第11話 A級パーティー

 栄介は、そのパーティーを見つめた。周りの人々も(異変に気づいてか)彼らに視線を向け、それに釣られる形でホヌスも彼らの様子を眺めはじめた。彼らは今までの会話や、盛り上がりを忘れて、そのパーティーをじっと眺め続けた。

 

 そのパーティーはたぶん、相当な連中なのだろう。彼らが身に纏っている装備、腰に差している剣や、背中に背負っている盾、足のスネを守る脛当てや、身体の上半身を守る鎧は、普通の冒険者では決して買えない高級品ばかりだった。彼らは周りの沈黙すらも無視し、互いの顔を睨み合っては、その文句を汚らしく言い合っていた。


「はぁ? ふざけんじゃねぇ! 取り分は、俺が三、こっちの二人が二、アンタが五って決めていたじゃねぇか?」


 どうやら、報酬の取り分について揉めているらしい。


「それを!」


 勝手に! と言わせないリーダーの態度は、正に厳格そのモノだった。


「それは、仕事を受ける前の事。『仕事の報酬』って言うのは、その出来高で決めるものだ」


 これは、どう考えても正論だ。事実、青年を除く二人は、彼の言い分に「尤もだ」と俯いている。「自分達は確かにAのギルドだが、今回に限っては『彼』の功績よる所が大きかった」と。その態度や雰囲気から、周りにある種の想像を促していた。青年は「活躍できなかった自分」を認められず、その取り分を言い訳にして、メンバーの長に食って掛かっていたのである。


 栄介は、その光景に呆れた。「これが、格好悪い大人だ」と。異世界モノで主人公に倒される敵は多く居るが、彼はその中でも最弱な部類、つまりは群を抜いて小物だった。あれでは、主人公の引き立て役にすらなれない。精々、主人公の熱い説教(笑い)を受ける程度である。小物に説教を垂れるのは、根が悪魔の栄介には至ってどうでも良い事だった。


 栄介は彼らの事を無視し、ホヌスと連れ立って建物の中から出て行こうとした。


 だが、「キャァ!」


 一つの悲鳴が、その足を止める。


 栄介は自分の隣に邪神を立たせて、その声に振り返った。声の主は、若い女性。どうやら、メンバーで唯一の魔法使いらしい。彼女は普段なら使える筈の魔法すら使わず、青年が腰の鞘から剣を抜く様を、ただ脅える顔で見つめていた。残りの一人も、それを呆然と眺めている。


 栄介は、その光景に目を細めた。長の正論(正論自体には、何の感情も抱かなかったが)に噛み付く青年も、それにただ脅えるだけの仲間達も……まあ、「滑稽」ってヤツだろう。憐れみこそするが、憤りはしない。ただの蔑みだけが、彼の心に残った。彼らは実力こそ一流かも知れないが、その根っこは栄介と大差なく、また「悪」と言う面では、彼よりも遙かに劣っていたのである。


 彼は例の力で貯金を下ろし、それを持って、青年の前に歩み寄った。


「これで足りますか?」


 青年は、その言葉に驚いた。それを聞いたリーダーも不思議な顔で、目の前の少年に驚いている。彼らは周りの人々と同様、彼の登場に驚くばかりで、彼が差し出した金にも気づかず、その顔を呆然と眺めていた。


「う、くっ」


 青年は、彼の手元に目をやった。どうやら、彼の意図にようやく気づいたらしい。


「ふざけ」


 語彙が少ないのは、無知だから? あるいは、単に怒っているだけかも知れない。


 青年は栄介の手を払って、その手から金が落ちる様を睨んだ。


「お前なんかに同情されたくない!」


 そう叫んだ彼が襲われたのは、罪悪感。「何か途轍もないモノに逆らってしまった」と言う恐怖だった。周りの者はもちろん、当の栄介すら気づいていない(だろう)恐怖。その真っ暗な感情が、彼の心を一気に蝕んだのである。


 青年はその感覚に脅えるあまり、慌てて地面の金を拾い始めた。


「うぁあああ! すまない! すまない!」


 周りの人々も、その光景に肯いた。今の態度は、失礼極まりない事。彼らは栄介の行動を、ある種の善意と勘違いして、それを拒んだ青年に激しく憤ったようだ。


「なんて器の小さい男だ」


 遠くのテーブルに座る男は、彼の事をそう罵った。


 栄介は、青年の姿を見下ろした。最初は、何も感じなかったのに。今は、不思議な高揚感を抱いていた。彼の悪行は(既に知っての通り)、そのすべてが許されるが……その逆もまた、素晴らしい。闘技場でも感じたと思うが……この世界には、彼に刃向かう者、反感や攻撃的意思を持つ者が一定数居るようだ。彼の欲望が飽きないように、程良い刺激を与えてくれるようである。


 栄介は、その事実にほくそ笑んだ。


「そうでなくちゃね」


 みんながみんな、自分の信者だったらつまらない。信仰には必ず、それを脅かす敵が必要だ。「お前の考えは、間違っている」と、正義を騙る者が必要なのである。彼らは、栄介の欲望を満たす獲物だ。信者の盲信を促す供物だ。異世界モノの主人公が、周りから無駄にヨイショされるのは、(作者の願望もあるかも知れないが)その視えない設定が往々にして生かされているからである。


 栄介はその設定に酔い痴れ、青年の手を迷わず踏み付けた。


「この人の言っている事は、正しい。給料ってヤツは、働いた分だけ出るんだから」


「うっ」


「仕事もろくにできなかったくせに、『それ』を求めるのは烏滸おこがましい」

 

 それで周りが静まったのは、言うまでもない。青年の愚行を罵っていた連中も、今は彼の言葉に感銘を受けていた。


「確かにそうだな」と、冒険者の一人。周りの冒険者達も、その言葉に「うんうん」と肯いた。「国の王様じゃあるまいし。働かないで食って行けるのは、王族か貴族様だけだぜ?」


 それは極端な例だとしても(王族や貴族にも、相応の仕事はある)、今の状況を揶揄するには、充分過ぎる程の力があった。


 青年は、その力に泣き崩れた。


 栄介は残りの金を拾って、青年の右手にそれらを握らせた。


「別に同情なんてしていませんよ?」


 青年は「それ」を聞いて尚、地面の上に泣き崩れていた。


「う、ぐっ、じゃ、何だよ? なんで?」


 金をくれたんだ? そう問い掛ける青年に返って来たのは、あまりにも冷たい答えだった。


「見苦しかったからです」


「え?」


「アンタのそれが、とても見苦しかったから。同じ冒険者として、恥ずかしくなったんです」

 

 今の言葉は、半分嘘。そして……もう半分は、本当だった。「悪」と言うのは、揺るぎない信念。心の墜ちた者だけが達する、闇の極地なのだ。極地にあるのは、無限の自由。何ものにも捕らわれない、最高の自由である。

 

 栄介は、その自由に憧れていた。あの忌々しい現実社会の中で。だからこそ、彼の事が許せない。その姿に映る、自分の矮小さが許せない。彼の見せる見苦しさは、同時に栄介が現実社会で抱えていた不満でもあったのだ。それを与えて欲しいのに、自分には『それ』が与えられない。今は邪神から凄い力を与えられているが、その苦い記憶だけは決して忘れる事ができなかった。

 

 栄介は、彼の顔を見下ろした。


「貰って下さい」


 の返事はないが、それでも言葉を続けた。


「僕の行為が悔しいと思うなら、『それ』を何万倍にもして返して下さいよ?」


 栄介は、ホヌスの顔に視線を移した。「出て行こう」と言う意思表示である。


「ここに居ても、しょうがないしね」


 ホヌスは、その言葉に肯いた。


「分かったわ」


 二人は「うん」と頷き合って、今の場所からゆっくりと歩き出した。


 周りの人々は、その様子を眺めた。特に青年のパーティーメンバーは……魔法使いなどは相変わらずオドオドしていたが、そのリーダーも含めて、二人の背中をじっと眺めている。彼らは二人が商工組合から出て行った後も、互いの顔を見合ったり、床の青年に目をやったりしては、栄介の残して行った余蘊に息を飲み合っていた。


 あの子はたぶん……いや、絶対に只者でない。

 彼が残して行った余韻には、そう信じさせるモノ、言葉にできない圧倒的な気配があった。

 

 彼らは、その気配に妙な緊張を覚えた。

 

 ホヌスは、隣の少年に微笑んだ。


「さっきの貴方」


「ん?」


「まるで善人のようだった」


 栄介は、その言葉に苦笑した。それは、あまりに皮肉過ぎる。


「冗談、せっかく夢が叶ったのに。『それ』に水を差されちゃ、誰だって苛々するだろう?」


 彼は、何処か悲しげに笑った。


 二人は先程の出来事にしばらく黙っていたが、栄介の表情が少しだけ和らぐと、夜までの時間つぶしとして、町の中をブラブラする事にした。

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