第19話 貴方を選んで良かった

 報酬の形式は、(基本的に)二通りである。一つは仕事の達成度に応じて、その金品を受け取るモノ。栄介が今回受けた仕事はCだけあって、元々は大した額ではなかったが、そこに思わぬ乱入が入った事で、貰える金額が何百倍にも膨れ上がった。栄介と戦ったドラゴンは、魔王の放った遊撃竜。Cの冒険者は当然だが、Bの冒険者でもかなり手こずる害獣である。

 

 通常の装備では、まず勝てない。遊撃竜を倒すには、それ専用の装備、最低でも耐火性に優れた防具と、B等級以上の武器が必要になる。それ以外の装備で戦うと(上位の武具なら別だが)、竜の火炎に鎧を溶かされ、最悪は冒険自身の命も奪われてしまうのだ。一発で森の木々を焼き払った、あの威力を見ても分かるように。冒険者の間では、「竜に見付かったらまず逃げろ。戦えるのは、少なくてもB以上の冒険者だけだ」が常識になっている。

 

 だが、そこはチート系主人公。世間の常識など知った事ではない。あの真っ黒な三叉槍を使えば、そんな常識など簡単に打ち破れてしまうのだ。チート系の主人公が往々にして、そうであるように。彼もまた、世間の常識を覆す存在なのである。「彼は、普通の人間ではない。何か特別な才能を持った少年である」と、多くの冒険者がそう信じてしまったのだ。魔水晶で彼の能力を測った受付嬢も、彼に頼んで、その力をもう一度計り直させてしまう程に(判定の結果はまた、Cだった)。彼があの森で起した奇跡は、多くの人に希望を、そして、ある種の畏怖を与えるモノだった。

 

 栄介はその雰囲気に酔い痴れたが、それでも冷静さを失う事はなく、ドラゴンの結晶体を持った時も、穏やかな顔でもう一つの報酬を選んだ。もう一つの報酬は、結晶体の素材化。つまりは、武具の材料にする事である。この世界では(基本的に)、武具などは専門の店で買うが、本人の資金力や、店の等級などが合えば、自分だけのオリジナル品、個人注文の武具も作って貰えるらしく、冒険者の一人から偶々聞いた情報に基づいて、あの鎧を買った店に行ってみた所、店主にはかなり驚かれたが、「加工は、可能」との事で、相応の金を払い、新しい鎧の製造を頼んだ。

 

 栄介は店主の男に頭を下げて、店の中から出て行った。ホヌスもそれに続いて、店の中から出て行った。二人は、町の中をしばらく歩き続けた。


「面白いわね」と微笑んだのは、ホヌスである。「この世界には、あの竜よりも強い怪物が居るかも知れないのに」


 ホヌスはあえて、最後の言葉を言わなかった。「この先は、言わなくても分かっているでしょう?」と言わんばかりに。


 栄介は、その意図を読み取った。


「こう言うのは、浪漫だからね。自分が楽しめれば良い。効率を重視したい人は、効率を。武具にこだわりたい人は、武具に拘れば良いんだ」


「貴方には、そう言う拘りはないの?」


 ない、とは言わなかった。


「そう。まあ、それは貴方の自由だからね」


「うん」


 栄介は「ニコッ」と笑い、自分の正面に視線を戻した。


 ホヌスは、彼の横顔に目を細めた。


「ねぇ?」


「うん?」


「これも、『貴方の自由だ』と思うんだけど」


 ホヌスは、彼の横顔を変わらず見続けた。


「どうして、あんな事を言ったの?」


「あんな事?」


「『権力には、興味はない』って。普通、『権力』と言ったら」


「人間が求める欲求の中では、最大クラスの物?」


「ええ。人間が人間として生きる以上、それは『最高位に位置する欲望』である筈だわ。それなのに」


「ねぇ、ホヌス」


 栄介は楽しげな顔で、ホヌスの方を振り返った。


「権力の弱点って、何だと思う?」


 ホヌスは、その質問に戸惑った。権力の利点を語る者は多いが、権力の弱点を語る者はそう多くはない。彼女は不思議そうな顔で彼の目を見、その答えが一体何なのかを訊いた。


「分からないわ。権力の弱点は、何なの?」


「支配者の行為に正当性を与えてしまう事」


 それの何が悪い? 支配者が己の思想や行為に正当性を与えるのは、多くの独裁者がやる常套手段ではないか?


「自分の行為に正当性を与えては駄目なの?」


 栄介は「駄目」とは言わなかったが、代わりにある例え話を話し始めた。


「昔々、ある所に一人の王様が居ました。彼は所謂独裁者でしたが、自分の権力をどんなに高めても、その反発を抑える事は出来ませんでした。『お前のやっている事はおかしい。お前は、文字通りの悪である』と、国民の誰もが彼に反感を抱いていたのです。彼は、その現実に頭を抱えました。どんな圧政も、彼らには通じない。彼らの上げる声は、王様を批難する声で溢れていました。彼はその声に打ちひしがれ、そして、ある真理を悟った。『権力では、悪に正当性を持たせる事はできない』と。権力は国の内部を統治し、そこに住まう人々の行動を管理する事は出来るが、その内面までは束縛する事はできない。どんなに強力な洗脳を用いても、それに疑問を抱き、その洗脳を打ち破ろうとする人は必ず現れる。その意味では、権力は人間に強制力こそ持たせるが、悪に正当性を持たせられないんだ。『それが絶対に正しい』と思わせる事はね。疑問と憤怒が、それを許してくれない」


「……面倒ね。でも、それじゃ」


「分かっている。僕が求めている物、『悪の主導権が得られない』って言いたいんでしょう?」


「ええ。貴方の行動規範は、正にその主導権を得る事だから」


 栄介は、その言葉に微笑んだ。


「『悪の主導権』って言うのは、自由。何ものにも捕らわれない、自分が自分らしくいられる自由なんだ。権力は、その悪を妨げる。権力には『それ』を反転させるモノ、ある種の正しさを与えてしまうから。正しい悪なんて真っ平御免だよ」


 ホヌスはその言葉に目を見開いたが、やがて「フフフ」と笑い出した。


「なるほどね」


 二人は、建物の角を曲がった。


「栄介君」


「なに?」と応えた栄介だったが、内心ではとても驚いていた。彼女に名前を呼ばれたのは、これが初めてである。「どうしたの?」


 栄介は内心の動揺を抑えながらも、真面目な顔で彼女の目を見つめた。


 彼女は(何処か嬉しそうに)、彼の目を見返した。


「貴方を選んで良かった」


 反応に困るとは、正にこの事だろう。

 栄介は胸の中に生まれた感情、この奇妙なドキドキに思わず戸惑ってしまった。


「う、うん。ありがとう」


 ホヌスは「それ」を読み取ってか、彼の反応を「クスクス」と笑った。


 二人はまた、建物の角を曲がった。その先には宿屋があったが、あまり良さそうではなかったので、宿の前を素通りし、そこからしばらく行った所にある服屋の角も曲がって、冒険者が泊まるには良さそうな(特にホヌスにとっては良さそうな)宿屋を見つけると、最初は栄介、次にホヌスの順で、宿屋の中に入って行った。


 二人は、宿屋の受付に行った。


 受付の人間は、やはり女性である。


「いらっしゃいませ」


 彼女は、敬語を使う人種のようだ。


 二人は、彼女に宿泊の予定を話した。


「頼んだ武具が出来るまでなので、数日は泊まると思います」


「畏まりました。では、料金は『後払い』という事で」


「はい」


 二人は「ニコッ」と笑い、案内役の女性に続いて、自分達の泊まる部屋に行った。部屋の中は、綺麗だった。最初に泊まった宿よりは色気が若干足りないものの、部屋の中に置かれた家具はどれもお洒落で、窓から見える風景も中々に良い感じである。


 二人は、この部屋を気に入った。


 案内係の女性は、二人(特に栄介)に好意的な態度を見せた。


「お風呂は、部屋の右側にあります。食堂はありませんので、食事は外で済ませて来て下さい」


「分かりました」


 二人は、案内係の女性に頭を下げた。


 女性はその態度に微笑んで、部屋の中から出て行った。


 ホヌスは、ベッドの上に腰掛けた。綺麗なシーツが敷かれた、ベッドの上に。その感触は「最高」ではなかったが、夜の遊びを楽しむ分には、丁度良い弾み具合だった。


「前回は、お風呂に入らなかったら」


「そうだね。今回は、風呂に入ってから楽しもう」


 栄介は、嬉しそうに笑った。ホヌスも、同じように笑った。二人は互いの身体を思い出しつつ、それがまた交わる想像に酔い痴れた。


 ホヌスはベッドの上から立ち上がって、彼の前に歩み寄り、その頬にそっとキスした。


「でも、その前に」


「うん。まずは、腹ごしらえだ」


 二人は「フフ」と笑い合い、並んで部屋の中から出て行った。

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