第4話 邪心の気まぐれ、現代直送
「え?」
何処に?
「僕は」
「確かに普通の人間だけどね? でも、そんな事は関係ない。貴方が貴方として生まれて来た事、その意味と同じくらいにね。これは、単なる私の気まぐれだから」
「邪神の気まぐれ?」
「そう、普通を装う貴方に対しての気まぐれ。私は邪神だからね、悪いモノにはとても心が惹かれるの」
何だか曖昧な答えだが、それでも一応の説得力はあった。彼女はどうやら、栄介の悪に興味を抱いたらしい。様々な欲望が上手い具合に繋がって、彼の本質に心を奪われたようである。
栄介は「それ」に複雑な思いを抱いたが、それでも悪い気はしなかった。「自分はこの瞬間、何か特別なモノに成れたのだ」と。普通の人間では決して手にできない、創作の中だけに許された特権が、奇妙な運命によって、自分の前に舞い降りたのだ。正に神の奇跡。これを「ご都合主義」、「三流小説」と呆れる者も居るだろうが、事実は小説よりも奇なり。
世の中には、これすらも超える奇跡が山のようにあるのだ。人々が「それ」を知らないだけで、「奇跡」と言うのは案外近くにある。その意味では、推理小説の殺人事件も似たようなモノかも知れない。
栄介は、すっかり上機嫌になった。
「まあ良い、その気まぐれが本当だとして。その気まぐれは、僕に何をしてくれるの?」
邪神は、その質問に「ニヤリ」とした。
「異世界に連れて行ってあげる。貴方が望んでいる理想の、『それ』に限りなく近い世界に。
「え?」
そんなに簡単に? って言うか……。
「それは、流石に都合が良過ぎない?」
「何処が?」
「何処がって。こう言うのはその、いくつかの雛形があるって言うか。主人公が交通事故に遭ったり、神様の手違いで死んでしまったり。とにかく、何かしらの原因があるんだよ。それも、かなり理不尽な。転移系の異世界モノも……転移させるのは、基本は向こう側の住人だし。君のような場合は」
「ふうん。なら……私の場合は、結構珍しいんじゃない?」
「かもね。僕の知る限りでは、そう言うのはあまり見られない。現実世界で出会った神様が、異世界に人間を送るパターンは」
邪神は、その言葉に喜んだ。
「そう。なら、早速」
「待って!」
「どうしたの?」
「心の準備が、その……。僕には」
一応、両親が居るし。学校の連中はどうでも良かったが、流石に自分の両親には伝えて置いた方が良いだろう。自分をここまで育ててくれた存在として。「それに感謝しているか?」と聞かれたらかなり怪しいが、それでも一応は伝えた方が良いと思った。「今まで育ててくれて有り難う御座います」と、当たり障りのない言葉を使って。
彼は邪神にそれを言ったが、邪神は「その必要はない」と言った。
「どうして? 一人の人間が突然居なくなったら、流石に騒ぎになるよ? 全国ニュースにも流れる」
最悪、ネットで名前も特定されて。様々な罵詈雑言が飛び交う巨大掲示板に「ああちゃね」、「こうちゃね」、書き込まれるのだ。「あの子はもう、死んでいる」とか、「何処々々の誰々に拉致された」とか、根拠も無ければ、裏付けも無い、ただの憶測がそれっぽく書き込まれるのである。それが書き込まれた後は、それに対する周りの反応を楽しんで、束の間の幸せに酔い痴れるのだ。そんなネットの人気者には、なりたくない。
彼は不安な目で邪神を見たが、邪神の方は至って冷静、それどころか、「ニヤリ」と笑う余裕すら見せていた。
邪神は、口元の笑みを消した。
「それは、大丈夫。
「世界の認識を変える?」
邪神はまた、その言葉に「クスリ」と笑い始めた。
「
その言葉ですべてを理解した。最初は「ポカン」としていた栄介も、それを聞き終えた時にはブルブルと震えていた程に。彼女は「彼が最初から存在していなかった事」にして、彼が後腐れなくあっちの世界へと行けるようにしているのだ。彼が今まで生きて来た痕跡を代償に。
栄介はその力に打ち震えたが、同時に無上の喜びを感じた。これこそが、自分の求めていたモノ。あらゆる物理法則を超えた、最高とも言えるチャンスだった。異世界に行けば、心の悪を思う存分に解き放てる。それを確約する彼女との契りも、「魔道書への血判」と言う単純なモノだったが、その単純さが更なる興奮を促していた。目の前の現れた綺麗な門もまた同じ。門の向こうは暗くて良く見えなかったが、その紋章は王道ファンタジーを地で行っていた。これを潜ってワクワクしない者は、ほとんど居ないだろう。
栄介は何も躊躇わず、その中に入ろうとしたが、右足を入れた所でふと、ある事を思い付いた。
「ねぇ?」
「なに?」
「存在消去の事だけど。
「ふうん」と笑う邪神だったが、大方の見当は付いているらしい。「あの幼馴染?」
邪神は、口元の笑みを消した。
栄介はスマホが落ちている場所まで戻り、そのLINEを起動させて、それにこの一文を打ち込んだ。「今までありがとう。君の事は、ずっと前から大嫌いでした」と。詳しい説明は一切加えず、自分の気持ちをただ正直に打ち込んだのだ。これには、流石の彼女も驚くだろう。彼女はそれが意味する事も分からないまま、一人悶々とした日々を送るに違いない。自分だけが持っている幼馴染の記憶に苦しみながら、周りの異変に唯々無駄な抵抗を続けるしかないのだ。
栄介は、その光景にほくそ笑んだ。
「ふふふ、ざまぁみろ」
これは、彼女に対する罰だ。善の戒めで、自分を縛り続けた事に対する。普通の人間が悪魔を封じるなど、おこがましい事この上ないのだ。
栄介は地面の上にスマホを捨て、もう一度門の前に戻り、その門をゆっくりと潜った。邪神も、その後に続いた。
二人は並んで、門の通路を歩き続けた。
「そう言えば」
「なに?」
栄介は、隣の邪神に目をやった。
「君の名前を聞いていなかったね?」
邪神は、その言葉にそっと微笑んだ。
「ホヌス。名前の意味は、『欲を愛する者』」
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