第16話 最初のクエストには、もちろん

 出没の場所は、町からかなり離れた所にあった。不気味な木々が生い茂る森。森の中には鳥らしい鳴き声が響いていたが、それ以外の音はほとんど聞こえて来ず、偶に聞こえて来る別の音も、得体の知れない不気味な物音だけだった。

 

 二人は受付嬢から渡された地図を頼りに、何の恐れも抱く事なく、並んで森の中を突き進んで行った。

 

 栄介は自分の顎を摘まんで、怪物の実体像を思い浮かべた。


「ウサギをそのまま大きくしたようなモンスター、か」


 うーん。それを想像するのは、決して難しくはないけれど。「凶暴な性格」と言うのは、何となく想像しにくかった。ウサギは(どちらかと言えば)、大人しい動物。他者の愛情を常に求めている動物である。その繁殖力からも分かるように、ウサギ自体は決して強い動物ではないのだ。


 強い動物は、それ程多くはない。食物連鎖の頂点にいる奴らは、限られている。彼らはその強力な力を代償にして、個体の制限が掛けられているのだ。地球の生態系を壊さないように。生物の営み自体を終わらせないように。命の法理に従っているのである。それを平気で破っているのは、栄介が属する種類だけ。「ヒト」と言う生き物だけだった。


 彼らは自分達の文明を作るだけでは飽き足らず、他の種族はもちろん、その環境すらも侵している。「自然は、我々の支配下にあるべきだ」と、科学の力を絶対視しているのだ。科学の力が極限まで高まれば、どんな敵も怖くない。未知の生物はおろか、惑星の軌道すらも変えられるだろう。すべては、人間の思うままに。科学の力がもたらす知的な全能感は……残念ながら、ここではあまり通じないようだ。


 突然現れたデスラビットの群れ。彼らは二人の周りを取り囲むと、一匹の雄(どうやら、群れのリーダーであるようだ)が睨み付けるのをきっかけに、一匹、また一匹と、獣らしい顔で二人の事をじっと睨み始めた。


 二人は、その睨みに怯まなかった。特にホヌスは、彼らの出現に若干驚いてしまった栄介を笑っている。


「流石の最強設定も、突然のご登場には驚くようね?」


「うっ」


 栄介は恨めしい顔で、隣の邪神を睨んだ。


「仕方ないだろう? 怪物との戦闘は、これが初めてなんだし。驚かない方が」


 と言った瞬間だ。彼の中で、ある疑問が生まれたらしい。


「ねぇ、ホヌス」


「なに?」


「今更だけど。こう言うのって」


「事前に分かる方法があるじゃないの?」と、ホヌス。どうやら、彼の思考を読み取ったようだ。「悪魔の力を使えば?」


 ホヌスは何処か楽しげな顔で、栄介の顔を見つめた。


 栄介の顔は、やはり怒っている。


「うん。索敵の技量は……僕も気付かなかったからアレだけど、普通は備わっているんじゃない?」


「フフフ、まあね。自分の意識に集中すれば、それも不可能な事じゃないわ」


 反応に困る返事だった。それが分かっているのなら、最初から教えてくれれば良いのに。彼女は人を助ける所もあるが、逆に困らせる所もあるようだ。気まぐれにモノの善悪を決める邪神。その根幹にあるのは、「自分がただ楽しめれば良い」と言う欲望だけだった。今回の意地悪も、その欲望が引き起こした事に違いない。


 栄介はその欲望に苛立ったが、彼女がある種の恩人である以上、それに文句を言うわけには行かず、不機嫌な顔で彼女をただ睨み付けるだけだった。


 ホヌスは、その反応が溜らなく嬉しかったらしい。


「そんなに怒らずに。今は、目の前の敵に集中しましょう?」


「くっ」


 栄介は不満な顔で、腰の鞘から剣を抜いた。例の武具屋で買った剣。剣の値段はそれなりにしたが、やはり高品質な品らしく、柄の感触はもちろん、日光が反射する剣の表面も、少年の浪漫を満たすには、充分な程の力があった。


 こいつを振り回せば、きっと気持ち良いだろう。西洋中世の剣は、「切る事」よりも「叩く事」に向いていたらしいが、こいつはどう見ても切れ味抜群、少年の殺意を膨らませる文字通りの凶器だった。

 

 栄介は「ニヤリ」と笑って、その凶器を構えた。周りの怪物達も、その凶器に眼光を強めた。正に一触即発の空気。数の上では栄介が圧倒的に不利だったが、彼から発せられていた殺気は、その状況すらも覆してしまう空気、怪物達を怯ませる異様な雰囲気が漂っていた。

 

 ……あの人間は、普通の人間ではない。

 

 群れを統べるリーダーは、無意識ながらにそう思った。

 

 栄介は、その気配に目を細めた。イキり、ではない。これは、彼の余裕である。


「そんなに脅えていたら、いつまで経っても倒せないよ?」


 怪物達は、その言葉に唸った。言葉の意味は分からなくても、自分達が下に見られているのは何となく分かる。あの人間は、自分達の事を完全に舐め切っているのだ。妖しく光る眼光が、何よりの証拠。口元の笑みは、それを裏付ける決定的な証である。アイツは、何が何でも殺さなくてはならない。本当でそう感じた彼らの殺気は、周りの小動物達を一目散に逃げさせてしまった。

 

 栄介は、その光景に怯まなかった。本来なら感じる筈の恐怖が、悪魔の力によって、完全に抑えられていたからである。すべては、勝利のために。勝利がもたらす快感のために。彼が構える剣は、それを満たすための玩具のように思えた。

 

 栄介は、剣の柄を握った。

 

 ラビット達が動いたのは、正にその瞬間。栄介が剣の柄に殺気を込めた瞬間である。怪物達は己の体躯や俊敏さを生かし、リーダーの個体を後ろに置いて、近い者から彼に次々と襲い掛かって行った。

 

 栄介は、それらの攻撃を難なく躱した。彼らの爪が襲って来れば、それをふわりと躱す。躱すのが面倒であれば、(意識の底から流れてくる情報を頼りに)物体の破壊点を衝いて、相手の爪を粉々に砕く。そんな作業を黙々と熟しながら、自分に向かって来るウサギを一匹、また一匹を倒して行った。

 

 栄介は、その感触に興奮を覚えた。相手が人間でない分、妙な罪悪感もない。現代社会の人間が、コントローラーでゾンビを撃ち殺すのと同じ感覚だ。剣から伝わる斬撃の感触に少しだけ恐怖は感じるが、それも長くは続かず、10匹程倒した頃には、その恐怖が快感に、不安も胸の高鳴りに変わっていた。


 ……これが、「討伐」と言うモノか。


「うん」


 また、一匹のウサギを倒した。


「悪くない」


 栄介は「ニヤリ」と笑って、最後の一匹に目をやった。最後の一匹はもちろん、その群れを率いていたリーダーである。リーダーは彼を恐れてか、鋭い爪で地面の上を掻いていた。


「どうしたの?」


 は、挑発。


「攻めて来ないなら」


 も、挑発。


「僕の方から攻めようか?」


 栄介は両手で、自分の剣を構えた。


 リーダーは、その構えに駆け出した。その構えに苛立った事もあるが、それに至るまでの挑発も、彼を奮い立たせるに充分な条件を満たしていたようだ。彼は恐怖も憤慨も忘れて、目の前の敵にただ突っ込んで行った。


 栄介は、その攻撃を迎え撃った。振り上げられる剣と、振り下ろされる爪。その衝突は(一見すると)互角に見えたが、怪物の爪に罅が入った所を見ると、実際は剣の方が上、その威力も怪物が驚く程に強かったようだ。


 両者は実力の差を感じながらも、一方は余裕に、もう一方は鬼気迫るように、相手の身体を目掛けて、己の刃に振った。……怪物の刃は、当たらなかった。見た目では当たったように見えたそれが、栄介に難なく躱されてしまったからである。


 怪物は自分に何が起こったのかも分からず、ただ胸の痛みを感じたまま、無念な顔で地面の上に倒れてしまった。

 

 栄介は、その死体を見下ろした。胸の鼓動はまだ高鳴っていたが、感覚の方は妙に落ち着いている。冷静な自分が、今の自分を支えているような感覚だ。周りの怪物達がすべて結晶体に変わった時も、その光景を「綺麗」と感じはしたが、それらを拾う時は、一種の事務的な作業、ゲームの勝利品を眺めるような感覚を覚えていた。

 

 栄介は意識の中に「それら」を仕舞い込み、気配を消していたホヌスの所に戻って、彼女に初仕事の感想を述べた。


「最初は、ワクワクしたけど。最後は」


 つまらない、とは言わない。ただ、少し物足りなかった。相手が群れのリーダーだっただけに、「もう少し歯応えのある相手だ」と思ったからである。商工組合に依頼が舞い込むような案件なら……と考えた所で、「所詮は、Cの仕事」と思い直した。怪物達を皆殺しに出来ただけでも上々、それなりに戦闘も楽しめたし、後はこの余韻を持って町に帰るだけだった。


 栄介はホヌスに目配せして、彼女の足を促した。


 彼女は、その促しに従ったが……。


 それも一瞬の事。そう言う伏線を消化して行くのが、物語である。彼女は商工組合で感じた予感から、真面目な顔で森の空を見上げた。栄介もそれに倣って、彼女が見つめる先を見上げた。

 

 二人は空の一点を見つめたが、それにある黒点が現れると、少女は「ニヤリ」、少年は「あっ」と驚いて、黒点が自分達に向かって急降下する様を眺め続けた。

 

 栄介は、その黒点に目を見開いた。

 

 アレは、どう見ても竜である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る