな」と言ったのは、彼の肩を支えていた男である。男は彼が馬から降りた瞬間、思わず倒れ掛けた彼の身体を支えた一人だった。「全力で逃げて来たんだろう? 奴らは、命の無い兵士だからな。身体ん中にある動力源を壊さねぇ限り」
冒険者は彼の肩を借りて、町の道路を何とか立ち上がった。
「こ、この領主に、伝え、なけ、れば」
今度は、他の男達が怒鳴った。彼らもまた、冒険者の身体を支えていた人々である。
「馬鹿を言うな。その身体で、領主の所に行けるわけねぇだろう? 今は、身体を休める方が先だ」
彼らは、周りの人々に「誰でも良い。ここに担架を持って来てくれ」と頼んだ。「それに『こいつ』を乗せる」
「分かった」と頷いたのは、壮年の男。彼は周りから「先生」と呼ばれる職業らしく、男達に「自分が戻ってくるまで、地面の上に彼を寝かせて置いてくれ」と頼んでは、数人の男達に助力を頼んで、自分の病院に駆け戻って行った。「彼は見た所、かなり弱っている。ここまで来られたのが、奇跡なくらいだ。アレは早くしないと、手遅れになる」
男達は先生の指示通り、地面の上に彼を寝かせた。
「しっかりしろ。こんな所でくたばるんじゃねぇ」
周りの男達も、「こいつの言う通りだ」と肯いた。「こんな所で死んでも何にもならねぇ。お前さんにはまだ、未来があるんだぞ?」
彼は嘘偽り無く、目の前の冒険者をただ案じていた。
栄介は、その光景に苛々した。人の命は確かに大事かも知れないが、それでも訊かなければならない事はある。敵の規模や大まかな数、侵攻具合や攻めて来る方角など、確かめなければならない事は、山ほどあるのだ。敵の指揮官がどう言う奴で、どれくらいの力があるのかなども、重要な情報である。「自分達が攻められる立場だ」と考えれば、多少の無理があろうとなかろうと、その情報は絶対に訊かなければならない事柄だったが……これもまた、ある種の人情だろう。彼らは合理的な判断を無視して、感情論から冒険者の命を第一に考えてしまった。
栄介は、その事実に眉を潜めた。「愚か」とまでは行かないまでも、その光景に不快感を覚えてしまったからである。
「馬鹿々々しい」
全体の利益よりも個人の命を尊重する……と考えた所で、その考えを「まあいいか」と考え直した。「個人の尊重」と言う点では、彼の悪行もまた変わらない。彼の悪行は言わずもがな、その自由を礎にしているのだから。彼らの行動がどうであれ、「それ」に文句を言う資格は……無いかも知れないが、それでもやはり不快、正直に言って吐き気を催す光景だった。現実の世界でも学校行事や地域イベントなどで奉仕活動をやらされた事があったが、その記憶もあまり良い思い出ではない。ただ、「人の偽善とは、何なのか?」を知るイベントだった。
本当に善を成す人が居るとすれば、その人は誰にも気づかれる事なく、己の善をやり遂げるだろう。「自分の行いが、本物の善」と信じているなら、周りに「それ」を決してひけらかさない筈だ。目の前の彼らとは異なり、周りの誰に知られなくても、冒険者の異変に気づいて、その身体をそっと助ける筈である。「どうしたんだ? 何処か具合でも悪いのか?」と、彼だけに聞こえる声を囁いては、安全な場所まで彼を連れて行く筈だ。
「なのに……」
栄介は両手の拳を握り、邪神の顔に目をやって、彼女に「ホヌス」と話し掛けた。
「僕も、あの人達を追い掛けるよ」
ホヌスは、その言葉に目を見開いた。
「医者の治療を手伝いたいの?」
「違う」の返事が、異様に冷たかった。「敵の情報を聞き出すだけだ」
栄介は「ニヤリ」と笑って、サフェリィーの顔に視線を移した。
「君は、彼女の隣に居て」
「は、はい!」
分かりました、と、サフェリィーは言った。
「い、行ってらっしゃい」
「行って来ます」
栄介は二人の前から駆け出し、(悪魔の力を上手く使いながら)自分の脚力を上げて、先生の居る所まで追い着いた。
先生は彼の脚力に驚いたが、それ以上に「黒髪の、少年? 君が、まさか」と瞬いてしまった。
「どうして?」
「深い意味は、ありません。ただ、こうしたかったからです」
それ以上でも、それ以下でもない。彼らが先生の病院まで行き、そこから担架を持って来て、元の場所に戻れば、担架の上に冒険者を乗せて、先生ともう一人の担ぎ手だけが残り、先生の病院まで彼を運んで行くのだ。残りの者は、その光景を心配げに見ているだけ。冒険者の身体を何とか支えた男達も、後の事は先生に任せる筈である。「病気の事は、医者に任せて置けば良い」と、治癒魔法の存在すら忘れて(魔法使いが居るのなら、回復魔法の使い手も当然に居る筈である)、先生の背中をただ不安げに眺めている筈だ。「自分達に出来る事は、もう何もない」と。
事実、栄介が先生達と連れ立って元の場所に戻って来た時は、その光景に「ホッ」とする者は多かったが、栄介の怖れていた事態にはほとんど気づいていない、あるいは、たとえ気づいていたとしても、「自分の発言に責任は負えない」、または、「負いたくない」と思っているのか、自分と他人との間に然るべき線を引いている者さえ居た。
栄介は、その光景に「ホッ」とした。アレが、本来の人間である。
「怪我人の様子は?」
男達は冒険者の前に先生を来させたが、栄介の質問にもきちんと答えた。
「良くは、なっていない。先生の言った通りに寝かせてはいるが、容態の方は相変わらずだ」
「なるほど」と肯いたのは、周りの男達に「担架の上に彼を乗せてくれ」と言った先生である。「こいつは、相当に不味いかも知れない」
先生は男の一人を選び、彼に向こう側の持ち手を頼んで、冒険者の乗せた担架を持ち上げた。栄介も先生に「僕も一緒について行きます」と言って、二人の後について行った。
栄介は担架の左側を走り、先生の病院にまた着くと、病院の中に入って、そこの廊下を進み、病室の中に入って、担架の上から冒険者を下ろし、空いているベッドの上に冒険者を寝かせた。
先生は、棚の中から必要な医療道具を取り出した。
「彼の鎧が邪魔だ。上だけで良い。すぐに脱がせてくれ」
「分かりました」と肯く男。彼は(見た感じでは)真面目な青年らしく、最低限の事しかしない栄介と違って、先生の指示にも快く従っていた。「すぐに脱がせます」
青年は冒険者に「失礼します」と断ってから、冒険者の鎧を手際良く脱がした。鎧の中は、傷だらけだった。鎧の厚さが防波堤になっていた事で致命傷は免れていたが、ここに運ばれるのがもう少し遅ければ、まず助かっていなかっただろう。彼の治療に取り掛かった先生ですら、「彼は、本当に運が良かった」と漏らしていた。「日頃の行いが、相当に良かったんだろう」
先生は、患者の治療を手早く行った。治療の結果は、良好だった。専門的な知識はわからないが、(栄介の見る限り)先生が適切な治療を行ったお陰で、「全快」には至らないまでも、先生や青年の「大丈夫か?」に「だ、大丈夫です」と返せるまでは良くなった。「そうか。それは、良かった」
先生は棚の中に治療道具を戻し、栄介や青年にも「椅子は好きな物を使って良いから、君達も座りなさい」と言って、彼らがその指示に従うと、自分も愛用の椅子に腰掛けた。
冒険者は寝台の上に寝たまま、真面目な顔で先生の厚意に感謝を述べた。
「先生、本当に有り難うございます」
お二人も、とは、栄介と青年の事である。
「ここまで運んでくれて、本当に有り難う」
運んだのは青年だけだが、ここはそう言う事にして置こう。意識が朦朧としていた冒険者には、事実がどうであれ、そう言う風に映っているらしかった。
青年は(頭では)「それ」を分かっていたが、「彼の思いを否んではならない」と思ったらしく、彼の言葉に「いや」と微笑んだだけで、それに対する反論は述べなかった。「人が怪我したんだ。『それ』を助かるのは、当然の事だろう?」
冒険者は、その言葉に涙を流した。
栄介は、その涙に苛立った。理屈としては解るが、感情としては分からない。人が人を助ける主な理由は、良心が引き起こす葛藤、そこから「逃げ出したい」と思う欲求だ。100%の善意から、人を助けているわけではない。ましてや、「何の見返りも無く、人を助けたい」など。道徳の常識では理解出来るが、性根の部分ではまったく理解出来なかった。
人は、そんなに美しくはない。ここまで冒険者の事を運んだ彼もまた、自分の善意に酔いしれている筈である。自分では気づいていなくても、発せられる言葉の端々や、冒険者に対する態度から「それ」を何となく感じている筈だ。
栄介は(勝手な想像ではあるが)その感覚に苛立ちながらも、「今は、それを隠した方が得策だ」と思って、お得意の作り笑いを浮かべた。この作り笑いを浮かべさえすれば、相手に自分の真意を勘付かれる事はない。善人風を装うのなら、最も有効な手段である。
「僕も、そう思います。あなたは、敵の集団から必死に逃げて来た。自分の生死すらも曖昧な中で、この町に何とか辿り着いたんです。自分の仲間をたとえ」
「……俺は、卑怯、者、だ」
その通りである。だが今は、あえて「違います」と否定した。「あなたはただ、他の人よりも幸運だっただけです。あなた自信の運が強かったお陰で。だから」
栄介は彼の隣に立って、その顔を見下ろした。
「その幸運を生かして下さい。あなただけが唯一、敵の情報を持っているんだから。それを無駄にしちゃいけない。あなたの情報は、多くの人を救います」
「多くの人、を」
それが彼に活力を与えたらしい。彼は未だに痛む身体を何とか起こしつつ、先生の「無理するな」に「大丈夫です」と微笑んで、栄介達に自分の見て来た光景を話した。
「アレは……」
この世の地獄です。そう語られた彼の話は、確かに悲惨な内容だった。自分の仲間と地平線から昇る太陽を眺めた所までは良かったが、そこから謎の軍団が押し寄せて来ると、最初の感動を忘れて、戦闘員は「戦い」を主軸に、非戦闘員はその助力に回ろうとするも、魔法人形の進軍が速かったのか、自分達の距離をあっと言う間に詰まれ、彼の仲間が次々と、挙げ句は足止め役すらも殺されてしまって、馬の上に偶々乗っていた彼も、魔法人形達から放たれた弓矢(通常の弓矢よりも、貫通力があるらしい)の攻撃を受けてしまい、半分は死を覚悟していた一方、前日に偶々聞いていたここの情報を思い出し、全身の痛みを必死に堪えて、この町に何とか辿り着いた。
「奴らは雑魚の部類だそうですが、それでも侮ってはいけません。数が集まれば、恐ろしい事になります。俺達のパーティーを襲った軍団も、数としては数千近く居ました。奴らは魔領域……魔王が治めている土地ですが、そこにある魔力の発生源から力を得ているらしいので、ほぼ無限に動けます。疲れ知らずの軍隊なんです。アイツらはここのような、守りが手薄そうな町を手当たり次第に襲っています。魔王が放った遊撃竜のように。アイツらは……」
「何処から攻めて来るんですか?」
冒険者は、栄介の質問に眉を寄せた。
「指揮官の命令が変わっていなければ……恐らくは、町の東側からです。ここに着くのも、日数では無く、時間の問題でしょう。奴らには、『休息』と言う概念がありません」
「それは、厄介ですね」
「はい。奴らの指揮官も、魔法人形ですから。たとえ、
「危険である事に変わりはない?」
「そうです」
栄介はその言葉に目を細めたが、ある妙案(らしき物)が浮かんだらしく、「ニヤリ」と笑って、青年の顔に視線を移した。
「分かりました。なら、早急に何とかしましょう。僕達は、ここの領主様に」
「ああ、この事を伝える。これは、この町の存亡に関わる事だからな」
二人は青年の案内で、領主の館に向かった。
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