第15話 クエストの違法行為に
商工組合の中は、冒険者の姿で溢れていた。時間としてはまだ、朝の9時前なのに。受付嬢と仲良く話す彼らは、それを生業とする者、文字通りの仕事人だった。仕事人の得意分野は、千差万別。「治療」が得意な白魔道士も居れば、「呪い」が得意な黒魔道士も居る。二人の前に集まっていたパーティーも……統率者は剣士らしいが、その衣装や雰囲気から察して、魔術師を主力とした面々だった。
彼らは商工組合から請け負った依頼の内容をもう一度確かめ、そこから各々の段取りを決めていたようだが、二人が視界の中に(偶々)入ると、声の調子を落として、二人の姿(特に栄介の姿)をじっと見始めた。
「あの子が?」
「うん。昨日の昼、Aの奴に金をやった。あれは、本当に凄かったよ」
新米の少年が、ベテランの青年に金を渡す光景は……。普通ならまず有り得ない。冒険者は(身分が余程高くない限り)、先輩の冒険者を基本的に敬うようで、それに尊敬の念を抱く事はあっても、彼のような態度を見せる事はまずなく、また先輩の不幸に胸を痛めて、その不幸を和らげようとするのは……ここまで言えば、もう分かるだろう?
まったく以て解らない。正に「理解不能」とも言える行為だった。格下が格上を助けるのは、何かしらの利益があるから。その行為によって、自分の評価が上がったり、その見返りがあったりするからである。そうでなければ、あんな事はしない。見ず知らずの青年を助けようとするのは、根が余程の善人か、世間知らずの馬鹿しか有り得ない事だった。
彼はどう見ても善人、少なくても馬鹿には見えない。
少々不気味な雰囲気は感じられても、「それ」に嫌悪を抱く程ではなかった。
「『遠い国から来た』って言うからね。きっと普通じゃない、特殊な環境で育ったんでしょう?」
彼らがどうして、そう言う考えに至ったのかは分からないが。彼らの認識はとにかく、その考えで落ち着いたらしい。「あの子は自分達とは違う、何か特別な才能を持った少年なのだ」と。彼らは「それ」を抱いたまま、真面目な顔で栄介の姿を眺め続けた。
栄介は、それらの視線に気付かなかった。彼らの視線自体には気付いていても、それらが抱く思考にまでは意識が回らなかったからである。「こんな視線は、どうでも良い」と。態度にこそ見せなかったが、その足取りが明瞭に表していたのだ。
彼は邪神と連れ立って、商工組合の受付に向かった。
受付係の人は、昨日と同じ女性だった。商工組合の制服を着て、来訪の二人に「クスッ」と微笑んでいる。
「お早う御座います」
二人も、彼女に「お早う御座います」と返した。
「仕事のご相談ですか?」
受付嬢は穏やかな顔で、二人にまた「クスッ」と微笑んだ。
二人は、その微笑みに肯いた。
「はい」と応えたのは、ホヌスである。「簡単な物で良いので」
彼女は何かを考えているのか、楽しげな様子で栄介の顔に視線を移した。
栄介は、その視線に応えなかった。彼女の言った「簡単な物」に不満を抱いてしまったからである。冒険者としては「それ」が妥当なのは分かっているが、それでもやはり物足りない。「初心者のやれる仕事」と言ったら、考えただけで暗くなる。大抵は、つまらない採取任務か、パッとしない害獣駆除だ。そこに大物でも出れば、まだやり甲斐もあるけれど。Cの冒険者がやれる仕事は、そんな期待など簡単に砕く物ばかりだった。
「はぁ」
栄介は受付嬢がオススメする物の中から、「一番マシだ」と思う仕事を選んだ。
「それじゃ……この、デスラビット討伐で」
受付嬢は、その選択に瞬いた。
「あの?」
「はい?」
「デスラビットの討伐は、確かに難しくありませんが」
受付嬢は、彼の目を見つめた。
「武具は、ちゃんと揃えて下さいね? デスラビットは、ウサギをそのまま大きくしたようなモンスターですが。その性格は、凶暴です。丸腰の状態では、決して戦わないで下さい」
「はい」と肯く栄介は、どことなく不気味だった。「分かっています」
受付嬢は彼にデスラビットの特徴が書かれた紙を渡し、そこに様々な注意を加えて、彼が無事に帰って来られるのを祈った。
「初心者は、とにかく慎重に。自分の安全を第一に考えて下さい。自分と一緒に居る仲間の命も。私は受付嬢として色んな冒険者を見て来ましたが、運悪く亡くなる人も少なくない。モンスターとの戦いは、本当に命懸けです。子どものお遊びではない。君が討とうとしている害獣は」
「『それだけ危ない』って事でしょう?」
「はい。世界に怪物達が現れて以降、私達は常に……まあ、こんな事は話さなくても分かっていますよね? 危険に晒されて来た。昼も夜も関係なく。彼らはその牙を光らせて、私達の命を絶えず狙っているんです。それがまるで、本能とばかりに」
「……上の人は、何もしないんですか?」
受付嬢は、その質問に暗くなった。
「対策は、講じました。各地の諸侯や騎士達に呼び掛けて、怪物退治を行ったんです。『これは、国の存亡に関わる事だ』と、国のお金を使って。……でも」
「上手く行かなかった?」
「それなりの成果は、出ました。彼らは一応、戦いが本業であるわけだし。交通の要所は、何とか守り抜く事が出来た」
なるほど。だから、町にも物資が溢れているのか。道路の安全が守られていれば、商人達も安心して自分の商品を運べる。運ばれた商品をより安全に……は、言い過ぎか? 町の雰囲気や、闘技場の事も考えると、非合法なやり方で物を売る商人も絶対に居る筈だ。この世から決して、悪が無くならないように。彼らは決まりの裏道を使って、汚い金を稼いでいる筈である。
栄介は、その想像にほくそ笑んだ。
「何処に行っても汚いね、人間は」
「はい?」
栄介は、受付嬢の反応に微笑んだ。
「僕の経験です。僕は今まで、そう言うモノを沢山見て来ました。表面上ではどんなに優しくしていても、腹の中では汚い物が渦巻いている人を。自分の欲望に正直な大人達を。僕は彼らの与えた枠に収まるフリをして、その姿をずっと見て来たんです」
「そう、ですか」
受付嬢は、それからしばらく黙ってしまった。
「辛いですね」
「え?」
「そう言う物ばかりを見せられては」
「そんな事は、ありません」
人間の悪は、決して嫌いじゃありません、と、彼は言った。
「寧ろ、『それが好き』とさえ思います。人間の悪は、人間の本質そのモノですから。善は、『それ』を引っ繰り返しただけの偽りでしかありません」
「それを引っ繰り返しただけの偽り」
受付嬢は何やら思う所があるようだが、最後は結局「そうかも知れませんね」と微笑んだ。
「『冒険者』と言う職業が出来たのも……表向きには、『個人の機動力を生かすため』と言われていますが。そんなのは、ただの言い訳です。国のお金を減らさないための方便。公の軍隊を動かすためには、沢山のお金が必要ですからね? 危ない仕事は、使い捨ての民に任せたいんでしょう。彼らが組合でお金を稼げば、その一部は国に行くわけですから」
それでは、向こうの世界と変わらない。そう言い掛けた栄介だったが、「所得税」と言う概念が無いこの世界で、その言葉は無意味だと思い直した。
栄介は口から出掛けた言葉を飲み込み、仕事の受注書に指を付けて(そうすると、仕事を請け負った事になるらしい)、受付嬢からその控えを貰った。
受付嬢は、彼に渡した受注書の控えを指差した。
「その書類は、決して無くさないで下さい。貴方達が、この仕事を請け負った証拠になりますから。仕事の報酬を受け取る時は、結晶体と」
「結晶体?」
「モンスターを倒すと現れる物体です。モンスターの種類によって色や形が若干異なりますが、普通は片手で持てるくらいですね」
「ふーん」
なるほどね。それは、便利な証拠品だ。怪物退治を主な生業とする冒険者にとって、これ以上に分かり易い物はないだろう。倒した相手が大型のモンスターだったら、その首を持って帰るだけでも一苦労だ。移送にも余計な経費が掛かってしまう。
栄介は改めて、異世界の仕組みに感動した。
だが、「でも、それだと」
一つの問題が生じる。
「第三者にもし、『それ』を奪われてしまったら? 強力なモンスターと戦った所為で、満身創痍になった所を」
「ええ」と肯く受付嬢は、暗かった。「それが、かなりの問題になっています。商工組合としては、可能な限りの対策は講じていますが」
栄介は、その言葉に目を細めた。
他人の結晶体を奪うのは、違法行為。
その決まりが、彼の悪魔をそっと笑わせたのである。
……そいつは一度、試してみたいな。
栄介は穏やかな笑顔で、その悪戯心を隠した。
「分かりました、出来るだけ気を付けます」
「お願いします」
受付嬢は「ニコッ」と笑って、商工組合の中から出て行く栄介達を見送った。
栄介達は、昨日の武具屋に向かった。商工組合の外に出た栄介が、「昨日の武具屋で、討伐に必要な武器を揃えたい」と言ったからである。彼らはその武具屋で必要な武器を買い、それからすぐ、デスラビットの群れが出没する場所に向かった。
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