第17話 強力な乱入者が付き物
竜……ここの世界観では、「ドラゴン」と言った方が良いだろう。東洋では神聖な生物、西洋では邪悪な存在して描かれる(事が多い)ドラゴンは、「龍」よりも「竜」の字が似合う、凶悪な姿をしていた。身体の全体を覆う鱗も、両手の指から生える爪も、口の隙間から垣間見える牙も、その巨体を浮かせる両翼も、正に「強敵」と言って良い姿、禍々しくも美しい雰囲気を放っている。まるで虚構の現実を体現したように、その姿を「これでもか」と見せつけていた。
ドラゴンは栄介達を「敵」、あるいは「獲物」と思ったらしく、彼らの周りに広がる木々を焼き払って、自分の降り立つ場所を作り、続いて彼らの逃げ道すらも潰してしまった。
栄介は、その光景に息を飲んだ。「これが本物のドラゴン、多くの少年が憧れる超生物なのか!」と、剣の柄を握りながらそう思ってしまった。アイツと一戦交えたら、きっと楽しいに違いない。彼の前に降り立ったドラゴンは、「それ」に応えるかのように、鋭い目で栄介の事を睨んでいた。
栄介は、その目に「ニヤリ」とした。最初のクエストで大物が現れるのは(たぶん)お約束だが、それをまさか、自分も味わえるなんて。喜ばすには、いられない。この世界は、やはり彼にとって最高の遊び場だった。
「そうこなくちゃあ、ねぇ?」
イキる態度も戦意に変われば、相手を圧する殺気になる。殺気はドラゴンを少しだけ怯ませたが、その怯えもすぐに消えてしまった。こんな相手に脅える事はない。数多の戦士達を殺して来た(と思われる)ドラゴンにとって、彼の殺気は可愛い抵抗、大抵の人間が見せるやせ我慢にしか見えなかったようだ。
ドラゴンは彼の目を睨み、その身体に向かって火を噴いた。火の威力は当然、強力。その熱が鎧を掠めただけで、それが見事に溶けてしまう程の威力である。これには、流石の栄介にも驚いてしまった。「鎧」と言うのは、人間の身体を守る物。敵の攻撃を防ぐ物である。
それが炎の熱だけで溶けるのは……まあ、普通の鎧だから仕方ない。どんなに高級な物と言っても、こう言う敵の攻撃は防ぎ切れないのだろう。通常兵器は、特撮の怪獣には(ほとんどの場合)通じない。創意工夫で何とかなるのは、リアル路線の特撮だけだ。
栄介は、意識の中に鎧を仕舞った。鎧が鎧として機能しない以上、そうした方が色々と楽である。役に立たない鎧をわざわざ着ている必要はない。
「流石は、ドラゴンだ」
そこら辺の奴らとは、まるで違う。一つ一つの攻撃が、段違いの強さだった。空へと飛び上がる際に起こった両翼の風圧も、その羽ばたきと重なって、地面の土はもちろん、ほぼ灰同然になっていた木々すらも吹き飛ばし、栄介の視界を僅かにぼやけてさせてしまった。砂が目に入る感触は、たとえ最強設定でも、耐え難いモノがある。
栄介は自分の両目を何度か擦り、その視界が鮮明になった所で、自分の頭上を見上げた。自分の頭上では、ドラゴンが己の両翼を羽ばたかせつつ、こちらの様子をじっと眺めている。まるで栄介との戦いを楽しむかのように、その口から真っ赤な息吹を漏らして、紫の両眼を鋭く光らせていた。
栄介は、その光景に胸を踊らせた。普通の人なら恐れる、最悪は逃げてしまうかも知れないそれも、栄介にとっては最高のゲーム……つまりは、「夢の遊び」と言って良いだろう。自分は決して負けない、絶対の勝利が約束されてはいるが、こう言う擬似的な命のやり取りは、人間の生存本能を刺激するようで、ドラゴンの火炎に驚く一方、その炎に何とも言えない高揚感を抱いてしまった。
こいつが本当の狩り。原始の頃から続く、「生存欲求」と「闘争心」を満たす人の生業なのだ。
その生業があるからこそ、人間は周りの自然に感謝し、自分の存在にもまた価値を見出すのである。「自分も自然の一部である」と、本能からそれを感じるのだ。人間の生活を脅かす害獣も、その害獣を狩る人間も、すべては自然の生み出した産物、世界の調和を保つ歯車でしかない。彼がこうして、凶悪な害獣と戦う事も。広い目で見れば、調和の中にある旋律でしかなかった。
これが旋律の結果なら、その勝敗もまた自然の摂理である。
自然の旋律は、文字通りの弱肉強食だ。
ドラゴンは「それ」に従ったが……相手がやはり悪かったのだろう。最初は上空から彼に炎を吹き掛けたり、そこから急降下して、その身体に体当たりしていたが、それらが上手い具合に躱されたり、剣の代わりに現れた三叉槍が炎を防いだ辺りで、言い様のない恐怖、今まで味わった事のない原始的な畏怖を覚えてしまった。
……あの敵は、今までの敵とは違う。
自分の攻撃をあんなに軽々と避ける様は、ある種の曲芸、相手が格下だからこそ出来る余裕のように思えた。右手から左手、そしてまた右手に戻して、三叉槍をくるくると回す様も、「自分への挑発」と言うよりは、今の戦いを心から楽しんでいる風だった。
相手は(理由は分からないが)、自分を確実に仕留める自信があるらしい。「ニヤリ」と笑った顔からは、それを裏付ける証拠、勝利の印が感じられた。
ドラゴンは、その証に苛立った。高が人間風情に負けるわけにはいかない。自分は、誇り高き竜の種族なのだ。森の上空を何回か周り、その勢いを生かして、少年の所に急降下……するのは良いが、そこは最強設定の悪魔。意識の底から湧上がった情報を読み取って、相手の体当たりを難なく躱し、そこから間髪を入れずに、最強武器の三叉槍を操って、ドラゴンの横腹に「それ」を突き刺してしまった。
「グォオオン」
ドラゴンは、その痛みに悶えた。堅い鱗を貫いたそれが、身体の奥まで突き刺さったからである。それこそ、自分の内臓を抉るように。身体の内部から三叉槍が抜かれた時も、そこから吹き出した真っ赤な血と重なって、尋常ではない痛みが襲って来た。
ドラゴンはその痛みに苦しむあまり、悔しげな顔で栄介の事を睨んだが、最後は地面の上に倒れてしまった。
栄介は、その様子にほくそ笑んだ。相手は最早、戦闘不能。反撃はおろか、抵抗する事すら出来ない。片方の羽(もう一方は、身体と地面の間に挟まっている)を必死に動かし、炎にならない炎を吐き出して、目の前の空気を何度もかみ続ける様は、抵抗にすらない抵抗の真似事だった。
そうすればする程、傷口がどんどん開き、そこから血が溢れると言うのに。「自分が食物連鎖の上位にいる」と思っているらしいドラゴンには、その現実がどうしても受け入れられないようだった。
栄介は獲物の前に歩み寄り、「ニヤリ」と笑って、その顔を見下ろした。
「無様だね」
が、率直な感想。彼の抱いた正直な気持ちだった。強い相手をさらに強い力でねじ伏せるのは……これを味わってみれば、分かる。とんでもなく気持ち良かった。普段は(自信の優位性から)偉ぶっている、あるいは幼稚に粋がっている相手を潰すのは、一種の全能感がある。
お前は、「自分が一番強い」と思っているだろうが。その上には、さらに強い敵が控えているのだ。お前が「それ」を知らないだけで、世界には最上の存在が、至高の悪魔が立っている。至高の悪魔は、無敵だ。戦いの過程でどんなに苦戦(する演技を)しようと、最後は勝利をもぎ取り、相手の印を奪って行く。人々が「結晶体」と呼ぶそれを、左手で拾い上げ、意識の中に「それ」を仕舞い込むのだ。
栄介はついでに右手の三叉槍も仕舞い、嬉しそうな顔で邪神の方を振り返った。
邪神も、やはり嬉しそうに笑っている。
「楽しかった?」
「まあね」の声は、邪悪そのモノだった。「鎧が駄目になった事以外は、充分に楽しめたよ」
栄介は「ニヤリ」と笑い、獲物の倒れていた方を振り返った。獲物の倒れていた所には、物体がほとんど残っていない。獲物が居た痕跡も、その痕跡が示す気配も、すべては過去の遺物になっている。遺物の表面に残っているのは、獲物の身体から流された血と、その血によって汚された地面、地面の上に辛うじて残っていた灰だけだった。灰の大半は、獲物によって焼かれた草木である。
栄介は、地面の草木から視線を逸らした。ホヌスもそれに倣って、草木の灰から視線を逸らした。二人は互いの目をしばらく見合い、ホヌスが「クスッ」と笑った所で、それぞれの目から視線を逸らし合った。
「戻りましょうか?」と言ったのは、ホヌス。「うん」と肯いたのは、栄介である。
二人は並んで、商工組合のある町に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます