第9話 冒険者への勧誘

「僕は?」


「勝ったのよ」と話し掛けたのはもちろん、ホヌスである。彼女は観客席から今の場所まで来て、彼の隣にそっと立ちつづけていた。「悪魔の力を使って。貴方は、ここの覇者に勝ったの」


 ホヌスは嬉しそうな顔で、彼の目を見つめた。


 栄介は、その視線に照れ臭くなった。勝利の余韻もまだ残っている中、そう言う目で見られるのは、やはり恥ずかしい。何だかこう、心の奥がむず痒くなる。悪魔の欲望を宿す彼ではあったが、その根っこは、まだまだ年相応の少年なのだ。妖艶な美少女に見つめられては、流石の彼でもドギマギしてしまう。

 

 栄介はその緊張を誤魔化しながらも、表情の方はあくまで冷静に、彼女の言葉に「そう」とだけ肯いた。

 

 ホヌスは、その返事に目を細めた。

 

 栄介は、彼女の顔から視線を逸らした。


「儲かった?」


「ええ、それはもう。初めてにしては、信じられない額だったわ」


 初回特典のお陰だな、と、内心で思う栄介。彼は受付嬢の方に視線を向けて(何故か、受付嬢に視線を逸らされてしまったが)、それから周りの観客達を見渡した。

 

 観客達は、歓喜も歓喜。全員、彼の事を「これでもか」と褒め称えていた。


「良くやったぞ、小僧」


「久しぶりに良いもんを見せて貰った」


 栄介は、それらの言葉に苦笑した。たったこれだけの事で、彼らは栄介を贔屓にしたようである。受付嬢の反応を見ても分かるように。彼女もまた、(当の本人は気づいていないが)彼に好感以上の感情を抱いているようだった。


 栄介はそれらの感情を何となく察しつつも、その表情はやはり冷静に、あくまで平静を装い続けた。


「今回は」


「ん?」


「相手を殺さなか……殺せなかったけど。次は」


「そうね。精神を殺すのは、まだ罪悪感も」


「うん……」


 栄介はまた、地面の敵を見下ろした。


「ホヌス」


「なに?」


「次は、絶対に殺す」


「ええ」


 栄介は、邪神の顔に視線を戻した。邪神も、相手の目を見返した。二人は周りの視線を無視して、互いの顔をしばらく見続けた。そこに割り込んだのは、一人の女性。見掛けはかなり派手だが、根は良い人そうな女性だった。


 彼女は「さっきの試合、凄く感動しました!」と言って栄介の手を握り、彼が「え、ええ?」と戸惑う姿に微笑んで、彼に「何処から来たんですか?」と訊いた。


「この辺じゃ、あまり見掛けない顔なので」


 栄介はその返事に窮したが、ずっと黙っているのも変だと思い、仕方なく「外国から来ました」と答えた。


「遠い所にある」


「へぇ、そうなんですか。なら、許可書も貰っているんですね?」


「きょ、許可書?」


 なにそれ? と言いたいのは山々だったが、相手の反応(かなり驚いている)を見る限り、「もちろん! 貰っているような? 貰っていないような?」と曖昧に答えるしかなかった。


 相手は、その返事に瞬いた。


「まさか!」


 の続きは聞かなくても、大凡の予想は付く。


「そんな田舎から来たんですか?」


 予想外の答えが返って来たが、これは思わぬ誤算だった。もちろん、良い方の意味で。相手は彼が許可書の存在も知らない、そんな場所から来た田舎者だと思っている。これには、周りの観客達も苦笑せざるを得なかった。


 栄介は、周りの視線が急に恥ずかしくなってしまった。


「ええ、まあ。ここまで来た道も」


「ああはい、皆まで言わなくても良いです」


 そう言う人は、多いですから……と、彼女は笑った。


「あなたも色々と訳ありなんですね?」


「え? あ、はい」と肯かざるを得ない。本当は「異世界から来ました」なんて言ったら、天地が引っ繰り返る程の大騒動になる。「故郷の町が焼かれてしまって。この子は、僕のなんです」

 

 栄介はホヌスに目配せし、「今の嘘に付き合ってくれ」と肯いた。

 

 ホヌスは、その嘘に付き合った。


「ここまで来るのにとても苦労しました」


「そう。それは、大変でしたね?」


「はい」と落ち込むホヌス。その演技は超一流で、真実を知る栄介ですら一瞬騙されそうになった。「許可証の事は、何とか誤魔化し、誤魔化ししやっていたんですけど」


 彼女は懇願するような顔で、女性の目を見返した。


 女性は、その眼差しにすっかり騙されてしまったらしい。


「そう、なんですか。なら、をしましょう?」


「ふぇ?」と驚いたのは、栄介。彼は間抜けな顔で、女性の顔を見つめた。「冒険者登録、ですか?」


 異世界モノでは、お馴染みであるアノ?


「はい。冒険者登録を済ませれば、許可書が無くても各地を旅できるようになります」


「な、なるほど」


 それは、確かに便利だ。許可書の制度が、イマイチよく分からないけれど。まあ……さしずめ逃亡を防ぐための制度なのだろう。農奴を含む奴隷や、危ない犯罪者を逃がさないために。個人の身分を明らかにする点では、向こうもこっちもそう変わらないようだった。


「登録は、どうすればできますか?」


「町の商工組合ギルドセンターで行えます。今日は非番ですが、私もそこの会員なので。良かったらご案内しますよ?」


 栄介はその言葉を聞いて、隣の邪神に視線を移した。


 邪神は、何も言わずに笑っている。どうやら、この誘いには賛成であるようだ。


 栄介は「それ」を確かめて、眼前の女性にまた視線を戻した。


「お願いします。この先の事も考えると、『そうした方が良い』と思うので。冒険者になっても、他の仕事はできますか?」


「身分にもよりますけど。大抵の副業は、大丈夫ですね。と言うか……本業のある人が、副業として冒険者をやる方が一般的です。冒険者には、移動の自由がありますから。商人とかにも、凄く人気な職業です。でも」


「でも?」


「その見返りは、怪しいです」


 栄介はその言葉から、冒険者の闇を感じ取った。


「なるほど。険しい諸々を冒す者なわけですから、その代償も色々とある。つまりは、『ハイリスク、ローリターンな職業になり易い』って事ですね?」


「ええ。依頼の内容によっては、命を落とす危険もあります」


「そう、ですか」


 栄介は一瞬だけ考える素振りを見せて、それからすぐに「やります」と肯いた。


「それでも。冒険者になれば」


 色々と美味しい思いもできそうだし。


「……断る理由もありません」


 栄介は「ニヤリ」と笑って、彼女の案内に従った。

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