第25話 絶対の忠誠

 尤もな言葉だ。「パーティーの非戦闘員」とは言え、丸腰のままでは流石に不味いだろう。町の外には(たぶん)危ないモンスターがウジャウジャ居るだろうし、その中には遊撃竜のような強いモンスターだって居るかも知れないのだから、「彼女にも武具を与える」と言うのは、至って普通の判断だった。


 彼女に死なれては、色々と困る。


 仲間の欠員は金さえあれば補えるが、彼女自身を補うのはいくら金があっても出来ないのだ。死者を蘇られる力でもない限り、彼女の代りは決して作れないのである。その意味では、栄介が彼女を連れて、例の武具屋に行った理由はもちろん、その主人に「すいませんが」と謝った態度も充分に肯けた。


「貴方に頼んでいたら鎧ですが、その形を変えてはくれませんか?」


「鎧の形を?」


 店主は彼の顔をしばらく見ていたが、その隣に立つ少女を見ると、そこから相手の意図を察したのか、何処か茶化すような顔で「フッ」と笑い出した。


「女を口説きたかったら、もっと洒落た物を送った方が良いぜ?」


 栄介はその言葉に目を細めたが、表情の方はあくまで「ニコニコ」と笑っていた。


「そうですね。だから、とびきりお洒落にして下さい」


 冗談には、冗談で返す。それが礼儀かどうかは分からないが、少なくても(彼らの表情を見る限り)不快な思いは抱かなかったようだ。


「フッ」と笑ったのは、栄介の顔に視線を戻した店主である。「色の方は素材の関係で、どうしても茶色っぽくなるが?」


 店主は、目の前の少年に「それでも良いか?」と微笑んだ。


 栄介は、その微笑みに「構いません」と肯いた。


「茶色は、素敵な色ですからね。彼女の色気が、今以上に引き立ちます」


 サフェリィーは、その言葉に赤くなった。「色気」と言う表現はかなり嫌らしかったが、彼にそう言われると、何故か悪い気はしない。自分の存在が全肯定されたような感覚を覚えたようだ。自分は奴隷ではなく、一人の人間……もっと言えば、魅力的な女性として、彼に見られている。彼の手をそっと握り返し、その頬を火照らせた表情からは、年頃の少女が一度は夢見る感情、所謂初恋の色が浮かんでいた。


 彼女はその感情を抱いたまま、嬉しそうな顔で彼の手を握り続けた。


 栄介は、その感覚に魔的な快感を覚えた。


「完成は、いつですか?」


 店主は、その質問に答えた。


「急いでやってはみるが、それでも一週間は見て欲しい。なんせ、素材が素材だからな。その形も変えるとなると、相当な時間が掛かる」


「そうですか」


 栄介は店主に鎧の追加料金(デザインの変更料として)を払おうとしたが、店主が彼の態度に好感を覚えたらしく、町の人々から聞いた噂も相まって、追加料金の方は結局払わなくても良くなった。


 店主は、目の前の少年に微笑んだ。


「こいつは、俺からの激励だ」


「激励?」


「ああ」


 店主の顔が暗くなったのは、これから話す内容に胸を痛めたからかも知れない。


「お前さんも知っているだろうが、この世界は修羅場だ。世界の東西南北、どの方向を見渡しても。目に入って来るのは、血生臭い現実だけだ。凶暴な怪物達が我が物顔で歩き回り、俺達の平穏を『これでもか』と脅かしている。本当に困ったもんだよ。俺の親父も、アイツらに食い殺された。俺が見ている目の前で、親父の肉やら骨やらを噛み砕いてよ。ニッコリしながら飲み込んだんだ。あの光景は、今でも忘れられない。俺はお袋に手を引かれ、その場から何とか逃げ出す事が出来た」


 ホヌスは、その話に目を細めた。話の内容に同情したわけではないようだが、そこから読み取れる感情に色々と思う所があったのかも知れない。


「悲しい体験、ですね?」


「ああ。だから、一時は冒険者もしていたよ」


「え?」と驚いたのは、サフェリィーの手を放した栄介である。「貴方も、ですか?」


 栄介は店主の顔をまじまじと見ながらも、内心では「人は、見掛けに寄らないな」と驚いていた。


 店主は、その反応に苦笑した。


「親父の仇を取りたい一心でね。お袋も無理が祟ったのか、俺が十三の時に死んじまったし。失う物は、何もねぇ。あるのは、真っ黒な復讐心だけだ。『アイツらの所為で、俺の人生は無茶苦茶になったんだ』ってよ? 怪物退治の事しか考えられなくなっちまった」


 そこまで話した彼も辛そうだったが、その後に訪れた沈黙も重苦しく感じられた。


「俺は必死で、世界の怪物達をぶっ倒して行った。どんなに強い敵が出て来ようと、右手の剣を振り回してよ。有りっ丈の復讐心をぶつけてやったのさ。一つの例外もなく、怪物の命を踏み潰して行く。その体験は、本当に最高だったね。俺は……こいつは皮肉かも知れないが、怪物への復讐に燃えていた時が、一番生きている実感を覚えられた。『俺は、これをやるために生まれて来たんだ』ってね? 『すべての不幸は、その役目を果たすための前振りでしなかった』と。だが……」


「それも、長くは続かなかった?」


「……ああ。復讐心だけやっていられる程、『冒険者』って言うのは甘くない。冒険者の仕事は、命懸けだ。強い奴らをどんなに揃えても、やられる時はあっと言う間にやられちまう。俺の仲間を殺ったのは、お前が倒した遊撃竜だった」


 栄介はその話に驚いたが、相手への反応はやはり落ち着いていた。


「そう、だったんですか」


 それ以上の返事は、ない。相手が自分の過去をまた話し始めた時も、神妙な顔でその話に耳を傾けていた。


「あいつの攻撃は、本当に強くてね。仲間の防具は、ほとんど使い物にならなくなった。唯一抗えた俺達のリーダーも、無理に突っ込んだ所為か、せっかくの突破口を潰されて……くっ、お星様になっちまったよ。俺達は、その光景に震え上がった。人間が一発で吹っ飛ぶ様は、どんな衝撃にも勝る。アレには、精神をやられたよ。話している今でも、胸がムカムカして来やがった。俺達は自分達の敗北が明らかになると、その場から一目散に逃げ出そうとしたが」


「逃げ出せなかった?」


「ああ。相手は、魔王の放った遊撃竜。普通のパーティーじゃ、まず太刀打ち出来ない。俺達はそれなりに強いパーティーではあったが、そいつと殺り合うには戦闘値があまりに足りなかった。俺達は、竜撃竜が仲間の一人に狙いを定めた瞬間」


「その人を犠牲にして、逃げたんですね?」


 店主は、その言葉に俯いた。どうやら、その罪悪感が一気に襲って来たらしい。


「そうせざるを得なかった。自分の命を守るためにも、誰かを犠牲にする他なかったんだ。俺は自分でも驚く程の小狡さを発揮して、残りの仲間を上手に利用し、竜が現れた森の中から抜け出して、近くの町に何とか辿り着いた。町の中は、嘘のように穏やかだったよ。俺がボロボロの状態で立っているのに、それを眺める事はあっても、俺の前に歩み寄って『大丈夫か?』と話し掛ける奴は居なかった。俺は、その光景に苛立った。自分もついさっき、自分の仲間を見捨てて来たくせに。そいつらの態度が、どうしても気に入らなかった。『こいつらには、他人を思う気持ちは無いのか?』ってよ。自分勝手な不満を抱いたのさ。本当なら一番に批難される筈なのに。俺は町の商工組合に行って、俺達が仕事に失敗した事を伝えた」


 それが今の仕事を選んだきかっけだ、と、彼は言った。


「怖くなったんだよ。頭の中では復讐心がまだ残っているのに、それが完膚なきまでに叩き潰されてしまったんだ。自分はもう、あんな怪物とは戦いたくない。自分の命が危険に晒されるのは……フッ、情けない話だろう? 自分でも『情けない』と思っている。仲間はおろか、親の仇すらも討てない自分の事を。俺は商業組合の受付嬢に話し、冒険者の職を辞めると、しばらくは日雇いの仕事で食い繋いでいたが、流石に『このままでは、不味い』と思い、防具屋の親方に頼んで、その弟子にして貰った。武具屋の弟子になれば、一応は食っていけるからな。『手に職を持つ』って言うのは、やっぱり強い。俺は武具屋の仕事を学んで、その親方が亡くなると、代わってここの店主になった」


 なるほど。これも、良くある話だ。「復讐心から始めた仕事が、様々な要因から『それ』を辞める事になり、現在の職に落ち着いた」と言う。本人は自分だけの人生、自分だけの不幸を語っているようだったが、栄介からして見れば、単なる人生の一つ、他と似通った不幸話を聞かされているだけだった。彼はそう、不幸でも何でもない。その人生は確かに不運だったかも知れないが、「他人に打ち明ける程の内容でもない」と思えたのだ。


 彼の人生が「不幸」と言うなら、遊撃竜にその命を奪われた仲間達は? 彼の不幸とは、それこそ、比べ物にならないだろう。彼は(幸か不幸か)自分の命を守れたが、その仲間達は「それ」を守る事すら出来なかったのだ。本当なら、彼と同じように生きられた筈の命を。彼のようにやり甲斐ある物が見つけられたかも知れない人生を。理不尽極まりない罠が働いた所為で、その人生がすっかり奪われてしまったのである。


 栄介はその事実に苛立ったが、表面上はやはり冷静に、店主の味方であり続けた。


「悲しい過去ですね」


「ああ。だから、お前には頑張って欲しい」


 店主は真剣な目で、彼の手を握った。


「俺には出来なかった事を、お前の手でやり遂げて欲しいんだ」


 何とも勝手な言葉だな。そう内心で思った栄介だったが、彼の気持ちやら何やらがある手前、それを口には出さなかった。


「分かりました。まだ新米の冒険者ですけど、出来るだけ頑張ってみます」


 店主は、その言葉に「ありがとう」と肯いた。


「お前は、俺の希望だ。仲間の仇を討ってくれた一人として」


 大いに期待している。まあ、それも良いだろう。その期待に応えられるかは別だが、「はい」と肯く返事には何の影響も与えなかった。自分はただ、この世界を楽しむだけ。遊撃竜と偶然に出会って、それをサクッと倒したのも、その過程で起こった単なる出来事でしかない。すべてが、享楽の域から出ていなかった。彼が話してくれた不幸話も、表面上では物語を彩る大事な挿話だが、実際は深みがあるように見せ掛ける演出でしかないのだ。


 栄介は店主の男に頭を下げると、二人の少女と連れ立って、武具屋の中から出て行った。彼の「さて」に応えたのは、サフェリィーではない。彼の左隣に並んだ、ホヌスだった。「これからどうするか?」


 彼女は「クスクス」と笑って、彼の答えを待った。


 彼の答えは、「サフェリィーの調理道具を揃えよう」だった。


「何の道具も無しに料理は、作れないからね。彼女の鎧が出来るまで時間もあるし」


「そうね。なら、ゆっくりと見て回りましょう」


 二人は「うん」と頷き合い、穏やかな顔で元娼婦の少女に目をやった。


 元娼婦の少女は、何とも複雑な表情を浮かべている。彼らの厚意に「うわぁい!」と喜ぶべきか、色々と決めかねているようだった。


「う、うううん。でも」


「心配しなくて良い」


 栄介は、彼女の不安を推し測った。


「お金は、無限にあるからね。君の好きな道具を選んで良いよ」


 その言葉に感動したのかは、分からない。だが……「有り難う御座います、ご主人様」と微笑んだのは、それが少なからず影響しているように見えた。「こんなわたしのために」


 彼女は「クスッ」と笑って、栄介の唇にそっと口付けした。


「契りの口付けです。わたしはもう、あなた以外の男性を愛しません」


 それは、少々盲目的では? そう思ったのは、一瞬。次の瞬間には、言い様のない満足感を覚えていた。奴隷の女性が(Web小説やエンタメ作品などで)主人公に忠誠を誓うのは多々ある事だが、自分が実際に味わってみると、何とも言えない高揚感があった。彼女はもう、自分の事を決して裏切らない。普通の人間は平気で他人を裏切ったり、また何事も無かったように舞い戻ったりするが、彼女の場合は「それ」が決して有り得ず、絶対の忠誠を持って、自分の隣を歩いてくれるのだ。

 

 栄介はその支配性に酔い痴れたが、表情の方はやはり穏やかで、彼女に対する態度もまた善人風を装い続けていた。


「こちらこそ。僕も、君の信頼を絶対に裏切らないよ?」

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